大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第181回

2023年07月06日 22時03分04秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第181回



悲しい顔で紫揺が笑った。

「シユラ?」

「リツソ君が居てくれたからマツリと会えた。 リツソ君のお姉さんになってもいい?」

どういうことだ。 シキの従者と千夜が大きく目を見開いた。

「・・・シユラ?」

「ずっとずっと、リツソ君のお姉さんでいる。 シキ様にはかなわないけど、それでもリツソ君のお姉さんになってもいい? 頑張るから」

紫揺には兄弟も姉妹もいない。 それを知っている。 “頑張るから” 知らないことを頑張るから・・・己の為に。
リツソの目に涙がたまり、すぐにポロポロと流れ落ちる。
そんな事に頑張ってほしくない。 己の奥になって欲しい。 今にも紫揺を連れてこの場を立ち去りたい。 それなのに・・・。
“頑張るから”
リツソが立ち上がった。

「シ、シユラは・・・シユラは我のものだ! 兄上にも誰にも渡さん!」

そう言い切ると脱兎の如く部屋を出て行った。 マツリが追えば、手を伸ばせば止めることは出来た。 だがそうしなかった。 リツソに一人で考える時を置こうと思った。

「騒がせたな、ゆるりとせよ」

もう見えなくなっていたリツソのあとを目で追っていた紫揺がマツリに目を移す。

「・・・マツリ」

「紫が気に病むことはない」

澪引とシキがどうしたものかと互いに目を合わせている。

「母上、姉上、リツソはリツソなりに考えるでしょう。 もう童ではありません」

そうだった。 もうすこしすれば十八の歳になるのだった。 まだ二つ名は貰っていないが。


マツリが澪引とリツソ、そして宮のことを聞いてやってきていたシキを前に紫揺とのことを話した。
千夜も澪引の従者もシキの従者も襖外に居る。

『まあ! そうなの? 紫が受けてくれたの?』

澪引が目を輝かせて言った。

『はい。 まだまだ六都のことがありますが、父上からは紫の歳を考えるようにと言われました』

『紫が受けてくれたことは嬉しいわ。 ね、六都はまだ落ち着かないの?』

シキも六都のことを知らないわけではない。 だが四方が言うように歳を考えなくてはいけない。 シキ自身、二十六の歳で婚姻の儀を挙げた。 すぐに天祐を身ごもったわけではないし、年が明ければ三十の歳になる。 まだ第二子を身ごもっていない。

『先刻、紫が良い岩石の山を見つけまして、今度はそちらの方を動かしていきたいと思っております』

『新たに六都を動かしてからでは、マツリが動けなくなるのではないの? 父上ではないけれど、紫の歳を考えてちょうだいな。 それにマツリだってもう二十八の歳でしょ? 父上のその頃には、わたくしもマツリも生まれていたわ』

