大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第120回

2022年12月02日 21時01分51秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第110回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第120回



「マツリ様に御座います」

遅い夕餉のあと四方の部屋を訪ねた。 従者はもう引いていて、尾能だけが残り回廊に座していた。 尾能は四方が床に入るまで引くことは無い。

「入れ」

尾能が襖を開く。
部屋に入ると澪引もいた。

「難しいお話しかしら?」

椅子に座していた澪引が立ち上がろうとしかけたのを四方が止める。

「退屈であろうが外さんでよい」

歴代の本領領主の奥は僅かな例外を除き、殆どが宮都若しくは他の都の出身である。 故に本領領主というもの、またその奥というものの立ち位置を分かっている。 だが澪引は辺境で生まれ育っている。 輿入れをしてきたときにそのことを勉学の中で教えてはもらっていたが、頭ではわかっていても肌には染みていない。
澪引が寂しいと言っていた。 あれからはどんな話でも、澪引が退屈しようとも、座を外させることがないようにと考えていた。
四方がマツリを見る。

「六都か?」

「はい、杠から文が届きました」

杠からの文を卓の上に置く。
四方が座るようにと目で示してから文を手に取ると、横に座していた澪引がチラリと文を見る。

「綺麗な字を書くのね。 マツリが教えたのでしょう?」

緊張の中に澪引の声が美しく降り注ぐ。 今までには無かった事だ。

「はい、覚えも早いものでした」

「杠には良い人は居ないの?」

文を読んでいた四方の目が一瞬止まったが、すぐに読み進めていく。

「さぁ・・・。 点々とはいるようですが、それが想い人と呼べるのかどうか。 奥などもらう気は無いと言っておりましたので」

「まぁ、奥をもらわないっていうの? え? あ? 点々?」

「杠にそんな女人が居るのか?」

四方が文を封じ袋の中にしまいながら口を開いた。 読み終えたようだ。 重要なことが書かれていた。 見逃すことなど出来ない。
読みながら聞いていたようだ。

「杠から聞いた限りは」

「東の領土さえ了承すれば、杠の奥には紫が欲しいと思っているのだがなぁ」

父上! と言いかけるより先に澪引の声が響いた。

「四方様! 何を仰います! マツリが紫を想っているのをご存知で御座いましょう!」

マツリは四方には言ったが澪引に言った覚えなどない。 そして四方が澪引にそんな話をするはずはない。 波葉からシキ、シキから澪引に流れているのだろうと、簡単に察することが出来る。

「いや、だが・・・マツリと紫とでは、どうもなぁ・・・」

毎日怒鳴り合いを聞かされるだけでは無いのか。

「父上、我は紫以外を奥として迎える気は御座いません。 万が一にも父上が杠の奥に紫を置かれるのであれば我に跡は御座いません。 父上のお継ぎにはリツソをお置き下さい」

澪引がパァッと蕾が開いた桜の花のように顔を満開にさせる。 マツリから初めて聞いた紫揺を想う言葉であった。
対して四方が渋面を作る。

「本領を潰す気か・・・」


翌日、長い朝議が行われた。
朝議という名だったが、すっかり昼を過ぎてしまっている。

「では、そのように」

四方が締め括り、全員が礼を取った。


三日後の早朝、マツリを先頭に馬に跨った武官が列をなして宮都を出た。 後方の馬車には財貨省長から税部、経部関係の文官が乗り、咎人を入れる為の馬車が続いている。
それから二日後。
六都の文官所の周りを宮都の武官が囲った。 同時に現都司の家、六年前の都司の家も囲われた。

今回のことでは元々六都に居る武官は不参加である。 荒れた六都に必要だから武官が巡回しているのであるのだから穴を空けさせるわけにはいかない。 あくまでも宮都からの武官だけが動いたが、六都の武官長には早馬で話は通してある。

そして杠が暴いた六年前の出来事。 宮都に流れてきた三家族十三人のことは、すでに杠から知らされており、マツリの指示のもと捕らえられていた。
その内の、今は女人となった二人の伴侶である元見張番の技座(ぎざ)と高弦(こうげん)は、地下と繋がったとして既に捕らえられている。
見張番の役から下ろされていたことはもちろんのこと、今はまだ三年間の労役の最中である。
当時十四の歳以下を除く者たちが、隠匿行為、恐喝で捕らえられた。 技座と高弦の女房は当時十一の歳で夫婦そろって囚われることは免れた。

