大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

辰刻の雫 ~蒼い月~  第1回

2021年10月11日 22時52分23秒 | 小説
辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第1回




時は夕暮れ時。 誰かが空を見上げると巨大なフクロウが空を飛んでいるのが見えただろう。 だがここは山の中。 こんな時間に空を見上げる者など居なかった。

「おととー! おかかー!!」

眼下には木々の帳(とばり)が見える。 その合間から聞こえるザァーザァーと流れる川の流れの音の間から僅かに子供の声が聞こえた。

「聞こえたか?」

巨大なフクロウの背からまだ声変りをしていない少年の声がした。

「はい」

巨大なフクロウが少年に答えた。
少年の目ではどこから声がしたのかは確認できない。

「どこに居るか分かるか?」

雀の尻尾のように、肩まである銀髪を首より少し高い所で一つにまとめ括っている少年が、自分より随分と身体の大きなフクロウの背の上で言った。

「しばしお待ちを」

フクロウが木々の合間から見える岩場、川の流れる辺りを見回した。 そこには居ないようだ。 フクロウには分かっていた、ここではないと。 だが一応見ただけであった。
声の聞こえた方向に移動する。 それは僅かの異動であった。 そこは木々の帳がポッカリと開いた所であった。 眼下には川の流れがある。

「居りました」

目当ての子供・・・少年の近くまで滑空すると、銀髪の少年にもその姿が見えフクロウから跳び下りた。 すぐさまフクロウが縦に一回転をし、身体を小さくすると少年の肩に乗る。
見つけた少年は五歳くらいであろうか、空から跳び下りてきた銀髪の少年にも気づかず川の縁の岩場にしがみ付きながら、川下に目をやり叫び続けている。

「おととー! おかか―!!」

「お父とお母が落ちたのか?」

少年に近寄ると声を掛けた。

自分以外の声がしたと思ったら、己の横に長靴が見えた。 驚いて顔を上げ振り仰ぐとそこに自分より随分背の高い少年がいた。

「おとととおかかを助けて!」

少年が銀髪の少年の足にしがみついた。 五歳ほどの少年から見ればたとえ九歳の少年とて大きく見える。
少年の声は枯れていた。 かなり長く叫んでいたのだろう。

「この先は滝になっておる」

「え・・・」

「もう少し安全な所に移動をしておれ。 ここはお前がいつ落ちてもおかしくない。 そこで待っておれ」

そこまで言うと足場のいい所に移動し「キョウゲン」 と一言いう。 キョウゲンと呼ばれたフクロウが肩から飛び立つ。 縦に一回転しその身を大きくすると、銀髪の少年目がけて滑空をしてくる。 銀髪の少年が地を蹴るとキョウゲンの背中にいとも簡単に跳び乗った。

「滝壺でよろしいですか?」

声が枯れるほどに叫んでいたのだ、既に滝に落ちているだろう。

「ああ、そこで見つからなければ川を下ってくれ」

「御意」

滝壺まで飛んだキョウゲンの背の上から見渡すが、陽は既に山の向こうに姿を隠そうとしていた。 銀髪の少年の目にはそれらしい身体を簡単に見つけることが出来ない。

「キョウゲンの目に見えたら教えてくれ」

人間とは比べ物にならない夜目の利くフクロウ。

「御意」

何度か滝壺の周辺を飛んでみたが、岩場に引っかかっている様子も、未だに落ちてくる川の水に弄ばれている様子も見られない。

「川下に行ってもよろしいでしょうか」

「頼む」

いくらか下り、流れが緩やかになったところで川辺に一人の女、もう少し下った川の中の岩に男が引っ掛かっているのが見えた。

「おりました」

キョウゲンが下降すると、少年にもその姿が見てとれた。

「あの二人に間違いありませんでしょう」

「その様だな」

キョウゲンから跳び降りた銀髪の少年が二人の息を確かめたが、事切れていた。

再び少年の居る所に戻った銀髪の少年。 声を枯らしていた少年は言われた通りに安全な所に移動し立膝の中に顔をうずめていたが、川石を踏みしめる音に顔を上げた。

「お父とお母は川下におった。 息はしておらん」

「え・・・」

「今からお前を連れて行く。 立ち上がり騒がずじっとしておれ」

そう言うと再びキョウゲンに跳び乗り、銀髪の少年を乗せたキョウゲンが空中で一度輪を描くと、まるで獲物を掴むかのようにその足で少年を掴んだ。
両親が息をしていないと聞かされた少年は、自分に何が起こっているのかも分からないままにその身体を宙に躍らせた。

