大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第199回

2023年09月08日 21時09分45秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第190回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第199回



おおよそ半月後、宮から狼の模様が入った招待状と、紫揺のことが大まかに書かれた紫揺を表す鈴の花が型押しされた文、その文に寄り添うようにキョウゲンの形を型押しされたマツリの名前だけが書かれた文を携えた早馬があちらこちらに走り、東西南北の領土にはシキが文を携えて飛んだ。
最初に飛んだのは東の領土であったが、同じ狼の模様が入っていても内容は違うものである。
言わば東の領土の領主は紫揺の父親代理となる。 単なる御招待客ではないのだから同じ内容ではない。 それに四方直筆の文であった。

シキが領主と紫揺、秋我夫妻を前に口上を告げ、恭しく四方からの文と装飾された大きな飾り石、いくつかの高級な反物、本領でしか採れない茶葉を領主に渡す。
これは結納ではなく通常なら両親に渡されるものである。 したがって東の領主である丹我が受け取ることとなる。
堅苦しいことを終わらせると今どれ程準備が進んでいるかなどの話をし、シキが本領に戻って行った。

「紫さまの誕生の祝いの日に頂くとは、感慨深いものがありますな」

四方からの文を広げて領主が言う。

「紫さま、改めましておめでとう御座います」

耶緒が言うと、ついさっきの一連が紫揺の頭に浮かぶ。

「有難うございます。 なんだか・・・やっと結婚をするんだなって気になってきました」

ついうっかり出てしまった “結婚” という日本の言葉だが、ここに居る誰もがその言葉を知っているし、それを咎める者はいない。

「東の領土でも祝いの準備がありますからこれからは忙しくなりますよ。 嫌でも結婚をするという気になられます」

祝い事である。 紫揺に要らないことを考えさせたくはない。 紫揺に合わせて結婚という言葉を使った。

「まぁ、秋我ったら、嫌でもだなんて」

秋我が言ったように本領から正式に婚姻の儀の知らせが来たのだ、東の領土でも民に知らせることが出来る。 これからは紫揺の婚姻に向けて民に知らせていかねばならないし、まだ先ではあるが祝いもしなければならない。

「そうだな、まずは紫さまの誕生の祝いを終わらせ落ち着いてから民に知らせようか」

「それが宜しいでしょうか、浮足立った民に混乱を招いてはどうにもなりませんからね。 で、祝いはどのようにいたしましょう」

領主にしても秋我にしても、五色の婚姻などということは初めての経験である。 その上、相手が本領次期領主である。
相手が東の領土の者なら、大々的に東の領土で婚姻の儀をすることになるが、そうはならない。 あくまでも婚姻の儀は本領で行われる。
相手、つまりはマツリ不在で婚姻の儀ではなく、婚姻の祝いをするということになる。

「まずは・・・紫さまの衣を作らんといかんな」

「そうですね、時がかかりましょうから」

「勿体ないですよ。 いつもの衣でいいんじゃないですか?」

「そんなわけには参りません! いいですか、紫さま。 民がどれ程紫さまのお幸せを願っているか、それに応えるにも衣は大きいんです。 ましてやマツリ様がいらっしゃらないんですよ、紫さまがいつも通りの衣でいらっしゃっては、紫さまが寂しいと思われていると民が心配をしてしまうかもしれません。 ああ、そうだ、父さん。 馬車も装飾を変えて造りましょうか」

「おお、そうだな」

領主と秋我が二人で話し込みだした。

「・・・耶緒さぁん」

耶緒が微笑んで紫揺に答える。

「お義父さんと秋我に任せましょう? さ、紫さまは今日のお誕生の祝いの祭があります。 ご準備に此之葉が待っていますよ」

耶緒に言われ家に戻ると衣を広げて此之葉が待っていた。

「え? また作ったんですか?」

身長が伸びてもいなければ、悔しいが此之葉のように胸のサイズが変わってきたわけではない。 去年の衣で良いだろうに。

「職人がこんな時しか作れませんからと」

領主と秋我の会話を思い出すとこれから忙しくなるというのに。 何着作るかは知らないが。

昼餉夕餉と食し、風呂に入ると着替えをして月が上がると紫揺の誕生の祝いが始まった。
櫓を中心に民たちと踊る。
一カ月前に東の領土の祭で似たようなことをしたというのに、民たちは飽きずに踊っている。
一切の娯楽を行わない東の領土では、年に二回行われる祭というのが最大の娯楽なのだろう。

