大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第94回

2022年09月02日 21時10分59秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第90回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第94回



「すぐに馬車が参ります」

「手を煩わせるな」

「秋我をご一緒させます。 紫さまのお身体は秋我が―――」

「いや、よい」

領主に最後まで言わせずマツリが言う。

「え?」

「我が抱えて行く。 キョウゲンに乗せられれば良いのだろうが、それがまかりならんからな」

『供は主にだけ仕え、その背は主以外に触れさせてはならぬ』 供に決められたものがある。
そして主の方にも 『主は供を慈しみ、その背を誰からも触れさせてはならぬ』
それが供と主に決められている禁。

「ですが山の中お一人で紫さまを抱えられてはご無理が御座いましょう」

秋我になら出来て己に出来ないと言っているのか。 先ほど秋我が言ったように、まだ己には疲れた顔が残っているのか、それとも己には、はなから無理といっているのか、本領に気を使っているのか。
マツリが腕の中に居る紫揺を見た。

「この程度、なんということは無い」

地下では何の疑いもなく坊と呼ばれた身体つきだ。

これ以上領主からは言えない。 二度もマツリに断られてしまったのだから。

馬車がやって来た。 いつものオープンの馬車ではない。 万が一にも今の紫揺の様子を民が目にしては困る。 周りを湾曲に囲い、紫が乗るに相応しく装飾が施されている。
御者台には阿秀が乗っている。 馬車に付いて歩いているのは塔弥。 他のお付きたちもそれぞれが馬を曳いている。

マツリが紫揺を抱えたまま乗り込む。 腰を下ろす長椅子には振動がこないように、ふかふかの座布団が敷かれている。

「マツリ様、ご一緒させて頂いても宜しいでしょうか。 せめて馬車の中だけでも私が紫さまを」

秋我が言うがマツリが首を振った。

「かまわん。 それより紫の光が出たという時の話しを、もう少し詳しく訊きたいのだが」

断られてしまってはこれ以上言えない。

「それでは塔弥がこちらにご一緒させて頂いて宜しいでしょうか」

「塔弥が見ておったのか?」

「はい。 他の者は違うところを見ておりましたので」

「では塔弥を」

秋我が頷いて塔弥を呼び、塔弥が乗ろうとしていた御者台に座る阿秀の隣に秋我が座った。
マツリが馬車に乗り込んだ時、どこかの枝にとまっていただろうキョウゲンが飛んで来ていたが、すぐに飛び去って行った。

馬車に乗り込んできた塔弥。 何故かそのすぐ後にガザンも入ってきた。 塔弥がなんとかガザンを下ろそうとするが、足元で伏せをして頑として動かない。
「かまわん」というマツリの声で諦め、次いですぐに紫揺を抱えると言ったが、あっさりと断られてしまった。 仕方なくマツリの斜め前になるよう長椅子に座り、秋我から聞いていた紫の光が放たれた前のことから話し出した。

黙ってマツリが聞いていたが、それはあまりにも短い話だった。

「ではその時、紫は男を見上げただけだと」

「はい。 特に何かをされたということはありませんでした」

「ふむ・・・」

何かを考えこむようにしていたが、急に足を動かし立膝をついた。 そして紫揺を抱えている片腕を立膝をした上に置く。 紫揺がマツリの膝の上に横座りになっている状態になった。

「あの、やはり山までは己が」

「ああ、気にするな。 少し考えたいからだ」

紫揺が重たくなってそうしたのだろうと思って言ったが、そうでは無かったようだ。

「領土に何か変化はなかったか」

「変化? 変化と申されますと?」

「異変とでも言おうか。 此之葉や独唱は何も言っておらんか」

「あ・・・」

思い当たることがある。 とくに葉月は恐がっていた程だ。
マツリが塔弥を眇める。

「独唱様と唱和様は “大きなものを感じる” と。 此之葉はふるふると何かを感じていたようでした。 そして “古の力を持つ者” 全員が、それが段々と大きくなってきたと。 ですがそれが何なのかは分からないと」

