大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第95回

2022年09月05日 21時04分46秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第90回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第95回



「阿秀、御者台でマツリ様からお聞きしたことを話します」

そして阿秀から領主に話す。 いつものパターンだ。

「いや、いい。 又聞きより塔弥から領主や他の者に話す方がいいだろう。 このまま全員で領主の家に行く。 その時に話してくれ」

「分かりました」


此之葉が顔を上げた。
同時に違う場所で独唱と唱和が目を合わせた。
独唱と唱和が感じる大きなものがなくなった。 そして此之葉がふるふると感じていたものがなくなった。

「どうして・・・」

紫揺が運ばれる馬車に同乗したかった。 だがマツリから言われたことがあった。 このふるふると感じていたものが気になって馬車に乗ることが出来なかった。
良きものか悪しきものかも分からない。 見過ごすことが出来なかった。 だが今それがフッとなくなった。 何日も張りつめていた脳と身体が弛緩する。 身体を脱力させるとすぐに思い返して、まだ起きているだろうと、独唱と唱和の元に行こうとしかけ足を止めた。

「蹄の音・・・」

蹄の音が聞こえる。
お付きたちが戻ってきたのだ。 紫揺の様子を聞いてから独唱と唱和の元に行っても遅くはない。
阿秀が領主に報告に行くだろう。 その間に塔弥にでも訊こう。
お付きたちが部屋に戻るまで待っておこう。 それまでこの張りつめていた身体を横たえ休めよう。 そう思っていたが、横になっていくらも経たないうちに、領主の家に来るようにと呼ばれた。

領主の家に集まった領主、秋我、お付きたちと此之葉。 マツリから聞かされた話を塔弥が聞かせる。 あくまでも紫揺を奥に迎えるという話以外を。

最初に一番短くて済み、此之葉も不安だろう “古の力を持つ者” が感じていたものの話をした。

「え? では、あのふるふるとしたものを感じなくなったのは、マツリ様が本領に入られたから?」

「そうなんだ、感じなくなったんだ。 正にマツリ様の仰っていた通りということか」

「それでは悪しきものでもなんでもなかったということか?」

領主に問われ「それなんですが」と、紫水晶のことを話し出した。 そこにはどうして紫揺が倒れたのか、どうしてマツリが紫揺を本領に連れて行ったのかということも含まれている。

「それほどに紫さまのお力が大きく、目覚められたとしてもお力に紫さまが潰れられ、悪くすれば民に厄災が起きると仰っておられました」

塔弥の締め括った言葉に誰もが息をのみ驚いた顔をしている。
ようやく息を吐いた領主が腕を組んだ。

「先ほどの此之葉の話からするに、マツリ様の仰られたことは間違いないのだろう。 紫さまがあの紫水晶と離れた所に居られれば、気が付かれるというのもそうなのだろうな」

塔弥が頷く。

「それにしてもそれ程に強いお力をお持ちだったとは」

初代紫に匹敵するほどの力を持っていたとは。
紫揺と知り合って一番時の浅い秋我が言うが、誰もがそう思っている。

「ああ、あのまま何も知らず紫さまに何かあっては大変なことになっておった。 それに民にも」

紫揺の、紫の力を計ることが出来るのはこの領土の中にはいない。 比較する力を持つ者もいないのだから。

「初代紫さまが後の紫さまの為に作った石。 現れるべくして現れた・・・」

独語のように領主が言ったのを受けて野夜が訊く。

「梁湶、何かそれらしいことを書かれていた書はないのか?」

この領土で一番書を読んでいるのは梁湶だ。 そして “初代紫さまの書” が存在しないことは誰もが知っている。

「・・・無いな。 まず “初代紫さまの書” が無いんだ。 関する書もなければ、その時代の書もない」

今のように平静な領土ではなかった。 書を残すなどと考えられなかったのだろう。

『五色の力は民が五色を愛してこそ五色の力』 そんなことも知らなかった。 どこかで途絶えたのだろう。 当たり前に五色を想ってきていたこの領土の民なのだから。

塔弥からすべてを聞いてそれぞれに考えるところがありながらも、いかにこの領土は五色のことを知らなかったのかと痛感させられた。 そして紫を、紫揺を守るために今はマツリに頼るしかないと。
帰り際、領主が塔弥を止めた。

