大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第198回

2023年09月04日 21時04分22秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第190回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第198回



湯に浸かるとしっかりと四人に囲まれ、衣装の着心地から六都であったことを色々と訊かれた。
杉山で杉と話したことや怪我をしたことは言わない。 怪我をしたことなど言ってしまえばまた泣かれてしまう。

湯から上がると着替えを手伝ってもらいながら四方のことを訊く。 戻ってきたことを報告しなくてはいけないだろう。
そんな事も分かっている “最高か” と “庭の世話か”。 すでに四方の従者に訊いている。

「まだお仕事をしていらっしゃいますので、手が空かれれば従者殿が呼びに来て下さいます」

この辺りは尾能が従者を紫揺に付かせたというところが大きいだろう。 そして紫揺が戻って来ることは分かっていた、客間を使うことの許可は既に取っている。

「それまでお房でゆっくりとなされませ」

「澪引様とシキ様は?」

後ろでキュッと帯が締められる。

「四方様にご挨拶が終わられればいらっしゃいましょう」

婚姻の儀の準備で忙しいのだろうか。 手伝わなくてはとは思うがいつ四方に呼ばれるか分からない。
客間に行くとすぐに茶と菓子が用意されたが、同時に四方の従者から呼ばれた。 従者の後ろを歩くと執務室に連れられて行き、その執務机にはまだ書類が広げられていた。 尾能に丸卓に座るように言われるとすぐに四方も手を止め丸卓に座した。

座っていた紫揺が立ち上がり「先ほど戻りました」と告げる。
四方が頷き、座るようにと目顔を送る。

「六都はどうだった」

「マツリが手掛けている杉山と硯の山に行きましたが民は落ち着いています。 良い方向に進んでいると思われます。 杉山の方は安定して収入があるようですし、硯の方は明日、杠が宮都の硯職人に出来上がったものを見てもらいに持って行くと言っておりました」

「ほぅー、硯が出来てきたのか」

「私が見た限りではそこそこの数がありましたが、どれだけが硯職人に認められるかまでは分かりかねます」

「他の民はどうだった」

「他の民とは話すことはありませんでしたが、マツリの咎が厳しいようで杠からは以前の六都とは違ってきたと聞きました。 ですがまだ咎人が居ないということではないようです。 武官さんが少ないことは厳しいようですが、自警の群の協力は大きいようです」

「自警の群? あの六都にか」

そんなことはマツリから聞いていなかった。 一体あの六都でどんな流れで自警の群が出来たというのか。

「はい、決起の時にもかなりの協力があったそうです」

「・・・そうか」

少しずつ変わってきているということか。

「マツリはまだ戻っては来ないようか」

「はい。 まだ全面的に安心出来るということではないようです」

なんだろう、と四方が思う。 これは完全に六都の報告である。 確かに質問しているのは四方であり、六都のことを最初に訊いたのは四方なのだからそれで間違いは無いのだが、そういう意味で訊いたのではない。 これがもし澪引なら四方が何を訊きたいかを察しただろうし、それにこんな風に六都の報告としての返事は出来なかっただろう。
紫は・・・澪引とは違うのか。

「マツリとゆっくり出来たのか?」

意外なことを訊いてきた。 こんなことを四方が言うなんて。

「・・・はい。 昨日、滝に連れて行ってもらいました」

「滝?」

「杠が市にでも行けば良いと言ってくれましたが、市には興味が無いので」

「滝に興味があるというのか」

「山は好きなので。 滝を見たいと言いましたら、滝のある所に連れて行ってくれました」

「・・・そうか」

女人ならば市に行って欲しい物でもあるだろうに。

「お仕事、お忙しそうですね」

「あ? ああ、決起のことで他のことが止まっておったからな」

「お忙しいのに手をお止め頂き、申し訳御座いません」

「東の領土にはいつ戻る」

「明日に」

「そうか、では明日はもうよい。 下がって良い」

明日の挨拶は要らないということ。
はい、と返事をすると立ち上がり辞儀をして執務室を出た。

はぁー、疲れるおっさん、と思いかけて結構そうでは無かった事に気付いた。

(あれ? 意外と楽だったかな)