(おとととおかか、が・・・。 息を、していない?・・・)

先ほどのところにキョウゲンが飛んでくると、銀髪の少年が跳び降りた。 キョウゲンが片足を上げて地に下り少年を降ろすが、少年の膝が砕けるように身を落としかけたのを銀髪の少年が支えた。

「お父とお母に別れを告げるがよい」

目の先には仰向けになっている己の母親が横たわっている。

「お・・・おかか?」

母親に一歩二歩と近づき、走り出した。

「おかか! おかか!」

川の水が顔の傷から出ている血を時折洗い流している。 衣はあちこちが破け、そこにも傷が見られる。 そして異様に曲がった膝。

「おかか! 返事して! おかか!」

少年がザバザバと川に入り、母親の身体を揺らす。

「おかか! おかか!」

「あまり揺すってやるな。 お父はあちらにおる。 あそこ迄はお前は行けん。 この場でお父とお母に別れを告げよ」

顔を上げ銀髪の少年の目線を追う。 川中に岩があり、そこに父親が引っ掛かっている。 いや、岩に上半身を引き上げられていた。

「おとと・・・、おとと・・・」

少年がそのまま川の中を走り出そうとしたのを、銀髪の少年が手を引いて止めた。

「お前も流されてしまうぞ」

「おとと! おとと―!」

離せと言わんばかりに銀髪の少年の手を剥がそうとするが、しょせん五歳くらいの少年の力では銀髪の少年の手は離れない。
ひとしきり暴れた少年だったが、とうとう銀髪の少年に大声を出され正気に戻った。

「お前が死んでどうする! お父とお母の分も生きろ!」

少年が銀髪の少年を見上げる。

「オレが・・・オレが。 オレがおとととおかかを殺した・・・。 オレが殺したー!」

銀髪の少年の眉が撥ねた。 殺したというのならば咎がある。 たとえ歳浅い少年といえど見逃すことは出来ない。 だが今の様子では殺したのでは無いだろうとは思うが、勝手に己の判断を下すわけにはいかない。

川の中に座り込んだ少年が、川の水を拳で打ちながら何度も何度も言い続けている。

「オレだ! オレのせいでおとととおかかが死んだー! オレが殺したーーー!!」

何度も何度もそう叫ぶ少年。 そしてとうとう少年の枯れていた声が出なくなった。 叫び続け喉を傷めたのは明らかだった。

体力も尽きてきたのだろうか、川の中に身を沈めていく。 このままうつ伏せで身を沈めるとこの少年も死んでしまう。
この少年が本当に両親を殺したのであれば咎を受けるのであるから、いま川の中に身を沈める方が楽なのだろうし、そうでなかったとしてもあれ程に叫んでいたのだ、何か事情があるのだろう。 これから罪の意識を感じながら生きていくことの方がこの少年には血を吐く思いであろうと銀髪の少年が考えるが、それでも見過ごすわけにはいかない。

銀髪の少年が声の出なくなってしまった少年の手を引いて河原に上げる。

「何があった」

「・・・」

声は枯れてしまったが、未だ枯れることなく流れる涙で頬を濡らし、精魂尽き果てたように河原に横たわってしまったままだ。
辺りはもう暗くなっている。 月明かりだけが頼りとなってしまった。

「お前もこのままここで野たれ死ぬか」

「・・・」

「俺はマツリ。 名は何と申す」

「・・・杠(ゆずりは)」

声にならない声で答えた。

泣き疲れたのか、少年は一言自分の名を残すとうつらうつらとしていった。
マツリが立ち上がりキョウゲンの背に乗った。

そして翌朝、都司(とつかさ)が早駆でやってきた武官から話を聞き、郡司(ぐんじ)がすぐに若い者を連れて少年の元にやって来て少年を保護し、川に眠る両親を埋葬した。



少年と両親は川に魚を捕りに来ていた。 少年は河原で待っているように言われていたのに、陽の光を浴びてキラキラと光る魚の影を追ってしまった。 そして川に落ちた。 運悪く深みで尚且つ流れの速い所に。