三家族が何をもって元都司を脅したのかを訊いた。 捕まってしまってやけっぱちになった三家族の親たちはいとも簡単に話した。
六年前の元都司が大店になったのは、元の大店の主人の女房と結託して主人を殺したからだと。
元都司は殺人の罪に問われる。

他にも杠から文で知らされていた、捕らえなくてはいけない者たちの所にも武官が姿を現していた。
単に小さな弱みを握られて脅されていた者にたいしては、今回は大目に見ることにした。 言ってみれば、そこは六都内で解決すべきこと。
あくまでも宮都の武官が姿を現したのは、殺人、税横領、公務違反関係の者たちの所だけである。

文官所に何人もの武官が入り込んだ。 中に居た民は全員出され、文官所に出仕していた者全員がその場に留められた。
文官所長の部屋に入った武官が驚いた目をしている文官所長に、刑部省の印を押された令状を見せると向きを変え、声高々に書面を読み上げる。

「六都、文官所長、爾来(じらい)。 税横領、および、六都庫金の不正で咎人とする」

「なっ! 何のことだ! 濡れ衣だ! 身に覚えなどない!!」

武官が一人入ってきて二重帳簿とメモを差し出す。

「証拠はこれにある」

「そっ! ・・・それは!」

留め置かれた文官たちの前でも同じように名を呼ばれた。 志知貝 (しちかい)、荒未(あらみ)、周佐(すさ)、上備(じょうび)、散田(さんだ)、寛治(かんじ)が、顔を真っ青にしている。
令状を読み上げられている途中に一人が走り出すと全員が逃げ出した。

「ひっ捕らえ!」

他の者は何のことかと心から目を白黒させている。 あくまでも杠と享沙以外だが。 その杠と享沙は白々しく驚いた顔を作っている。 享沙は少々大根だが、それを怪しく思うほど他の者にゆとりなど無かった。 せいぜい杠が享沙の大根を心の中でくつくつと笑っているだけである
官所の外では野次馬根性の民が群がってきているのを、武官がなんとか抑えているが今にも将棋倒しになりそうだ。

都司の家では、今日は官所に行かなかった都司がゆっくりと茶を啜っていた。

「御免! 都司はおられるだろうか」

玄関で野太い声がした。
手伝いがすぐに玄関に迎い出る。 目の前に武装した三人の武官が立っていて思わず「ヒッ!」っと声を上げた。 他の武官たちは家を取り囲んではいるが、手伝いや家人からは見えない所にいる。

「都司はおられるだろうか」

もう一度武官が言う。

「お、お待ちくださいませ」

手伝いが家の中に入り都司である主人に知らせると、ゆったりとした仕草で湯呑を口から離す。

「書斎にお通しして」

ゆっくりと立ち上がると書斎に向かって足を向けた。

(やはりあれは探りを入れていたのか)

自然と口の端が上がる。

三人の武官が書斎に入ると、足を組んでいた都司が片手を上げた。 まるで「やぁ」と言うかのように椅子にかけながら。
その都司に罪状を書かれた紙を一旦見せ、それを自分の方に向けると野太い声で、滔々と読み上げる。

「六都都司、黄戴(きだい)。 税横領、および、罪人隠蔽(ざいにんいんぺい)で咎人とする」

ピクリと都司の眉が動いた。
罪人隠蔽とはどういうことだろうか。 抽斗は空いていたが、書棚の奥の綴ったものは探しきれなかったはず。 微塵と動かした気配はなかったのだから。
己を罪人隠蔽というには、綴り紐に書かれたことからか、前のこの家の持ち主からしか明らかにならないはずだ。 前のこの家の持ち主である、六年前の都司が捕まったということだろうか。

「証拠は? それとも証人でしょうか?」

「証人などおらん」

どういうことだ。

「では証拠は?」

「今から家の中を検(あらた)めさせてもらう」

咎人と言われた以上、今はそれを拒否することは出来ない。

「どうぞご自由に」

「その卓から離れてもらおう」

余裕を持った笑みを顔に貼りつけ僅かに首を傾げると立ち上がる。
滔々と読み上げた野太い声の武官が都司に付く。 ここでは都司以外の咎人はいない。 一人の武官に顎をしゃくって無言の命令を出す。 外に居る者を数人家に入れろということだ。
外から入ってきた三人の武官に都司の周りを固めさせる。 一人の武官が卓の抽斗を開け、もう一人が書棚の本を取り出した。

