大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第85回

2022年08月01日 22時09分04秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第80回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第85回



紫揺がお転婆に乗った。

「紫さま、お願いですから辺境は・・・」

塔弥が言う。

「分かってます。 辺境にはいかないです。 ちょっと離れた所に行くだけ。 ゆっくりお転婆で歩いて行きます。 お転婆は不服でしょうが」

お転婆の気持ちを代弁しただけなのか、お転婆のせいにした紫揺の思いなのかは疑問なところである。
そのお転婆の横に今日ガザンは付いていない。
ガザンは大きく伸びをして、定位置の紫揺の家の外に伏せている。

紫揺がお転婆の首を宥めるように叩いてやる。

お転婆の後ろについている馬に乗ったお付きが、辺境にはいかないようだと、胸を撫で下ろした。
お転婆の前の馬に乗る阿秀が振り返って紫揺に訊く。

「どちらに向かわれますか?」

「どこに行こうかなぁ・・・。 どのへんに長く行ってませんでしたっけ?」

「中心ですと・・・光石の採掘場所には最近行っておられませんが」

「ああ・・・、力仕事をしてもらってるんですよね。 それじゃあ、そこに行きます」

最近の中心では子供たちと遊びながらも食が気になり、田畑と陶器や鍋などを作ってくれている工房にしか行っていなかった。
お付き達の進言で鉱山にはあまり足を踏み入れていない。 とくに光石の採掘場所には、紫揺が東の領土に来てほんの数回しか行っていない。

光石の採掘場所はとくに足場が悪い、よって、お付きたちは紫揺をあまり行かせなかった。

その光石を有する山は本領と東の領土にだけある。

光石がないなら無いなりに生活も出来るが、それには油が必要になってくる。 日本のように簡単に油がとれるわけではない。 その油が魚油になってしまっては、敏感なものは思わず鼻をつまむだろう。 それを思うと光石の力は大きい。

阿秀の馬が先頭を走り、お転婆の道先案内をする。

何日かぶりに外の空気を吸った紫揺。 空気が美味しい。 葉月の作ってくれたプリンとはまた違った味がする。
ボゥッとそんなことを考えながら紫揺がお転婆に騎乗している。

葉月がチョコレートに似た物をまだ探し得ていないと言っていたが、シュークリームはなんとかなりそうだと言っていた。

『いいよ、葉月ちゃん。 プリンが食べられただけでも幸せだから』

『ぜんっぜん良くないです。 ああ、もう悔しい! どうして他の物が作れないだろう。 ね、紫さま、紫さまの仰るパフェってチョコレートパフェですか?』

『え? うん』

紫揺にしてみればチョコレートの無いパフェなどパフェではないのだから。

『やっぱりー』

単なるパフェなら色々誤魔化して作ろうと思っていたが、まずはチョコレートを食べたいと言っていた紫揺だ。 そんな人間が単なるフルーツパフェで終るわけが無いと踏んで質問をしたが見事的中した。

出来ればフルーツパフェで終わって欲しかったが、やはり終わることは出来なかった。
単なるフルーツパフェなら何とかなったものを・・・。 それにケーキにもまだ手を付けられていない。
ベーキングパウダーと同じ働きをするものを探しきれていない。

お転婆の後ろを走っていた塔弥の馬が紫揺の横に付いた。

「紫さま、お身体が揺れておられますが」

甘い物に気をとられていたみたいだ。

「あ、ゴメンなさい。 なんともない。 ちょっと考え事」

塔弥が眉をひそめる。

「あ、いや。 難しいことなんて考えてないし。 葉月ちゃんの作ってくれたプリンのことを考えてただけだから」

葉月と言われて塔弥がすぐに馬の足を緩めた。
紫揺の片眉が撥ねる。

(塔弥さんまだ葉月ちゃんに何も言ってない、か・・・)

阿秀が先頭をきり紫揺の後にお付きの馬が走る。 民に紫揺が見えるようにと、左右は固めていない。
その間にも小さな子が「紫さま!」 と、お転婆に寄ってくる。 その子たちに馬上から声を掛け手を振る紫揺。 お転婆を止めることはしない。 お転婆に近寄らせ何かあっては困る。

