大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第200回

2023年09月11日 21時34分26秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第190回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第200回



翌日、かなり疲れていたのだろう、夕刻まで寝ていた紫揺。 生きているのだろうかと、此之葉が何度も紫揺の息を確かめていた。
そしてその翌日から紫揺の辺境の旅が始まった。

少なくとも二週間後には戻って来なくてはいけない。 紫揺とてギリギリまで辺境を回るという浅はかな考えはない。 天候も含み、いつ何が起こるか分からないのだから。 それを思うとどれだけ頑張っても辺境の全てには回れない。

道中、祝いに来てくれていた何人もの民や、間に合わなかったという民と会うことが出来た。 誰もがまさか紫揺に会えるとは思っていなかった様で、言祝ぎを言えたことに喜んでいた。 紫揺にしてみればこれだけでも大きなことであった。

「紫さま、戻りましょう」

阿秀の声が最後の日を告げる声となった。

「・・・はい」

辺境では誰もが婚姻を喜んでくれた、それを伝えてくれた、そしてそれが民の喜びとなっていることも。 それをよくよく知った。

―――離婚は・・・有り得ない。

日本では離婚というものがあるが、本領や東の領土にもあるのだろうか。
いや、それ以前である。 民たちの喜びようを見ていれば、離婚など出来ない。

(・・・マツリ・・・今何してるのかな)

お転婆の背に揺られながら帰路に向かった。


辺境での報告に領主の家に行くと、辺境に出たあとすぐにシキが来ていたらしい。
輿入れの時の衣装を手にし、その日の打ち合わせにやって来たということであった。 紫揺が辺境に出ていると聞いてかなり驚いてはいたらしいが、最後には紫らしいと言っていたという。

「紫さまとマツリ様はよく似ていらっしゃると仰っておられました。 マツリ様もまだ宮に戻っておられないそうです」

「うわぁ・・・完全に澪引様とシキ様頼りってことかぁ。 それにしても六都でまた何かあったのかなぁ・・・」

大きな独り言に耶緒が「笑わせないで下さいませ」と腹を抱える。 耶緒の腹の中の赤子はいつ生まれてもおかしくないのだから、腹に力を入れたくないのだろう。

「紫さま・・・」

呆れたように紫揺の名を呼ぶと領主が続ける。

「今はその様なご心配の時ではありませんでしょう、お輿入れは目の前で御座いますよ」

「あ・・・はい」

自覚が足りなかったようだ。

十の月の満の月まであと十一日。 輿入れの日まであと五日。 五日後の早朝には東の領土を発たなくてはいけない。 そして翌日は衣装合わせがあり手直しがあれば翌々日までに終わらせるということであった。 そして輿入れから三日後に婚姻の儀の一日目が始まる。
耶緒が大きなお腹でシキの持ってきた輿入れの時の衣装を広げる。

「う、わぁ・・・」

それは東の領土で婚礼の祝いの時に作ってもらった和洋折衷とは違い十二単に近いが、もっとサラリとしている。 宮で借りる衣裳より数段豪華であるし、帯が長めなような気がする。 それに何とも可愛らしい色合わせである。 紫揺のショートヘアに合わせた髪飾りも付いている。

「ん? え? これ着て東の領土の山も上れませんし、本領の岩山も下りられませんよね?」

破って汚してもいいなら話は別だが。

「これが本領内なら、宮からの迎えの馬車に乗って済む話でしょうが、生憎とそうはいきませんので、いわゆる形です」

「形?」

「はい。 簡単に言いますと、輿入れする前に渡した、ということでしょうな。 岩山を降りたところに着替える為の房を建てて下さっているということです。 そこから迎えの馬車に乗っての輿入れとなるそうです」

そういうことか。 納得。
何もないあんな所まで馬車で木を運んで建ててくれたんだろうな。 着替える為の掘っ立て小屋とは言え、プレハブでもあれば楽だっただろうに。

「でも勿体ないですわね、これ程の衣を紫さまがお召しになって民に見てもらえないのは」

「ああ、お輿入れ前にでも一度お召になって民の前に立たれるのもいいが・・・着せ付けが分かるか?」

「・・・分かりません」

どの順に着せるものか全くわからない。 それに帯も本領の結び方があるのだろう、どう結べばいいのか分からない。

「わわ、やめてください。 いま耶緒さんに力を入れさせたくないですよ」

「そうでしたな。 辺境に行かれてお怪我などはされておられませんでしょうな?」

「それは全然ありません。 ね、阿秀さん」

「今頃お付きたちは全員倒れていると思います」

「可笑しな言い方しないで下さい」

大体想像はつく。 色々やりかけたのをお付きたちが身体を張って止めたのだろう。 かすり傷一つ付けさせてはならないのだから。
それにしても、もう二十六の歳になっているというのに、いつ落ち着くのだろうか。 婚姻を切っ掛けに落ち着いてくれればいいがと、切に願う領主であった。