塔弥が言うのを聞いてマツリが懐に手を入れた。 出してきたのはあの大きな紫水晶。 手巾から出すと塔弥に見せる。

「その原因はこれだろう」

「え?」

「たぶんこれは初代の紫が残したもの」

「初代紫さまが?」

「これの影響を受けて紫の額にあった紫水晶が紫とこの石と共鳴した。 その結果が紫の光だろう。 此之葉から聞いたが、もしこの紫水晶を削っていればどうなっていたか分からん」

「・・・あ」

「紫をあのままにしておればこの紫水晶の影響を受け、今回のように知らずの内に力を出してしまう。 身体がついて行けず紫が潰れるだろう」

「そんな・・・」

「この紫水晶は現れるして現れたのだろう。 元の場所に戻すこともままならん。 取れる道は一つ。 紫の力をもっと紫が知ること」

手巾に包み直すと懐に入れる。

「・・・紫さまは目覚められるのですか?」

「ああ、それは心配せずともよい。 この紫水晶から距離を置けば目覚めるだろう。 今は紫と共鳴してしまった額の紫水晶を切っ掛けとして、この紫水晶の力に押されているだけ」

良かった、と吐く息の中で塔弥が言った。

「“古の力を持つ者” たちが言っておった異なるものは、これが本領に入ればなくなるだろう。 だが、もしなくならないようであれば他の可能性を “古の力を持つ者” が感じねばならん。 紫不在である間は “古の力を持つ者” が領土を災いから守らねばならん」

「はい」

ホゥホゥとキョウゲンの声が聞こえた。

「戻ってきたか」

この馬車を見てから飛んで行ったのだ、顔を出さずともいいだろう。

「・・・マツリ様」

呼ばれ塔弥を見ると目が合った。 口を引き結んでいる。 そして彷徨わせた視線を下げた。
目はあったのだ。 必要であれば塔弥から話し出すだろう。 こちらから「なんだ」という必要はない。

「・・・紫さまから聞きました」

マツリが塔弥を見て片眉を上げる。 塔弥はまだ下を向いたままだ。

「以前、紫さまが倒れられた時にマツリ様が来て下さったことも、紫さまを目覚めさせて下さったことも、紫さまには言っておりません」

塔弥が更に頭を下げる。

「・・・紫さまを奥に迎えられるのですか」

塔弥がゆっくりと頭を上げるとまっすぐにマツリを見る。 その目をマツリが正面から受ける。

「そのつもりだ」

塔弥の唇が震える。
紫揺に何かある度、こうしてマツリに頼らなくてはいけない。 言い変えれば誰よりも紫の力ことを分かっているのは・・・いや、それだけではない、紫揺のことも分かっているのはマツリだ。 東の領土の人間では紫揺を、紫を守り切れない。

「この事を知っているのは己と此之葉の妹の葉月という者だけです。 領主にも此之葉にもまだ言っておりません」

「ああ、そうしてくれると助かる。 我から領主に言う前に、領主の耳に入るのは良いこととは言えんからな」

「・・・このまま紫さまを本領に置かれるのですか」

何度このように訊かれたか。 東の領土にとって紫揺がどれほど想われているのかがよく分かる。
『五色を愛することが五色の力となる』 シキが言っていたことを思い出す。

「案ずるな、その様なことはせん。 この事はこの事。 我の想いとは別のことだ」

それに今は嫌われているからな、杠が相手だったらそう言っていただろう。

塔弥が視線を下げた。

「知っておるか。 五色の力は民が五色を愛してこそ五色の力となる」

何のことかと塔弥がマツリを見る。

「今代の紫の力は生まれ持ってのものが大きいだろう。 だが民や領主、それと・・・お付きと言ったか、紫の近くにいるその者たちが紫を愛する。 それが紫の力ともなっておる。 民に愛されない五色は力を削がれる」

「え・・・」

「東の領土の民は五色を・・・紫を愛しておろう」

「それはもちろんで御座います。 紫さまも民に応えておられます」

「五色と民の模範のようだな」

フッとマツリが目を細め目線を下にさげた。 今もまだすやすやと眠っている紫揺。 顔にかかっていた髪をそっと指先で払ってやる。

「先ほどはそのつもりだと言ったが、つもりではない。 奥に迎える以外は考えておらん。 いつまででも、何十と歳を重ねても、紫が我に心を寄せてくれるのを待つ。 急いではおらん。 ゆるりと紫を待つ。 そして東の領土から紫を取り上げることは無い」