歴代の紫が馬に乗ることなど無かった。 それは “紫さまの書” に書かれているわけではない。 敢えて馬に乗ることは無いと書かれているのではなく、その様なことが書かれていなかった。 馬車に乗って辺境に行ったと書かれているだけである。 紫色の瞳のこともそうだが、そういう意味でも、紫揺は歴代の紫を覆したのかもしれない。

馬たちを休憩させている時、まだ年若い者が幼子の手を引きながら寄って来た。

「紫さま」

顔が緊張している。

「うん? なに?」

「どこに行かれるのですか?」

「今日はあそこの山に行くの。 山で一生懸命働いている人のところに」

紫揺の指した方向を見てから視線を戻す。

「また帰って来て下さいますか?」

「え? もちろんよ?」

どうして当たり前のことを訊かれたのだろうか。
年若い者が幼子を見て安心するようにと目線を送る。

「お山に行かれたら、紫さまがお元気になるの?」

年若い者に手を引かれていた幼子が言った。 呂律が怪しいが幼いからだろう。

「え?」

自分は、紫揺は充分元気でいる気である。 それなのに、どうしてそういうことを言われなければいけないのだろうか。

「私は元気だよ?」

幼子の頭を撫でる。

「すみません・・・」

年若い者がこれからの紫揺の行幸のことを思い頭を下げる。

「あ、ぜんぜん、すみませんじゃないから。 この子は私を思ってくれているだけだから」

と思う。

「あの、この子はちょっと・・・。 その、紫さまのお幸せを願っているだけですので。 お気を悪くされないで下さい」

隣に居た阿秀が幼子を見て眉をひそめた。 『この子はちょっと・・・』 年若い者が言った意味が分かった。

「いや、全然そんなことは無いから、気を悪くなんてしてないから大丈夫」

どうして気を悪くしなければいけないのか、その意味が分からない。

「紫さまは気にしておられん。 気に病むことは無い」

阿秀が年若い者に言うと紫揺を見る。

「紫さま、先を急ぎましょう。 遅くなっては帰るに帰られなくなります」

「あ、はい」

紫揺が幼子の頭をもう一度撫でて、顔を覗き込むようにした。

「私、元気だから。 心配しないでね」

幼子に目を合わせた。 あ、っと思った。 顔つきがどこか違う。
きっとこの子は大きくなっても字が書けないのかもしれない、それとも空間認識が出来ないのかもしれない。 その分、感受性が高く、一つに優れた所があると聞いたことがある。
『この子はちょっと・・・』 とはそう意味なのだろう。

年若い者に目を移して「この子をお願いします」 そう言ってお転婆に騎乗しトンと合図を送った。
本当は「感受性が高い子ね、どの道で伸びるのかな、これからが楽しみ」 そう言いたかったが、今の自分にそんなことは言えない。

あの子に・・・感じさせてしまったのだろう。

お転婆の前を走る馬上の阿秀が憂惧を顔に浮かべた。 感情に敏感な幼子に紫揺の憂いが伝わってしまっている。



曇天の空の下、武官舎の外に何人もの武官が集まり、一人の武官と杠を取り囲んでいる。

「お願いします」

杠の声が静かに響いた。

「始め!」

その声に “時の刻み(砂時計)” が上下逆に返される。
何人もの武官の目の前、その前には四方も四人の武官長もいる。

構えた杠だが己から動こうとはしない。 緑に染めた皮衣を着た相手も構えたままジリジリと回りこむ。 それに合わせて杠も回る。

杠に隙が無い。

武官長や四方、周りで見ていた武官達にもそれが分かるが、だからといっていつまでもこのままではどちらにも良いわけがない。 だが・・・先に動いた方が負けるということは分かる。

杠に対峙して構えていた武官。 武官には武官としての面子がある。 このままでは手を出すことなく、時間オーバーとなって終わりを告げられてしまう。
始め、と言われた時に “時の刻み” は返されている。
武官としての矜持がある、そして指名された者としてそれだけは避けたい。 どこかに隙があらわれないか、そう考えることで己に隙が出来ないように気を張る。

互いに同じことを考え気を張っていることは分かっている。 どちらが先に僅かの隙を作ってしまうか。

武官が足を止めた。
杠も同時に止まる。

杠もそろそろ決着をつけたいはずだ。 武官が構えていた腕を下ろし、それまでの緊張をほぐすかのように手を動かし何度か足を踏みかえた。
杠に対してわざと隙を作ったということもあるが、これ以上構えていれば咄嗟に動けそうになかったからだ。

