大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第121回

2022年12月05日 20時21分14秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第121回



二日後、六都で全ての者を捕らえ、証拠も挙がったという知らせを持って、一足早く黄色の皮の胴当てを身にまとった一人の武官が戻ってきた。 顔を腫らせ、多分、鼻の骨を折って。
治療を必要とするだろうこの武官をわざわざマツリが走らせたのだが、少々裏目に出たようだった。

黄翼軍(おうよくぐん)武官長が目の前にいる部下に驚きの視線を送った。 この男は我が黄翼軍でも賊を片手一本で撒き散らせることが出来るほどの剛腕の持ち主であり、その体躯は必要以上過ぎるくらいに立派なものである。
恰幅の良い身体になりたいと思っているマツリでも「あ、そこまでは結構です」と言うだろう体躯である。

「何があった」

お前の身に。

真剣な眼差しで訊く武官長。 その目がイタイ。 武官長の真剣な目が何を問うているのか分かる。 己がどうしてこんな顔でいるのか、ということだと。

「六年前の都司、是環比を捕えに行きました時、是環比に逃げる様子が見えましたので足を踏ん張りましたら・・・その、床が抜けまして。 身体が沈んだところに飛び出してきた是環比の膝が顔に当たったということでして・・・」

「・・・」

「あ、ですが取り逃がしてはおりません。 周りを固めていた者が取り押さえました」

「・・・少々、食を抑えた方がいいかもしれんな」

早い話、ダイエット推奨である。



「シキ様のご様子を見に行きたいんですけど?」

東の領土では短い夏が終わり、過ごしやすい日々が続いていた。
紫揺とお付きは夏が終わると辺境に行き、あの気になっていた集落を訪ねた。 一度に十二名もの死者を出した。 さぞ悲しみ沈んでいるのだろうと気になっていた。
だが民は逞しい。 十二名をこの集落のやり方で野辺送りにし、家族が数日の喪に服した後は生きていかねばならない。 いつも通りの生活に戻っていた。 悲しみはまだ癒えてはいないだろうが。
紫揺は特に家族を亡くした者たちに添うように数日を過ごし、集落をあとにした。 その間、阿秀と梁湶は彰祥草の咲いていた痕跡がないかと探したが、やはり見つけることは出来なかった。

「はい?」

唐突に言われた領主。

「シキ様、ご懐妊なんです。 マツリからシキ様のご様子を窺うようにと言われましたんで」

・・・言われましたんで?
なんだ? それは?
本領で懐妊があったとて、それをこの東の領土がどうやこうやと・・・。
いや、そうではないか。
本領からお役御免となったシキが飛んできた。 そしてこの東の領土の宝ともいえる紫を抱きしめた。 お役御免となる前、シキには長い年月、東の領土の民に添ってもらっていた。 そのシキの身を案じるのは分かる、だが。

「で?」

どうしてマツリに言われたからと?

「本領に行ってもいいですか?」

どうして? 何故?

「あの? マツリ様が仰られたからと?」

「あ、えーっと、まぁ、それはそれで。 そのぉー、シキ様の具合も気になりますしぃ・・・」

分かった。 なぜ急に言い出したのかの理由が分かった。
紫揺が飽きたのだろう。 その口実にシキを使っているのだろう。 まるっぽすっかり丸分かりになった。

今代紫である紫揺の “紫さまの書” を書くにあたって、此之葉がずっとしたためている。 だが肖像画は未だに描かれていなかった。
『えー・・・ジッとしてなきゃいけないんですよね?』 『いやぁ、むりむり、やめましょう。 歴代紫を汚しちゃいます』 『私の顔なんて残さなくていいですよ』
ナドナド。 領主が何と言おうがずっと断られてきていた。 だが領主の一言で一転した。
『では、絵師の記憶のままに描いてもらいましょう。 かなり美化をして描くと思いますがご了承を』
そんなことを受け入れる紫揺でないことを分かっていて言った。 だからわざと言った。

そしてこの数日、紫揺はある角度でじっとしなければいけなかった。 それに飽きたのだろう。 というか、足や手が退屈限界になってきたのであろう。
そろそろ限界かと、と阿秀からも聞いていた。

