大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第179回

2023年06月30日 21時14分16秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第170回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第179回



『わらわの大事子』

初代紫の声が紫揺の頭に響く。

『あの者、我が子も同じなり。 我らの祖と同じ血を引く者』

青の力しか出していないが瞳を見ればわかる。 黒い瞳、それは一人で五色を操る者。

『五色の力により民に禍つを与うる者、我が祖の責は我らが負わねばならぬ』

『はい』

だがどうやって?

『黄の力、其は天位の力。 天位の力にて頭上より五色の力を出させよ。 力はわらわの石が預かろう』

出させる? 頭上から? どうすれはいいのか?
五色の力は理解。 どう理解するかで変わる。

よろよろと高妃が立ち上がった。 まだ手にはぷよぷよと水がまとわりついている。 その手が赤く腫れあがっている。

「もう力を出しちゃ駄目よ? でないとまた痛い目をするからね」

紫の瞳で紫赫の中にある高妃の身体を視る。

(やるしかない)

紫の瞳のまま両手を動かす。 最初は掌を高妃に向け、続けて上に向けると、まるで高妃の腹から頭上に、高妃の持つ力を下から上に上げるようにゆっくり、ゆっくりと。
紫赫が耀き紫揺に呼応する。
次の瞬間には黄色の瞳に変わっている。

高妃が腕を動かす。 紫揺に閃光を放とうとしているのが分かる。
今では宮の者たちが、武官が、宮内に足を踏み入れてもいい文官たちもが紫揺を見守っている。
紫揺は今、自分のしていることに集中している。 少女に対峙できるのか、誰もが息を飲んだ。

紫揺の手が高妃の背の高さより上まで上がると、一瞬にして紫揺の瞳が紫に変わる。

マツリが勾欄に足をかけたその時、より一層紫赫が耀き、それと共にゆっくりと高妃が倒れていく。
高妃の身体から徐々に紫赫が引いていく。 徐々に徐々に紫揺の額の煌輪に戻ってゆく。
その力に耐えられないのか、紫揺が天を仰いだ。 そしてそのまま後方に倒れていく。 まるでスローモーションを見ているようだった。
ざっ、と音をたて、身体が地に倒れる寸手で紫揺の身体の下にマツリが滑り込んできた。

「紫!」

「・・・大、丈夫、ちょっ、押され、た、だけ。 コウ、キ、は?」

「こうき?」

「あの、子。 コウキ、って名前、だって」

「高妃!?」

マツリの声に四方が少女を見る。

「多分、ご、五色の力・・・引き出せ、た、と思う。 近、寄っても、大、丈夫、と思・・・」

あの倒れている女人が五色が、武官たちにずっと探させていた高妃? マツリに続いて紫揺の元に駆け寄ってきていた四方がマツリに頷いてみせると、高妃の元に行き四方自らが高妃の手を取った。

『間が抜けたことを言っておるな』 と言ったことは記憶の中から消そう。

「・・・つ、疲れ・・・」

「ああ、疲れたな、もう喋らずともよい。 休んでおれ」

どれだけの力をどんな力を要したのかは、マツリには分からない。
マツリに声をかけられ、気を失うように寝入った紫揺をマツリが抱き上げた。
四方の従者に抑えられていた “最高か” と “庭の世話か” が目にいっぱい涙を溜めながら走り寄ってきた。 履物など履いていない。

「眠っておるだけだ。 大事ない」

高妃の手にぷよぷよとまとわりついていた水が手から落ち、地に沁み込んでいく。


紫揺のことは “最高か” と “庭の世話か” に任せ、四方とマツリが向かい合って座っている。 柴咲と呉甚のその後がどうなったかを聞いた。
二人を別の馬車で運び、各都に連絡をつけている者たちの家に現在案内させているということである。 まずは動きを見せた七都と八都に行き、その後に各都に回らせるということを始めたということだった。 六都にも念のために回るが、宮都のあとの最後に回るということだった。

「六都の話からすると、柴咲や呉甚が知っている者のその先がまだ繋がっていよう」

「ある程度の人数は分かったのですか?」

「六都以外は人数が多すぎてはっきりとは把握していないようだが、ある程度は聞いた」

マツリが大きく息を吐いた。

「それほどに呉甚たちを後押しする者が居たのですか」

本領領主の座に五色の直系を戻すということに。
六都では捕らえただけでまだ個々の尋問を始めていない。 宮都が動き出した後にと思って六都官別所に入れているだけであった。
だが六都官別所の見張の武官が言うには「面白そうだっただけだ」とか「話が難しくて分からなかった」などと叫び「だから出せ」と叫んでいると聞いている。 それが真実かどうかはこれからだが、真実だとしてそれは六都だけなのか他の都もそうなのか。

