大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第136回

2023年01月27日 21時01分06秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第130回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第136回



風呂から上がって此之葉と話していた時だった。 そろそろ布団を敷こうと此之葉が腰を上げた時、襖の向こうから声がかかった。
「此之葉、いいか」 と。 声の主は阿秀であった。

諦めきれず塔弥が空を見上げているとキョウゲンの影が月夜に映った。 すぐに紫揺の家に走り、お付きたちのいる部屋で寛いでいた阿秀を呼んだ。
阿秀には事前に、マツリが来たら此之葉をどこかに引き留めていてほしいということを塔弥は伝えていた。 マツリの姿が目にとまらない所に。 そして此之葉の代わりに葉月を紫揺の部屋の外に座らせておくからと。
本来ならその役目は此之葉である。 だが此之葉を押しのけて葉月が座るわけにもいかない。 それとなく此之葉を座から外させるためだった。
塔弥もまた、葉月からその話を聞かされていた。
『マツリ様が来られたら私が座るから、塔弥は此之葉ちゃんをどこかに連れて行っておいて』 と。

葉月が何を企んで・・・考えているのかは分からないが、今の紫揺の事・・・紫揺とマツリのことを一番分かっているのは葉月だ。 此之葉は紫揺とマツリの間に何があったかを知らない。 紫揺のことは葉月に任せるしかなかった。
たとえ紫揺がこの領土から居なくなることになっても。


マツリが持ってきた袋を一つずつ座卓に置く。 綺麗な紙の包みに入って上で巾着のように可愛らしい紐で括ってある。 座卓にはすでに葉月が茶を置いていたが、マツリは吞み干している。

「母上の従者から、元姉上の従者から、これは彩楓たちから」

合計三つの袋が座卓の上に置かれた。 一つ一つは紫揺の両手に乗るほどのサイズである。

誰から聞いたのか、問題はなかったが少々手間取った秀亜群から宮に戻り、僅かな時にしかならないがキョウゲンの羽根を休ませていると、もう公舎に戻っていたはずの女人たちがマツリの部屋にやって来て、紫揺に渡して欲しいと持ってきたのだった。
彩楓たちならまだしも、今までにマツリの部屋を訪ねてきたことのない、澪引の従者と元シキの従者たちまでも。 いったい何が起きたのかと、その時に目を丸くしたものだった。

「へ?」

「渡して欲しいと頼まれた」

「開けていいの?」

「紫のものだ」

紫揺が手を伸ばして、まずは澪引の従者からといわれた袋の紐を解き中を開ける。

「あ・・・」

二つ目三つ目と開ける。

「・・・やっぱり」

中に何が入っているかはマツリが見ることはなかったが、開けた途端に香ってきた匂いで分かった。

「今日はやめておく方がいいだろう」

「見たの?」

自分より先に覗き見たのか?

「香りで十分に分かる。 もうこんな刻限だ。 菓子など食べる時ではない」

それにしてもどうして誰も彼もが菓子なのか? マツリに疑問は残るが紫揺には心当たりがある。
マツリに言われたからではないが、確かにこんな時間に食べると胃もたれを起こすかもしれない。 紫揺が袋を閉じ直す。