「はい」

「マツリ様は何用があって来られたかは、言っておられなかったか?」

「あ・・・」

一瞬にして背中に汗がにじむ。

「あっと・・・紫さまのお話しかしませんでしたので」

心当たりが無いと、困った表情を見せた。 実際、そんなことを訊かれ困っているのだから。

「そうか・・・。 お急ぎでなかったということか」

「そのようかと・・・」

時は遅くなってしまった。 独唱も唱和ももう寝ているだろう。 此之葉が独唱の家に向かったのは翌日となった。


何度か紫揺を抱え直しながら山を上ったマツリ。 杠との鍛練のお蔭なのか、息を上げることもなく紫揺を落とすこともなかった。

洞を抜け岩山を下っていくと光石が出迎えてくれた。 月明かりがある、光石が必要なほどの暗闇ではなかったが、あるに越したことは無い。

「意外と早いお着きでしたね」

「待たせて悪かったな」

「いいえ、これしき。 キョウゲンが文を携えてきた時には何事かと思いましたよ」

マツリ抜きでキョウゲンと対峙することなど無いのだから。
その文には『馬を一頭用意しておいてくれ』 とだけ書かれていた。 キョウゲンが持って来たのだから差し出した相手は分かっている。
そのキョウゲンは今マツリの肩に居ない。 暗い洞の中のマツリの足元を誘導し終え空を飛んでいる。

「お休みですか?」

マツリに抱えられている薄物に身を包んだ紫揺の顔を覗き見る。 それは己が運ぼうかという意味である。 見張番であるのだ、マツリよりずっと馬の扱いに慣れている。

「いや、なんということは無い。 我が運ぶ」

「では馬を連れてきます」

剛度の乗る馬は今ここにいる。
連れてこられた馬には剛度の馬と同じように既に光石が付けられていた。
では、と言って剛度が両手を差し出す。 何のことかとマツリが首を捻る。

「紫さまを抱えられたまま馬には乗れませんでしょう」

一瞬マツリの目が剛度の目から外れた。
言われてみればそうだ。
ここだけは仕方がないか・・・。

紫揺を剛度に預け騎乗する。 剛度から紫揺を受け取ると横座りに座らせ、そのまま片手で抱えてもう一方の手で手綱を握る。

「かなり危うく見えますが? 平地ならまだしも岩山を下りられますか?」

確かにそうだろう。

「無理をする気はない。 落としてしまってはどうにもならないのだからな。 ゆっくりと行けるところまで行く。 悪いが岩山を下りるまで後ろについてくれるか」

どうしてだかニヤリと笑ってから「お任せを」と、自分の馬に跳び乗った。
そして宮までずっと後ろをついてきた剛度であった。


今日マツリが東の領土に行ったことを聞きつけたパシリ。 情報元は杠である。 その辺の噂でも何でもない。

パシリが杠に頼み込んでかなりの時が経っていた。 杠は波葉の事情を察してすぐにマツリに言ったが、やはりマツリは動いてはくれなかった。 今の本領を考えるとそれは致し方ないとは分かっている。

毎日を針の筵で過ごしているとやっとマツリが動いた。 杠からの情報である、これは間違いないと、司令塔に報告をした。 すると結果を訊きに行くようにとの命を仰せつかったのであった。

あっちにウロウロ、こっちにウロウロとしながら大階段で上空を見上げていると、何故か門が開く音がした。
こんな刻限に誰がやって来たのだろう、マツリとの話を折られるような相手では困る。 まさかご隠居だろうかと目を凝らして見ていると、その姿がどんどん大きくなってきて、しっかりと光石に照らされる前におかしな人影に見えた。

単に胴だけがずんぐりむっくりに見えなくもないが、片方の胴の横から蜘蛛のように足が覗いているようにも見えるし、それが意志を持たず揺れている。 もう片方の胸当たりからは丸い玉のようなものも見える。 それも歩くたびに揺れている。
眉間に皺を寄せるパシリ。

異様なずんぐりむっくりが段々とその姿を露わにした。

「あ? え? ええぇぇぇーーー!!!」

パシリの叫び。
パシリが慌てて大階段を降りる。 下足番はいない。 慌てすぎていくつかの履物を落としながら、置いた己の履く履物もひっくり返して地に置く。
足でひっくり返った履き物を戻すと足を入れ、ずんぐりむっくりではなかったマツリの元に走った。

