大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第147回

2023年03月06日 20時08分55秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第147回



酒を一口入れると、どういう形で亡くなったかを話した。

「紫は父御と母御を殺したのは己だと言って己は誰かと幸せになってはいけない、そう言っておった」

マツリが杠の表情を確かめる。

「心に刃を持っていたならそうかもしれん。 だが紫はそうではない。 だから殺してなどいない、我はそう言った」

硬い表情をした杠が視線を下げる。

「杠もそう思わんか?」

静かな時が流れる。 杠から返事が返って来ない。

―――訊こう。

「六都のことが終わったらと言っておったが・・・。 杠も紫と同じように思っておるのか?」

一旦口を引き結んだと思ったら湯呑の酒を一気に飲み干す。 そして手酌ですぐに注ぐ。

「だから奥をとらんというのか?」

まるで呑むことで是と言っているようにまた一気に飲み干した。 そしてまた注ぐ。 まるで次の返事の用意をするかのように。

「言っておったではないか。 父御も母御も杠を助けるた―――」

「紫揺とは! 紫揺とは違います・・・。 己は己の軽率さでお父とお母を死に追いやった」

―――やはりそうだったか。

「だから紫と同じように考えるか。 己が誰かと幸せになってはいけないと」

また一気に吞み干した杠がそのまま湯呑を握りしめる。

「父御も母御も杠を助けるために川の流れに入った。 そして父御が杠を助けただろう。 そう言っておったであろう。 父御と母御から貰った大切な命、それを大切に出来んでどうする。 今の杠のように生まれた子に父似である、母似である、と考えさせてやらんか?」

「・・・」

「紫は乗り越えた。 杠も乗り越えてくれ。 我からの頼みだ」

マツリが酒を注いでやる。


ほどなくして好々爺が三人と厳めしい顔をして働き盛りが終わったがまだまだ現役として働けるような男が四人、四方からの推薦状を持って六都官所にやって来た。
百足に関しては四方の仕事は早いようだ。 いや、もしかしてマツリに言われたことを気にしていたのかもしれない。 『父上にしては遅い仕事で御座いますね』 柳技がいた郡司のことでの話であった。

「四方様から?」

推薦状を検める。 間違いなく四方の印が入っているし、マツリからこういう者たちが来るかもしれないと事前に聞いている。

「すぐにマツリ様をお呼びしてくる。 待っておれ」

そう言い置いて文官が出て行くとマツリより先に戻ってきたのは帆坂だった。 丁度、三つ目の学び舎での教えを終わったところで官所に戻ってきた時に、今出て行った文官から話を聞いたのだった。

「ああ、あなた方ですね。 ここはちょっと狭いので皆さんこちらに」

文官所長の部屋へと入れる。 マツリの許可を得ていないがマツリがいればこうしただろう。 早いか遅いかの違いだけであるし、部屋には長椅子もある。 全員が座ることが出来る。

「私は帆坂と申します。 いま小さな子たちに道義を教えております。 十の歳以上の子たちには武官が教えております。 その歳になりますと少々口もたちますし手や足も出てきますので。 ご存知でしょうが、この六都ではまともに子たちが育ちません。 それをマツリ様が変えられようとされてこのようなことをしておりますが、四方様からの推薦状を持って来られたということ、四方様からはご説明がありましたでしょうか?」

好々爺の一人が頷きながら口を開いた。

「そのようにお聞きしております」

好々爺らしく緩く頭を下げる。

「物騒な六都で生活をしなければいけませんが、それでもよろしいでしょうか?」

「なあに、どれだけ暴れられようと我らから見ればどれも小童(こわっぱ)。 知れております」

厳めしい顔つきの男が言った。 この男からすれば己より年下は全て小童なのだろう。

「そうですか。 四方様からのご推薦とあれば道義も心得ていらっしゃることでしょうし、何の心配も―――」

まで帆坂が言うと、開けられたままの戸からマツリが入ってきた。
七人で二つの長椅子に腰かけていて帆坂が立っていた。 文官所長の椅子に座り七人を見渡すとマツリの注文通りの顔が並んでいる。 好々爺もまだまだ現役で行けるのだろうが、その覇気を完全に消している。