本に微塵も動いた跡は見られなかった。 だが場所を移動するに越したことは無い。 賊が入ったかもしれない。 それも目的を持った賊が。
書棚もどこも何も荒らされてはいなかった。 だがこの書斎の抽斗を引かれたことは分かっていた。 この書斎が怪しまれていることは明らかだった。 すぐに家の中を検めたが、他の部屋のどこにも変わった様子は見られなかったのだから。
ただ一つ、便所の窓の鍵だけがかかっていなかった。 あの窓から侵入したのだろう。 あの窓から真っ直ぐにこの書斎に来ていた。 他の部屋を検めることなく。

武官が事前に聞いていた通り寸足らずの本をすべて出したが、その奥に綴られたものは無かった。
書棚を探していた武官が野太い声の武官に首を振る。
ほぅっと都司が心の内でつい言ってしまっていた。

(やはり分かっていたのか)

書棚はまるで動かされた様子は無かった。 だが確認していたということか・・・。
場所を移動させておいて正解だった。

書棚に綴られた物が見つからなければ、別の場所に移動しているかもしれないということを武官は聞かされていた。 そして可能性のあるその場所も。
そこになければ外に居る者たちを全員家の中に入れての大探しとなる。 失敗は許されない。

野太い声の武官がもう一度顎をしゃくる。 書棚の本を取りだし首を振った武官が外に出ると、武官としては少々ガタイの寂しい武官を呼ぶ。
ガタイの寂しい武官が呼んだ武官に連れられ一室に入った。 ガタイの寂しい武官が武装を解き、呼んだ武官の肩車に乗る。
別室で何をされているのか知らない都司が余裕を持って言う。

「証拠とやらが見つからないようですね」

三人の武官に囲まれた中から都司の声がした。

「ご心配にはおよびません」

野太い声が返す。
暫くすると出て行った武官が戻ってきた。 その手には三冊の綴られたものを載せている。
野太い声の武官が受け取り、囲んでいた武官たちに手で開けるようにと示す。
都司の目の前から武官たちが居なくなる。 そして代わりに綴じられた三冊が目に入ると、大きく目を見開いた。

「これが証拠です」

「どうして・・・」

家を総探しして見つけられたのならまだ分かる。 だが、まるでそこにあったのを知っていたかのようにいくらも経たないうちに見つけられた。
あの客間に賊は入っていなかったはずなのに。

六年前の都司にも同じようなことが行われていた。

「是環比(ぜわひ)。 民殺し及び旧六都都司時の公務違反で咎人とする」

黄色の鎧に身を包んだ武官が言った。
民殺しについての裏は既にマツリがとっている。
是環比の今の女房である、元大店の主の女房も共犯として咎が言い渡される。

「どうして・・・今更」

金をせしめられ、挙句に家を脅し取られ、そのあともずっと金をせしめられた。 とうとう店を手放さなければならなくなった。 そして今は長屋暮らし。
こんなはずではなかった。 どうしてこんなことにならなくてはいけないのか。

「うわぁぁぁーーー!!!」

目の前にいた武官が捕らえようと片足を出し踏ん張った。 そこに飛び出した是環比の膝が武官の顔に入った。


武官が去った文官所では残された者たちが呆然としていた。 それをいいことに、小さな厨に入り込んだ。

「よく見つけられましたね」

二重帳簿を。

「ええ、まさか壺の中とは思いませんでした」

文官所には小さいが厨がある、いま杠たちが居るのがそこだ。 そこの漬物用の壺にあったということだった。
杠がその壺を指さす。

「ふざけたところに・・・」

湯が沸いた。 茶葉が入った急須に湯を入れ、暫く蒸すと湯呑にこぽこぽと注ぐ。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

享沙から差し出された湯呑を手に取る。

「明日からはどうするんですか?」

「全員引き上げましょう、と言いたいんですけど、官所はこれで終わりですが、新しい展開があります。 あの方の目にならなくてはいけませんので。 それに気になるところも残っています」

新しい展開、これから本腰を入れて六都を変えていかねばならない。
そして絨礼と芯直が知らせてきた話で気になることがある。 あの二人が見聞きしたことを杠に知らせているのは享沙だ。 何のことかは分かっている。