『ええ、そうよ。 それに早く紫を義娘と呼びたいわ』

マツリと澪引、シキの間でどんどんと話が進んでいく。 最初は何事か頭の中が回らなかった。 だが話が進むにつれ、黙って聞いてなどいられなくなった。

『・・・兄上』

きたか・・・。

『お前の紫への想いは知っておる』

『知っていて・・・知っていて! どうして我からシユラを取るのですか!』

『紫が我を選んだ』

『シユラが我以外を選ぶはずがない!』

『そうだな。 確かに最初はそうだった』

『・・・最初?』

『紫には我を分かってもらうよう、我は紫のことを分かるよう話をした。 紫は我を分かってくれた。 我も然り』

『リツソ? 紫はマツリを選んだの。 ね、紫のことを想っているのなら、紫の思うようにさせてあげましょう?』

『ええ、母上の言う通りよ。 リツソにはリツソのことを想ってくれる女人が居るはずよ。 他出出来る様になれば知り合うことが出来るわ』

『シ、シユラ以外・・・シユラ以外は・・・我の奥にならない!! 我にはシユラしかいない!』

『リツソ、そんなことを言わないで、ね?』

『母上! 兄上でなくとも、シユラを我の奥にすれば義娘と呼べましょう! 姉上! 父上が我の歳にはまだ姉上も兄上も居なかった! そうでは無いのですか!』

『リツソ、そういうことだけじゃないわ』

『みなで・・・どうしてみなで、我からシユラを取ろうとするのですか!』

椅子から下りると走って部屋を出て行った。

『紫の元に行ったのでしょう。 まだ紫は全快ではありません。 我が止めてきます』


いつの間に我が子たちはこんなに大きくなったのだろう。 澪引がほぅ、っと息をつく。

「そうね、リツソには難しいかもしれないけれど」

澪引が考えを入れ替えたように、シキも紫揺に目を転じる。

「紫、マツリの言う通りよ。 リツソのことはリツソ自身が解決しなければいけないわ。 紫はマツリとのことを考えて、ね?」

「どうかしら? 少しはふらつきが取れて?」

澪引がついさっきまでリツソの座っていた紫揺の正面に座る。

「朝よりましになりました」

紫揺の様子は見て知っている。 “最高か” と “庭の世話か” は違うことを聞いて欲しいという目をしているが、澪引にもシキにもそれは通じなかった。
シキが澪引からほんの少し後ろにずれて座し、マツリは紫揺が横たわっていた寝台に腰を下ろした。 澪引とシキより高い位置に座ることになるが少々離れている。 良いだろう。

「紫に大事が無くて良かったわ。 今回のことは本領で済ませなければならなかったこと。 紫は今はまだ東の領土の五色。 身を挺して宮を守ってくれたことに心から感謝をしているわ。 有難う。 父上からもお言葉があると思うわ」

シキの言葉に紫揺が首を振る。

「そうじゃありません」

「どういうことかしら?」

「東の領土の初代紫さまが仰ったんです。 我らの祖と同じ血を引く者、って。 そして五色の力により民に禍つを与うる者、我が祖の責はわれらが負わねばならぬ、って。 それからどうすればいいかを教えてくださいました。 引き出した五色の力は初代紫さまの石に預かるって。 だから私がせねばいけなかったことです」

五色の力・・・。 それは五色にしか分からない。 澪引は勿論のこと、シキもマツリも書を読んで分かっているつもりだが、書にかかれていない事や実際に見ること、身体にどれだけの影響があるか、そんなことは分からない。

「あの時に初代紫と話していたのか?」

あの局面で。

「うん、紫赫が出た時に紫さまの声が響いてきた。 黄の力を使うようにって言われたけど、どうしていいのか分からなかった」

振り返ってマツリに言うと、正面に座るシキに転じる。

「シキ様が教えて下さったことを思い返してやってみました。 上手くできたかどうかは分かりませんけど、紫赫が耀いたから出来てるとは思うんです。 確認はしなくちゃいけないと思っていますが、でもあの時止めることが出来たのは、シキ様が教えて下さったからです。 五色としてお礼を言わなくちゃならないのは私の方です」

匙を置き、少し後ろにずれると手を着いて頭を下げる。

「シキ様が教えて下さったから、五色としての責を果たせました。 有難うございます」

「・・・まあ、紫・・・」

五色とは・・・五色とはこういうものなのだろうか。 どの菓子に釣られたのか訊きたいとばかり思っていた己らを恥じた。 ・・・今もなお訊きたいが。

「む? 紫さま?」

紫揺の頭が上がってこない。
頭を下げたままの状態でそのままコテンと横に転がった。

「む! 紫さま!!」

マツリが寝台から腰を上げ、誰もが驚愕の目で紫揺の元に行こうとした時、紫揺の声がした。

「・・・天地、が・・・左、右が・・・」

頭を下げて方向を失ったらしい。 まだふらつきが取れていないのだろう。

その頃、やっと一室に四方を見つけたリツソ。

「父上!」

「聞こえておる、声が大きい」

「シユラを兄上のっ! ・・・兄上の奥にと、お考えなのですか!!」

ややこしい話を持って来られた。 澪引とシキに話すようにとは言ったが、リツソにも話したのか。

「・・・そうだ」

「どうしてで御座います! シユラは我の奥になる者に御座います!」

尾能が一瞬頬を緩めて話に入ってきた。

「四方様、宜しいで御座いましょうか」

「あ? ああ、頼む」

リツソは苦手だ。 可愛くはある。 だが澪引と二人で甘やかしてしまった。 こんな時はいつもマツリに頼んでいたが、そのマツリは今ここに居ないし、リツソが敵視しているのはそのマツリだ。 マツリの代わりに尾能が話してくれるのならそれでいい。