「ああ、マツリ様、四方様からの―――」

「推薦状があったのだから文官からの文句はないであろう」

「文句などと・・・」

「依庚(えこう)は言いたげだったが?」

その釘を刺してくれた依庚、三人だったら都庫から給金が出ると言っていた。 最初はそのつもりだったが、四方と話していて思わぬ伏兵を見つけてしまった。
七人でもいけるか、と聞いたところ、かなり渋った目をしていたが『いつまでも武官をあんな風に使うわけにはいかん。 それにあの武官たちは宮都の武官』 と言うと、しぶしぶ了解した。
七人に増えてしまったが、依庚が金管理をしている間は都庫は安全だろう。

「外は寒い。 遠路来てくれた皆に茶を出してくれ」

はい、と返事をすると今度は戸を閉めて出て行った。
マツリが全員を見渡す。

「無理を頼んだ」

「いえいえ、そろそろ退屈になってきておりましたから」

好々爺の一人が答える。

「強面を揃えるようと聞かされて、己が村長から指名された時には魂消ましたが」

「何を言っておる、充分じゃないか」

「お主もな」

強面四人がそれぞれに言っているが、誰をとってもまだ現役でいけるはず。

「退いたところか?」

「いいえ、そこそこ経ちます。 若い頃ほどは動けませんので」

「ま・・・それはそうであろうが」

マツリも若い頃のように無理もきかなくなってきていれば、疲れが取れるのにも時がかかる。 百足ともなれば陰で動かなければいけないのだから、少しでも体を重く感じる時があればその時が退き時なのかもしれない。

「下手を踏むのが一番まずいので」

地下での百足を思い出す。 どんなに拷問をかけられようが四方のことは言わないだろうし、もちろん百足の存在も言わなかっただろうが、百足の在り方からするとその存在が見られることほどマズいものは無い。

「それぞれは見知らぬ者同士、四方様のところで初めて顔を合わせたということにしております」

「承知した」

「先ほどの帆坂殿と申されましたか。 あのお方は・・・何と言いましょうか」

己らは民であり帆坂は官吏だ。 マツリを呼びに行くと先に出て行った文官のような態度が当たり前。 それに対して帆坂はそうではなかった。 丁寧な言葉使いで説明をしていた。 それに『ここは狭いので』 と言ったが、完全に好々爺を座らせる為だということが分かった、と好々爺の一人が言うのを聞いてマツリが頷いた。

「帆坂はそういう者です。 今は帆坂と帆坂の弟が幼子たちを見ておりますが、帆坂には退いてもらって文官の仕事に戻ってもらいます。 弟は官吏ではありませんが、帆坂とよく似て心根の優しい者です。 子たちもよく懐いております」

随分と年上になる好々爺に “おる” ではなく “ます” と話す。
好々爺たちが互いを見て、うんうん、と何度か頷いている。

「帆坂殿の道義を聞きたいのですが? 弟御の道義も」

「ああ、それなら我らも。 武官殿の様子を見聞きしたいものです」

さっき帆坂が言っていた言葉が気にかかる。 口達者もあるが手や足も出ると言っていた。 それをどういう形で武官が抑えているのかを知りたい。
マツリが眉を上げる。 さすがに百足だと思った。

―――根から探る。

そこに帆坂が茶を盆にのせて入ってきた。 まずはマツリの前に茶を置き、座っている一人づつの前に茶を置く。
官吏が民に。
有り得ない事である。
だがそれを意に介さず手を動かしている。

「それでは明日、帆坂と弟の道義を見てもらおう。 武官はそれぞれだが・・・四手に分かれて見るか」

帆坂が居る、いつもの言葉に戻す。
強面の四人が頷いた。

「長屋でよいな、こちらで確保しておく」

「有難う存じます」

代表して好々爺が頭を下げた。


武官を四人、宮都に返さなければいけない。 だが少し、もう少し借りよう。 四方からの催促がないのだから。

「牢に入れている二人の咎人を杉山に通わせる。 ついてくれ」

柳技をボコボコにした二人。 今はまだ杉山には雪が降り積もっている。 今が一番ひどいだろう。 牢を出てからは雪の積もりはさほどでもないが寒さが堪えるだろう。

武官は四人いるがさすがの武官でも連日ではきついはず。 二人づつの一日交代制にして一日目はマツリも同行した。
二人は杉山に辿り着くだけで息が上がり足も動かない状態。 それを武官が無理矢理に立たせて手に斧を持たせる。 振り上げる力などは残っていない。 一本の木も倒さず、その状態でまた歩いて牢に帰る。
それが五日続いた。