「マツリ様!」

「これは、義兄上。 こんな刻限まで宮に居られて宜しいのですか?」

「なにをっ! なにを悠長なことを仰られておられますかっ! 紫さまが・・・。 紫さまはどうなされたのですか!」

マツリの腕の中にあった、蜘蛛の足でもなければ丸い玉でもなかった紫揺の足と頭。

「東の領土で異なことがありまして、連れ帰ってきました」

「異? 異なこと!?」

これだけ大きな声を出しているのに、紫揺に目覚める様子がない。

パシリ・・・いや、波葉も、門に背を向けているマツリも気付いていないが、ジリジリと陰に隠れて門から歩いてきていた内門番たちが、波葉とマツリの会話に耳をそばだてて聞いている。

内門番が外門番に「マツリ様がお帰り」と言われ、門の横木を引いて門を開けた。 すると意識のない紫揺が、マツリに抱えられ馬に乗って入ってくるではないか。

常なら夜であれば、マツリはキョウゲンで宮に戻ってくる。 陽の明るい内であれば、他の門から馬で出入りすることはあったが、この門からマツリが馬で出たとは交代のときに聞いていなかった。 それなのに馬で戻ってきたこと自体どうしたことなのかだったのに、意識のない紫揺を抱えている。
そのマツリは紫揺を抱えたまま馬から跳び下り、馬を見張番に渡していた。 そしてキョウゲンの姿も見えない。

外門番にしても同じことを考えていたが、見張番が馬を連れて門をくぐると門は閉められた。 中で何があるのかを窺うことは出来なかった。

「紫さまは、紫さまはどうされたのですか!?」

マツリに抱えられている紫揺を見ることなく、マツリにすがるように問う。
紫揺に何かあれば司令塔に何と言えばいいのか。

波葉の問いに内門番が何度も首肯する。

「気を失っているだけで御座います。 明日には気付いているでしょう」

キョウゲンは既に岩山から、あの紫水晶を遠くに置きに行った。

「本当に? 明日には気付かれますか!?」

「はい」

波葉がほう、っと息を吐くと、ずっと後ろの陰で同じように安堵する内門番。 その者たちが一人を残して踵を返した。 外門番に知らせなくては。

「義兄上、申し訳御座いませんが、以前、姉上の従者をしておりました彩楓と紅香という者がおります。 その者たちを呼んではいただけないでしょうか」

「今は女官の者ということですか?」

決して彩楓と紅香が格落ちしたということではない。 元々、彩楓と紅香はシキ付きの末端だったのだから。 それ故、シキに付いて波葉とシキの邸について行けなかっただけである。 とは言え、彩楓と紅香はシキではなく紫揺を選んだところがある。
女官たちは既に仕事を終え奥に引っ込んでいる。

「はい、すぐに呼んで参ります」

“最高か” の顔を知らないわけではない。

「我の房で待っております」

「承知いたしました」

四方の承諾なしに宮の部屋を使うわけにはいかない。 取り敢えず紫揺をマツリの部屋に運ぶことにする。


「う・・・ん」

ずっと起きていたマツリが、襖を背に肩越しに振り返った。

(キョウゲンがかなり飛んでくれたか)

キョウゲンがどこまで飛んだかは分からないが、あの紫水晶が徐々に範囲を広げ、紫揺に再度影響を及ぼす前に、紫揺には言ってきかせなくてはならない。
とは言っても、マツリと紫揺の間には困ったものがある。 それはマツリ自身が作ったものだとは分かっているが、紫揺が簡単にマツリの言うことを受け入れるだろうか。

襖の向こうから「紫さま?」と彩楓と紅香の声がする。
マツリが立ち上がった。

「開けるぞ」

襖の向こうに言うと返事を待たずマツリ自ら襖を開けた。
彩楓と紅香が驚いた顔をマツリに見せる。

「時が惜しい。 下がっていよ」

マツリの威圧に押され彩楓と紅香が場を譲る。

微睡(まどろ)んだ目をしていた紫揺の焦点が合う。 焦点が合ったのは天井。 何本かの木が走り、薄い黄土色の天井を幾つもの長四角にかたどっている。 見覚えのある天井。
でもそれは紫揺の家ではない。