六都の報告だったからだろうか。 こういうことは東の領土でもしている。 それに自分が見聞きしたことを話すというより、マツリや杠の言っていたことを伝えたようなもの。

「マツリ、自警の群のことを言ってなかったんだ」

言わない方が良かったのだろうか。

「はい? 何か仰いまして御座いますか?」

思っていたことが口に出てしまったようである。

「あ、何でもありません」

回廊を歩き客室に戻ると澪引とシキがいた。 挙句に部屋の中は反物と飾り石だらけである。

「紫、疲れている所を悪いのだけれど」

シキが言うと、襖内に座っていた千夜がいったん閉じられていた襖を開けて女官を呼ぶ。
楚々と女官が入ってくると、あれよあれよという間に紫揺の寸法が測られていく。

「お裾はどれほどの長さが宜しいでしょうか?」

「そうね・・・」

「お袖の長さは・・・」

「ここまでくらいかしら」

「お色はどうお合わせいたしましょうか?」

「この合わせ方で御座いましたら、帯はどのような色が宜しい御座いましょうか?」

「この時の飾り石は・・・」

澪引とシキも立ち上がって女官たちとあれやこれやと話している。 その内に千夜も入ってきたものだから思わず “最高か” と “庭の世話か” も入ってきた。
当の紫揺は真ん中で、手旗信号のように手を上げ下げさせられている。

(こ、これはもしかして、言ってみればウエディングドレスのオーダーで寸法を測ってるようなもの?)

日本に居ては有り得ない事である。 仮に結婚できたとして、結婚式を挙げられたとしてもレンタルに違いない。

女官が紫揺の顔の横に飾り石を持ってきた。
飾り石と言っても日本に居れば宝石と言われる代物である。

「そうね。 その色よりそちらの色、そちらを合わせてみて」

女官が澪引の指さした飾り石を紫揺の顔の横に持ってくる。

「ああ、そちらの方が紫のお顔に良く映えるわ」

「ではこのお色の時にはこちらを髪飾りに」

「ええ、そうして頂戴。 他にも・・・ああ、あちらを合わせてちょうだい」

澪引とシキ、いや、全員が嬉々として話している。 取り残されているのは紫揺だけである。

「母上、これで五着で御座います」

「あら、まだ五着なの?」

何着作るというのだろうか・・・。

「紫? そろそろ疲れたかしら?」

「あ・・・あははは・・・」

笑うしかない。

「そうね、戻ってきたところでしたわね。 続きは明日に致しましょうか」

明日もあるのか・・・。 東の領土に帰るのは夕刻になるかもしれない。 それ以上伸ばす気はないが、それは無責任なのだろうか。 澪引とシキに丸投げにしてしまうことになるのだろうか。

女官が広げられていた反物や飾り石をサササと片付けていく。 見事な動きである。 そして反物も飾り石も女官もあっという間に居なくなった。 残っているのは襖内に座る “最高か” と “庭の世話か” だけである。

「帰ってきたところに騒がせてごめんなさいね」

「あ、いいえ、そんなことは。 あの、リツソ君はどうですか?」

「あの時は騒がせてごめんなさいね、大事は無いわ。 気にしないでちょうだい」

「はい・・・」

「リツソは勉学に励んでいるようよ、母上の言う通り紫が気にすることは無いわ」

「勉学、ですか?」

「ええ、毎日よくやっていると師から聞いているの」

「そうよ、だからリツソのことは気にしないで、今は婚姻の儀のことだけを考えてちょうだい? 母上は紫に色んなものを着せたいの」

「シキの時もそうだったけれど、何よりも楽しみよ」

リツソのことは分かった。 勉学に励んでいるのは何よりだ、だがそれだけでは終われない。

「あ、えっと、こちらのことが何も分かりませんし、とくに宮のことは。 東の領土からは何を用意したらいいんでしょうか?」

領主に伝えなくてはいけないだろう。 だが東の領土で宮に見合うものが用意できるだろうか。

「何も用意することは無いわ」

「え?」

「わたくしの時もそうだったのよ。 全て義母上がご用意して下さったの」

そう言えば澪引は辺境の出である。 辺境の者が宮に見合うものなどを用意できるはずはない。

「わたくしもよ。 全て母上がご用意して下さったの、邸は父上ですけれどね。 波葉様は何もされていないわ。 宮の者との婚姻の儀は全て宮がするの。 東の領主にもそう伝えてあるから紫が心配することは無いわ」