「よう、金河」

今日は汁物と二品あるおかずを前に、夕餉の白飯を口に入れた巴央に隣に座る男が囁いた。

「なんだ」

「通ってきてる奴らだけどな」

巴央が男を見る。

「ここに泊まらせねーか?」

「アイツ等は咎でここに来てんだ、給金もねー。 オレらの給金で食わせる筋合いなんてねーだろー」

「アイツ等が懐を温めてたのを取りゃいい話じゃねーか」

巴央が眉間に皺を寄せる。

「何を考えてる」

「いや・・・息絶え絶えになってるアイツ等を見てるのもなんだしよー」

「それなりのことをしたからだろ」

男が巴央を横目に見た。

「お前って冷たいのな」

「悪かったな」

咎人が連れてこられると、どのような罪状だったのかを最初に武官から聞かされる。 さすがに武官も柳技の名を出すことは無いがマツリから聞いていた。

『かなりやられておったらしい。 柳技でなければどうなっておったか分からん。 加減を知らぬ、目を離さないでくれ』と。
アイツ等は柳技を痛めつけたのだ。 報復だ、あの二人を痛めつける。 徹底的に。 だがこの報告は京也にしなくてはいけない。 胸糞悪い話だが。

「ああ、オレも聞いた。 そいつとは違う奴からな」

巴央が顔を歪める。

「金河、オレも弦月の仕返しはしたい。 アイツ等の身体を痛めつけたい。 身体だけではない、心身ともにだ。 徹底邸に潰し落としたい。 だがそれはオレらの我儘だ」

巴央が下げていた顔を上げる。

「今を乗り越えねば弦月はずっと誰かに殴られる。 弦月だけじゃない。 淡月も朧も」

「なんのこった?」

「六都を変えねばならん、力のないものは六都に喰われる。 喰うだけだった六都だ、その六都に住むヤツが情けをかけた。 これは良い方に傾いてきたってことだろう?」

マツリが望んでいたことだろう。
巴央が更に顔を歪めた。

翌日の朝餉後、見張りをしている武官の目がある中、京也が全員に話した。 通いの二人に懐を温めていた金があるのなら、それを飯代として文官所に収めさせ、この宿所に泊めないかと、そんな声が上がっているがどうだ? と。

「懐を温めてるもんなんてねーだろ」

「ああ、宵の金なんて持たねーよ」

「じゃあ、この話は無かった事でいいな」

「そんなこと言ってねーだろが、出世払いだ」

「ああ、咎が終わったら給金が出るだろう。 そっから差っ引きゃいい」

「あいつらが働くと思うか?」

「縛ってでも働かせるさ。 逃がしゃしねー」

「ああ、出世払いを逃がすもんか。 こっちに皺が寄せられる」

口も内容も悪いが、あの二人のことを思ってのことだ。 この男達も通うしんどさを知っている。 だがそれでもあの時には雪など無かった。 今の方がよほど体力がいるだろう。

「お優しいこって。 反対は?」

京也が見まわすが反対の声は上がりそうもない。

「ってこって武官殿、オレたちの考えはこうだって文官所にそう伝えてくれ」

新人の九人はそっぽを向いている。 まだ他人の心配が出来るほど体力はついていない。 どちらかと言えばこんな話をする間にも寝ていたいと考えるが、ぼおっとする頭の片隅でつくづく咎人にならなくて良かったと考えていた。

その後、咎人を連れてきた武官と、京也が話しかけた武官が話をしている姿が見られた。
翌日には雪の中を布団を背負って武官に見張られながら、二人の咎人が牢を出て行った。
咎人を見送ったマツリと杠。

「良い傾向で御座います」

「ああ、この輪が大きくなってくれるとよいのだが」


好々爺三人と強面の四人がすでに動き出していた。
好々爺の三人はその歳からにじみ出る優しさと笑顔で子供たちに慕われた。 強面の四人は、武官顔負けの威圧で一言の反論も言わせず抑え込んでいる。 それが意外な所でその威圧に憧れる子供も出だした。 そして面白い展開も出てきた。

