大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第148回

2023年03月10日 20時19分09秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第148回



「秋我、音夜はどんな具合だ」

前回東の領土に来る前に、初めてシキの子である甥に会いに行ったが泣かれてどうにもならなかったと話していたあとに、そんな風に訊かれた。

「連れて来ても宜しいでしょうか?」

「ああ、是非とも」

茶を出し後ろに控えていた耶緒が頷くと家に戻り音夜を連れてきた。
耶緒に抱かれてやって来た音夜は耶緒によく似ている。

「これはまた玉のように輝いておるな」

マツリが手を出すと天祐と違ってすぐにその手の中に入ってくる。

「ははは、良い子だ。 うん、柔らかいな」

天祐の肉はもう少し硬かったせいか、音夜に比べて重さもドンときたように感じる。

「童と童女でこれほど違うのだな」

しばらくは我の膝の上におるか? と言いながら膝に座らせている。 大人しい子なのだろう、むずがることなくじっとして目の先から聞こえる笛や太鼓に耳を傾けている様だ。
しばらく音夜を膝に乗せたまま子育ての話や、領土の話をしていたが音夜がウトウトしだした。 耶緒に音夜を返すとマツリも立ち上がり「良い祭だった」 と言い残すとキョウゲンに跳び乗った。
紫揺に会わずに飛び去って行ってしまった。 紫揺にしても知らない顔をして民と踊っている。
領主にしてもお付きにしても、あの話は本当だったのだろうかと顔を見合わせるしかない。

(マツリ・・・帰った)

満月の下にキョウゲンの影をチラリと見た。

(寂しいとか言っておきながら・・・会いにも来なかった)

『ほぅー、そんなに我に会いたかったか』 どこからか声が聞こえたような気がする。

「うるさい!」

紫揺の声に前で踊っていた民が振り返る。

「うわっ!」

後ろでは紫揺が手刀を繰り広げていた。 昨年に続いてお付きたちが紫揺を抑え此之葉を振り返っていた。
己らがお付きする代で “紫さまご乱心” はどうしても書いて欲しくない。



百足たちが開く体術に柳技と絨礼、そして芯直が参加していた。

「いいか、一緒に教えてもらっている者たちの顔をよく覚えておくんだ。 それとしっかりと体術も身に付けるよう」

百足が教えたことが発端で大事があっては困る、杠からの指示を享沙が伝えた。 体術は一か所でしか行われていない。 散らばらなくてはならない危険もない。
百足は杠の下で働いている者たちのことを知らない。 また柳技たちも百足のことを知らされていない。


「どうだった?」

「なかなかに難しいですか」

次の都司の目星をつけに杠が動いていたが、なかなか見つからないようだ。

「何某かしておりますので」

今すぐ代わるというわけではないし、今はまだマツリが権力を握っていたい。 目星だけをつけておくということである。

「ほんとうに・・・この六都はスッと生きている者はおらんのか」

それこそ気概として黒山羊の店主でもいいのだが、釣銭の計算は出来ても生憎と読み書きが不十分だ。 宮都との間で文をかわさなくてはいけないのだから読み書きは必須になってくる。 それにそうなると黒山羊をやめなくてはいけない。 店主はそれを選ばないだろう。

「少々の学のある者は悪さを考えるようです」

以前から言われているように、都司にはある程度の学がある者にしかなれない。

「育った環境だな」

いま道義を教えている子たち全員がその道義どうりに生きていくとは限らない。 だがそれでもその子たちに子が生まれる頃には少しは違ってくるだろう。
それを支える為にも都司は選ばなくてはいけない。 妥協など許されない。

「急いではおらん、曇りのない者を探してくれ。 それと杉山で切り倒した木をそろそろ運ぼうと思うのだがここには馬の曳く荷台はあるか?」

随分と前に京也から言われていたが雪の中を運ぶのには危険が多すぎた。 だがそろそろいいだろう。

「二台御座います」

出来ればこの日から杉山で切られた木を運びたいと思っていた。
咎人の七人は未だに通いである。 やはり杉山にいる者たちから白眼視されている様だ。
その咎人を追い抜き武官が操る元、二頭引きの馬四頭が荷台を運んで行った。

「ふむ、荷台を動かす者も育てんといかんか」

それにそろそろ四人の武官を宮都に返さなくては四方も堪忍袋の緒を切るだろう。 それでなくとも、それ以上の武官を借りているのだから。
だがこれから温かくなってきてウジが湧いて出るかと思ったら、簡単に全員の武官を返すことが出来ない。 返したくない。