「・・・え?」

「目が覚めたか」

記憶にある声音。
ゆっくりと首を巡らす。

「なっ! なんで!?」

ガバッと起き上がろうとして、身体がコンニャクのようにたわみ、再び倒れるのを何かが受けた。

「今はまだ無理をするな。 我の話しだけを聞け」

紫揺の身体を支えていたのはマツリの腕だった。 そっと紫揺を寝かせる。

マツリの話しなんて聞かない、そう言いたかったが、それ以前にどうしてマツリがここに居るのか? それにここは・・・あの天井はマツリの部屋ではないのか? 何もかもが分からない。

「滝を覚えておるか? そこから男が落ちてきたことを」

説明としての開口一番の内容に “最高か” がひっと声を上げる。

紫揺にしてみれば唐突な話だった。 マツリを見た。 見たくないのに。

「男が落ちてくるところを見たか?」

男が落ちてくるところ? 紫揺がマツリの目から視線を外す。 正面を見る。 天井を。
紫揺が思い出そうとしているのだろうとマツリが待つ。
時は長かった。

「・・・あ」

長い時を破って紫揺が声を上げた。

「思い出したか?」

紫揺の唇が震え始めた。

「紫?」

紫揺が掛けられていた布団を撥ねると、その指が震えている。

「紫」

ゆっくりと起き上がる紫揺。 身体が左右に振れている。

「・・・行かなくっちゃ」

紫揺の揺れる身体をマツリが支える。

「行くことは無い」

その者は紫の力で救われたと言いかけたが、紫揺がそれを言わせなかった。
いま何を言われたのか、耳に届いた声は何を言ったのか、民を救いに行く必要が無いと言うのか。 どうしてそんなことを言うのか。

紫揺がゆっくりと首を回すとマツリを見た。

「・・・誰?」

―――想定外だった。

再び紫揺の瞼が閉じられた。


次に紫揺の瞼が開けられるまで長く感じる時を要した。 だがそれは真実時が長かったのか、待つ者の精神的なものかは分からない。

「紫さま?」

彩楓と紅香の声が聞こえた。
うつらとなっていたマツリが、卓に顔を置いていた状態から目を覚ました。
窓が開け放たれている。 いつの間に開けられたのだろうか。 窓から見える陽の光から昼前だと分かる。

一日二日、三日でも四日でも殆ど寝ずに領土を見て回ることが出来ていたのに、どうしてここで寝てしまったのか。 そう思うと、東の領土で秋我に言われたことを思い出す。

(やはりまだ疲れが取れていなかったのか・・・)

立ち上がり襖に向かって問う。

「起きたか?」

言い終わると同時に襖を開けた。 今回も彩楓と紅香の返事を待たない。 だが心得た彩楓と紅香が場を譲る。

薄っすらと紫揺が瞼を上げた。

「紫、聞こえるか?」

紫揺がマツリを見て『誰?』 と言って瞼を閉じ全身を脱力した。 そしてそのまま眠りの縁へ落ちた。
キョウゲンが紫水晶を遠くに置いたのは間違いない。 一度は紫揺が目覚めたのだから。
だがマツリを記憶していなかった。 怒ってもいい、罵られてもいい、なのに誰と訊かれた。

それほどにあの紫水晶の力が大きかったのか・・・。 離れても残滓のようにおくものがあったのか。
マツリが考えるが、そうではなかった。

紫揺はマツリの声を聞いた時、民を救いに行く必要が無いと言われたと思った。 どうしてそんなことを言われるのか。 それは紫揺にとって何もかもを否定されたと同じだった。 そのショックからマツリさえも分からなくなってしまった。

キョウゲンはまだ戻って来ていない。

「紫、我が誰か分かるか?」

ぼぅっと天井を見ていた紫揺に問う。
天井を見ていた。 「誰か分かるか?」と言う声がしたと思ったら、見覚えのある顔が目の端から入ってきた。

「・・・マツリ」

「そうだ。 我はマツリ。 我のことを憶えているか?」

真っ直ぐに天井を見ていた紫揺が首を回す。 目の前にマツリの顔がある。
どうしてここにマツリが居るのか? どうして目の前にマツリが居るのか?
利き手の拳を握った。

拳が震える。

「キャー!! マツリ様!!」

聞き覚えのある声が聞こえた。 それもとても大音声の叫びで。 気が遠くなっていく。 身体がジンジンする。

再び眠りに落ちた。

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