流されていく我が子に気付いた母親が川の中に入り、手を伸ばして助けようとしたが、指先が触れただけで、寸手のところで少年の手を取ることが出来なかった。 母親がそのまま強い流れの中に入り深みに足を入れ流されてしまった。

父親はこの先に滝があるのを知っていた。 なんとか先に流されていた少年を途中にあった岩に上がらせると、次に母親を助けようとしたが、父親も流れに身をとられてそのまま流されてしまった。

咎を問う内容ではなかった。

「養い親を探すかどこかで童(わらわ)として働いていくか、あとは郡司に任せる。 苦労であった」

父親である本領領主の四方からそう伝えられた。



覆面をした男が夜空を見上げた。 そろそろ城家主(じょうやぬし)の手下(てか)が出てくるはずだ。
家を潰された。 歴史ある家を。 そして民草以下にされた。
初代本領領主の家系。 連綿と続くその家系を潰された。

『其の権限を削ぐ』

『何故に!』

『其の血筋・・・領主の座を狙っておろう。 その筋、争いを起こすだけにある』

領主になるのは祖母のはずだったのに。



薄暗い中また視線を感じる。
振り向く。 目が合う。 また目を逸らされた。

疑われているのだろうか・・・。 
だが・・・今日こそは。 歩を出す。

「よう、なんかいい話はあるか?」

後ろから肩を叩かれた。
振り向くと知った顔があった。 もう一度前を見たが、もうあの男は消えていた。

「うん? なんか気になることでもあるのか?」

肩に手を乗せた男が俤(おもかげ)の見た先を見る。

「いいや」

俤が男に向き合う。

「こっちこそ訊きたいぜ。 酒を呑む金もない」

巾着を掲げて見せる。 振ると寂しい音が鳴っただけであった。

「ってことは、あの話を知らないらしいな。 オレに付き合えよ」

「金になる話か?」

「酒になる話だ」

「なんだよ、それ」

「城家主の手下に酒をねだるのさ」

「アイツらが酒をおごるとでも?」

「随分と前だがな、城家主から褒美の金をもらったヤツがいる」

「褒美?」

「そいつにおごらせる」

片方の口の端を上げてニヤリと笑った。

「なんの褒美だ?」

「そんなこたー知ったこっちゃねーよ」

「随分と前なら、もう金も残ってねーだろうよ」

「それがチビチビ使ってまだ懐が温かいらしい」

城家主の手下らしい、と嘲笑うかのように鼻から息を吐いた。

「怪しい話だ」

「乗るのか乗らねーのか、どっちだ」

「絶対に飲めんだろうな、目の前にぶら下げてハイ、終わりってことはねーだろうな」

「だから、そいつを二人がかりでおだてんだよ。 呑むためだったらなんとでも言えるだろうが」
「そういうことか。 乗った」



秋晴れの満月の日を中心として、シキと波葉の婚姻の儀が五日間かけて盛大に行われる。 最初の二日間が宮内で行われ、祝いにやって来た一人一人からの祝いの言葉を受ける。 中日の満月の日には闇に浮かぶ月明かりの中、月の雫と言われる水をいただき、早朝には祭壇のようなものがしつらわれている建物に入り、初代領主への婚姻の誓いという儀式が執り行われる。 午後には陵墓に足を運び報告という形をとる。
それは全て本領領主の血を引いたシキが決められた口上を述べ、決められた所作を行う。

そして残りの二日間は本領の中心である宮のある都、宮都内を馬車で二人の姿を民にお披露目するというものであった。

最初の二日間、何度か変わるシキの姿は金銀の刺繍の入った美しい衣装から、地模様が入っていたりと色とりどりの衣装に身をまとい、艶のある黒髪に髪飾りもシャラリと音が鳴りそうなものから、冠のような物と目の保養となった。 もちろん何を身に付けても、その衣装も飾り石も精緻な金銀の髪飾りも、シキの美しさには勝てなかったが。

