大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第58回

2022年04月29日 22時20分39秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第50回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第58回



再度、静寂が辺りを支配したが、その静寂には個々それぞれ違う意味を持っている。
それを一番に破ったのはマツリ。

「添うと言えば一つしか無かろう」

紫揺と杠が目を合わせた。
紫揺にしては意味が分からない。 そして杠は・・・。

「マツリ様、なにか誤解をされておられるようですが」

「誤解?」

「はい、決して反駁(はんばく)の意は御座いませんが誤解かと。 ですからはっきりと申し上げます。 己は紫揺のことを妹のように思っております。 いや、弟でしょうか」

くすぐったい笑みを紫揺に送る。 送られた紫揺が嬉しそうに微笑む。

「妹?・・・弟?」

意味が分からないといったようにマツリが復唱する。

シキは先ほど紅香から、紫揺は杠のことを兄のように思い、杠も紫揺のことを妹のように思っていると聞いた。
まさかだった。 マツリでは到底太刀打ちできない雰囲気を二人でかもし出していたのだから。
だがシキは今はっきりと耳にした。

「己は両親を亡くしました」

どうして今そんな話を、とマツリの眉が僅かに顰められる。 それに、それは知っている。

「己には兄も姉も弟も妹もおりません」

それも知っている。

「養い親には・・・」

育てては貰った。 だが心あるものでは無かった。
ずっとマツリは陰から杠を追っていた。 杠が辛い目に合っていることも知っていた。

「言うでない」

杠が一旦頭を下げ、続けてマツリに言う。

「己に兄弟はおりませんでした。 己に守れる弟妹がいれば、守ってやりたい者がいれば、そんな相手がいればと、いつもそう思っていました」

「杠・・・」

「己にそんな者などおりません。 己にはマツリ様しか居られません。 己に兄弟はおりません・・・マツリ様しか居られません。 ずっとそう思っておりました。 ですが紫揺が現れました」

意味が分からない。
だからどうなのだ?

「紫揺の思うまま、紫揺のまま、その紫揺を守りたい。 己はそう生きたいと思っております。 もちろん紫揺が東の領土の五色様だとは知っております。 ずっと付いて守ることなど出来ない事は知っております。 遠くから見守ることしか出来ないと分かっております」

「・・・ならば、紫の気持ちも分かっていような」

「はい。 そのつもりで御座います」

杠の答えにマツリの心が痛んだ。 だが痛むのは己の勝手。 それにどうして痛まなければいけないのか。

「では・・・紫を杠の奥に迎えるか?」

喉が潰れるかもしれない、どうしてだかは分からないが、それ程に言いたくない言葉だった。 だが紫揺がそれを望んでいるのなら。

「誤解と申し上げております」

「・・・」

「己は紫揺のことを妹・・・妹か弟のように思っております。 そして紫揺も己のことを兄のようにと思っております」

「・・・え?」

マツリがの表情筋が止まった。

「それとも俺は一つ下だ。 紫揺の弟か?」

イタズラな目をして杠が紫揺に問う。

「腹立つけど杠しっかりしてるからお兄ちゃん。 それに優しいし」

杠が優しい笑みで頷く。

「マツリ様、紫揺にも兄弟がおりません。 紫揺は兄姉が欲しいと思っています。 己がそれに当てはまったということで御座います」

「・・・は?」

あの決心は何だったんだ。

「だ、だが!」

はぁー、とシキのため息が漏れる。

「だがも、へったくれもありません」

マツリの言いたかったことはこれだったのか。
先ほどの紅香の話しでも、紫揺が杠のことを兄と思っていると断言したと聞いた。 だから今この会話を余裕で聞けたのだが、杠と紫揺がはっきりと言ったにも拘らずマツリはまだ何を言いたいのか。

「シキ様! そのようなお言葉はお慎み下さいませ!」

襖内に座る昌耶から声が飛んできた。
昌耶にチラッといたずらな目を送る。 だがそれも美しい。
美しいところを除くとこれも完全に紫揺に感化された結果だろう。

「父上も紫を杠の奥にと仰っておられたではありませんか!」

やはり立ち聞きをしていたのか。

「ええ、たしかに仰っておられたわ。 二人が合っているとも、気が合っているとも、口に出さずとも分かりあっているとも。 杠は良い男で飲み込みも良く、父上の前に出ても気おくれすら感じられなく堂々としたものだと。 杠の度量があれば紫をゆるりと愛おせようと」