「それで?」

袋を閉じる手が一瞬止まったが、続けて袋を閉じていく。

「紫の気持ちとやらはどんなものなのか?」

「・・・」

グルグルグルグル。

マツリが紫揺の手元に目をやった。

「そんなに縛っては菓子が潰れるであろう」

括ってあった紐を何重にも巻いている。 それもキッチキチに。

襖の外では塔弥が小声で葉月に言っていた。

「葉月、盗み聞きなど」

その葉月は襖に耳をくっ付けている。

「黙っててよ。 聞こえないじゃない」

「だけど!」

葉月が襖から耳を外して塔弥を睨む。

「それくらい私のことを心配したらどうなの!? もう! 塔弥なんてあっちに行ってて」

「葉月・・・」

マツリが菓子の袋と紐に手を伸ばす。

「あ・・・」

「我がする」

マツリが紐を結んでいく。 あっという間に三つの袋が括られた。 それも仕上がりが美しい。

「以外・・・器用なんだ」

マツリが袋から目を外すと紫揺を見る。

「で?」

「・・・」

「我は紫の問いに答えた。 今度は紫の番であろう?」

「・・・誰が順番って言ったのよ」

マツリが両の眉を上げる。

「紫の気持ちを考えなければいけないのだろう?」

『こっちの気持ちって考えないの』 そう言ったのは紫揺だ。

「・・・だから。 東の領土に居るってこと。 ずっと」

「そうか、分かった。 では問い直す」

「二つも訊くってどういうこと? 私はマツリに一つしか訊いてない」

「では、いくらでも訊くがよい。 我は全てに答える」

「何も訊くことはないから。 ・・・もう答えたから。 帰って。 マツリとこれ以上話す気はない」

「話したくなければ、答えてくれるだけでいい」

「マツリが出て行かないんなら私が出る」

紫揺が腰を浮かせたが、その時、襖の向こうから声がかかった。

「葉月に御座います」

「え? 葉月ちゃん? あ、どうぞ」

襖が開けられた。 葉月が手をついて頭を下げている。

「葉月ちゃん、そんなことしなくてもいいよ、マツリなんだし。 なに? どうしたの?」

“マツリなんだし” その言葉に、頭を下げたままの葉月の顔が歪んでいる。

「マツリ様、紫さまにお話ししたいことが御座います。 宜しいでしょうか」

「葉月ちゃん・・・」

「良い。 我が居ると邪魔か?」

「いいえ、マツリ様にもお聞きいただきたいと存じます」

マツリが両の眉を上げる。 どういうことなのだろうか。 それに・・・葉月と言った。 塔弥から葉月の名前は聞いていた。 一度話してみたいものだとも思っていた。

「入るが良い」

葉月がやっと頭を上げて部屋の中に入ってきた。 襖を閉める前に「葉月」と塔弥の声がしたがそれを切るかのように葉月が襖を閉めた。
そして・・・紫揺の横に座る。

「葉月ちゃん、どうしたの?」

紫揺に話しかけられたが、葉月が俯き加減にしてマツリに問う。

「マツリ様、マツリ様の御前に失礼であることは重々承知しております。 それでも・・・紫さまと日頃と同じようにお話しをさせて頂いて宜しいでしょうか」

「ああ、構わん」

東の領土でそうならばそれでいい。 ここは本領ではないのだから。
葉月が顔を上げ横にいる紫揺に向かい合った。
本領発揮。 出発進行。

「紫さま!」

葉月の叱責する声にマツリが驚いた顔をする。

「あ・・・はい」

「何度も何度も言いましたよねっ?」

「え?」

「東の領土の民は紫さまのお幸せだけを考えていると!」

「・・・うん」

「紫さまのお幸せは何ですかっ!?」

「えっと・・・東の領土でみんなと居ること。 みんなで幸せにいること」

「えーえー、そうですね、そうお答えいただきましたっ。 では、マツリ様のことをどうお考えですかっ? どう想っていらっしゃいますかっ?」

マツリが驚いた顔のまま止まっている。

「分んないって言ったよね?」

「はい、お聞きしました。 ですが、お嫌いですか、と、お訊きした時にはきちんと答えていただけませんでした」

葉月と紫揺のやり取りに目を丸くしていたマツリだが、いま葉月は大切なことを訊いている。

「お嫌いですかっ!?」

改めて葉月が問う。

「・・・」

マツリの眉がピクリと動く。

「紫さまは東の領土に居られたい。 ですがマツリ様の奥になられると東の領土に居ることは出来ない、そうお考えじゃないんですか? 寂しいと仰っておられましたね? 民と離れるのが寂しいと」

「・・・だって。 ・・・だって、何も分からない私をみんなが受けとめてくれた。 受け入れてくれた。 嬉しかった。 ・・・不安だった。 ・・・誰も居ない。 お父さんもお母さんも居ない。 ・・・一人だもん」