「マツリ様・・・」

マツリが紫揺を奥に迎えると言う。 それなのに東の領土から紫揺を取り上げることは無いと言う。

―――矛盾している。

だがそう言うマツリを信用できるような気がする。

「今日はな、領主に紫を我の奥にしたいと言いに来た」

「え・・・」

驚いた顔をする塔弥をマツリが面白そうに見る。

「だが言う前にこれだ」

「あ? え? では?」

「言っておらん。 ぶち壊してくれたわ」

そう言って相好を崩して紫揺を見る。

「あ、あの!」

マツリが塔弥に視線を転じる。 問う声は出さない。

「紫さまは・・・その・・・」

マツリが紫揺の首筋に唇を置いたことを許嫁の約束かと思っていた、そして接吻をすると子が生まれると思っていた、そんなことを言い、最後には葉月が全てを教えたと説明する。

塔弥の顔は見るのも気の毒なくらいに赤くなっている。

「そうか・・・」

どうしたものか。

葉月の説明がなければ、紫揺は今もあの首筋への口付けが許嫁の約束ごとだと思っていたはずだ。 それが解かれてしまった。
洞を歩いていた時の紫揺の言葉が思い浮かぶ。
『結婚をして手を繋げはいいのか。 うん、そこそこの人ならいいか。 嫌いじゃなければいいんだ』
どうしたものかと考え込みかけたが、紫揺の寝顔を見て頬が緩む。

「それでは接吻で、やや・・・赤子が生まれないと知ったのだな」

「はい・・・」

塔弥の頭頂火山爆発、マグマのように顔が熱い。

「今回、紫が倒れた時に抱えたのは阿秀といったか。 その者は?」

「この馬車の御者で御座います」

ガザンがむくりと立ち上がり紫揺の顔を覗き込んだ。 長椅子に前足をかけるとベロンと紫揺の頬を舐める。

「この犬は」

己の匂いを嗅いできたり、紫揺の横に寝ていたり、今回もそうだ。 どうして馬車に乗り込んできたのか。 それに己の匂いを嗅いできた時に、お付きと言われる者たちは何も言わなかった。

「元は北の領土の者たちが、日本にある屋敷で飼っていた犬だそうです。 紫さまがその屋敷に居る間に気持ちが通じ合ったようです。 最初は北の領土に連れて行くつもりだったそうですが、この犬を・・・ガザンを抑えられるのは紫さましか居ないということで、紫さまが仲良くしていたガザンの飼い主が紫さまに託されました」

「飼い主なのに抑えられなかったのか?」

「最初は北の領主が飼っていたそうですが、思うように動いてくれなかったそうです。 その後をガザンが唯一懐いていた子が引き受けたそうですが、紫さまのこととなるとその子の抑えもきかないと。 それでは北の領土に帰って万が一何かがあってはどうにもならないと、紫さまに託されました」

洞が閉ざされるのだから北の領土に連れ帰ろうと思ったが、ままならなくなったということか。

「ほぅ・・・」

「我が領土ではこのガザンの許しが得られないと、紫さまに近寄らせてもらえないと言われています」

(紫の鉄の守りか・・・)

「ガザンは・・・紫さまに心を寄せていない者を近寄らせない、紫さまに害ある者には威嚇をする。 己は一度でも見たわけではありませんが、領土の者はそう思っております。 実際そうだと己も思います。 日本の地で北の領土の者の関係から、お付きの者達がガザンに相当威嚇をされたそうですので」

そしてセミになった。

興味深げにマツリが聞いている。

「マツリ様が・・・紫さまのお身体の具合をみられるのにガザンの手をとられました」

その時のことはしっかりと覚えている。 紫揺の身体にガザンが手を乗せていたから、邪魔になりその手を退かせたのだから。

マツリが頷く。

「ガザンは紫さまが心を開いている者にしか、心を許さないと言われています。 自惚れと思われても仕方がありませんが、ガザンが心を許しているのは紫さまの愛馬と己だけと言われています」