言ってやった。 全部言ってやった。 それもクレッシェンドで。 スッキリした。
まだ何かを言おうとするマツリに苛立ちを感じた。 四方の言ったことを言わずにはいられなかった。

シキの口から四方がそんなことを考えていたのかと知らされたこの場にいる者たち。 それぞれがそれぞれに思うところがある。

紫揺は杠をそんな風に褒めていたのかと。 あの四方だがそれはそれで嬉しい。 自分の兄と慕う人を褒められて嬉しそうに杠を見上げる。

当の杠はお尻がむず痒くなる思いだ。 だが二人が合っている、気が合っている。 そう言われ嬉しさが隠し切れない。 己を見上げる紫揺に微笑み返す。

“最高か” と “庭の世話か” は、もともと杠のことを悪くは思っていない。 ただマツリと紫揺が一緒になってくれればと思っていただけに、杠と紫揺の空気感、優しく豊かに漂うものを見過ごすことが出来なかっただけだ。
だがそれも紫揺と杠から互いの気持ちを聞いて無いものとなった。 無いものどころか、杠と居ると紫揺が穏やかな顔になるのを見て嬉しく思えるし、それに今更だが、杠はとても良い男だ。 四方が褒めた通りの男だ。 シキが話している最中も何度も頷いていた。

そして昌耶はシキの苛立ちを感じ眉根を寄せている。

「はい、そうです。 紫が本領の者なら杠の奥に推したいとそう仰っておられました」

「だから? だからマツリが父上に代わって紫に訊いたというの?」

「我は杠に幸せになってもらいたい、そう考えているだけです。 父上から見ても似合いの二人と聞けば当然で御座いましょう」

「それは・・・。 難しく御座います」

「うん。 杠の奥なんかより妹の方がいい」

「どうしてだ」

心底不思議な目をしている。
紫揺と杠が目を合わせた。 そしてマツリを見る。

「だって、ずっとお姉ちゃんとお兄ちゃんが欲しかったんだもん。 お姉ちゃんにはシキ様やニョゼさんがなってくれたけどニョゼさんにはもう会えない。 今はシキ様しかいないし、杠はやっと現れてくれたお兄ちゃんなんだもん。 杠の奥になんてなったらぜんぜん楽しくない」

「言えてるな。 俺も紫揺を奥にしたら今みたいに楽しく感じないだろうな」

「分らん。 楽しいとか楽しくないとか。 男たるもの奥が一番大切ではないのか?」

いつからか二人を一緒にさせようと思う中で感じていた痛みを忘れている。 それどころか、そんな気など無いという二人を説得する側になっている。

「どうご説明いたしましょうか・・・。 紫揺のことは大切に想っています。 ですが紫揺が怪我をしたとて慌てふためきません。 どうしてそんな怪我をしたのか反省を促します。 奥にそんなことは出来ません。 奥には出来ればゆるりと座っていてほしいですから」