考えるとこれが独身最後の祭になる。
独身最後・・・自分の生活の中でそんな風に考えるだなんて思いもしなかった。

―――結婚するのか。

厳密に言うと今日は誕生日ではないが、それでも今夜は夜空を見上げよう。 父と母に報告しよう。 そして産み育ててくれたことに感謝の言葉を贈ろう。
もう・・・謝罪の言葉は口にしない。


北の領土はもちろんだが南の領土でも紫揺の存在は知っている。 東の領土の五色、紫であると。
シキの持って来た招待状に北も南の領主も目を丸くした。

「すぐにセノギを呼んできてくれ!」

「あら? どう致しましたの?」

「シユラ様が婚姻される」

「え? どういうことですの? 今いらしたのはシキ様でマツリ様の婚姻と仰っておられ・・・え?」

「そうだ、そのマツリ様とシユラ様が婚姻される」

「えー!」

南の領土でも領主が叫んだ。

「え!? 東の領土の五色である紫さま? ええ? あの!? ・・・嘘だろ!! ご! 五色たちを呼んできてくれ!」


一か月後、東の領土で領主の口から紫揺の婚姻が告げられた。
それは口から口に渡りすぐに辺境にまで届いた。

「紫さまが? 本領に輿入れされる?」

「ああ、だがよ婚姻の儀を終わらせたのち、こちらに戻って来られるらしい」

「どういうこった?」

「おめぇら、涙が出んど」

「な、なんだ?」

「東の領土のことを気になさって、マツリ様と別々に暮らされるそうだ」

「・・・え?」

「本領と東の領土にってことか?」

「そうらしい」

「おい、いいのか、そんなこと!」

「そうだ、紫さまがお寂しくなられる!」

「だがそれでも、紫さまがオレらを選んで下すった」

元々、紫揺の株は上々だった。 何十年も見つからなかった紫が見つかった。 その紫は民とよく触れ合ってくれる。 辺境にも自ら馬に乗って回ってくれる。
辺境の年寄りたちは、この辺境では今代紫さまが初めて来られた紫さまとまで言っている。 馬に乗って辺境を回る紫さまなど紫揺以前にいなかったのだから。 馬車で回れるような辺境ではない。
その紫揺の株が辺境だけではなく、またどんどんと上がっている。

紫揺の婚姻を発表した領主が秋我と共に婚姻の祝いの準備に忙しくしている。 衣のことは耶緒と此之葉と葉月が衣職人と話をし、飾り石職人にも衣に付けるものを考えてもらっている。

「どうして此之葉さんまでなのよ・・・」

ここでも紫揺は蚊帳の外である。

「それに三人でキャッキャキャッキャって・・・」

その上「いやぁ・・・飾りって要らないんじゃないですか?」とか「そんなに布を使わなくても。 勿体ないですよ」などと言って、数日前に放り出されてしまっていた。

「紫さま、お暇なようですね」

塔弥である。
お付きたちも、職人が作る馬車造りに手を貸したりと、この数日出払っていた。

「お転婆で出かけましょうか」

「うん!」

阿秀の言った通りかなりヒマにしているようだ。

「泉に行っていい?」

山の中を駆け回られることを思えばずっといい。

「泳がないと約束して下さるのなら」

「するする」

・・・軽い。 かなり怪しい。 白々しく「ア~レ~」とか言いながら泉にボチャンとしそうだ。

「ガザンも連れて行きましょう」

紫揺にピッタリと付いてもらおう。
塔弥の思いが伝わったのか、ガザンは頭が良く紫揺に何があるのかをよく分かっている。 泉につくとしっかりと泉側の紫揺の横に付いていた。

「ガザン、引っ付き過ぎだよ、歩きにくい」

その様子を見て安心し、お転婆の手綱を木に引っ掛けていると急に紫揺の声が聞こえた。

「あれぇー? お転婆どうしたの? 尻尾上げて。 犬みたい」

そう言われればいつもに比べずっと大人しい。 まさかっ!? っと思った塔弥だったが遅かった。 まだ手綱を引っ掛けていなかった塔弥の馬はもう止められない。 お転婆だけは逃げないようにと素早く手綱を木に括りつけると、紫揺目がけて紫揺の目に馬たちが映らないように走り、前に立つと様子が見えないように目の前を塞いだ。