「そう、なんですか」

そんなものなのか。

「輿入れの馬車は東の領土までは出せないけれど」

それはそうだろう。 あの岩山をどうやっても馬車は上れない。

「でも東の領土を出る時の衣装は、こちらで用意をするから心配しないでちょうだいね」

そんな所からの用意なのか。

「紫はどんな物とか、どんな色が着たいということはあるかしら?」

「うーんと・・・特にはありません」

「ではシキとわたくしで全て決めて宜しくって?」

「はい、お願いします。 その、何も分からなくて、お願いしてばかりですみません」

「あら、紫、気にしないでちょうだい。 母上もわたくしも楽しくってよ」

そう聞いてはいたが、やはりそういうものなのだろうかと疑問に思ってしまう。

「マツリとはゆっくり出来て?」

「はい、昨日、滝を見に連れて行ってくれました」

「た」
「き?」

「はい、私が滝が見たいと言いましたので」

「紫がそう言ったのならば、それが良いのでしょうけど・・・」

「マツリったら・・・」

いくら紫揺が滝を見たいと言っても、もっと気の利いた所に連れていくことは出来なかったのか。 宮にあるものほど優れてはいないが、市に行き髪飾りの一つでも買ってあげればいいものを。

「あ、お伺いしたいことがあります」

「何かしら?」

二人が目を輝かせて紫揺を見る。

「えっと、日本ではお互いに・・・物を贈ったりするんですけど、こちらにはそういう風習って言うか、そんなものはあるんですか?」

“最高か” と “庭の世話か” が居る。 日本、というところは声は小さくなっている。
お付き合いという言葉が此処にあるのかどうかわからない。 かなり短縮して言ったが通じただろうか。

シキと澪引が目を合わせる。
可笑しなことを言ったのだろうか。 それとも短縮しすぎて通じなかったのだろうか。

「マツリが何か紫に贈ったの?」

良かった通じていたようだ。

「いいえ? 単にそういう風習があるのかなって」

澪引とシキが溜息を吐く。

「四方様でも会いにいらっしゃる度に何かくださっていたわ」

「波葉様もそうですわ」

「あ? え?」

“四方様でも” “でも” ?

「マツリは今までに何も贈っていないの?」

「えっと・・・私は何も欲しくは無いので。 もらっても困ってしまいますし。 あの、じゃ、澪引様とシキ様はなにかお返しになったんですか?」

「いいえ、辺境で時にはそんなところも見かけましたけど、あまり無かったかしら。 宮では女人から何かを贈ることは無いのよ」

「そうなんですか・・・。 それって決まり事なんですか?」

「どういうことかしら?」

「女人から贈ってはいけないんですか?」

「どうかしら・・・。 四方様からは贈ることは無いと、そう聞いたのだけど」

「ええ、わたくしも父上と母上からそう聞いて・・・」

四方がシキにまで言ったのならば、澪引の生活を慮ってということではないのであろう。 女から男に何かを贈るということは下品になるのだろうか。

「そうなんですね。 分かりました」

マツリに贈る時にはひっそりと渡そう。

「あ、それとご招待の文に鈴の花を入れて頂きましたけど、マツリにも何かあるんですか? その、マツリを表す模様のような物が」

家紋ではないがマツリ紋なるものがあるのだろうか。

「ええ、あるわ。 フクロウよ」

「え?」

「言ってしまえばキョウゲンね。 わたくしはロセイであるサギよ。 マツリが父上に代わって領主になれば、いま父上が使っていらっしゃる狼になるの」

「じゃあ、四方様は?」

「領主になる前に使っていた山猫になるわ、カジャね」

そういうことか。 領主になっている間は狼の紋でその時以外は供の紋になるのか。

「澪引様は?」

「わたくしは桜の花よ。 義母上が決めて下さったの」

澪引の義母、言い換えれば四方の母も澪引を見て桜をイメージしたようだ。

「四方様のお母上はどんな方だったのでしょうか」

「義母上は秀麗のお花を持っていらしたわ。 とてもご立派で美しい方だったのよ。 辺境出のわたくしを温かく迎えて下さったの」

それからは僅かな時ではあったが、夕餉の支度が整ったと言われるまで四方の母上の話を聞いた。

そして翌朝、昨日の話で思い出した、すっかり忘れていたご隠居の所に挨拶に行くこととなった。 四方はどうしても同行できず、最近身体の調子が良い澪引とシキと紫揺の三人で馬車に乗って出掛けた。

「四方様、宜しいのですか?」

「澪引が行けば父上も機嫌が良かろう」

四方の言う通り、澪引に紫揺を紹介され何度も首を傾げていたご隠居だったが、澪引が来ただけで上機嫌で「身体の具合は良いのか?」という労わりの言葉も付いている。

そして紫揺と話している内に気に入ったのか、ご隠居の供の老山猫が紫揺に懐いたからなのか「ほぅー、マツリも見る目があるのぉ」と言い出した。
多分、老山猫が懐いたからだろう。
決して澪引の時のように一目で気に入ったようではなかったが、結果オーライでOKだろう。