ずっと座っていられないだろ? と、横を向いて紫揺に訊くと勿論大きく首を縦に振る。

「地下で見た紫揺の様子は本当にやんちゃな坊でした。 そんな時を一緒に過ごすのを楽しく感じましたし、宮に居れば紫揺も大人しくしておりますが、それも楽しいですので」

やんちゃな坊はマツリも知っている。

「どこが大人しいのか、紫は突っかかってくるばかりではないか」

「突っかかってくるのはそっちでしょ」

「紫揺、口の利き方を」

紫揺が口を歪めてプイとマツリから目を逸らせる。

まるで猿回しのサルだ。 この短期間でよく調教されたものだ。

「杠の言うことなら良くきくのだな」

「マツリには関係ない」

「ご納得いただけましたでしょうか?」

「たしかに紫はじっとしてはいられないだろう。 我も地下でのコイツの様子を見ている。 だが歳も歳だ。 そろそろ落ち着くだろう」

「マツリ、コイツなどと。 それにもういいでしょう。 紫も杠も互いをどう想っているのか言ったのですから」

ついでにこの場で、マツリが紫揺のことを想っているということを宣言したいくらいだ。

「納得しかねます」

「マツリ様、どうしてでしょうか? 何故それほどに仰られます?」

「先ほども言った。 杠には幸せになってもらいたい。 紫がまともな奥になどなれようはずは無いとは思うが・・・似合っておる」

似合っている、ただそれだけをいうのにどうして息が止まった。 それにまた刺さる痛みがする。

マツリの様子を見ていた杠が口の端を上げ、そういうことか、と心の中で呟いた。
紫揺に助け出された後の地下に居る時から四方の前でのこと。 全てに納得がいった。

「どうだ? 俺が納得できるような理由があるか?」

「そうで御座いますね。 では、はっきりと申し上げましょう」

はっきり? 何のことかと紫揺が杠を見上げる。

「己は紫揺を壊したくありません」

どういうことだと全員が杠を見る。 もちろん昌也も。

「壊す? 杠の奥にすることで紫を壊すというのか?」

「紫揺は己のことを兄と慕ってくれています。 それを壊したくありませんし、己は妹を壊したくありません」

全員が意味が分からないという顔をしている。

「先ほど四方様のお房でご報告をさせて頂いておりました時、マツリ様はおられませんでしたのでご存じありませんが」

そう言ってシキを見る。

「城家主の屋敷で紙を拾ってきた時のお話です」

「ええ、もちろん覚えています」

「己は城家主か喜作あたりがあの紙を落としていったと考えると申しました」

「ええ。 聞いて・・・」

まで言うと思い出したように顔を赤くした。 両手で頬を覆う。

「その様なことをしたくないと。 そのようなことで紫揺を壊したくないと考えております」

「何のことだ? それに姉上?」

マツリがシキを見て言ったことに、紫揺が杠との間に挟んだ向こうに座るシキを見ると両手を頬に当て俯いている。

「シキ様? どうされました?」

だがシキは顔を赤くしたまま首を振るだけで、更にマツリが紫揺に問うてきた。

「杠、はっきりと言うと言ったではないか。 これではわけが分からん。 紫、お前も話を聞いておったのだろう、どういう意味だ」

その時のことを思い出そうとする。 だが、うやむやにされたことしか覚えていない。

「私にまだ知らなくていいって言ったこと?」

「そうだ」

「何を知らなくていいって言ったの? あの時、四方様にうやむやにされた」

「紫、いいのよ。 杠の言う通りだから」

まだ顔を赤くしている。
“最高か” と “庭の世話か” が小首をかしげる。

「あ、あれま・・・・」

そう言って顔をほんのり赤くしたのは昌耶である。 さすがは年の功。
丹和歌が世和歌をちょんちょんと突つき、昌耶を指さす。 世和歌が頷きそっと昌耶に近づく。

「昌耶さま、なにかお分かりになりまして?」

「え? あ、あら。 ・・・どうご説明いたしましょう。 その・・・」

ごにょごにょごにょ。

「え! ま、まぁ」

聞いた世和歌が頬を染める。

「姉さん?」

丹和歌が手招きをするが伝えるには恥ずかしい。 反対に世和歌が手招きをする。

「昌耶さま、丹和歌にも・・・」

「あ、あら、いやだわ、二度も・・・・」

と言いながら、ごにょごにょごにょ。

「まあ、そんなお話をされておられたのですか?」

けっこう平気にしている。 頬も染めていない。 すたすたすたと歩いて “最高か” に耳打ちする。

「まあ、それでは紫さまに聞かせられませんわ」

彩楓が言うと紅香も頷くが、こちらも昌耶や世和歌のような反応はない。

先ほど賑やかしく話していた時にチラリとそんな話が出た。 紫揺が男女の間のことを何も知らないということを杠だけではなく “最高か” と “庭の世話か” も気付いた。

「俺は紫揺が知りたいと言えば教える。 何でもな。 だがこれだけはマツリ様から教わるといい」

「え?」

と言ったのはシキ。
“最高か” と “庭の世話か” は顔を見合わせている。

「別にマツリから教えて欲しいことなんてないけど」

「今すぐにではない。 そのうちにということだ」

「杠、なんのことだ」

「己は教えたくありませんのでマツリ様宜しくお願い致します」

「さっきから全く見えん」

「では、何もかも包み隠さず申しましょう。 紫揺をだ―――」

まで言うと「キャー」っと、悲鳴が聞こえ、次いでドタバタと走ってくる足音。
足音をならした者より先にシキが紫揺の耳を塞ぎ、走って来た “最高か” と “庭の世話か” 八本の手がシキの手の上から、紫揺の顔を覆っている。

「杠殿、少々お待ちくださいませ」

丹和歌が言うと、そそくさと紫揺をつれて部屋を出て行った。 何故か “最高か” が耳と目を押さえ 世和歌が口を押え、丹和歌が見えない紫揺の両手を引いて後退りながらである。