壇上にはシキの斜め後ろに、何十年と見過ごされていた本領の手落ちの為に、最後の最後に主のシキと共に “主と供” の禁を破り大役を果たしたロセイが居る。 そのロセイは、婚礼の儀が終わったシキが完全に本領のことからお役御免となると同時に、ロセイもお役御免となる。

宮での婚姻の儀には親戚の他、多くの関係者と東西南北各領土の領主も出席し、シキが回っていた東と南の領土からは五色も出席していた。 また、五色に付いている古の力の有る者も同席していた。

北の領土の領主は出席できないためと、代理が出席していたようだと小耳にはさんだ。

「ニョゼさんかなぁ・・・」

北の領土のニョゼのことは日本にいてまだ領土のことも知らなかった時、まだ紫揺と名乗っていた時に知り合い、まるで姉のように慕っていた相手である。
そのニョゼとある日急に別れることになった。 北の領土の手から逃れる為であった。
別れの時、手紙だけを残すことは出来たが、代理がニョゼであるのならば逢いたい。
だが大勢いるどこを見て回ってもニョゼの姿は見つからなかった。

東と南の領土を回っていたシキであるから、東の五色である紫揺と、古の力を持つ者の此之葉はもちろんのこと、南の領土の五色と古の力を持つ者も出席をしている。

南の領土の五色は、二色の異(い)なる双眸を持つ二人と一色の双眸を持つ者の三人。
一人は異なる双眸を持つ、青と赤の瞳を持つシャダンという名の者。 もう一人も異なる双眸を持つ、黄と黒の瞳を持つメイワという名の者。 三人目はメイワより濃い黄の双眸を持つジェイカという名の者であった。

衣裳はスッポリと被る、言ってみればワンピースであったが、襟ぐりがかなり開いたもので、それぞれ色も違い少しずつデザインも違う。
南の領土と本領では気温が違うと分かっていたのか、肩に羽織る物、絹で出来たブランケットのような物を掛けていた。
三人とも肌は浅黒く健康的であった。

初めて顔を合わせた紫揺であったが、三人とも明るく紫揺より少し歳上だけということもあってか、気が合った。

「え? 皆さんご結婚されてるんですか?」

「けっこん?」

三人が首を傾げる。

「あ、婚礼?」

ああ、といった様子で三人が頷く。 領土の違いで言葉が少し違うのだろうと納得をしたようだが、そうではなかった。
すでに一年と数か月を東の領土で過ごしていたが、それでも日本の言葉がついうっかり出たり、東の領土の言葉が分からない時があった。
チョイスする言葉が分からない時には、葉月や塔弥以外のお付きが教えてくれていたが、ついうっかりは避けようがない。

東の領土の衣装を着た紫揺。 紫揺にしてみれば先(せん)の紫である祖母と同じ考えで、祖母の前の代の紫の衣を着ようと思っていたが、祖母の前の先代紫は紫揺よりずっと身体が大きかったようで、今の紫揺と同じ歳に着ていた衣はどれも大きく、今の紫揺の背丈に見合った物はどれも子供が着る衣であった。 したがって紫揺の衣は新しく作られた。 今日紫揺が着ている衣裳もその内の一枚である。
シキの婚礼祝いに出席する為の衣装である。 それは本領の衣とよく似てはいたが、本領のように裾を引きずるものでは無い。

祝いの席に合うように明るい桜色をした衣は日本の着物と同じように前合わせをし、紫揺の象徴である紫色の帯を巻き、紫だけが持つと言われる紫珠を帯に垂らしている。 着ているものは日本の着物に比べて随分と生地が薄い絹であり、帯も半巾帯の更に半分ほど。 そして何より、帯の下は裾広がりになっていてその裾は膝を隠している所で終っている。

「私が一番遅かったわ。 21の歳の時だったから」

メイワが言う。

「21の歳で遅いんですか?」

「私は19の歳の時。 シャダンは18・・・だったかしら?」

ジェイカが言うと、シャダンが頷く。

この南の領土の三人が着る衣裳も、ある意味、紫揺と同じような物であった。 本領のように裾を引きずらなく膝を隠す長さ。 合わせではなくスッポリと被る形ではあるが、裾の長さという意味では、東と南の領土の着る衣裳はさほど変わりはないようだ。
三人とももう結婚をしているからなのか、落ち着いた色合いである。