「秋我が随行いたします」

「一人で大丈夫ですけど?」

「そういうわけには参りません」


「秋我さんごめんね、耶緒さんのことが気にかかるでしょう?」

「何を仰います。 紫さまが耶緒に手を施して下さり元気になりました。 気にかかることなど欠片も御座いません」

山の中を道順が心許ない二人で歩いている。

「でも、それでも毎日心配でしょ? 耶緒さんの顔を見ていたいでしょう?」

まるで比翼の鳥ともいえる二人である。 その耶緒は妊娠している。 それも出産となれば初産となる。

「ははは、紫さまには敵いませんね」

いや、紫揺でなくとも誰でも言うだろう。 お愛想でも。

「ええ、毎日、耶緒の顔を見ていたいです。 毎日、耶緒が腹を大切に思うその想いに私も腹を撫でたいです」

え? どういうことだろうか?
耶緒が腹を大切に思わなければ、秋我は耶緒の腹を撫でないということだろうか? 二人の子がいる耶緒の腹なのに。

「それって、耶緒さんが、もし耶緒さんがお腹の子を大切に思っていなかったら、秋我さんは耶緒さんのお腹を撫でないということですか?」

秋我が大きな声で笑った。 思いもしないことを言われたからだろう。

「そんなことはありません」

「え? だって・・・」

「耶緒と私の子です。 耶緒がどうして大切に思わないでしょうか」

そうだった。 この二人の愛情は自分も見てきたではないか。 何を今更、無粋なことを言ってしまったのか。

「じゃ、毎日、耶緒さんのお腹を撫でたいですよね。 ごめ―――」

―――んなさい、とは言えなかった。 秋我が紫揺を見たのだ。

「秋我さん?」

「私は耶緒を信じております。 耶緒も然り。 それだけではいけませんか?」

二人の絆は深い。 毎日腹を撫でる、それは秋我にとって至福の時であろう。
腹を撫でるという単なる行為に至福を感じる、それも一つではあるが、何よりも心が繋がっている。
その行為の至福は、厚意でもあるのかもしれない。 いや、厚意などではない。 そんなことはこの二人には必要ない。 心の底から赤ちゃんを想い、互いを想う。 ただそれだけ。

「紫さま? 私が耶緒の腹を撫でるのは、ただただ、幸せだからです。 紫さまの仰りたいように私が耶緒から離れて、耶緒の腹を撫でられなくなって何が変わりましょうか? 耶緒の腹の子は私が撫でずとも大きくなります。 耶緒の愛情を受けて」

この二人の絆は固い。

「喧嘩なんてしないんですか? あ、しなかったんですか?」

「一度もありませんね」

「・・・そうなんだ」

「耶緒が目くじらを立てるところを想像できますか?」

「・・・できない、です」

そして耶緒だけでなく秋我にも。
自分とマツリとはエライ違いだ。

(・・・? なんで私とマツリを比べなきゃいけないの)

でもこれは訊いていいだろうか。 うん、いいだろう。 これは単に男としてどう思うかなのだから。

「どうしました?」

考え込むような様子を見せていた紫揺の顔を覗き込んできた。

「あ、えっと。 その、秋我さん・・・女の人に拳でほっぺたを引っ叩かれ・・・殴られたことってあります?」

ギョッとした顔を見せた秋我。 三度、目を瞬かせてから口を開いた。

「ありません、が?」

“が?” 問われ返されてしまった。 それがどうしたのかと。

「あ、いや、なんて言ったらいいのかな。 その、うーんと。 もし! もし殴られたらどう思います?」

「歩いていて急にですか? 民に?」

どうして疑問を疑問で返すんだ。 答えだけが欲しいのに。

「あや、そうじゃなくて・・・。 その、そんなことは無いと思うんですけど、いえ、思うじゃなくて、絶対、秋我さんにはないんですけど。 その、秋我さんが・・・もし相手の気に食わないことをして、それで殴られたら。 拳で。 ああ、ついでに言うと、その前にもビン・・・平手で叩いてて、じゃなくて、叩かれていて、二度目が拳だった、ら?」

秋我が心の中で大きく息を吐いた。
・・・やったのか。 どこで、誰に。
今は元気になっているが、憂いていたことと関係があるのだろうか。

紫揺が憂いていたことは民にさえ分かっていた程だ。 阿秀が民と会うのを止めたくらいなのだから。 それほどなのだから秋我にも分かっていた。 それにその頃シキもロセイに乗って飛んできていた。
どこでは、本領だろう。 誰に、は・・・。 秋我の知る限りマツリか四方か。 マツリには喧嘩ごしだったし、四方には食って掛かっていた。
だが今はそれを追求する時ではないであろう。 相手は紫揺だ。