「ん? なに? どうしたの?」

「あー、いやぁー、そのぉー・・・」

「変なの」

紫揺がひょこっと上半身を横にすると、それに合わせて塔弥もひょこっと場所をズレる。
紫揺が左右にひょこひょこ。 塔弥が左右にひょこひょこ。

紫揺が目を眇めて塔弥を見る。

「塔弥さん・・・いったい何なの?」

「あ・・・えっと。 その、今、お転婆と俺の馬がですね・・・子作り中と言いましょうか・・・」

顔を真っ赤にしている。

「は?」

「言っときますけどっ、お転婆から誘ったんですからね!」

「え? ・・・いやだって、塔弥さんの馬の仔供って二頭いるよね? それなのに・・・浮気? その浮気相手がお転婆?」

そろそろいいだろうと塔弥が振り返ると、二頭とも何もなかったようにしている。 塔弥の馬はお転婆と違ってふらふら歩きだしたりはしない。

「二頭とも俺の知らない間に勝手に作らされてたんです!」

踵を返して自分の馬の手綱をつかむと今更だがお転婆と離れた所に繋いだ。 それにしても全然そんな素振りを見せていなかったお転婆なのに。
それに紫揺にも驚く。 何も知らなかったのに結構平気な顔をしている。 隠すより輿入れ前に見せた方が良かったのだろうか。

「えー!! ちょっと待って! 今お転婆が・・・その、えーーー!?」

平気な顔ではなく分かっていなかったようだ。 見せなくて良かった。


暑い時を過ぎ、東の領土では過ごしやすい時期に入った。 そして十の月に入ると、紫揺の婚姻の祝いが始まった。
本領で婚姻の儀が行われる十の月の満の月はまだ先である。
朝早くから引かれた縄にしがみ付くように民の列が出来ている。

新調された衣は絹で出来た輝くような白。 襟元は幾重にも重ねられたように見える合わせ襟で、飾り石がデザイン的にちりばめられている。 裾は葉月の発案なのだろうか、腰部分から裾広がりになって、東の領土では見かけない後ろで引きずるタイプに仕上がっていた。

多分、紫揺を想い日本のウエディングドレスに似せたのだろう。 帯は紫を表す紫色が使われ中には金糸銀糸が織り込まれ、複雑な飾り結びで仕上がった。 まるで和洋折衷のドレスである。
額には額の煌輪が輝いている。 額の煌輪の邪魔をしないように、髪には小ぶりの丸い飾り石がちりばめられた。

紫揺の手を此之葉が取り、引きずる裾の後ろをお付きたちの姪が持った。 カチコチになってロボットのように歩いている。
まずは独唱への挨拶である。 独唱は八十四の歳になっている。 年齢的に身体を弱くしてはいたが、塔弥に手を取られなんとか家の外まで出てきていた。

「独唱様、お伺いいたしましたのに・・・」

「とんでも御座いません。 わしから祝いを申し上げに行かせてもらわねばならんところを、紫さまには足を運んでいただき」

独唱がゆっくりと話し出した。 紫揺が話に耳を傾ける。

「紫さま・・・わしの力不足で紫さまには堪えてばかり頂きました。 此度も東の領土に残って下さると領主から聞きました」

独唱が深く深く頭を下げた。 その意味がどういうことなのか分かる。
私が選び決めた事ですから、そう言いたいが言うべきではないのであろう。 僅かに頭を下げじっと待つ。
ゆっくりと独唱の頭が上がってくる。 紫揺に目を合わせると頬を緩めた。

「マツリ様とのご婚姻、誠におめでとう御座います」

紫揺が微笑む。

「有難うございます」


設置されていた台の上に上がると、お付きの姪たちが紫揺の裾を広げる。 此之葉が紫揺の後ろに控える。 民が見たこともない衣に溜息を吐いた。
領主が紫揺とマツリとの婚姻が相成ると囲んでいた民に告げると、改めて民たちから歓声が上がった。
マイクも無ければメガホンもない。 領主が腹の底から声を出し、本領での婚姻の儀の日取りや、紫揺への今までの労いともとれる話を民に聞かせた。