「いや・・・そこのところもよく分からん」

「どういうことでしょうか?」

「全ての者が決起のことを分っておったのかどうかも・・・」

柴咲と呉甚の言いようでは、最初は本領領主直系の後ろ盾にならないかと言っていたそうだが、ではどうやって、というところにきたら、宮に押し入る、そう言っていただけのようだった。 だが深いところを話した者もいただろう。
そこのところの見極めが難しいと、四方が腕を組み眉を寄せる。

「六都はどんな具合だった」

「百二十七名を捕らえるに、六都から武官が六十名抜けたそうですが、その間、六都内で特に異常はなかったと聞いております」

「では宮都からの応援は要らんということでいいか」

「いえ、三十名ほどお願い致します。 まだまだ六都を動かしたいので見張りの目は付けておきたいかと」

「ふん、上手いことを言いおって。 で? まだまだ動かすとは」

「働かせます。 父上が寄こしてきて下さった硯職人に確認させますと、間違いなく硯になる岩石の山だということが分かりました。 杉に続いてそちらにも働かせたいと思っております」

杠が上手く杉山の者たちを言い含め、今日から杉山の者たちが硯職人について岩石の山に向かっているだろう。
さすがは職人である、道具を持ってきていた。 すぐにでも硯職人の指導が入るだろう。

「六都は今まで山を放ったらかしにしておったということか」

「我も気付きませんでした。 杉山もそうですが、てっきり三十都の山だとばかり思っておりました。 紫が武官から聞いてこなければ、岩石の山も見過ごしていたでしょう」

「・・・また紫か」

「どれ程お嫌ですか」

「いや・・・。 そうだな、先ほどの紫の様子からしてやはり・・・杠に似合いかと、な」

「何故で御座いますか」

「あの場を考えない緊張のなさ、間の抜けたところ、そんな所は置いておくが腹が座っておる。 杠に添うてやって欲しいと考えるだろう」

「そこで何故、杠ですか。 我ではないのですか」

「マツリの・・・領主の奥は楚々としておるもの」

確かに紫揺は楚々とはかけ離れている。

「あの紫が大人しく奥勤めが出来るか?」

女官たちをまとめられるか?

「紫は紫のやり方で出来ましょう。 それにその頃には・・・落ち着いておりましょう」

完全なる希望的観測である。
それに紫揺が女官たちをまとめるのは四方が領主を退いてからだ。 まだまだ先の話である。
四方が大きく息を吐いた。

「澪引にもシキにも言われておる」

何のことかとマツリが眉を上げる。

「マツリの奥は紫しかいないと、な」

一度言葉を切って続ける。

「紫はいくつの歳になる」

「二十五の歳に」

「杉山に続いて岩石の山。 いつまでも六都にかまけておっては子を産む年を過ぎてしまおう」

それでなくても次代の紫を生み、その子が紫としての自覚が育つまで本領に来ないという。 次代の紫が産まれなければマツリの奥が宮に不在となってしまう。
マツリの頭の中で依庚の説教が響いた。
己の歳のことを言われていたが、そうだった、紫揺の歳もあったのだった。 紫揺には五色ももちろんのこと、この本領の跡継ぎを産んでもらわなくてはならないのだった。

「宮の者たちが密かに言っておる “菓子の禍乱” 聞いたことがあるか」

どうしてこの話に菓子が出てくるのか。 それも禍乱? どういうことだ。

「・・・いいえ?」

聞いたこともない。

「マツリが六都に行ってからというもの、澪引とシキの従者たちの間で、ああ、女官たちも入っておると聞くか。 誰が紫の首を縦に振らせるかの争いが起きておる」

何のことだ、意味が分からない。
紫、首を縦に振らせる、菓子、争い。 このワードからマツリが何を想像できようか。

「何のことでしょう?」

「紫は・・・マツリとのことを何と申しておる」

まだ一度もはっきりと聞いたことが無い。

「受けてくれております」

「澪引もシキもそれを知らんな?」

「ええ・・・特には言っておりませんか」

あっと気付いた。 “紫の首を縦に振らせる” とは、そういうことか。
それに菓子。 紫揺に渡してくれと持たされた菓子、あれはそういう意味だったのか。 菓子で紫揺を釣ろうとしたのか・・・。 考える方も考える方だが、そんな判断を下された紫揺もどうなのか・・・。