マツリが両の眉を上げる。

「ですが己は・・・。 ガザンは。 ・・・ガザンはマツリ様にも心を許していると思います」

「・・・どういうことだ」

「ガザンが心許していない者に手を取られ、黙っているはずがありません。 ガザンが黙っていたのは、紫さまがマツリ様に心を開いておられるからかと・・・」

ずっと塔弥を見ていたマツリが宙を見た。

何も知らない紫揺はすやすやと眠っている。

「想いの支えになる。 礼を言う」

馬車が止まった。

「一つ問う。 先ほど此之葉ではなく、此之葉の妹と。 それは何故か」

「此之葉も己も日本の言葉が分からない時があります。 逆に紫さまもこちらの言葉が分かられない時があります。 此之葉の妹の葉月は日本に居ましたので、紫さまのお話したいこと、お訊きになりたいことを間に立って互いに話してくれますし、紫さまも葉月のことはよく知っておいでですので」

「ではどうしてその話の時に此之葉が居なかったのか」

“古の力を持つ者” は五色に付いていなければいけない。

「この話しのことは何度お尋ねしても、紫さまは此之葉に話されませんでした。 己にもそうでした。 本領や領土の約束ごとも何もかもが分かられない状態で、お話される気にはなられなかったのでしょう。 ですが己には・・・己が交換条件を出しました。 己が己のことを話す代わりに、紫さまの憂いを話して頂きたいと。 己が紫さまにご心配をお掛けしていたことがあったので」

「・・・そうか」

馬車が止まって戸を開けようとした秋我であったが、中から話声がする。 今はまだ開ける時では無いのだろうと待っていると中から戸が開けられた。
一番にガザンが出てきた。 そしてマツリが紫揺を抱え直すと馬車を下りた。 秋我が下りてくるマツリを迎える。 最後に塔弥。

「塔弥に事情は話しておいた。 いつまでかかるかは分からんが本領で紫を預かる。 少々長くなるやもしれん。 その旨、領主に伝えておいてくれ」

「はい・・・」

秋我が返事をするが、何も話を聞いていない。 納得しての返事にはならなかった。

下馬した者はみな手綱を持っている。 手綱を持っていないのは秋我と塔弥、そしてもう一人。

「阿秀か?」

紫揺を抱えたのはこの馬車の御者であると塔弥から聞いていた。 馬の手綱は持っていないだろう。

一介のお付きである者が、本領領主の跡継ぎから声を掛けられるなど有り得ない事。 名指されて阿秀に緊張が走る。

「はい、阿秀に御座います」

「紫が世話になった。 礼を言う」

阿秀は頭を下げることしか出来ない。 どうしてマツリから礼を言われなければいけないのか。 心当たりは滝壺で紫揺を抱えたことだ。 だが紫揺を抱えたことなどこれが初めてではない。 それなのにどうして礼を言われなくてはならないのか。

塔弥がようやっと軽く息を吐いた。
秋我にも己にも紫揺を抱えさせなかった。 だが昨日、阿秀が紫揺を抱えた。 その話しを塔弥がマツリに聞かせた。
マツリは今回、東の領土に来てから誰にも紫揺を触れさせていない。
ケリをつけたかったのだろう。 阿秀に礼を言うことで。 それ程に誰にも指一本、紫揺を譲りたくないのだろう。

―――マツリ様の想いは確かなものだ。

紫揺を抱えたマツリの姿とその上を飛ぶキョウゲンが山の中に消えていった。
ずっとそれを見送っているガザン。

お付きたちが上がっていた肩を落ろしたが、紫揺について行こうとしないガザンの背中に目をやる。

「ガザンはどうしてついて行こうとしないんだ?」

塔弥の肩がビクリと動く。

「紫さまが居られない間、領土を守っていようと思っているんだろう」

「んなもん思うかい。 ガザンは紫さまが安全に暮らせればそれでいいんだから」

「いや、だから。 紫さまが戻って来られた時の為に領土に残るんだろう。 それまでに紫さまに害為す者が現れないように」

「・・・ふーん。 そういうことかぁ。 ガザンも考えてんだぁ」

ガザンがついて行こうとしないのはマツリを許しているから。 最初の突っ込みどころはいいが、詰めが甘いな。 そう思って塔弥が肩を下ろした。

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