「それでは、これより馬車にて紫さまがお出ましになる」

裾を持ってもらい台上から馬車に移動する。
紫揺が座したオープンとなった馬車は丸みを帯び、側面は精緻な彫刻が入り金細工師による金細工が施されている。
お付きの姪たちは紫揺が馬車に乗ると、一旦ここで休憩に入る。

「疲れたでしょう、ゆっくり休んでてね」

疲れるほどのことはしていないが慣れないことをしたのだ。 後ろでロボットのように歩いていたことには気付いている。
六歳前後の女の子たちである。 事前にこの子たちのことは聞いていた。 一人一人が誰の姪かの紹介もあった。 誰の姪でもそれは紫揺にとって関係の無いこと。
たった六歳前後の子が紫という立場の者の裾を持つ、それだけでどれだけ緊張することか。 それも大々的な婚姻の祝である。 事前に葉月に頼んでプリンを用意してもらっていた。

「とっても美味しいの。 疲れも吹き飛ぶよ」

先頭と後方をお付きたちの馬に守られ、綱で仕切られた両サイドに並ぶ民の間を四頭立ての馬車がゆっくりと進む。

「紫さまー! おめでとう御座いますー!」

そう言う声を左右に聞き、その声に応える。 声をかけてくる一人一人の名が分かる。 何をして働いているのかも知っている。

(あれ? いや、いま収穫期だよね?)

紫揺の名を呼び、おめでとう御座いますと叫んでいる男達の集団。

「収穫はいいのー!?」

おめでとう御座いますの声に負けないように、紫揺が叫んだが、すぐに隠れるように座っていた此之葉に制せられた。

「紫さま・・・そのようなことはお控えください」

そして続いて

「大声は出されませんように」

座って手を振り、笑顔を振りまくだけにしておけと言われてしまった。 しっかりと事前に聞かされていた話に釘を刺されてしまった。

「はい・・・」

民たちが作る人垣を潜るには一日では足りなかったが、グルリと回って張られていた綱が終わってしまった。 もう陽が傾いている。
馬車が戻ってくるとお付きたちの姪が、此之葉に手を引かれ降りてきた紫揺の着る衣の裾を持つ。

「ありがとね」

こんなことは日本に居ては有り得なかっただろう。 万が一にもどこかの財閥の御曹司と結婚をしなければ。
台に戻ると婚姻の祝の終わりを領主が告げた。

「お疲れになりましたでしょう」

一日中、馬車に乗って手を振っていたのだ、確かに疲れている。

「まだ人垣が続いていましたよね? どうするんですか?」

「婚姻の祝はこれまでで御座います。 全ての民に応えていては終わりがありませんので。 明日からは本領に輿入れされるまでお疲れをお取りになられますよう」

疲れている。 うん、確かに。 でも・・・。

「明日・・・」

「はい?」

「多分、明日一日中寝ると思います」

紫揺ならそうであろう。

「でもまだ、本領に行きませんよね? 明後日から辺境に行きます」

「はい?」

行きつけなかった人垣の中に辺境の者が居たのを見た。 わざわざ出てきてくれていた。

「輿入れまで辺境を回ります」

「は?」

「ギリギリまで回ります。 阿秀さんにそう言っておいてください」

「紫さま! 御身をお考え下さいませ!」

「え? 元気ですよ? 至って」

此之葉が崩れ落ちそうになる。
その後、紫揺の部屋では阿秀の説得にも塔弥の説得にも耳を貸さなかった。

「だからー、辺境に行くの。 顔を見せるだけだけど、お礼をしなくっちゃいけないでしょ?」

紫揺にもお付きにも馬がいる。 だが辺境の者には馬はいない。 噂を聞いてずっと歩いてここまで来てくれたのだ。

「紫さま・・・」

阿秀の分も塔弥が大きく息を吐いた。

「まだ本領に行かなくていいんだから、いいでしょ?」

「行くではなく、輿入れと言って下さい」

「同じことよ」

「紫さま、婚姻の儀は七日間も続きます。 ましてや本領でです。 お疲れは量り知れません」

「うーん、確かにね。 私も想像は出来ないけど。 だからと言って辺境からきてくれた人に・・・民に応えられなかったんだから辺境を回る。 阿秀さん、明後日から辺境を回ります。 満の月はまだ先です」

塔弥を飛ばして阿秀の名を呼んだ。

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