「澪引とシキに言っておくがいいだろう。 要らぬ争いが起きておる」

「はい・・・」

己の知らない所で何をやってくれている・・・。

「それと、マツリが東の領主に紫のことを言いに行くつもりだった、それが紫が倒れたことによって頓挫した。 そのような事をシキに言ったらしいな」

シキにそのようなことを言ったのは覚えている。 あれはいつだったか。

「ええ、申し上げましたが・・・。 ああ、思い出しました。 姉上の邸に行った時です」

初めて天祐に会った日だ。

「わしがそれを知っていたとも言ったらしいな」

「はい」

「そのお蔭で、どれだけわしが針の筵(むしろ)の上に立たされたことか」

「はい?」

「良いか、紫の言を澪引とシキに言った暁には、紫とのことが流れてしまえば針の筵どころでは終わらん」

「は?」

「六都のことなど二の次。 杠に任せて、すぐにでも紫と婚姻の儀を挙げよ」

「はぁい?」

あれだけ紫揺のことを敬遠しておきながら何を言うのか?

「父上? どう致しました?」

四方がギロリとマツリを睨む。

「澪引もシキも・・・紫のこととなると・・・。 ・・・地獄に落とされるわ!」

いったい何があったのか・・・。
だがどんな切っ掛けであれ。

「では、紫のことを快くご承諾いただけたということでしょうか?」

「何が快くだ! 脅しだ、脅し!」

意味が分からない・・・。

「澪引がいつの間にあんな風になったのか・・・。 ああ、シキもだ。 波葉の気持ちが分かるのは、わしだけ・・・わしの気持ちを分かるのも波葉だけ・・・」

何やらブツブツ言い出した四方。

訳が分からないが、取り敢えず四方が紫揺を迎えることを承諾したことは確かである。 四方が承諾しようがしまいが、反対さえなければ次期領主として己が奥に迎えるつもりではあったが、承諾を得るに越したことは無い。
だが六都のことを置いてすぐに婚姻の儀を挙げるなど、それは出来ないが考えなくてはならない。 依庚が言ったようにマツリの歳もあるが、四方が言った紫揺の歳もある。
七日間の婚姻の儀。
これから新しいことを始める。 六都を空けることが出来るだろうか。


紫揺の手が動いた。
マツリが紫揺を客間の寝台に横たえさせていた。
マツリがあとは頼むと言って出て行き、その後すぐ、紫揺の身体が熱くなった。 熱が出た。 医者に診てもらったが、原因は分からないがと言って、解熱の薬湯を用意された。 四人がかりで紫揺に薬湯を飲ませた。 その後はただただ、祈る想いで紫揺の横に付いていた。

「紫さま?」

彩香が声を発した。 その声に他の三人が伏していた顔を上げる。 紫揺の手が動いている。

「紫さま!」

三人が同時に言った。
身体の横にあった紫揺の手が額の上に乗る。

「あ・・・熱、い」

解熱の薬湯を飲んで身体の中の熱を放出しているのだろう、紫揺自身にとっては身体中が熱いだろう。

「すぐにも、お熱がお下がりします。 ・・・堪えて下さいませ」

言った彩楓の目が潤んでいるが、他の三人も同じように目を潤ませている。

尾能が四方の従者の三人を客間の外に座らせていた。 紫揺に何かあればすぐに報告するようにと言って。
医者が客間に来た時にも報告があった。
『紫さまにお熱が出られたようです。 女官が医者を呼びました』と。 その後に、解熱の薬湯を飲ませるようにと医者が言ったことの報告もあった。
今回も四方とマツリが居る襖内に座る尾能に報告があった。 襖を僅かに開け、その報告を聞く。

「紫さまのお目が覚められたようですが、まだお熱は下がっておられないようです」

客間の外で “最高か” と “庭の世話か” の発する声しか聞いていない。 詳しいことは分からない。

一人ブツブツ言っている四方を置いてマツリに目を転じる。

「マツリ様、紫さまが気付かれたようです」

「尾能・・・?」

尾能は独断で四方の従者を紫揺に付かせていたのか?