「うーん、何をしたか、どうしてしたかの内容にもよりますが。 少なくとも私は自分の信じたことを行っていたと思います。 ですが叩かれたということは、それも二度。 かなりお相手にとっては気に食わなかったのでしょうね」

そうなんです! そうなんです!! そう言いたかったが、言ってしまえば自分の話をしているのがチョンバレになる。 ただ頷くだけにしておいた。
チョンバレているが。

「謝っても許されないのなら、それを受けることしか出来ません」

「受けるって? 黙って叩かれるってことですか?」

「はい。 それ程のことをしたのでしょうから」

「痣が残っても?」

痣が残るほどの力で殴ったのか・・・。

「・・・はい」

本領、宮に着いたら一番に胃痛を抑える茶をもらおう。


宮の門を前にして見張番が東の領主代理が来たと告げると「東の領土、領主代理とは!」 と誰何された。 秋我はたった一度父親である丹我が門番とやり取りをするのを聞いただけである。

「東の領土、領主代理、秋我!」

腹の底に力を込めて。大音声で応える。
秋我は初めてのことに頑張った。 が、秋我の横には紫揺が居る。 顔パスの紫揺が。 とは言え、この形式ばったことをしなければ、紫揺は入れても秋我は入れないのだろう。


「まぁ、紫、来てくれたのね」

四方に代わって澪引が出てきた。 四方は今日も仕事に忙しいらしい。 宮に来た挨拶は今回も澪引止まりでいいそうだ。

「秋我も疲れたでしょう」

はい、紫揺の話に東の領土を出る前から疲れました、などとは言えない。

「此度はシキ様のご懐妊、おめでとうございます」

椅子から立ち上がり辞儀をする。
初めて秋我たちが通された部屋にいる。 ここは訪ねてきた者が最初に通される部屋なのだろう。

「ありがとう」

澪引が椅子に腰かけると紫揺と秋我も座った。

「シキ様のお加減はいかがですか?」

澪引の前に茶が置かれた。 紫揺と秋我の前には既に湯呑が置かれている。 そして空になった小皿が二枚、紫揺の前にある。

紫揺が来たのだ、すぐに “最高か” と “庭の世話か” がタッグを組み、茶を出そうとしかけたところ、澪引の従者に先を越されてしまっていた。
どうして澪引の従者が? とは思ったが、出されてしまっては仕方がない。 部屋の隅に座ろうとして澪引の従者に中の様子を窺うと、すでに二人座っているという。 まだ澪引が来ていなかった時だというのに。 仕方なく四人で回廊に座した。

「波葉のお話しでは元気にしているそうよ。 お腹も随分と大きくなったようなの」

澪引が従者の目を見て呼ぶ。 そして「紫に菓子を」と言われ、すぐに部屋を出ていった。

「良かった。 その、ご迷惑でなければシキ様にお会いしたいと思って来ました」

「まぁ、迷惑だなんて。 シキも喜ぶわ。 明日にでも一緒に行きましょう? と言いたいところだけれど」

「あ・・・なにか?」

「明後日、シキが来るの。 そのままややが産まれるまで宮に居るわ。 ね、数日宮に居られるのでしょう? 明後日までシキを待って、今日と明日はわたくしと一緒にいましょう?」

シキの邸がここからどれだけ離れているのかを知らない。 だから長くて一泊二日と考えていたし、どちらかと言えば日帰りのつもりだった。 どうしようかと秋我を見る。

「それでは明後日まで宮にお世話になりましょうか」

澪引の申し出を断るなどということは出来ない。 だがさり気なくそれ以上の滞在は考えていないと織り込む。

「ええ、是非そうしてちょうだいな」

そこに菓子が運ばれてきた。 個々の茶に添える小皿ではなく大皿に載っている。 小皿にしてしまっては紫揺の皿がすぐに空になるからだ。 すでに空になっていた小皿を下げる。 この二枚の小皿に載っていた菓子を食べたのは、どちらも紫揺だろう。