相対している杠は武官の作った隙には飛び込まなかった。 これを力のない者がすれば飛び込んだだろうが、この武官はそうではない。 誘いの罠であるのは見え見えである。

構え直した武官。
もう時は限られている。 自分の方がリーチがある。 それに掛けるしかない。

すでに武官の間合いに入っている。 武官より小柄な杠の間合いではない。
素早い動きで一歩を出し、腰を落としながら次の足を杠の足元に入れ腕を伸ばした。 それは一瞬に近い動きだった。 足元を弾かれ前傾した杠の腹に腕が入るはずだった。

だが杠は足元に片足を入れられた時、すでに相手の懐に入るように動き、そして伸ばされてきた腕の下で武官の腹に拳を入れた。 あまりにも早く、いつ懐に入ったのか誰の目にも映らなかった。
拳を寸手で止める。 “時の刻み” が最後の一粒を落とした。
武官がうずくまることは無かった。

あまりに呆気ないものだった。

「そこまで!」

四方が笑みを浮かべる。

互いに肉体の痛みがあったわけではない。 治療も要しない。
すぐに移動して次に行われた面接では、試験の時の体術のことを訊かれた。 四方がわざと訊いたのだ。 何故かその席には文官だけのはずが、四色の皮の衣を着た四人の武官長も座っていたからである。

「あまりに呆気なかったが?」

「武官殿に不利な状況だったからではないでしょうか」

「それはどういう意味か」

「四方様が居られ、武官長殿もお揃いになられ、他の武官殿の目も御座いました。 己のように肩に荷など負っていない状況ではなかったかと」

「ふむ。 責に負けたということか?」

「いいえ、決してそのようなことでは。 武官殿にはどこにも隙が無く、己は動こうに動けない状態でおりました。 時の刻みが落ちていく中、限られた時で御座います。 それを打ち破って下さったのが武官殿です。 あの時、先に手を出した方に不利があると分かっておられたにもかかわらず、四方様、武官長殿の御前で時の刻みで終了を告げられるのを避けられたのだと思います」

四色の皮衣を着る屈強な体躯の持ち主である武官長たちが、それぞれの反応をした。 特に反応が大きかった緑に染めた皮衣を着た武官長は天を仰ぐように上を見た。

武官長たちは杠に隙が無かったことは分かっている。 手を出せなかったのは武官も杠も同じ。
杠に負けた武官は、少なくとも緑の衣を身に付ける緑翼軍(りょくよくぐん)では一、二位を争う強者だ。

武官長たちがどうしてそんな反応をしたのか。
杠の言ったことは武官が考えたことに間違いなかった。 試験という戦いのあと、武官が緑翼軍の武官長にそう言っていたのだから。

それに他の武官長もいま己らは武官長とはいえ、武官長に従う武官時代があった。 武官長の前で武官が何を考えるのかは分かっている。
武官の経験がないにもかかわらず、それをあっさりと言ってのけた杠。 考えを巡らせるということが出来、相手の立場になって考えるということが出来るということだ。

四方が武官長を見る。 四人が四人とも頷く。 武官長が杠の人間性を納得したということである。

「文官からは何かあるか」

四方が問う。

「そうですね、読み書きは?」

「出来ます」

「辺境の出とあるが、何処で教えてもらった」

杠の出身や簡単な履歴を書いたものを、手の内でピラピラとしながら問うているが、それは殆ど白紙に近い。 杠には何も書くことがないのだから。 普通ならどこで何を学び、または誰に従事したなどと詳しく書かれる。

「マツリ様に教えていただきました」

文官からこのような質問が飛んできたなら、正直にマツリに教えてもらったと言ってよいと、事前に四方から聞かされていた。

文官の手が止まる。

「え?」

文官が四方を見る。

「読み書き算術、何年前だったか、必要なものは全てマツリが教えた。 よくもあの短期間で覚えたと驚いておる。 ああ、それに体術もな」

最後に付け加えられた言葉に武官長が一瞬驚いた顔をしたが、次には苦い顔を作ったり、額に手をあてている。
小声で「先に仰って下さればよかったのに」 などと聞こえてくる。

