大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第86回

2022年08月05日 22時29分37秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第80回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第86回



「紫さま?」

「え?」

「どうされました?」

目の前に此之葉がいる。 いつの間に・・・。

「もう赤みは引いておられますが、まだお首が痛いのでしょうか?」

言われ気付いた。 無意識に首に手をやっていたようだ。

「あ、うううん。 もう大丈夫。 確認しただけ」

此之葉が頷く。

「では塔弥の一任で宜しいでしょうか?」

なんのことだろう。

「なにがですか?」

此之葉が小首をかしげながら言う。

「飾り石のことです」

もしかして憎々しいマツリのことを考えている間に、そこそこ時が過ぎていたのかもしれない。 その間に何があったのか気を向けなかったのかもしれない。 間抜けもいいところだ。
塔弥と飾り石と言われて記憶はある。

「あ、はい。 塔弥さんの思うままで」

木箱を前にして腕を組む七人。
お付きの部屋の中である。
塔弥は紫揺の返事を持って飾り石の職人のところに戻ろうと思っていたが、他のお付きがそれを止めた。

「代々の物は手首に付ける腕輪だったから、今度は二の腕に付けるってのはどうだ?」

「なんか・・・異国っぽいな」

「ああ、足に鈴なんかつけて今にも踊り出しそうだ」

なんのことかと塔弥が首を捻る。

「大体、今まで紫さまがお付けになってたのは、先の紫さまのその前の先代紫さまのだろう?」

「ああ。 先の紫さまと同じお考えで、何も新しく作る必要は無いとお考えだから」

「で? 去年は何も言わなかったのに今年になって、それもお誕生の祝いの前になって急に言ってきたってわけか?」

「採掘してたら大きなのが出てきたってのもあるし、小さいのは以前から紫さまにお作りしたかったけど、紫さまが新しく作るのを拒んでいらしたから」

「で、大きいのが出てきたから、小さいのも持って来たってことか」

木箱の中の小さいものに目を移す。 小さいと言ってもミリ単位ではない。

「冠なんてのはどうだぁ?」

「ここは日本じゃないんだから、冠なんて不自然だろうが」

「それに王様やお妃やミス何とかじゃないんだからな」

「あ、勲章! ドーンとその大きなのを付けて。 どうだ?」

「なんの受勲だよ・・・」

塔弥は何一つ分からない。 今までにあったものだと、作らなくてもあるからいい、と紫揺は言うだろうから、全員か何か新しいものを考えていることは分かるが、その一つ一つが全く分からない。

「大体、どれにしても、このデッカイのをどうやって付けるんだよ」

「それは職人の腕だろう」

「まず紫さまは削るのを嫌がっておられるんだろ?」

塔弥が頷く。

「だが削らなくてはどうにもいかんだろう」

「自然のものを自然の姿のままでとお考えになっておられるから」

「まあ、常日頃がそうだからなぁ」

「それに飾り物にあまり興味をお示しになられないし」

「職人泣かせだよなぁ」

六人が紫揺の住んでいた日本での借家を思い出す。 裕福ではなかっただろう。 必然的に宝石には興味が向かなかったのだろう。
職人の意を汲んでやりたい七人がまた腕を組んだ。