「さ、召し上がれ」

大皿に手を伸ばす紫揺を目の端に入れ、心の中で溜息をついた。 きっと紫揺は来る度にこうして遠慮もなく菓子を食べているのだろう、と。
彼の地の話は聞いている。 彼の地には遠慮というものが無いのだろうか、僅かに首を傾げた秋我だった。

「リツソ君はどうしていますか? お勉きょ、勉学は進んでいますか?」

澪引が美しい溜息を吐いた。 皆まで言わずとも分かるほどに。

「あ・・・。 あの、カルネラちゃんに頼んでおいたんですけど、ダメでしたか?」

「カルネラにはいつも頭を叩かれているわ。 でもねぇ、カルネラの力では。 それに長い間マツリも殆ど出ているから誰も叱る者がいなくて。 師もリツソの逃げ回りに腰を悪くしてしまって・・・」

澪引の美しい溜息とは比べ物にならないと言うか、根本的に比べるのがおかしいだろうという息が吐かれた。 紫揺の口から。

「どうして分かってもらえないんだろうかな・・・」

勉強の必要性を説いたはずなのに。 それを分かってくれたはずなのに。

「私が居る間は私がリツソ君のお勉・・・勉学を見ましょうか?」

「だめよ。 シキが帰ってきたら紫をずっとシキに取られるんですもの。 シキが来るまではわたくしと一緒に居て? ね?」

一瞬、あはははっと笑うことしか出来なかった。 そして「はい」と付け加える。

「それに紫が居る間に教えてもその間だけのことでしょう?」

尤もだ。 付焼刃にもならない。
手にした菓子をひと齧りする。

「それにね、ここだけのお話しなんだけれど・・・」

澪引が小声で話し、前に座る紫揺に顔を近づけるようにする。

「澪引様、お話し中失礼いたします。 すこし庭を見てきても宜しいでしょうか?」

「あ、ええ、どうぞ。 あら、ごめんなさいね、つい紫と話し込んじゃって」

とんでも御座いません、と言い残して回廊に出ていった。
秋我が気を利かせたのは明らかに分かっている。 澪引の “ここだけの話” を秋我が耳にするわけにいかないと思ったのだろう。
宮の誰もが知っていることだが。

「もう少ししたらリツソが十六の歳になるの」

「わぁ、もうそんなになるんですね」

確か知り合った時は十三歳と言っていたはずだ。

「紫は二つ名のことは知っていて?」

「はい。 シキ様とマツリの二つ名を知っています」

シキは四季であり視気であり、マツリは祭であり魔釣である。

「その二つ名ですけれどね、十五の歳に四方様から頂くの。 シキもマツリも十五の歳を待たずして四方様はお決めになっていたのだけどリツソにはまだなの」

「え? お決めになられていないってことですか?」

澪引がその美しい面差しに憂色を浮かべ頷く。

「四方様の根悪ってことですか?」

あの四方なら有り得る。

「こんわる?」

「あ、えっと。 ちょっと虐めちゃってる? みたいな?」

澪引が左右に首を振る。

「勉学をさせるためにそうされているのかしらと、わたくしも少し思ったりしたのですけど、そうではないようなの」

やっぱり四方にはあり得るようだ。
四方に言わせれば、濡れ衣だ、と言いたいだろうが。

「才が見られないのですって」

「さい?」

「シキには民の気持ちの中を視る目があるでしょう? マツリは厄災をもたらす者を視ることができるわ、そして他にも。 でもリツソにはそのような才が何も見られないそうなの」

“さい” とは、生まれ持っての “才能” のことらしいと理解した。
紫揺から見てもリツソには何かの才能や飛びぬけた力がありそうには見えない。 それにあれだけ勉強から逃げ回っているのだ、先天的なものだけではなく、後転的に手に出来る知識もないだろう。

「二つ名を十五の歳までにもらえなかったら、どうなるんですか?」

「四方様が仰るには、無いものは無いのだから無理に付けるものではない、そう仰るだけ」

「あ、じゃ。 無くてもいいってことですか?」

「宮のそういうところ、わたくしには分からないの。 でも慣例に背くということは分かっているわ」

澪引が分からない以上に紫揺は分からない。 解決策など出てくるはずもない。 それに四方がそう言っているのだから、それも有り得るのだろう。
このまま澪引の話し相手を貫こう。 少しでも気が楽になるだろう。
それにしても、これ程に美しく可愛らしい人が数か月後にはおばあちゃんになるなんて・・・信じられない。

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