「他には」

文官を見て四方が問う。

「ああ、いえ。 十分で御座います」

「それではこれにて終るということで、体術は合格ということで良いな」

武官長を見て言うが誰の目にも負けたのは明らかだ。 これで不合格とは言えないし言う気もない。 四人の武官長が頷く。

「では文官、面合わせの合否はいつ知らせが入る」

「学の方ではマツリ様からのお教えがあるのでしたら、何の異存も御座いませんし、受け答えもしっかりとしたもので御座います」

それに四方のお墨付きだ。
四方を見てそこまで言うと武官長を見る。

「武官長、先ほどの四方様と杠の受け答えをどう見ましたか? そちらの方は私にははかりかねるのですが」

「立場というものを慮ることが出来ると見ました。 十分かと」

緑の皮衣を着た武官長が答える。
文官が頷く。

「では、この場は私に任されておりますので」

四方に言うと杠を見た。

「今この場で合格を言い渡す。 官吏という職に恥じることなく精を出すよう。 証明や帯門標はおって渡す」

「有難うございます」

そつのない杠だ。 面接では内容の振り方次第でこうなることは分かっていた。 明日から己の仕事を手伝わすのもいいか、などとどこかで考えている四方だった。



ゴロン、ゴロン、ゴロン、ドン。
バフゥ・・・。
ジロリとガザンに睨まれた。

「あ、ごめん」

光石の採石場から戻ると、今度は阿秀に暫く家から出ないようにと言われてしまった。

「今日は雨だから諦めがつくけど、いつまで居なくちゃなんないのよー」

「少なくとも泥の中を走られては困ります」

戸の向こうで声がした。

「え?」

「塔弥です。 よろしいでしょうか」

「あ、うん」

戸がすっと開いた。

「かなり不満が溜まっておられるようで。 大きな声が聞こえてきました」

「あ・・・」

よいしょ、と言って厚みの無い木箱を座卓の上に置く。

「なにこれ?」

「昨日、飾り石の採掘場で見つかったそうです。 紫さまのお誕生の祝いまでに作りたいと、職人が持ってきました」

むやみやたらに採掘するわけではない。 飾り石の職人がコレ、と思ったものを採掘している。
塔弥が木箱の蓋を開けると、そこには見事な大小の紫水晶と、そして他の色をした飾り石が並べてあった。

「わっ、なにこれ、大きい」

大きいだけではない。 紫揺の目では分からないが上質だ。

「はい。 これをどんな形に削ってほしいか、他のどの飾り石と合わせて欲しいか、何を欲しいか。 職人が紫さまのご要望を聞いて欲しいと言ってきました」

「何を欲しいかって?」

「腕輪であったり、髪飾り・・・えっと、己は男なので想像が乏しいですが、ほかに紫さまが思われる物があれば」

そんなことを言われても、塔弥とほぼほぼ変わりのない紫揺である。

「腕輪も髪飾りもあるよ?」

「それは紫さまの代の物ではないでしょう。 職人は紫さまにお作りしたいと言ってます」

「・・・この石を削るの?」

「はい」

どうしてだろう、それは悲しい。 なぜ今のこの姿のままではいけないのだろうか。 どうして削られねばいけないのだろうか。

「削らなきゃいけない?」

「え?」

「他の石も」

塔弥が微笑んだ。 紫揺ならそう言うだろう。

「職人には厳しい返事でしょうね」

木箱に蓋をし、そう言い残すと部屋を出て行った。 塔弥でなくとも紫揺が何を考えているかは、手に取るようにわかる。

「・・・あ」

さっさと出て行ってしまった塔弥。 葉月とのことを訊きたかったのに。
もし塔弥が葉月に告白していれば、マツリのことを言わなければいけない。 言いたくないが。 それなのに葉月とのことが気になる。

―――言いたくないのに。

「ちがう」

いや、違わない。 相談したい。 許嫁とはなんなのか。 首筋に唇を合わせることで許嫁となるのか、そういう約束事がこの地にはあるのか。
この領土の、本領のルールが分からない。

もう赤くない首に手をやる。

首筋に唇を合わせたマツリ。 『まだ接吻はせん。 だがもうお前は俺の許嫁だ』 マツリがそう言った。

そうなのか? 首筋に唇を合わせることで許嫁となるのか? それを教えて欲しかった。
もしそうなら取ったもん勝ちになるではないか。

「マツリ・・・」

憎々しいマツリ。

マツリの言ったことがもし本当なら・・・首筋に唇を合わせることで許嫁になると言うのなら、この首をとりたい。
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