「お熱が上がっておられます。 紫さまにお付き下さいませ」

「熱?」

寝ていたのではないのか?

「はい。 紫さまにお熱が上がり、医者が解熱の薬湯を御用意いたしました。 いつも紫さまに付いておる者たちが薬湯を飲ませましたので、今一番お熱が上がっておられる頃かと。 紫さまがお辛い状態にあらせられます」

四方を一顧だにせず一瞬にして部屋をあとにする。
疲れた、と言った紫揺。 寝ているだけと思っていた。 知らなかった。 そこまで五色の力を出すことに身体に無理をかけていたのか。

「紫・・・」

回廊を走って客間の前に来た。 そこには四方の従者が三人座っていた。 それまでに数人としかすれ違わなかった。 殆どの者が高妃の放った閃光の後始末をしているのだろう。

バンと客間の襖を開け、衝立の横を抜けると横たわる紫揺に駆け寄る。 汗に濡れた衣裳を着替えさせようとしていた “最高か” と “庭の世話か” の四人が身を引く。 引きたくはなかったが。

「紫? 我の声が聞こえるか?」

だらりとなっていた紫揺の手を取ると、その腕は熱された炭のように熱い。
どういうことだ。

「紫! 我の声が聞こえるか!」

薄っすらと紫揺の瞼が上がる。 ほんの僅か。

「う・・・る、さい・・・」

聞こえているようだ。

「わ、悪かった・・・」

落ち着いて見てみると、次から次に玉のような汗が噴き出してきている。 額の上に乗せられていた濡れた手拭いを取ると、横に置かれていた手拭いで汗を拭いてやる。
着替えさそうとしていたのか、めくられていた布団の中にあっただろう紫揺の身体を見ると、びっしょりと衣が濡れている。 懐から手を入れて拭いてやることもできるが、さっさと脱がせて拭いてやる方が早い。

「着替えさせてやってくれ」

身を引いたマツリの横を四人が滑るように入ってきた。 入れ違うように寝台から離れると後ろを向いて座った。


「紫が熱を出しておったのか」

マツリからは寝ているだけだと聞いていたが。

「そのようで御座います。 五色様のことは私には分かりませんが、かなりのお力を出されたようかと」

紫揺が目を伏せる前に、五色の力を引き出せた、近寄っても大丈夫。 そう言っていた。 “多分” という言葉がついていたが、そこは聞かなかったことにした。 だから躊躇も無く四方自ら高妃の手を取った。 “多分” そう言われても言われなくとも武官に任せるつもりは無かったが。

五色の力を引き出す・・・、そんなことはどの書でも読んだことは無い。 いったい紫揺は何をしたのだろうか。
額の煌輪のことは紫揺から聞いて知っていた。 それが東の領土の初代紫の力であることも。 東の領土の初代紫の力は初代本領領主に勝るとも劣らない五色の力を持っていたと書に書かれてある。
今日初めて紫赫を見たが、あれが東の領土の初代紫の力なのだろうか。 その初代紫と共鳴できている紫揺。 どれだけの力を持っているのだろうか。

恐いところがある。

マツリの力は本領領主の中で稀に見る力。 身体の具合を視られることは今までの血筋の中にあった。 だがマツリの持つ赤髪の力、何もかも跡形も無くならせる力、あれは今までの血筋にはなかった。
計り知れない五色である紫揺の力とマツリの持つ力。 産まれてくる子はいったいどんな力を持つのであろうか。

襖の外から声がかかった。 僅かに開け、尾能がいくらか言葉を交わすと襖が閉められた。

「高妃が目覚めたようですが、何やら様子がおかしいようで御座います」

高妃に付いていた武官からだろう。

「様子がおかしい?」

「言葉をあまり・・・上手く話せないようで御座います。 閃光などは放っていないようで御座います」

四方が考える様子を見せる。

「高妃を探してくれと言っていたあの者、あの者を会わせてみるか」

四方が立ち上がった。 四方も立ち会うということだろう。

高妃のことは隠して育てた五色だと呉甚から聞いていた。 ”古の力を持つ者” によって育てられていないとも。
五色の力が残っていれば大変なことになる。 紫揺と話せるようになりそこのところをはっきりと聞きたいが、それまでを武官任せには出来ない。 五色は本領領主の責と任にあるのだから。 そしてこの宮の責と任も四方にある。

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