「入るよー」

葉月の声がして戸が開けられた。 手には布をかけた盆を持っている。

「あ、みんな揃ってんだ。 丁度良かった。 塔弥じゃアテになんないし。 ん? なにこれ? 大きい紫水晶」

座卓に置かれている木箱に目が吸い込まれる。

「ああ、職人が紫さまにこれを使って何かを作りたいんだそうだが、紫さまが削るのをあまりよく思われないそうなんだ」

「ああ、そうだろうね」

木箱から塔弥に目を移す。

「ちょっと端に寄せてくれる? これ置きたいから」

塔弥が無言で端に寄せる。 アテにならないと言われたのだから。
葉月がチラリと塔弥を見る。

「汚しちゃいけないから、蓋しといて」

またもや無言で蓋をする。

葉月が手に持っていた盆を座卓に置くと被せてあった布をはいだ。

「ああ? なんだ? シュークリーム?」

「どうしたんだ?」

塔弥を除く全員が葉月を見た。

「オーブンがないしレシピもないからちょっと不安なんだけど窯で焼いたの。 試食してみてもらえる?」

これがシュークリームかと、まじまじと見ている塔弥の前に六本の腕が伸びた。

「どう?」

何故か無言で食べている六人。
醍十がかじった横からぶにゅりとカスタードクリームを出して口の周りに付けている。

「醍十、クリームを落とさないでよ」

言いながら一つを手に取ると、はい、と言って塔弥に渡した。

「ね、どう? 駄目? シュークリームには思えない?」

自分でも試食をした。 遠くは無いと思うのだが・・・。

「うん・・・と。 皮が硬めかな」

言った梁湶を一蹴する言葉が飛んだ。

「それがいいんだろが」

嬉しいことを言ってくれたのは悠蓮だ。

「大体、梁湶なんて基本甘い物を食べないんだから、流行りのシュークリームも知らないんだろが」

「え? そうなのか? 硬いのがいいのか? それがあっちでの流行りか?」

「たしか、窯焼きシュークリームって言ったっけ? 昔みたいにやわやわのシューじゃないんだよ。 葉月、いける。 美味しいぞ」

「やった!」

「俺的には、もっとカスタードを甘くしてもらってもいいけどな」

「悠蓮の口は甘い物を欲しがり過ぎるんだよ。 俺は丁度いい。 美味いぞ」

他の者も頷きながら「葉月、美味い」と言う。 少々怪しげな二人がいるが、その者は梁湶と同じく酒を飲み甘い物に詳しくない者たちだ。

無言でかじっていた塔弥がなんとも言えない顔をしている。

「なに、塔弥。 その顔」

「ぶにゅぶにゅだし、甘過ぎだし・・・。 紫さまはこんなものがお好きなのか?」

甘い物が好きだとは聞いていたが、これ程に甘いとは。

塔弥が言っているのは、カスタードクリームのことだろう。

「こんなもので悪かったわね! 塔弥なんてもう知らない!」

プイと横を向く葉月だが、塔弥は初めて食べたんだから仕方がないだろう、許してやれ、と男たちが葉月を宥めるが、葉月が最初に言っていたように、塔弥はアテにはならなかったようだ。

プリンの時には女たちに試食を願った。 出来栄えとして間違いなく出来たつもりだったから、余裕ブチかましで女たちに試食を願えた。 女たちが喜んで食べ、この領土の新しいオヤツとなったほどだ。

プリンは感覚で作れる。 だがシュークリームはシューを作るに細かな量を書いたレシピがないし、オーブンではない窯を使う。 自分ではよく似た物が出来たと思っても、シュークリームを知る人間に確かめて欲しかった。

葉月がまだシュークリームが残っている盆に布をかけ、盆を持つと立ち上がった。

「塔弥以外のみんな有難う。 紫さまに持っていく」

「だからー、塔弥のことをそう言ってやるなって」

「知らない」

塔弥からプイッと顔を逸らせた葉月が出て行った。

未だに二口かじっただけのシュークリームを手にしている塔弥。 誰かの手が伸びてきてそのシュークリームを取り上げた。

「塔弥ぁ、葉月の気持ちも考えてやれよぉ。 これがどんだけ美味いか分からないのは仕方ないけど、言い方ってもんがあるだろうぅ」

口の端にカスタードクリームを一杯に付けた醍十が、手にしたシュークリームを口に放り込んだ。
醍十がそんなことを言うかと、他のお付きが目を丸くしている。

「葉月です」

戸の向こうで声がした。

「入って」

応えたのは此之葉だった。
戸が開いて葉月が姿を現す。

「此之葉ちゃん居たんだ」

「当たり前です」

盆を座卓に置くと紫揺の横に座る。

「葉月・・・」

此之葉が何と言おうとも今は関係ない。 いつもだが。
盆の布を取り払う。

「あ? え?」

目の前の盆にシュークリームが胡坐をかくように座している。
紫揺が葉月を見た。

「さっきお付きたちに味見をしてもらったら美味しいって言ってくれたの、紫さま、食べてもらえる?」

「葉月!」

「あ、食べてもらえますか?」

「葉月ちゃん・・・」

「ね、食べてみて。 ・・・下さい」

此之葉が睨みをきかせている。

紫揺が手を伸ばすとシュークリームを手にした。 心地よい硬さ。
母親が幼い頃は柔らかいシューだったと聞いたことがあったが、その母親の若い頃から硬いシューがあちこちに出回りだしたと聞いたことがあった。
部活帰りになけなしのお小遣いでコンビニで買ったシュークリーム。 あの口当たり、味が蘇ってくる。

かじってみる。 サクッと良い音がした口当たり。 その後にトロリとカスタードクリームが口に入ってくる。
葉月が不安げに見ている。
一口入れたシュークリーム。 カスタードクリームの控えめな甘さが鼻に抜ける。

「・・・美味しい」

やった! と声を上げかけた葉月が止まった。

「紫さま?」

紫揺の目に一瞬にして涙が溜まった。

「やだ、紫さま、どうしたの、じゃなくて、どうしたんですか?」

「紫さま?」

此之葉も紫揺の名を呼ぶ。

「あ、ごめん。 あの・・・。 ・・・美味しいの」

だから食べる度に涙が、と声が詰まって最後まで言えない。

「あ・・・そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、どうして・・・」

シュークリームを手にしている紫揺の手からそっとシュークリームを取って盆に戻した。

「紫さま? 無理して食べなくていいから。 辛いことがあるの? 日本に戻りたいの? ・・・えっと、戻れないけど。 でも何でも言って。 紫さまには此之葉ちゃんとお付きがいるんだから。 私もよ。 一人で考えないで。 一人で悩まないで」

