大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第2回

2021年10月15日 21時09分36秒 | 小説
辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第2回




「紫さま」

「あ、彩楓(さいか)さん、紅香(こうか)さん」

一年以上を過ぎたにもかかわらず、名を呼ばれた彩楓と紅香。 紫揺の頭の中で略して “最高か” が満面の笑みで紫揺を見、その後に互いに目を見合わせ頷いた。 タッグは健在のようだ。

「東の領主様、此之葉様もこちらに」

そう言って “最高か” が人波を分けて宮の庭を横切り、他から見えない所に行くと、小さな階段下で下足番が履き物を用意して待っていた。 履物を履き替えると小さな階段を上がり回廊を何度か曲がって、一室に紫揺と領主と此之葉を招き入れた。

「ここは?」

領主が “最高か” に問う。

「澪引(みおひ)様が来られます」

領主が問うたのに、何故か紫揺を見て答える “最高か”。

「澪引様が?」

言ったのは紫揺だ。

領主は領土に何某かがあれば本領に来るが、その時には本領領主である四方としか会わない。 ミオヒ様とはいったい誰のことだろうか。

「すぐにいらっしゃることは叶いませんが、それまでこちらでお寛ぎ下さいませ」

これまた紫揺の頭の中で略されている “庭の世話か” である、丹和歌(にわか)と世和歌(せわか)姉妹がしずしずと茶と菓子を持ってきた。 それぞれの前に茶と菓子の器を置く。
“庭の世話か” は世和歌の方が姉であるが、この略では丹和歌が先にきている。 それは先に紫揺に接していたのが丹和歌であったからである。

まだ三日祝いの行事が残っているというのに、どうして澪引が東の領主に会いに来るのだろうと紫揺が首をひねる。

「紫さま、ミオヒ様とは?」

「本領領主の奥様です」

今度は領主が少し首をひねった。

領主も此之葉も葉月やお付き達のように日本の言葉を熟知しているわけではない。 領主の様子に言葉のチョイスを間違ったと気付き他の言葉を探す。

「えーっと、シキ様のお母上です」

これは間違いない。

「え? お方様!?」

そう言われればと、遥か彼方に沈んでいた澪引の名前を思い出した。

(お方様って言うんだ・・・)

澪引は初めて紫揺と会った時に『澪引よ。 よろしくね』 と言った。 そう聞かされてからは、紫揺は澪引のことを澪引様と呼んでいたし、澪引の側付きもそれを聞いていた。 だからして紫揺にはお方様とは言わず、澪引様と言っていたし、それを聞いていた他の者たちもそれに倣っていた。 よって紫揺は澪引がお方様と呼ばれているとは露ほども知らなかった。

「どうしてお方様が・・・」

「どうしてでしょうかね?」

目を向けられても紫揺も分からない。

「このお菓子、美味しそうですね」

目の前に置かれた練り菓子を一つつまんだ。

お方様と聞いて此之葉が身を固くしている。 ここに以前、此之葉と紫揺と共に本領で行動を共にした領主の長男である秋我(しゅうが)が居れば、その変化に気付けたかもしれないが、生憎と澪引に会うことをそんなに重大に思っていない紫揺に此之葉を気遣うことは出来なかった。

その秋我は弟と二手に分かれ、辺境に住みずっと辺境を見ていた。 民たちは何十年も経つというのに、先(せん)の紫が見つからない事にずっと肩を落としていた。 辺境の民とてそうであった。 その辺境の民たちを長くシキが励ましていた。
婚礼を済ませたシキがもう東の領土に来ることは無いのだから、最後に秋我から礼を言わせるために連れてきたかったのだが、何人も行くと宮に世話をかけることになると、まだ東の領主にある己だけが来ていた。

「紫さま、お方様とご面識が?」

「はい」

いともあっさりと答えてくれる。

驚いている顔の領主に言葉を足す。

「以前本領に来た時に、澪引様と会ってお話をしました」

その内容はあまり言えない。 リツソの許嫁の話しとはとても言えない。

「ん?」

あの時の話の続きだろうか。 リツソの許嫁の話の。 いや、それは無いだろう。 あの時は澪引もシキにつられてかテンションが上がっていただけだろう。

「これ美味しいですよ」

驚いている領主に練り菓子を勧めながら、もう一つ口に入れる。

「あれ?」

やっと気づいた、どこか様子のおかしい此之葉が目に入った。

「此之葉さんどうしたんですか?」

この一年と少し、紫揺と共に行動してきた此之葉。 その此之葉が頭を下げ、手をきつく握り膝に置いている。

「わわわわわ・・・わ、わわわた、わた、わたしは・・・」

澪引がお方様と聞いた此之葉が壊れているようだ。

「こ、此之葉さん! どうしたんですか!?」

「みみみ・・・みお、澪引・・・様・・・みお・・・オカタ・・・オカタサ、マ」

本領領主は東の領主より若いことは以前に会って知っている。 我が領土の領主のように、年齢を重ねた穏やかさを感じることは無かった。 重厚とも感じられる威厳、そして低く響く声。 その奥方となるお方様を想像しただけで身体に緊張がほとばしる。