マツリがシキから聞かされたことを思い出した。 忘れていたわけではないが、改めて紫揺は杠と同じ境遇であったことを思う。

「一人じゃないです」

「・・・」

「私も塔弥も民も居ます。 マツリ様もおられます」

「・・・お婆様と約束したもん。 東の領土を守るって」

「マツリ様をお嫌いですか?」

「・・・葉月ちゃん」

「マツリ様を想っておられますね?」

「・・・」

「マツリ様を想い慕っては、東の領土から離れてしまうと思っておいでですね?」

「・・・」

数分ほどの静かな時が流れた。
葉月がマツリに向き合って手をついて頭を下げる。

「お邪魔をいたしました」

葉月が立ち上がろうとしたのを紫揺が止めた。

「葉月ちゃん・・・どうして?」

どうしてマツリを前にそんなことを言ったのか?

「紫さま?」

いつも生き生きとしている葉月の双眸なのに、今は慈愛に満ちている。

「民は・・・私も。 紫さまのお幸せだけを願っております」

「だから・・・私はみんなと居るのが幸せだって・・・」

「お心に蓋をしないで下さい」

「そんなことない、し」

暫しの沈黙があった。 その中にマツリの声が響く。

「葉月といったか」

葉月が慌てて手をついた。

「改まることはない。 塔弥から其方のことは聞いておる」

塔弥のヤロウ、どんな話をしやがったのか・・・。 下げている顔が歪む。

「我も知らぬニホンのことをよく知っておるそうだな。 紫の良き話し相手となってくれておると聞いておる」

塔弥から聞いた話では、ほぼ通訳ということであったから、若干違うが広い目で見ればそうなのだろう。
マツリ自身も紫揺との語彙(ごい)の違いを時折感じている。
頭を下げていた葉月が溜飲を下げる。

「今の話、礼を言う」

襖の向こうでは、ずっと塔弥が襖に耳を付けていた。 ちょっと前に同じことをしていた葉月に苦言を呈していたというのに。

「紫」

マツリが紫揺を見る。

「・・・なによ」

「我は言ったな?」

「なにを」

「我には紫しかおらん。 紫だけを想っていると。 紫以外を奥にとるつもりはないと、言ったな?」

「・・・」

「我は紫から東の領土を取り上げるつもりはない」

「・・・」

「父上に何と言われようとも」

「・・・そんな事って有り得ないし」

二兎追うものは一兎も得ないだろう。 あれ? この場合、二兎は追ってないのか?

葉月がそっと部屋を出る。
マツリが紫揺に言っていたことをしっかりと耳にした葉月。 襖の外で座している塔弥が憎々しい。 苛立つ気持ちを掌に込めた。
ペチン。
葉月が座している塔弥の頭を叩いた。 東の領土ではあるまじきことであったが、葉月が何を言わんとしているのは、さすがの塔弥にも分かった。

「我と婚姻したとて、どうして紫が本領に来なくてはならん」

「え?」

それでは・・・婿養子ということか? そんなこと有り得ないだろう。

「そんなことも考えていないと思っておったのか?」

「・・・」

「問い直す。 紫は我のことをどう想っておる」

「・・・」

強情だ・・・。

「答えにくいのであれば、先ほど葉月も言っておったが、我のことが嫌いか」

「・・・」

「東の領土の祭に来た我に顔を見せない程、我のことが嫌いか」

「・・・」

「包みの中が菓子だと、見ずとも言った我のことが嫌いか」

「・・・」

「紫より早く、夕餉を食べてしまう我のことが嫌いか」

「・・・」

「米が潰れると言った我が嫌いか」

「・・・もっと」

下を向いていた紫揺の口がポソリと開いた。
反対に次を言おうと開きかけていたマツリの口が閉じる。

「・・・もっと違う言いようがないの?」

それでは幼稚園児に訊いているようではないか。

「その言いようとやらを教えてもらおう」

「上からの物言い、偉そうな物言い、リツソ君を虐める、なんでも分かってる顔をしてる、それに・・・どうして私の考えてることが分かるのよ・・・」

やっと口を開いてくれたか。

「上から、偉そうな物言いというのは我の立場を考えれば言わずとも分かるはず。 紫とて民に頭を下げることが出来んであろう、言ってはならぬことがあろう。 我は紫より上の立場にある。 だが、最初はそうであったが・・・」

