大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第57回

2022年04月25日 21時54分47秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第50回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第57回



四方がマツリを見て椅子に座るように言い、目で問いかける。

「まずは剛度に知らせました。 技座(ぎざ)と高弦(こうげん)が朝陽の番と聞きましたので先に技座と高弦からと思い、すぐに剛度に二人が岩山に行かないようにしてもらいましたが武官が来るのが遅れまして、不審に思った技座と高弦が逃げ出してしまい、その時に新しい者にも声を掛けその二人も逃げてしまいました。 散り散りに逃げてしまい、来ていた武官は四人だけでしたので取り押さえるのに時がかかってしまいました」

「馬で逃げたのか」

「はい」

逃げていく馬をマツリが上空から見て武官に方向の指示を与え押えさせたのだろう。

「逃げたということで十分だな」

「はい」

「では地下と見張番は終わった。 だが紫と杠から得た情報から次に当たらねばならないところが出来た」

「・・・そこは」

「光石の関係もだが、造幣所(ぞうへいどころ)だ」

傍らに置いてあった紙を広げ、零れ金を包んでいた手巾を開いて見せる。

「零れ金?」

「紫が地下に入っていた時に屋根裏から取ってきたそうだ。 当の紫はこれのことを知らずこれで牢を開けようとしていたそうだが」

「杠の入っていた牢、ということですか」

「ああ」

「まさかこれで開けたということではないのでしょう」

「これの他に屋根裏から針金や色々持って出たらしいが、その後に鍵を見つけ鍵で開けたらしい。 その後、一切合切を捨ててくるつもりだったが、うっかり宮まで持ち帰ったということだ」

「間抜けから金が出てきたと言うことですか・・・それでこちらは」

間抜けから、とは。 杠なら絶対に口にしないだろう。 ここに紫揺が居なくて良かったと、つくづく心の中で溜息を吐いた四方である。

「それは杠が持ち帰った」

「光石の受け渡し・・・。 採掘場と零れ金からの造幣所・・・どちらもに地下と通じている者がいるということですか」

「そのようだ。 それと今日紫が持ち帰ったのがこれだ」

もう一つの手巾を広げて見せる。

「帯門標? ・・・乃之螺」

「地下の屋敷の厨で見つけたらしい。 ある意味、一番たちが悪い。 家族が囚われているわけでもない、それなのに地下の屋敷に入り込んだのか、地下の者に見せびらかしでもして取り上げられたのかは分からんがな」

帯門標は持って出てはいけないことになっている。

「問罪しても濡れ衣と申しませんか?」

少しは落ち着いてきたのか疑問符が付いた。

「言うだろう。 だがそこの持って行きようが刑部の腕になるだろう」

「確かに」

「これで一通りだ。 遅い朝餉を食してから紫を送って行くか? それともすぐに送って行くか? 待たせておる」

「キョウゲンが陽の中を長く飛んでおりましたので少し休ませたいと」

「そうか。 では朝餉・・・というか、もう昼餉の時になるな。 では昼餉をとってから紫を送ってやってくれ。 紫には後に褒美を取らす。 もちろん杠にも」

杠はあくまでも民であり、官吏でもなければ百足のように特別な立場にある者でも無い。 有力な情報をもたらせばそれに褒賞を出すのは当たり前である。

「はい」

四方が従者にマツリの食の用意を急がすように言っている横でマツリがシキを見た。

「紫はどこに」

「あ、ええ・・・」

杠と一緒に居るとは言いにくい。
マツリが眉を寄せる。

「いかがいたしました」

「いいえ、なにも・・・」

「紫に話があります」

「えっ!?」

どうしてそんなに驚くのだろうか。

「姉上?」

「用意が整うまで時がいる。 シキ、連れて行ってあげなさい。 杠も一緒にいる、細かい地下の話もあるだろう」

「杠もですか?」

「ああ、マツリも杠への次の指示があるだろう。 一緒に待たせておる」

「そうですか。 では姉上お願い致します」

一瞬眉を顰めたシキだが仕方ない。
腰を上げ部屋を出た。

昌耶が先を歩く。 きっと今朝早くに出たあの部屋に居るに違いない。 紫揺と杠があの雰囲気をかもし出していてはどうしようか。 “最高か” と “庭の世話か” が何とか食い止めてくれているだろうか。
心と一緒にどんどん足が重たくなっていく。