プリンを食べていた時にも泣いていたのだから。 日本が恋しいのかもしれない。

「・・・無理なんてしてない。 それに美味しい。 今まで食べた中で一番おいしいシュークリー・・・」

一番おいしいシュークリームだもん。 また声が詰まって最後まで言えなかった。
そんな紫揺をシキのように抱きしめることが出来る者などこの領土には居ない。

「紫さま・・・その、プリンの時もそうだったけど・・・作らない方がいい?」

葉月の言いようにピクリと此之葉の眉が動くが今は黙っていよう。 葉月の言うようにプリンを食べた時にも紫揺は泣いていたのだから。 何かを、その理由を言ってくれるかもしれない。

「うううん、そんなことない。 プリンの時には・・・塔弥さんが私の言ったことを憶えていてくれたんだと思ったら、嬉しくなって・・・それで・・・つい」

言葉を詰まらせながら続ける。

「それにプリンもそうだけど、このシュークリームも美味しいし、葉月ちゃんが頑張ってくれたんだと思うと、どうしても涙が出ちゃって・・・。 その、日本のことは心配しないで、戻りたいとは思ってないから。 ただ・・・美味しいんだもん」

「紫さま・・・」

「ゴメン、ゴメンね。 せっかく作ってくれたのに辛気臭いこと・・・」

涙を振り払うようにしてかじっていたシュークリームを手にした。 一口一口を味わうように食べる。

「美味しい。 本当に美味しい。 葉月ちゃんって天才」

「良かった、紫さまにそう言ってもらえたら自信が出来そう。 他の物にもチャレンジできる」

振り払われた涙は見なかったことにする。 紫揺がそれを望んでいるのだろうから。

「まだあるから、気のすむまで食べて」

盆を紫揺に近づける。

「うん。 いくらでもお腹に入る」

未だ続けられる葉月の言いように睨みを入れたかった此之葉だがそっと部屋を出た。 今は葉月に任せる方がいいのかもしれない。

三つのシュークリームを食べた紫揺が四つ目に手を伸ばした時に葉月がおもむろに訊ねた。

「飾り石を削るのが嫌なんですってね」

「あ、うん。」

手が止まった。

「あ、気にしないで食べて。 食べてくれると嬉しいから。 食べながら話してもらえます?」

分かったと言うように、しっかり四つ目を手にして口に頬張る。

「紫さまが飾り石のことを考えるのは分かるんです。 意外かもしれないけど私もそうだから」

「え?」

葉月がイタズラな目を紫揺に送る。

「人間の勝手で形をかえたくないですよね。 紫さまを見ていると私と同じ。 きっと紫さまも考えられると思います。 花を手折ってプレゼントされるの、それって嬉しいけど手折って欲しくないって思いますよね」

民が花を摘んで紫揺にプレゼントしてくれる。 初めて領土に来た時もそうだったし今だにそれがある。
民の心を考えると花を手折って欲しくはないとは言えなかった。

「手折られた飾り石です」

「え?」

「木箱の中の飾り石を見られたんでしょ? その飾り石は手折られたんです。 お花と一緒です。 お花には数日でもお水を与えることでお花の息を永らえることが出来ます。 でも地から切り離された飾り石は、お水を与えたところで地と結び合って生きることは出来ません。 それどころかお花のように枯れることもありません。 でも飾り石は生きているんです。 水も何も要らない状態で」

「葉月ちゃん、何を言いたいの?」

花のことで葉月の言いたいことは分かる。 自分自身がそう考えているのだから。 でも・・・。

「職人は飾り石の声を聞きます」

「え?」

「飾り石が選びます」

「選ぶ?」

「飾り石がどうしたいかを」

「えっと、ごめん。 意味がわからない」

葉月が頬を緩める。

「塔弥が持ってきたでしょ? あの木箱」

「あ、うん」

「あの木箱の中の飾り石は職人の声を聞いたんです」

「え? だって、さっきは職人さんが飾り石の声を聞くって」

「分かりやすく言うと、職人と飾り石で会話が出来てるんです。 職人があの飾り石を見た時に紫さまに何かを作りたいと思った。 その声を飾り石が聞いて、飾り石が職人の為になりたいと思った。 紫さま? この地の職人を舐めちゃいけないですよ。 職人は飾り石が嫌がるのを無理矢理削るんじゃないんですから」

「・・・あ」

「究極に短縮して言うと、飾り石が紫さまの為に身を削ることを許したってことです。 ってか、そんなことすらも考えていないでしょうけど。 考える以前の問題だから」

暫しの沈黙。

葉月が紫揺の考える時をもうけた。
いつまで経っても紫揺が声を出さなければ声を掛けるつもりだが、可能な限り紫揺に負担がかからない限りまで待つ、そう腹をくくっていた。

紫揺にしては、それは人の身勝手な解釈なのではないだろうか。 誰が身を削られたいと思うだろうか、と思う。
だが何を考えても未だにこの地のことが分からない。 一つ一つ疑問が浮かんでは解決しているつもりだが、それは小さなことだった。 それでも小さなことが分からなければ大きなことに結び付かないと、今まで子供たちに女たちに色んなことを訊いていた、教えてもらってきた。

「葉月ちゃん・・・」

紫揺の中で何かの整理がついたのだろう。

「はい」

「職人さんとお話したいんだけど」

「すぐに呼んで来ます」

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