最初・・・、本当の最初。 紫揺を初めて見た時、北の領土で・・・。
あの時・・・息が止まった。

(え? 俺は・・・俺はあの時に紫のことを・・・)

一目惚れだったのか・・・。
マツリが頭を振る。

紫揺が怪訝な顔をマツリに向ける。 言い訳がましいことを並べておいて途中で止まったのだから。
マツリの口が再び開く。

「最初はそうであった。 だが姉上から紫のことを聞かされてからは紫も言っておったであろう、我の話し方が違ってきたと。 何でもわかっておる顔といわれても、この顔は生まれつきだ、変えることなど出来ん。 紫の考えていることは紫を想っておるから分かる」

紫揺の単純な頭の構造では何を考えているかなど、マツリでなくとも誰にでも分かるとは思っているが、ここではあくまでも自分しか分からないと言っておく。

「リツソを虐めてなどおらん。 ・・・あの時以外はな」

「あの時?」

どの時?

「いま話していて気づいた」

紫揺から目を外した。 呆れる、と漏らしながら。
波葉が言っていたことがよくよく分かった。 今にして腑に落ちた。

『紫さまを初めて見た時、慧眼の目ではなく、紫さまに見入ったのではないですか?』

マツリが紫揺に視線を戻す。

「始めて紫を見た時、我は息が止まった」

心筋梗塞でも起こしかけたていたのか? そんな風には見えなかったが。 いや、反対に紫揺の方が息を詰まらせていたくらいだ。

「我はあの時から紫のことを想っていたようだ」

「はぁい?」

「今気づいたのだがな。 だがその時の我はそうとは気付かなかった。 無意識に・・・リツソに八つ当たりをしていたようだ。 それに紫に喧嘩ごしに話していたのもそうだ。 紫のことを想っていてそれに気付かなかった。 紫にも八つ当たりをしていたのだろう。 紫に言われても仕方のないこと。 それは認める。 愚かだった」

簡単に認めてもらったら、それはそれでやりにくい。

「他には」

「え?」

「言いようとやらだ。 先ほど紫が言ったことに我は今答えた。 我の立場からそのような事情がある。 愚かだったことも認める。 他には」

「・・・急に言われても」

「嫌いな者に対しては簡単に嫌いな理由は分かろう。 その理由があるから嫌いなのだから」

「・・・」

これでは埒があかない。 日を改めるか・・・手法を変えるか。
いや、日を改めても同じことか・・・。 それに次はいつ来られるか分からない。

「紫が口を開かぬのなら、我の思うようにするが?」

紫揺がチラリと上目遣いにマツリを見る。

「実力行使、それで良いか?」

「・・・実力行使?」

「我は紫を想っておるから、紫の想いに添いたいと思っておる。 だがそれは紫も我のことを想っているという前提においてだ。 紫が我のことを想っておらんのなら、嫌っておるのなら、紫の想いに添う必要はない。 ずっと我の横に居てもらう。 紫がどんなに東の領土を想おうと、泣こうと、我の隣にいてもらう」

「なにそれ? 本領の権力を振りかざすって言うの?」

「何も話さぬのだからそうする以外にない。 そうしてもよいであろう?」

「そんなの・・・人権蹂躙(じんけんじゅうりん)」

「本領にはその権利がある。 それが嫌なら紫が話せばよいこと」

「言ってもさっきみたいに言うじゃない!」

「紫が誤解をしておるからだ。 愚かだったところは認めた。 それに言ったであろう、我は紫のことを誰にも渡さんと」

廊下に座して襖に耳をくっ付けていた二人。
葉月が塔弥を睨む、これくらい言えないのかという目で。 塔弥がシュンとしたように下を向くとその塔弥の耳に葉月の溜息が聞こえてきた。

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