「姉上!」

マツリの声ではない。 後ろを振り向くと己のことを “姉上” と呼ぶもう一人がいた。 昌耶も足を止める。

「あら、リツソどうしたの?」

「先ほどシユラと歩いていた者はいかなる者でしょうか」

要らないところに入ってきてくれる。

「今は勉学の時じゃないの? それにカルネラは?」

「カルネラならどこかに行ってしまいました。 我が聞いているのはアヤツのことです」

ここにも杠のことを恋敵にする者がいたのか、と、歎息を吐きたくなる。
マツリにすれば紫揺と一緒に歩いていたと言うなら四方の話しから杠だろうと思える。

「アヤツではない。 我の・・・友だ」

どういうことかとシキが小首をかしげる。

「供? 兄上の供はキョウゲンで御座いましょう」

「その供ではない。 大切な者という意味だ」

「大切な者? それはもしかして友達という者ですか?」

「そうだ」

リツソが紫揺に言われたこと、その引出しを開けた。

『一緒にいて楽しいし大切。 ある意味、財産。 自分がしてきたこと、やってきたことの宝物』
紫揺はリツソに友達の説明をこうしていた。

「大切で財産で宝物ということですか?」

何を言いたいのだろうかとマツリとシキが目を合わせる。

「そ、そうでありましたか。 アヤツは兄上に言われシユラを守っていたのですか。 ですがシユラは我が守ります故、ご心配なく。 で? シユラは今どこに?」

「リツソ、勉学の時にはしっかりと勉学をなさい。 師はどうしたの?」

「さぁ」

リツソがしらばっくれようとした時、向こうの回廊からリツソの師が走って来た。 もう年齢的に走れるものでは無いのに。

「ああ! マツリ様! リツソ様をお捕まえ下さいませ!」

リツソの勉学の師の前をカルネラが走っている。
紫揺に言われた。 リツソに勉強をさせるように。 だがリツソが度々逃げる。 そのリツソの後を追ったカルネラが、リツソの勉学の師にリツソの場所を教える為にやって来た。

回れ右をして走り出そうとした時、すっとリツソの後ろ衿にマツリの手が伸びた。 そのまま摘み上げられる。

「また逃げてきたのか」

「いいえ、そのような・・・」

「それに先程カルネラがどこかに行ったと言っておったな」

「カルネラが勝手に窓から出て行ったのです」

確かにカルネラは窓から出るとお腹一杯になって帰って来た。 そしてリツソに付いた。 そう紫揺から言われたのだから。
だが己に都合の悪いところはマツリには言わない。

ゼーハー言って、やっとマツリの隣にやって来たリツソの勉学の師。
浮いているリツソの足元に跳びつくとスルスルと頭に乗ったカルネラ。
ポコスカとリツソの頭を叩く。

「リツソ、ベンガク。 ニゲル、ダメ。 シユラ・・・リツソ、オベンキョウ。 オシエテホシイノッ!」

それだけでマツリにもシキにもリツソが嘘をついたか、都合のいいことだけを言ったのだと分かる。

「昼餉抜きで見てやってくれ」

そう言って師にリツソを渡した。
リツソにしてみれば軽いカルネラの言葉よりマツリの方の言葉の方が重い。

「兄上! 何ということを! 兄上!!」

リツソがどれだけ暴れようが、二度と逃がすまいと師がしっかりとリツソの手を握っている。

「昼餉抜きが嫌なら、今から三刻(一時間三十分)は大人しくしかりと勉学をしろ。 また抜け出るようなことがあれば昼餉抜きだ。 分かったな」

リツソにそう言うと師を見て「頼む」と言った。

「えー!!」

リツソが何と言おうと無視を決め込み向きを変えシキと歩き出す。 昌耶が先を歩く。

リツソの煩(うるさ)い声が聞こえなくなったところでシキが話し出した。

「リツソにも困ったものね。 もう十六の歳になるというのに・・・」

民は十五歳で成人とみなされる。 だが本領領主の家系では十五歳は二つ名の歳。 十五歳で父親から二つ名を頂き十六歳で成人とみなされる。
リツソは十六歳を目の前にして未だに四方から二つ名を頂いていない。