「体術を?」

巡回をしていたマツリの元に強面の百足の一人がやって来た。

「はい、我ら四人が呑み屋で絡まれているヤツを助けましたら、是非とも教えて欲しいということで、それを聞いた他の者たちも」

「・・・そやつらは体術を如何様に使おうとしておるのか」

「護身以外は使わないと言っておりますし、護身以外は教えません。 とは言ってもひとりでに、そこから先に進んでいってはしまうでしょうが」

護身とは言え、力をつけ身体を柔軟にさせるのだ。 いつでも攻撃に転ずることが出来る。

「まぁ、我らの目を信じて下さい。 滅多なヤツには教えません」

そういうことか。
学び舎は空いている時間が多い。 一日に幼子と十歳以上の子を教える二回しか使われないのだから。

「では許可しよう。 だがくれぐれも相手を選ぶよう頼む」

「お任せください」

去って行く百足の後姿を見ると何やら楽しんでいるような気がする。 まだ好々爺たちと違って体力が有り余っているのだろう。
あとは火付けの咎人をどうするか。 簡単に杉山には送れないと思っていた。 杉山にいる連中が何をするか分からなかったからだが、いつまでもただ飯を食わしておく謂れなどない。
四人の武官がいるうちにということもあるし、今の雪の状態での方が咎人も逃げられないだろう。 七人という人数を考えると、縄で全員を繋いで縛れば簡単に逃げられまい。 それに初日だけでクタクタになるはず。

前回と同じように初日はマツリと武官二人で見張りあとは交代制で十分か。 先の二人の様子から杉山に居る時間も少ない。 杉山の連中が手出しできる間もないだろう。 あったとして見張の武官の目から隠れて数回蹴られる程度だろうし、それくらいの仕返しくらいさせてやろう。

「そう言えば、あれから咎人が出んな。 ・・・いやまた暖かくなってきたらウジのように出てくるか・・・」

気が遠くなる。
明日から咎人を杉山に向かわせる為、官所に足を向けた。


三の月の満の月がやってきた。
夕刻前、東の領土の祭に飛び立った。 東の領土を飛び回りいつもの所に降り立つ。
マツリがやって来たというのに紫揺は現れなかった。

「すぐにお呼びしてまいります」

「かまわん。 祭を楽しませてやってくれ」

どうしたものかと秋我が領主を見るが領主が首を縦に振った。
その領主、未だにマツリと紫揺が婚姻するなどと信じられなかった。

あの時マツリだけが領主の家に来てそう言った。 マツリの一方的な想いだろうかと、あとで紫揺に訊ねてみると紫揺も頷いていた。
そしてマツリからは宮に向かえるのではなく、紫揺は東の領土に居る、安心するようにと言われていた。 それにも紫揺は頷いていた。
翌日、領主がお付きたちにマツリから聞かされた話を言うと此之葉が塔弥を見た。

『塔弥、マツリ様が塔弥に謝っておられたけど、どういうこと?』

此之葉が言うと全員が塔弥を見た。 そこで塔弥の知っていることを全て話した。

『そんなに前から・・・』

阿秀が顔の半分を掌で覆い、領主にしても秋我にしても紫揺がどうしてマツリを殴ったのかを知って、何とも言えない顔をしていた。

『マツリ様が領主に何も言われておられないのに、俺から言うわけにはいきませんでしたから。 その、お付きとしてしてはいけないことをしました。 すみませんでした』

紫揺のことは何でも共有しなければいけないのだから。

塔弥がマツリと話した切っ掛け、それは額の煌輪であった。 額の煌輪から紫赫が出た、その時の詳しい事をマツリが聞くために、唯一最初からの目撃者である塔弥を馬車に入れたことから始まっている。
塔弥は紫揺のことをよく分かっている、紫揺が塔弥に心を開いているとは誰もが知っていることだった。
塔弥が唯一の目撃者というのも偶然ではなく塔弥だからだったのだろう。 塔弥が居なければ誰も見ていなかっただろう。 そうなれば紫揺の様子が分からなかったかもしれない。
塔弥がお付きの立場としてのことで謝ったが、誰もそれを責める気にはなれなかった。 もちろん此之葉ですらも。

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