「・・・どうしてそんなに早く?」

「あら、シキ様が遅すぎるのよ」

この時シキは26歳であった。

「26の歳で遅すぎる?」

「ムラサキはいくつ?」

メイワが問う。

「22の歳です」

「え・・・」

三人の目が紫揺に釘付けになり「うっそ!?」 と続けた。

「シャダンの二つ下?」

「もっと下だと思ってた」

当のシャダンが言う。

「じゃ、婚姻は?」

婚姻? と思ったが、婚姻届けと言うのがすぐに頭に浮かんだ。 それにさっき自分自身も言っていた。

「してません・・・」

「許嫁は?」

「いません・・・」

「どうして!?」

どうしてと言われても、つい一年数か月ほど前に東の領土の人間になったところですから、とも言えないし、日本でも22歳で結婚している者はいるだろう。 とは言っても、22歳でまだ結婚をしていなくても「どうして」 とは訊かれないだろう。

「どうしてでしょうか・・・」

そうとしか言えない。

「東の領土に想えるような人がいないのかしら?」

いえ、最近やっと力のコントロールが出来るようになって、力での迷惑をかけることなく辺境にまで足を伸ばせるようになっただけで、男を漁る暇などありませんでした。 なんてことをとも言えないし、そんな気も毛頭ない。

「いえ・・・まだそんな気になれなくて」

「そうなの? ・・・うーん、でも、跡のことも考えなくちゃ」

「あと?」

「早く婚姻して残さなくっちゃ。 私たちにはその命もあるからね」

「シャダンはもう二人なして、一人目が五色よ」

「私はまだ恵まれてないけど、メイワもすでに一人産んでるわ。 残念ながら五色じゃないから、あと数人産んでみないといけないしね」

ああ、そういうことか、と納得する。 そうか。 五色が生まれなくとも、あとに繋ぐために子供を産まなくてはいけないのか。

「本領には五色が何人もいるから、本領の五色はそんなことを考えないでしょうけど、私たちはね・・・。 お気軽には出来ないのよ。 領主や古の力を持つ者から何も言われない?」

「今のところは」

「ふーん、そうなのね」

目を移すと東の領主と南の領主が互いにお辞儀をしあってこちらに歩いて来るのが見えた。 互いに後ろには古の力を持つ者が付いている。 南の古の力を持つ者は40代だろうか。 此之葉より随分と年上だ。

(此之葉さん、気疲れしただろうな)

東と南の五色が打ち解け合っているのを見て、互いの古の力を持つ者が五色から身を引いて領主の後についていたというわけだ。

「そろそろ帰ろうか」

南の領主が言う。
こちらも五色と同じくサラリとした生地に、スッポリと上から被る形の衣装を着て、その上に袖部分は肘までの長さのある、膝丈までの裾の長い上着を着ている。 下穿きも涼し気な筒ズボンである。
東の領主とそんなに歳がかわらないであろう。 温厚そうな見た目である。

「え? もうお帰りになるんですか?」

もう少し南の五色と話していたい気もする。 思わず紫揺が南の領主に訊いた。

「シキ様にお目通りもしましたので。 我が五色達も連れ合いや子のことが気になりましょう」

「あら、領主。 領土のことが気になると言って下さらなければ」

「そうですわ。 私たちが領土のことを放っているみたいに聞こえます」

ジェイカとメイワが言う。

「そうだったな。 いや、うちの五色は口が達者で、やられっぱなしです」

南の領主が東の領主に言う。

「いやいや。 ハキハキとされていて、領土も安泰ですな」

「東の五色様はこれからが楽しみですな」

紫揺の歳を知らない南の領主が言ったものだから、南の五色がそれぞれに笑いを堪えている。

「では、次にいつお会いできるかは分かりませんが」

「南の領土の安泰を祈しております」
「東の領土の安泰を祈しております」

では、と言って南の領主が五色と古の力を持つ者を率いて、この日の祝いの終わった場を後にした。
そんな時

「シユラ様!」

声が聞こえた。

自分のことを紫ではなく、紫揺と呼ぶのは? 紫揺が振り返る。 すると人の波の中からセノギが走ってきていた。

「セノギさん!」

領主と此之葉が一歩を引く。

「セノギさんがどうして?」

「領主代理で御座います」

ムロイがまだ万全ではないのであろう、代理でやって来たのはニョゼではなくセノギであったようだ。 だがそんなことなどどうでもいい。 元よりムロイに良い気持ちを抱いていなかったのだから。 とにかくセノギと会えたのだ。 訊きたいことは山ほどある。
ムロイのことなどどうでもいいが、一応大人として訊いてみる。