「父上から二つ名のお話は聞いておられますか?」

「いいえ、全く」

「まぁ、我から見てもリツソに何の才も見えませんが」

リツソの声に代わって賑やかしい声が聞こえてきた。 楽しそうな声は紫揺が居ると思われる部屋からだ。
その賑やかしい声の中に紫揺の声がある。

「・・・楽しそうな」

「あ、ええ。 そうね」

シキが顔を下げどうしたものかと考える。 きっと紫揺と杠が愉しく話をしているのだ。 それに乗せられ他の者も楽しそうにしているのだ。 あの紫揺と杠の会話はそんな力を持っている。
だが考えたところでどうにかなるはずはない。

ひっそりと部屋案内に先を歩いていた昌耶が襖戸を開けた。

「マツリ様」

紫揺に笑顔を向けていた杠が開いた襖戸を見てその先にマツリが居るのを見て立ち上がった。
笑顔を零していた “最高か” と “庭の世話か” が、すっと身を引き襖口に移動する。

その様子を見たシキ、あの賑やかしい楽しそうな声の中に “最高か” と “庭の世話か” の声もあったのかと納得する。 だから襖戸外に誰も居なかったのだと。
だがどうして・・・。

「如何で御座いましたか?」

紫揺はマツリがどこに行ったのかを知らないが杠はちゃんと情報を得ている。

「少々手こずったがなんとか終わった」

十人掛けの長四角の長卓。 杠の隣には紫揺が座っていた。 マツリが杠の前に座る。 シキは紫揺の隣りに腰を掛けた。

「お疲れで御座いました」

まだ立っている杠に座るようマツリが促す。 軽く頭を下げると椅子にかける。

「父上から聞いた。 杠もよくやってくれたようだな。 何かは分からんが褒美が出るそうだ」

「滅相も御座いません。 捕まってしまった己などに」

「貰えるものは何でも貰っておけ」

そう言うと紫揺に目を転じる。

「紫にも褒美が出るそうだがあとの事になる。 我が東に持っていく」

「別に要らないけど」

あの四方から。

マツリが何を言いに此処に来たのかが見えない。 シキが怪訝な目でマツリを見る。
そのシキに後ろから声が掛かった。

「シキ様」

振り向くと紅香(こうか)であった。

「なぁに?」

「少し宜しいでしょうか?」

紅香が目配せをする。 ピンときたシキが椅子から立ち上がると「シキ様?」 「姉上?」 紫揺とマツリの声が重なった。 襖内では昌耶がピクリと眉を動かしている。

「少し、ごめんなさい。 紅香とお話があるの。 マツリ、お話を続けて」

この場のことが気になるがそれは彩楓と “庭の世話か” に任せよう。 紅香のあとに続く。 紅香が襖戸を開けて外に出ようとしたのを昌耶が止める。

「シキ様をどちらにお連れするのですか?」

紅香が戸惑ったようにシキを見る。

「昌耶もついて来て」

シキから言われシブシブと当たり前と嬉しいがごっちゃまぜになって昌耶が座を立った。

シキは昌耶が紫揺のことをどう思っているのかは知っている。 紫揺が着る衣装を決める取り合いをした仲なのだから。

紅香がススと襖戸を抜けるとそれに続いたシキと昌耶。
襖戸から少し回廊を歩いて、これくらいでいいかと紅香が振り返った。

「シキ様、紫さまは・・・」

ひそひそひそ。
昌耶が耳をダンボにしている。

「え!?」

「断言されました。 それを微笑みながら聞かれた杠様・・・杠殿も・・・」

ひそひそひそ。

紅香が “杠様” から “杠殿” と言いかえた。 それは “最高か” と “庭の世話か” が杠から言われたからであった。

『どうぞ己に “様” など付けないで下さいませ』 と。

どうして紫揺を危機から救った杠を “様” という敬称なしで呼ぶことなど出来ようか。
だがそれは “最高か” と “庭の世話か” が、杠がどんな立場にあるのかを知らないということもあった。