四の月も終わろうとしていたころ、杠が官所に戻ってきた。

「おお、長い間お疲れで御座いました。 そういうことは私たちの仕事だというのに申し訳御座いません」

馬に乗れない帆坂が言う。 帆坂でなくとも文官は馬に乗れない。 文のやり取りをしている間には馬に乗れる杠が動いた方がいくらか早い。

「いいえ、マツリ様からの命で御座いますので。 こちらが一覧で御座います」

これから杉山からの杉を売る顧客となる一覧表である。

「こんなに?」

せいぜい三軒か四軒くらいだと思っていたのに二十軒以上ある。 相手は一軒を除くと全て個人の木造関係。 除いた一軒は宮都工部だった。

「今だけでこちら、これだけで御座います」

別の紙を出すとそれは仮注文書だった。

「取引値は木を見てからということですが、まあ、信用できる相手かと。 五の月に入りましたら見に来られると言っておられました」

「しょ、承知いたしました」

杉が売れた収入は六都都庫に入る。 そこから宮都に借金を返済していき、給金を出していかねばならない。 値切られないようにしなければ。
大役である。 よって気の良い帆坂には無理だろう。

いくらかの杉を運んできた時に何人かの杉山の者たちも戻ってきていた。 荷台から杉を下ろす為でもあるが、運んできた杉を使って杉を置いておく屋舎を建てる為にであった。
杉山ではかなりの取り合いがあったらしい。 誰も木を切るだけではなく物を作りたい様だった。 それも大きくなればなるほど造り甲斐があるというもの。
この頃には武官から手ほどきを受けた数人が荷台を引く馬を操っていた。 どれも人選は裏で京也が動いていたのだが、それに気づく者はいなかった。

マツリが思っていたように暖かくなりウジが出始め、あちこちで捕り物が始まった。 暴れる者、破壊する者、物取り、食い逃げ呑み逃げ、夜には喧嘩、酔って店内で暴れ物を壊す者、などなど。 次から次に捕らえて全員すぐに杉山送り。 もちろん徒歩で。 疲れさせなくてはどうにもいかないし、ただで飯を食わせる気もない。
内容によっては数日で終る者もいるが、二度とあの杉山までは行きたくないと思うのか、縄で繋がれ晒目に遭わされるのが嫌なのか、再犯はほとんど見られなかった。
毎日縄で繋がれた長い列が出来ていた。 武官を四人交代制で見張につかせていた。 それを補うようにマツリ自身も毎日巡回に出ていて、捕縛すら武官を呼ぶことなく自分でしていた。
今のところ百足が体術を教えている者たちが捕まることは無かった。


「売れておりますねー」

伐採した時期が良かったようで、木材として良い値で杉がどんどん売れていった。 それと同時に、男たちの思惑があったのかどうか、建てた屋舎の入り口に男たちが作った物が置かれている。 杉を買いに来た者たちがそれに目を止め、ちょこちょこと買っていた。 ましてや注文が入るようにもなってきている。
「椅子を四脚欲しいのだが」「長卓はないか?」「ちょっとした置物を作って欲しいのだが?」「長梯子は出来んか?」などと。

買いに来るのは木を扱う者たちなのだから自分達で作れば良いのではないかと思うが、そう簡単ではないらしい。
長卓などは平板に足を付けるくらいならするが、趣が欲しい、ということらしい。 誰に教えられたわけでもないが、手先の器用な者が彫り物をしている。 職人が作るとそれだけ高くなるが、ここでは素人が感性で作っているのだ。 頃合いの値で手に入るということらしい。
文官立ち合いの元、そういう注文を杉山の男たちが聞いて、得意な者が杉山や屋舎で作っているという報告が文官から上がってきていた。

「ふむ、それでは今までのように一律の給金とはいかんか」

その時の話をしながら杠と六都内を巡回している。 捕縛があれば杠は武官ではない官吏らしく一歩引いて全てマツリに預ける形をとっている。 影で腕に任せて動いていることは気取られたくない。 マツリもそれを分かっている。