「父上!」

「リツソ様、あちらに」

「我は父上と話すんだっ!」

「四方様はいま、お忙しくされております。 今は宮の大事で御座います。 たとえリツソ様といえどもそれを邪魔してはなりません。 お話は私が伺いましょう。 必ず四方様にお伝えいたします。 さ、こちらに」

宮の大事と言われ、側付き如きに邪魔をしてはならないと言われ、それでは己が何も知らないと思われるではないか。 口をひん曲げて尾能の後に続き部屋を出て行く。

「そろそろ涼しくなってきました、東屋でお話をお聞きいたしましょうか。 広い所に出ますと心も豊かになりましょう」

「我はいつも心豊かだ!」

「それはそれは、失礼をいたしました」

履き物を履き庭に出ると東屋に向かって歩き出す。 そこここで植木職人やら、下男が高妃の放った閃光の後始末をしている。 その姿を目に収めるとリツソに話しかけた。

「あの時は大変で御座いました」

尾能が言うが、その時のことをリツソは見ていない。

「紫さまが居られなければどうなっていたでしょうか」

尾能が話ながら歩いていると東屋までやって来た。 リツソに座るように促し、その後で尾能も座った。 ニコリと一度相好を崩すとリツソに話しかける。

「リツソ様の想い、私は誰よりも分かるつもりで御座います」

一目惚れだった。 想いを告げることは無かったが譲ることは出来た。 相手が誰を想っているか分かったから。

「どういう意味だ」

「私もリツソ様と同じ思いをいたしました」

「え? どういうことだ? 尾能に奥はおらんだろう?」

「はい。 残念ながらその女人は他の方を選ばれましたので。 私は応援する側に回りました」

女人を諦めて応援に回った? なんと情けない。

「その女人がそう言ったのか? 尾能より他の者が好きだと」

尾能が首を振る。

「見ていればわかります。 そこに私が何かを言えばその女人が苦しむだけ。 想っている女人を苦しめたくは御座いません」

「苦しめる?」

紫揺が悲しい顔で笑った。

「想っていればこそ、女人の幸せを願いたいもの。 そう思われませんか?」

己が言えばいう程、紫揺が悲しい顔をするのだろうか。 悲しい顔で笑うのだろうか。

「それに・・・女人が選ばれたお相手は、私よりずっと女人をお守りできる方。 私などお相手の方ほども女人をお守りできません」

「守る?」

「はい。 武術に長け、知恵もお持ち。 賊に入られれば私などすぐにやられてしまいます。 ですがお相手の方は最後まで女人をお守りできるお力をお持ち」

「そ、それは・・・」

マツリほど体術など出来ない。 まずまず、鍛練などしていないのだから。 それに勉学も。

「女人をお守りできないのであれば、心を苦しめるだけではなく、身体も苦しめてしまうことになりかねません」

己が箪笥に挟まっている時に紫揺が倒れた。 マツリが地に倒れる前の紫揺を抱えたと聞いた。 あの時マツリが居なければ、反り返って倒れていった紫揺は頭を打っていたかもしれないとも聞いた。

「リツソ様はまだまだこれからで御座います。 鍛練と勉学をされれば他出も出来ましょう。 女人と知り合うことも多くなります。 ・・・紫さまだけでは御座いません」

「だが尾能は・・・その女人を忘れられないから奥をもらわないのだろう?」

ゆっくりと尾能が首を振る。

「女人は幸せにしております。 それだけで私の幸せで御座います。 それに四方様にお仕えすると心に誓ったからで御座います。 ずっと四方様をお支えしたいと思っておりますので」

「父上を支えるから奥が要らないと言うのか?」

「居ればこれほどに四方様にお仕え出来ません。 その意味でも・・・女人に感謝しております」

「わ・・・分からぬことがあるのだな」

尾能が微笑む。

「色々と経験なさいませ。 リツソ様は宮の中だけで狭う御座います。 こうして房を出て外で話すように、宮を出て他出もされて色んな民と話し、そして女人と知り合われませ」