「文官として此処には残らないということですか?」

「そうなりますか。 捕まった者もいますから、すぐに宮都から新しい文官が送り込まれてくるでしょうから、その入れ替わりに何か理由を付けて私も移動ということで。 不自然に居なくなるわけにはいきませんから」

「俺はどうしたら?」

「力山と金河は・・・そのままの方がいいでしょう」

その方が一定の場所からの情報が入ってくるだろう。

「沙柊は・・・少々間抜けをして頂いて、新しい文官所長に首を切られるということで・・・後味は悪いでしょうが」

享沙が肩を竦める。
と、杠が一瞬半眼になった。
なんだ? と思ったのも束の間。 足音が聞こえてきて厨の戸が開けられた。

「ああ、人の声がすると思ったら沙柊か。 うん? あれ? 誰かと話してたんじゃないのか?」

享沙が振り返ると杠が居なかった。 閉まっていた窓が開けられ空になった湯呑だけが置かれている。

「いいえ、一人でした。 さっきは恐くて落ち着くために茶を飲みに来ましたけど、俺、ここを辞めようかと思います。 あんな恐いことは二度とご免です」

首を切られるなど間抜けな後味の悪いことはもっとご免だ。

「ああ、恐ろしかったな。 武装した武官なんて、その辺を歩いているのを遠目に見るくらいだからな」

なのに大捕り物を目の前で見せられた。 それも捕らわれたのは同僚だ。

「でも、そうそうあるものじゃないと思うが?」

「いやいや、遠慮しときます。 今日までは働きますんで、今日までの給金はお願いします」

「そうかぁ? よく働いてくれたから助かったのに」

「小心者で・・・」

屋根に潜んだ杠の耳に享沙の声が入ってくる。 思わず、プッと噴き出してしまった。
その杠は万が一、都司の綴ったものが書棚から移動されていたのなら、客間であろう漆の塗られた卓が置かれてある部屋の天井裏を探すようにと文に書いていた。 それで見つからなければ徹底的に家探しをと。
都司の家に忍び込んだ時に出入りした客間。 入ってすぐに光石であちこちを照らしていると天井板に僅かなズレを見た。 その場所が天井裏に続くのだろうと踏んでいた。

都司は以前、天井裏に綴ったものを置いていた。 だが度々、足台を置いて綴ったものを下ろすのが面倒になった。 ある日、天井裏から綴ったものを下ろすと書斎の書棚の奥にしまった。
書斎には掃除に来る手伝いには入らないようにと言っていた。 書斎の掃除は自分でするからと。
そして今回の怪しい出来事があった。 だからずっと守られていた天井裏に戻した。
天井板が僅かにずれていたことは分かっていた。 綴り紐で綴られたものを最後に出したときに手伝いがやってきて慌てたからだ。
だがそれから客間に入ることが無くすっかり忘れていた。
そして再び天井裏に戻した時にはきちっと天井板を合わせていた。

杠からの文では、書棚に綴ったものが無ければ移動したと考えられる。 その先も思い当たるところを文に書いていた。 客間の天井板にずれが見つからないようなら、そこに隠してあるのが色濃いと。
だがそれだけではなかった。
もし移動していたのならば捕らえた後に、どうして綴り紐で綴じたものを移動させたのか、その理由を聞いて欲しいとも文に書かれていた。
杠にしてみれば、これからの向上の糧であった。

マツリも杠が何を言いたいのかは分かっていた。 一旦六都の官別所に入れた都司から、六都刑部の文官を言い含め、さり気なく訊くようにと言った。 捕らえられた都司はいともあっさりと答えた。

「書棚に怪しむところはなかったんですけどね、抽斗がちゃんと閉まっていなかったのでね。 あの部屋は怪しまれている、そう思ったのですよ」

と、余裕綽々で刑部の文官に言ったそうだった。
それを知った杠。
抽斗を開けていたのは巴央である。 巴央だけを呼び出して指摘すればいいが全員を呼び事の次第を話した。

「いいですか、咎人はいつも心中穏やかではありません。 僅かな違いも、たとえ小指の爪の先ほども違えば気付きます」

あくまでも巴央を糾弾しているのではないが、巴央にしてみれば素直に受け入れられるものではなかった。

「皆、心しておいてください」

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