「此之葉さん、しっかりして。 澪引様は人間だから」

そういう事じゃないだろう。

「澪引様はとても可愛らしい方だから」

「・・・」

「最初にシキ様の妹様かと思ったほどに可愛らしい方ですよ。 とっても可憐な方です」

あの四方の嫁とは思えない、と言いかけた時に襖が開いた。

「え?」

「まぁ、そんな風に見て下さっていたの?」

襖の向こうに婉然なる女性、澪引が姿を現した。

「澪引様」

紫揺が言うと、領主と此之葉が椅子から立ち上がり頭(こうべ)を垂れた。

「改まらなくて宜しいわ。 四方様もいらっしゃいませんので」

澪引は祝いの席と衣装をかえていた。 重々しくない本領の衣装である。
淡い桃色で着物と同じく前合わせをし紅色の帯を巻き、その上に差し色を緑にした桃色に合わせた数枚の袿(うちぎ)を着ているが、紫揺の着ているものと同じで、日本の着物とは少し違う。 着ているものが着物に比べて随分と生地が薄い絹であり、帯も半巾帯より細い。 そして何より、帯の下は裾広がりになって、後ろはまるでドレスのように裾を引きずっている。

「東の領主、シキに言祝ぎを有難う」

椅子に座ると領主を見て言った。
見下げることなど出来ない。 その姿に合わせ領主たちも椅子に座る。

「東の領主、丹我に御座います。 此度はシキ様のご婚姻、誠におめでとう御座います」

「ありがとう。 足労を感謝いたします」

東の領主が頭を下げると、次に此之葉を見る。

「こ、此之葉に御座います」

「紫が世話になっているわね」

紫揺は東の領土の人間ではあるが、元を辿れば本領にいた人間だ。 遥か彼方の先祖という意味で。
東西南北の領土が本領から独立する時に、本領から五色(ごしき)たちが配された。 それぞれの領土は、五色を選ぶことが出来た。

北の領土はそれぞれが一色(いっしょく)だけを持つ五人の五色。
西の領土は北と同じく一色だけを持つ五人の五色。
そして先程の南の領土は異なる双眸を持つ二人と一色を持つ者の三人。
東の領土はたった一人で五色(ごしょく)を持つ五色。 そしてその名は代々紫と名付けられている。
それぞれの目の色がそれぞれの力を表している。

青が春、雷、風を操る
赤が夏、火、を操る
黄が中央、山、土、を操る
白が秋、天、沢、を操る
黒が冬、水、を操る

白の瞳などあり得ないので、白の力を持つ者は先程のメイワのように薄い黄色をしている。

一人で五色を持つ者は、日頃は黒い瞳であるし、黒の力を使うにはその瞳で良いのだが、他の色の力を使う時には黒を背後にその色が瞳に出る。 よって他の五色より濃い色、濃い力が出ることになる。 そして、赤と青の異(い)なる双眸を持つことも出来、その力が莫大であるほどに双眸が紫になる。 特にこの紫の力はその色を持った者によって力の現れ方が違うという。

以前、紫揺はその力でヒトウカの冷えから北の領土の “影” と呼ばれる者を助けたことがある。 紫揺の持つ紫の力は治癒の力となって現れていた。 まだまともに力というものを知っていなかった時なのに。

「あのご事情の中、紫さまは民に添って下さっています」

あの事情。 それは先程セノギが頭を下げた事にも繋がる。

紫揺はほんの一年数か月前まで自分は日本人だと思って暮らしていた。 だが、北の領土の者に攫われたのが始まりで、祖母の紫が東の領土で十歳になったその日まで暮らしていたことを知った。 紆余曲折がありながらも、その後日本を離れ東の領土で暮らすことを決めた。 領土と日本を繋いでいた洞が潰され、もう日本に戻ることは出来ない。

本領にしろ東西南北の領土にしろ、日本どころかこの地球にそんな領土が存在するのだろうかと疑える異世界のような場所であった。

「そう、領土の為よくしているのね、紫」

今度は紫揺に目線をかえた。

「いいえ、まだまだです。 それより澪引様、まだお席を外せないのではないですか?」

「ええ、そうですけれど四方様がお相手をしているでしょう。 それより、東の領主・・・丹我?」

「はい」

領主が返答する。

「折り入ってご相談があるのですが」

「ご相談とは・・・」

本領領主のお方様から相談されるようなことは何も思いあたらない。

「此度はシキの婚姻の儀が執り行われました」

「然に」

「シキはこれから本領領主四方様の手伝いとしての手を持ちません。 シキが見ていた東と南の領土にはこれからはマツリが見ることになります」

本領から独立した東西南北の領土だが、災いを持たらす者がいないかは、本領が見て回っている。 それは本領領主の娘であるシキと、北と西の領土を見ていた長男であるマツリの役目であった。
この時まではシキとマツリで二手に分かれて見ていたが、これからはマツリだけが見ることになる。