モゴモゴと紫揺が何かを言っているようだが、とにかくこんな話を聞かせたくない。 自動ドアのように襖が開くと何故か昌耶も一緒に襖戸を出てすぐに閉じられた。

コホン、と咳払いをするシキ。

「紫にまだ知らないくていいと言った割には、はっきり言おうとするのですね」

下を向きながら相好を崩すとそのままで言う。

「あの女人方が紫揺のことをどうお考えになっておられるのかは知っているつもりで御座いましたので」

「では? ああいう風にすると分かっていて?」

このような話の内容ではシキの顔を見るべきではないと思い先程は下を向いたまま話したが、ニ三言葉を交わすのであれば顔を背けたままでは失礼にあたるとシキを見る。

「確実にとは言い切れませんが、おおよそ、そうされるだろうと。 ですから最後の一言はゆっくりと申し上げました。 地下で人を見てばかりしておりまして、人となりが他の者より早く分かるようになったつもりで御座います」

先程から四人と昌耶の様子を視界に入れていた。

「もしかして、わたくしのことも?」

紫揺の耳を押さえたことも?

「シキ様が紫揺を大切にされていらっしゃることは存じております」

シキが話しているのだ、割って入るわけにはいかない。 話が終わるのかを待っている。 そのマツリに杠が向き合った。

「マツリ様、どうしてマツリ様の想い人を己に押し付けようとされるのですか?」

「なっ!?」

今にも飛び上がらんばかりだ。

「己は紫揺の兄のつもりです。 紫揺がとんでもない者に心を惹かれればなんとしてでも止めます。 ですがマツリ様になら安心してお任せできます」

「なにを! 何をたわけたことを!」

「では、己が紫揺を抱いても良いと仰いますか?」

「そっ、それは!」

「紫揺と己が寄り添えばそういうことになります。 マツリ様は己にそうするように仰るのですか? 紫揺にも」

「杠、どうしてそのことを・・・」

「姉上、そっ! そのこととは、なんのことでしょうかっ!」

杠がそっとシキに言う。

「マツリ様と紫揺と己が揃って顔を合わせたのはほんの僅かな時です。 ですが先程のマツリ様のお話のされ方、表情で察しがつきます」

それに、とマツリを見て続ける。

「紫揺に意識はありませんが、紫揺もマツリ様のことを心の内で呼んでおります」

「どういうこと?」

「例えば、今回地下に行くことになりましたが、その時に四方様が武官を付けると仰ったのですが、武官には無理でしょうということになりました。 それを知り紫揺はすぐにマツリ様の御名を出しました。 ですが他出されていたので結局己となりましたが。 先程の報告の時もそうです。 シキ様はお聞きになりましたでしょう? 座してすぐに紫揺がマツリ様のことを四方様に訊ねたのを」

「あ、そう言われれば・・・」

「紫揺からはマツリ様のことをあまり良くは聞きませんが、ですがマツリ様。 地下から戻ってきた時、マツリ様が己のことを杠とお呼びになる。 それはマツリ様からお聞きする前に紫揺から聞いておりました」

「どういうことだ?」

「紫揺はマツリ様がどうお考えになるかよくわかっております」

「偶然だろう」

「マツリ様、その様なことを仰らず、まずマツリ様が声を静め、穏やかにお話をされてはいかがでしょうか。 そうすれば紫揺もその内、己の気持ちに気付くでしょう」

「別に気付いてもらわなくとも・・・。 いや、その様なことがあるはずはない」

紫揺が目覚めた時たしかに穏やかに話していた。 それを思い出すと紫揺は素直に受け答えをしていた。 いつからまた怒りだしたのだろうか。 大声を出し始めたのだろうか。 なぜ大声を・・・。
カルネラが紫揺の懐に入っているのが気に食わなかった。 カルネラが紫揺の懐に入りかけたから大声を出した。 紫揺にだけではなくカルネラにも大声を出していた。

マツリが一人黙考している前ではヒソヒソとシキと杠が話している。

「杠が言うようにマツリは紫のことを想っているわ。 でもそれに気付いていないの。 気付いていないのに妬心の塊なの」

眉尻を下げてシキが言う。

「まずはマツリ様が紫揺のことをお想いになられていると気付かれるのが一番かと」

ですが、とシキに疑問を呈する。

「紫揺自身は東に生きると言っておりました。 民であればなんということも御座いませんが紫揺は五色様です。 マツリ様は己にああ仰いましたが紫揺が東を出るなどということが出来るのでしょうか?」

「紫次第よ。 紫が東を出て本領に来ると決めれば本領から新たな五色を送ることになるの」

「では東の五色様としての心配はないのですね?」

「ええ」

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