ご隠居の奥であり、秀麗の花を持つ四方の母の肖像画を見せてもらうと、澪引が言っていたように秀麗という言葉そのもののような人だった。

(あのお婆様に澪引様、その後に私って・・・キツイだろ・・・)

涙が出そうである。 そして文句が出る。

(マツリのバカヤロー)

ご隠居の邸を辞してからは宮に戻り昼餉を食べる以外は、またまた衣裳の反物が広げられた。
夕刻近くになり、やっと解放されて卓の上に茶と菓子が置かれる。

「お疲れ様で御座いました」

「はいぃ、疲れましたぁ」

正直に言う紫揺に “最高か” と “庭の世話か” がクスクスと笑っている。

「でも澪引様とシキ様の方が大変なんですよね」

「楽しんでおられますから」

「ええ、それにシキ様もずっと宮に居られて澪引様と時を共にお出来になって喜んでいらっしゃいます」

「え? ずっとですか? 邸に戻られていないんですか?」

「はい。 波葉様も宮にお泊りで御座います」

思いもしなかった。 波葉にも相当迷惑をかけているようだ。

「お役御免となられるまでは、ずっと南と東の領土に飛んでおられましたから」

「紫さまだからこそ、シキ様もこうされておられるのでしょう」

「そうなのかな? でも波葉様にご迷惑をおかけしているんですよね?」

「決してそのような事は。 波葉様も昼時には天祐様とお会いになれて喜んでおられます」

「ですからその様なご心配はご無用で御座います」

「ええ、それに紫さまでなければシキ様もここまでされておられなかったでしょう」

「澪引様とシキ様は喜んでおられているので御座いますよ?」

「どうぞ紫さまはお気になさらず」

「ささ、菓子を食べてお疲れをとって下さいませ」

言われるままを信用していいのだろうか。 一つ手に取り口に入れる。
オイシイ。

「いつものことですけど、すごく美味しいです」

紫揺の顔がニヘラァ~と緩むと、四人が相好を崩した。
菓子と茶で一息つくと着替えて大階段を下り大門に向かう。 シキと澪引には先程辞する挨拶を済ませている。

「婚姻の儀の前にまた来て頂けますか?」

「あ・・・ちょっと分かんないです」

四人があからさまに肩を落とす。

「あ、えっと・・・婚姻の儀で七日間もこちらに居るので。 それにその後すぐに東の領土に帰るわけにはいかないでしょうから・・・」

頼む、それで許してくれ。

「え? 婚姻の儀が終わられても宮に居て下さるのですか?」

シキから聞いた。 紫揺が東の領土に帰ると。

「どれくらいかは分かりませんが」

四人の落としていた肩が上がる。
有難いことだ。 こんな自分なのに。

「私が完全に宮に入った時に皆さんが居て下さったら、色々教えてください。 いい人が見つかったら教えてください。 応援します」

「まっ、紫さま」

「必ず教えてくださいね。 皆さんの良いところをアピ・・・全面押し出してお相手に言っちゃいます。 って、皆さんが認めた方だったら、何もかも分かっていらっしゃるのでしょうけど、それでも応援しますから」

“最高か” も “庭の世話か” も年頃を過ぎているかもしれない。 自分より年上なのだから、と考える紫揺だが、四人とも紫揺より年下である。
何の疑いもなく大きな勘違いを持ったまま紫揺が “最高か” と “庭の世話か” に見送られ天馬に乗って大門を潜った。 上空にはキョウゲンが飛んでいる。

「私たちのご心配をして下さるなんて・・・」

四人がよよよと涙を流した。

「リツソ様、お戻りしましょう」

「・・・」

肩にカルネラを乗せたリツソ。

「リツソ? シユラハ帰った。 勉学ガあるだろ」

リツソから流れてくる色んなことが楽しい。 紫揺にヨシヨシをされなかったのは寂しいが。

「分かっておる」

あの日から、マツリが紫揺を奥にすると聞かされた時から部屋に籠っていた。 朝餉も昼餉も夕餉も部屋に運ばせた。
師からリツソのことを聞いて大事は無いとは分かっていたが、澪引とシキが何度もリツソの部屋を訪ねたが、リツソが襖を開けることは無かった。 リツソの部屋に入ることが出来たのは師だけであった。

(兄上にシユラは渡さん)

リツソが踵を返した。

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