「文官が忙しくなるでしょう」

個々に何を仕上げ、どれだけの値で売れ、何分を給金に入れるか。 今まで不必要だった計算をして給金に入れなくてはいけなくなる。

「端木で出来上がる物もあると思えば、都庫が潤うのだからそれで良かろう」

文官が忙しくなっても、その分の文官の給金を払うわけではないし、売れれば都庫が潤うのだ。

「例の者、一人は目星がつきました」

都司の件である。

「曇るところは無いのだな?」

「一点だけ。 兄の行方が分かっておりませんが、少なくともこの六都で何かをしでかしたという歴は御座いませんので宜しいかと。 ですが若干若いのでどうかと。 二十七の歳で御座います。 今は文屋で番頭まがいのことをしております」

「二十七の歳? 我と同じ頃か」

マツリ自身、自分が若輩者だと分かっている。 あの百足たちを見ているとつくづく思わされる。 そんな若輩者が都司になったとて、六都の民は簡単にいうことを聞かないだろう。 民どころか官吏さえ。 今マツリが咎を出したり官吏に命令できるのは、本領領主という後ろ盾があるからだ、マツリ自身それをよくわかっている。

「番頭まがいとは?」

「大店では御座いませんので番頭という立場さえ御座いません。 店主に代わって帳簿を付けたり仕入れをしたりしております」

「店主は何をしておるのか」

「初めこそよく働いていたようですが、この男が来てから店を預け遊び惚けているようで」

「ではその者が居なくなっても、店主さえその気を戻せば店は回るということだな?」

都司に引き抜いて店が潰れてしまってはシャレにもならない。 それに応えて、はい、と杠が頷く。

「見るからに・・・その歳に見えるのか?」

少なくとも見た目は必要である。 見た目があと五の歳ほど老けて見えていればいいのだが。

「その歳より・・・若く見えるかもしれません」

思惑と反対だったようだ。

「見た目だけで相手にされぬかもしれんということか・・・。 肝は」

「据わってはおりますがそれが幼顔ですので、外からはなかなか見えにくいかと・・・」

「幼顔?」

歳も歳だというのに。

「・・・杠」

マツリが半眼になって横目で杠を見る。

「・・・はい、探し直します」

「かなり嫌気がさしてきておるようだの」

「嫌気では御座いません。 ですがこの六都で読み書き算術が出来まっとうな者を探すのは・・・六都の中に落とした針一本を探すようなもの」

「その者の父は? その者が真っ当なら父もそうであろう?」

「これが父母共にろくでもありませんでして。 ですがもう亡くなっております」

生きていればアウトだが亡くなっているのならセーフ。

「よくそんな中で育って真っ当になったものだな」

「それだけ肝が据わっているのですが・・・いかんせん顔が・・・」

―――幼顔。

マツリには痛い言葉である。 美しいだけの顔は迫力に欠ける。 リツソなどはその中に冷たさを見て怖がるところはあるが、それはマツリより年下だからだろう。 それが故、乃之螺の時には、強面の武官を連れてこなくてはならなくなったのだから。

前から享沙が歩いてきた。 すれ違いざま「夜襲にご注意を」と言って通り過ぎて行った。

「今晩、沙柊と接触します。 今日の終わりに官所に戻られた後は黒山羊に行って下さい」

「夜襲など何でもないが?」

「御冗談でもおやめください。 委細を聞いて参ります。 それまで黒山羊に」

場は違うが、どこか紫揺とお付きの会話に似ているのは気のせいだろうか。

文官所からマツリが出て行くと杠もすぐに文官所を出た。 途端、杠の横からドンとぶつかって尻もちをついたのは芯直。
憧れの杠にぶつかったのだ「ちゃんと前向いて歩けよー」などと憎まれ口など叩くことは無い。 それに杠は前を向いていた。 横からぶつかってきたのは芯直なのだから、前を向いていないのは芯直ということになる。 それでも相手が巴央なら憎まれ口を叩いただろう。

「えへ・・・」

「大丈夫か?」

立たせてやる時に手の中に文を入れられた。 一瞬、また難問を解かなくてはならないかと思ってしまった己を戒める。

「うん、ありがとう」

殊勝にもそう言って走り去って行った。 あとから絨礼が走り抜けていく。
素知らぬ振りをして歩き出し誰の目もない所に入ると手渡された文を広げる。

『れいの五人が まつりさまをねらっている 人ずうふえるかも 家でさしゅう松』

吹き出しそうになった口を堪えて文を懐に入れる。

「さて、家とはどちらの家だろうか」

享沙の長屋か芯直たちの長屋か。 逡巡は長くはかからなかった。

これから夕餉と言う刻だ、長屋ではあちこちから声が聞こえてきていた。 誰もが家の中に入った隙にそっと戸を開ける。 鍵は閉められていない。 こちらで間違いがなかったようだ。
僅かな隙間から身を滑らす。 奥からぼそぼそと声が聞こえる。 享沙の声だ。
上がり框に上がるとそのまま奥の部屋に入って行く。
三人が享沙に習っている姿が目に入った。