「ムロイさんは快方に?」

「はい」

此之葉は日本にある北の領土の屋敷のある島でセノギを見ている。 セノギの顔を此之葉は知っていたが、領主は知らない。

話の流れからこのセノギという男は北の者だと分かる。 紫揺も耳にしていたが、北の領土は領主代理が来ていると東の領主も聞いていた。 一歩引いた領主が紫揺を守る態勢に入ろうとした。

「ご安心ください」

セノギを知っている此之葉が領主に言ったが、それを聞いたセノギが領主に向かい合った。

「東の領主で御座いますか?」

領主が頷く。

「北の領主代理の者で御座います。 北の領主は身体を悪くしており、参じることが出来ませんでした」

そこで一度礼をするように、だが己は代理、相手は領主、軽い礼では終われない。 90度に腰を折った。
頭を下げたまま続ける。

「東の領主、北の領土が東の領土にお掛けしましたことは、私などが頭を下げたとて拭われるものでは御座いません。 ですが北の領土がしたことを衷心よりお詫び申し上げます」

セノギが領主に向かって低く長く頭を下げる。

この男は決して領主ではない。 だが民であろうと、この何十年もの間に北の領土の者から謝罪など聞くことは無かった。

領主が一歩足を引いた音を聞いたセノギがゆっくりと頭を上げる。

領主が “気になさらないで下さい” や “終わったことです” または “謝罪を受け取りました” 等とは簡単には言えない。
だが一歩引くことで、暗にセノギの言葉を受けとめたと示したのだ。

二人の様子を見ていた紫揺が、会話が終わったとみてセノギに質問を始めた。

「影の皆さんはどうなりました?」

セノギがもう一度領主を見て、再び頭を下げると紫揺の問いに答える。

「皆それぞれに郷に帰りました」

帰ってくれたんだと安堵する。

「セキちゃんは?」

「屋敷に居る時とは比べ物にならないくらい、生き生きとしております」

「ガザンが居ないのに?」

「・・・無理はしているかもしれません。 ですが、当時はよく似た歳の子と遊んでいました。 屋敷では見られなかった姿です。 今では背が伸びて少し大人びてきました」

「そうなんだ」

元気にやってくれているんだ。

「ニョゼさんは?」

「ニョゼは・・・」

セノギの歯切れが悪い。

「なに? ニョゼさんに何かあったんですか?」

セノギが頬を染める。

「私の妻になってくれました」

「は?」

思いもしなかった返事が返ってきた。

「えっと・・・それって、セノギさんとニョゼさんが結婚したってことですか?」

「・・・はい」

歳の差があり過ぎるだろう! とは突っ込んで言えない。

「おめでとうございます」

「有難とう御座います」

更に頬を染めたセノギ。

歳が離れていても、よく考えればセノギとニョゼはお似合いだ

「トウオウさんの傷は・・・怪我はどうなりました?」

「その様なご心配はご無用です。 お元気にしておられます」

「そうなんだ、良かった」

「セキかニョゼにご伝言がありましたらお伝えいたしますが?」

いつまで尾を引いていても会えぬ相手。
紫揺が首を振る。
紫揺が此処に居ると聞けば、ガザンも東の領土に入ったとセキは分かるだろう。 それにニョゼはセノギの奥さんになったのだ。 セキの信頼するセノギの奥さんに。

「いいです。 みんなが幸せに暮らしているんですから、それだけでいいです」

紫揺の言いたいことが分かった。 セノギが頷く。

「セッカ様をお待たせしておりますので。 では、お元気で」

セノギがもう一度領主に頭を下げると踵を返した。

まだまだ人がごった返している中、そこへすかさずシキの従者である紫揺心の中で命名の “最高か” がやって来た。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 辰刻の雫 ~蒼い月~  第零回 | トップ | 辰刻の雫 ~蒼い月~  第2回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事