「然に」

「これからはマツリをお願いいたしますね」

「マツリ様にはお世話になります」

コクリと澪引が頷いて言葉を続ける。

「リツソをご存知ね?」

四方と澪引の末子であり、マツリのすぐ下の弟である。

「はい」

「やっと十五の歳になりました。」

「二つ名のお歳、御目出とう御座います」

「そうなの。 でも四方様からまだ二つ名を考えてもらえておりませんの。 でももう十五の歳になりましたから、紫をリツソの許嫁として先にはこの本領に迎えたいのですが」

「は?」

領主が膝に置いていた手を思わず卓に置き、此之葉は目を見開いている。 紫揺はがっくりと肩を落とした。

「澪引様、そのお話はあの時だけのことで・・・」

「あら、わたくしもシキも本気よ」

「あの時とは? 紫さま、もうそんなお話をされていたのですか?」

「先ほど言いました澪引様と初めてお会いした時に、そんな話になったんですけど」

ここまで領主に向かって言うと、次には澪引に視線をかえた。

「リツソ君は弟のようなものです。 その、言いにくいんですけど・・・そんなことは考えられなく・・・」

「今のリツソではそうでしょう。 否めません。 ですが、この一年でリツソも大層変わりました。 あと数年で他出も出来るほどになり、マツリの片腕にもなれましょう。 ね、考えてもらえない?」

領主も、と言って領主を見る。

「紫さまにおかれてはあの忌まわしいことから数十年待ち、やっと領土に帰ってきていただきました。 民が望んだ紫さまで御座います」

直接的に澪引の質問の答えにはなっていないがこれ以上は言えない。

「今すぐにではないわ」

領主が困っているのが分かる。 澪引も分かっているのだろうが、そうそう紫揺が本領に来るわけではないし領主にしてもそうだ。 澪引はこの機会を逃したくないのだろう。 これを解決するのは自分しかいないだろう。

「分かりました」

「紫さま!」

領主が声に出し、此之葉が無言で紫揺を見た。

「澪引様、ではあと一年・・・一の年待ちます。 それでリツソ君が私から見て頼れる人になっていればその時には真剣に考えます。 ですからまだ許嫁というのもやめておきませんか?」

「まぁ、考えて下さるのね」

「あくまでも、一の年の後にリツソ君がどうなっているかに関わります」

「ええ、ええ。 勉学、鍛練の日々を過ごさせますわ」

「あ、そんなに頑張らなくても・・・」

「いいえ。 紫を私の義娘にするんですもの。 それにシキもですわ。 シキがどれほど紫を義妹として迎えていたがっているか」

「あ・・・」

そうだった、あの時の話ではリツソの嫁探しではなく、紫揺を家族に入れるにはどうするかという話だったと思い出す。

そう言われればと、此之葉が一年と数か月前を思い浮かべた。
本領のこの宮で幾日か過ごしていた時、此之葉と秋我には客間が充てられていたが、紫揺には客間が充てられていなかった。 シキが紫揺と一緒に寝起きするといい、紫揺はシキの部屋で過ごしていたのだった。

そっと襖が開くと、襖際に立っていた澪引の側付きに何かが伝えられた。 その側付きが澪引に近寄り一つお辞儀をする。

「あら、もう時がなくなってしまったみたい。 では一の年の後を楽しみにしているわ。 東の領主、お手間をとらせてしまって御免なさいね。 夕の宴にはいらっしゃるのでしょう?」

「残念ですが我々はここまでで」

「そう、残念ですわ」

お方様、お急ぎくださいと側付きが小声で言う。 それを聞いた澪引が「遠路を有難う。 道中お気を付けてお帰りになってね」と言い残し部屋を出て行った。

紫揺と領主、此之葉が立ち上がり澪引を見送る。

「紫さま・・・」

隣に居る紫揺を見て領主が言った。

「ああでも言わないと終わらないと思って」

「では?」

「リツソ君がどれだけ変わっても、七つも下です。 頼り甲斐を感じることは無いです」

此之葉が安心した顔を見せ、領主がホッと息をつく。


「聞いた?」

「もちろん」

四人が同時に襖から耳を離した。

「紫さまが来てくださるのは嬉しいけど」

「お相手があのリツソ様ではねぇ」

「お気の毒だわぁ」

四人が声を合わせた。

先ほど澪引はリツソがこの一年で大層変わったと言ったが、少なくともこの四人から見てさほども変わっていないように見える。 いや、確実に変わっていない。

「澪引様はリツソ様にお甘いから」

「一の年の前とお変わりないわよね」

「ええ、まだ二つ名をもらってもおられないし」

「マツリ様の片腕などとは」

「ほど遠いわぁ」

また四人が声を合わせた。

この四人の会話から、澪引がこの部屋にいる時から襖に耳をくっ付けていたのが分かる。

澪引とシキにもそうだが、リツソはこの四人の期待にも応えられそうにない。

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