「あ、俤」

声を殺して絨礼が言うと全員が振り向いた。 すぐに享沙の横に座り話を聞く。

「あの五人か?」

潰した大店の。
享沙が頷く。

「今のマツリ様のやりように腹を立てている者たちが寄ってきました。 最初は五人で今晩辺りと考えていたようですが、人数が集まってきたのであと少し人数を集めてからにするということです。 今のところ十四人。 今、黒山羊に集まっていると思います」

「黒山羊に?」

険しくなった杠の顔を見て「はい」と応えるだけの享沙。

「承知した」

懐から芯直から手渡された文を出し、享沙に渡すとすぐに部屋を出て行く。 『松』を『待つ』に教え直してもらわねばいけない。
マツリのことだ滅多なことは無いだろうが、それでも相手は十四人。 夜襲にしてくれれば身を隠しながらでも己が手を貸せるが、黒山羊に集まっている時にマツリを見て熱(いき)り立たれては、と考えると知らぬ間に走ってしまう。

「らっしゃい」

汗みずくで店の中に入ってきた杠だったが、店内を見まわす前に店主の声でいくらか心地が落ち着いた。 争いごとなく店が回っているということだ。
改めて店内を見まわす。 奴らが居る。 そして有難くも離れた所にマツリが座っている。
奴らがマツリに気付いていないはずはない。 奴らから離れた所に座るマツリだが、生憎と店の奥で奴らに背を見せている。
卓ではなく厨房に続く腰高の壁に平板を設えたところの一番端に座っていた。 吹っかけられては店内で暴れてしまうことになるし、隅に居てはまず逃げ場がない。 武官ではない杠が人の目のあるところで手を貸すことも出来ない。

「兄さん、相席でいいかね?」

「あ、悪いが椅子だけを」

店主が空いている席から椅子を持ってくるとそれを受け取ってマツリの横に置く。 もちろん狭くなる。 マツリが少しづれたが殆どくっ付いている状態である。

「混味でいいかね?」

マツリの手元を見ると殆ど食べ終わりかけだ。

「いや、酒をくれ」

「うちのは旨いのに」

「よく知っているさ。 走ってきたから、そうだな、麦酒をくれ」

「あいよー」

杠は官吏の衣装のまま、誰が見てもマツリと杠が知り合いなのは丸分かりである。 隠すこともないし、まるで仕事の話をしているように見せることもできる。

「奴らか?」

マツリは気付いていたようだ、例の五人の顔も知らないのに。

「ほい、良く冷えてるぜ」

腰高の壁の向こうから店主が麦酒を置いた。

「ああ、有難う」

杠が一口吞み「うん、旨い、良く冷えてる」それを聞くと機嫌よさそうに店主が奥に入って行った。
その様子を見送った杠がすかさず享沙から聞いてきたことを話す。

「十四人か・・・一斉にかかって来られてはどうにもいかんな」

「まず店内は困ります、己に加勢は出来ません。 それに少なくとも奴ら五人は壊したものの弁償は出来ません。 マツリ様が襲われたと言ってもマツリ様に知らぬふりは出来ないでしょう」

弁償の全額がマツリにかかってくると言っているのだ。
マツリが眉を上げる。

「なんだか依庚と話しているようだな」

杠が麦酒を吞み干す。 マツリももう食べ終わっている。

「とにかく出ます」

「尻尾を巻くようだな」

立ち上がった杠が肩で息を吐く。

「出ていただきます。 店主、ここに置いておく。 釣りは要らん」

マツリの分と二人分の代金を置いた。

「あいよー」

杠の様子を見ていた男達。 汗みずくでやって来てなにやら急いでいる様子だ。 下手をすると武官でも来るのだろうかとボソボソ話している。
武官は二交代制で、この時間あたりから朝の武官たちが夜の武官たちと交代になる。 それを懸念したのかもしれない。
下手な懸念が助け舟となった。

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