そこで杠がどういう立場なのかをある程度聞いたのだが、それでも杠を敬称無しで呼ぶなどということは出来ない。
とはいえ、杠の立場であるのならば “様” 付けにするのは非常識となる。 そこで “杠殿” と呼ぶようにしたのであった。

「本当なの?!」

「それに杠殿は紫さまに応えられるように・・・」

ひそひそひそ。

「うそっ!」

思わず手を口に当てた。


「東に居て何の不自由もないから要らないって四方様に言っといて」

「本領としてそういうわけにはいかん」

「本領とか東とか・・・どうでもいいんだけど」

「紫揺、マツリ様はその様なことを言っておられない。 働きに応じて褒美が出るということだ。 それこそ本領も東もない」

「でも杠だって断るようなことを言ったじゃない」

いつから “杠さん” ではなく “杠” となったのか。
マツリの眉が己の意思に反して動いてしまったが、それは動かすものでは無いと自覚している。

「己は捕まってしまったんだ。 それを紫揺が外に出してくれた。 その後の働きになど汚点を元に戻す程度のことだ。 だが紫揺は違う」

マツリが頭を下げる。
杠が堂々と “紫揺” と言っている。 昨日まではそんなことは無かったのに。

(何を考えている。 決めたのだから。 迷うことは無い)

マツリが下げた頭を上げる。
紫揺が杠を見上げている。 杠が諭すような目をしている。

(そうだ。 当たり前だ)

「紫・・・」

「なに?」

杠からマツリに視線を転じる。

「東の五色として生きるのか」

「は?」

「ずっと東に居るのかと問うておる」

「当たり前だし」

「・・・この本領に来る気は無いか」

え? という目をしたのは彩楓と “庭の世話か” だ。 マツリの意とするところが分からない。 互いに戸惑ったように目を交わし合う。

「本領に? 意味分んない」

「単純なことだ。 本領に来る気は無いかと問うておる」

「無い」

どうしてか杠が微笑んで紫揺を見ている。

襖戸がそっと開きシキと昌耶、紅香が戻ってきた。
雰囲気がおかしい。
シキが杠の隣に立ちそっと会話に入る。

「何のお話をしているの?」

「マツリが変なことを言い出して・・・」

シキがマツリに問う目を送る。

「紫に本領に来る気は無いかと問うております」

「え?」

「無いって答えましたけど、どうしてそんなことを言うのか意味がわかりません」

シキを見て困り顔を送る。

「マツリ、いったいどういうことなの?」

マツリがシキから目を逸らすと横を向き、ゆっくりと目線を下げた。

シキはまだ立ちっぱなしだ。 杠がシキに元の椅子に座るよう促しかけると、シキがそれを目で断り杠から一つ空けた椅子に座った。
だがそこは出入り口に近い席である、シキが座るべき席ではない。 杠の開きかけた口をシキが手で制する。
もちろん昌也もシキが座った席に納得はしていないが、今のシキの様子を見て立ち上がりかけた腰を収めた。

先ほどの賑やかしいのが信じられない程、静寂に包まれる。
遠くで庭仕事をしている音がする。 庭の木々や花々が風に揺られ葉擦れの音がする。 その音さえ聞こえない程この部屋に居る者たちには何も聞こえない。 次のマツリの言葉を待っているだけだ。
マツリが視線を上げ紫揺に合わせた。

「・・・紫」

「なに」

「杠と・・・」

「へっ? 杠となに?」

揺らぎかけた決心。 だが揺らいではいけない。 問わなくてはいけない。 言わなくてはいけない。

「・・・杠と添わんか」

「杠の何にそうの?」

チーン。

日本で言うならこの音だろう。 仏具の一種。 おりんが鳴った。

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