色んな経験・・・。 それは紫揺から言われた抽斗にちゃんと入っている。

「宮を出ると色んなことがあるのか?」

「はい、御座います。 まあ、いいことばかりでは御座いませんが、それも経験というもので御座います。 それは・・・奥をもらおうとするには大切なことでも御座います」

「大切? 奥をもらうのに?」

「はい、色んな者と話し、何を考えているか見聞きする。 千差万別、誰も同じことを考えてはおりません。 ですがそれこそ、お相手の女人のお気持ちを察するということに繋がりましょう」

「・・・兄上は・・・幼き頃から他出されておった」

「比べるものでは御座いません。 リツソ様はリツソ様。 いつでも私がお話をお聞きいたしましょう」

リツソから目を離すと薄く白い雲の流れる空を見上げた。
懐かしい。 あの日もこんな空だった。
心優しい面差しで兄の後ろで控えめに立っていた。 初めて見た澪引は可憐だった。


紫揺を寝台に寝かせた。 結局半分も食べられていなかった。 頭がグラグラするのだろう、目をぎゅっと瞑り眉間に皺を寄せていた。

「リツソが来たが?」

「面倒なのでリツソにも話しました」

「面倒などと・・・」

「父上に申されたくは御座いませんが?」

語尾を上げるな。

「・・・」

「リツソはどういたしました?」

「・・・尾能が連れて出た」

マツリが半眼で四方を見る。 面倒がったようだ。

「紫と少し話が出来ました」

東の領土の初代紫が言ったという。 あの者を我らの祖と同じ血を引く者と、そして五色の力により民に禍つを与うる者、我が祖の責はわれらが負わねばならぬ、と。

「どういうことだ」

「姉上が宮のことだったというのに紫が手を携えた、それに礼を言われました。 その時に紫が言ったんです。 今回のことは本領や東の領土としてではなく五色としてのこと、ということでしょう。 引き出した五色の力は初代紫の石に預かると。 だから紫がせねばいけなかったこと、そう言っておりました。 初代紫は黄の力を使うようにと言っただけで、五色の力を引き出す方法が分からなかったそうですが、姉上が紫に教えたことが参考になったようで、五色として姉上に礼を言っておりました」

「・・・あの紫が?」

「父上・・・」

「まあ、少しはましになったということか」

マツリが嫌がらせのように息を吐く。

「高妃という者はどうですか?」

「焦点が定まらんな。 だが今にしてではなさそうだ。 五色であれば ”古の力を持つ者” に任せようかと思っていたが・・・どうなんだ? 紫ははっきりと力を引き出せたといっておったか?」

「紫赫が耀いたから出来ているとは思うと、確認をしなければいけないとは言っておりましたが、今の状態ではまだ無理でしょう。 それに女官たちから聞きましたら、倒れていた門番たちのことも気にかけていたようです」

「・・・そうか」

「まだ目覚めていない者が?」

「ああ、三人」

三人・・・。 この事を知ると紫揺は紫の力を使うかもしれない。 今の紫揺にそれはさせたくない。

「火傷が酷いのですか?」

「目覚めない程に酷いという程のことでもない。 医者も何故だか分からんと言っておる」

医者で分からぬのなら、マツリの力で身体の状態を視ても同じこと。 なにか五色の力が加わったのだろうか。

「紫を・・・今の紫に力を使わせたくはありません」

「どういうことか?」

「辺境に居る五色を呼んでいただけますか」

四方の眉がピクリと動く。

「たしかに、紫は東の領土の者だ。 だからとて? この本領に居る五色が紫の目を持たんのは知っておろう」

倒れた者を視られるのは、紫揺の持つ紫の力、その目。 その力は紫揺が構築したもの。 単色の目では視ることは出来ない。 そしてこの本領に紫の目を持つ者はいない。

「父上!」

「早まって考えるな。 誰も紫を使うなどと言っておらん」

「・・では?」

「紫は今はまだ東の領土の五色。 紫には頼らん。 この本領で出来る限りのことをする。 本領の医者と薬草師で。 それで目覚めることがなければ・・・その時だ」

紫揺がこんなことを聞けば、身を滅ぼしてでも目覚めていない者に紫の目を向けるのは明白。

(紫・・・)

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