そして家の中に閉じ込められ、五日目となった。
まさかあんな仕打ちが待っているとは思いもしなかった。 退屈が爆発寸前になったのが昨日だったが、輿入れは明日に迫っていると此之葉に言われ、しぶしぶ部屋の中でガザンとゴロゴロとしていると葉月がやって来て、最後の性教育をされた。

『以上です。 分かりましたか?』

『・・・』

『紫さま?』

『しなくちゃ・・・いけないのかな?』

『今更何を言っているんです。 お転婆でもしたというのに』

『・・・そっか、そうだよね』

試しにお転婆のことを言ってみただけだったが、効いたようだ。

『マツリ様にお任せすればよろしいだけです。 決して殴ってはいけませんよ』

『・・・はい』

『紫さま? 次代紫さまをお産みになるんでしょ?』

『うん・・・』

鬱々とした夜を迎え、そして夜が明けたのだった。
お付きたちは交代の二十四時間体制で、紫揺の部屋の前と外の窓に張り付くだけで、精神がやられなかった分、朝から清々しい顔をしていた。

出来れば新調した馬車で民に見送られ本領に向かわせたいと誰もが思っていたが、本領と繋がる洞の山のことは民に知られてはならない。 朝餉を済ませると目立たぬように此之葉と今までの馬車に乗っての輿入れスタートとなった。
洞の山に着くと馬車に乗り込んできていたガザンの頭を何度も撫でてやった。

「暫く戻って来ないと思うけど、いい仔にしててね」

お付きたちとガザンだけの見送りという寂しい輿入れとなった。 そのお付きたちに見送られ紫揺と領主と秋我、此之葉が山の中に消えて行った。

此之葉のことを考え、何度か休憩を入れながら山を上がって洞の前まで来ると、領主の息が少々上がっているようだ。 此之葉はしっかりと息が上がっている。 秋我が領主と此之葉に水を用意している。

「お二人とも大丈夫ですか?」

此之葉も心配だが、領主は七十二の歳になる。 領土の中を歩きまわってはいるが、日頃から山に登っているわけではない。 平地を歩くと山を上るのは大きな違いである。

「私もこれで最後でしょうか。 もう次にはきついでしょうな」

そう言うと紫揺をじっと見て続けた。

「最後がこのような祝いにして下さり、本望で御座います・・・」

「領主さん・・・」

「父さん、言ってみれば今は御輿入れの途中ですよ。 湿っぽいことはやめましょう」

シキが持ってきた輿入れの時の紫揺の衣装など一切を手にしている秋我は平気な顔をしている。 やはり若さというものは強い。

「そうだったな、紫さま行きましょう。 此之葉、歩けるか?」

領主と紫揺が話している間に幾分息が整った。

「はい」

秋我が二人に水を差し出す。

先頭を歩く領主が岩に手を入れると目の前がさっと変わった。 岩だった向こうに洞が見える。

洞を抜け岩山を下りて行くと見張番たちが待っていた。 それも全員。 この刻限であれば朝当番の者しかいないはずなのに。
紫揺を見止めると整列している全員がスッと頭を下げる。

領主、紫揺、秋我、此之葉が見張番たちの前に立つ。 すると剛度の声が響いた。

「東の領土五色、紫さま、本領への御輿入れ、誠に御目出とうございます」

「あ・・・」

まさか見張番からこういうことをされるとは思ってもいなかった。 どう返事をすればいいのだろうか。
領主にしてみれば『東の領土五色、紫さま』 と言われたことが嬉しかった。 今まだ紫揺は東の領土の五色なのだから。

「誠に有難うございます」

紫揺に代わって領主が応え、慌てて紫揺も応える。

「あ、有難うございます。 えっと、婚姻の儀を終わらせても本領と東の領土を行き来します。 まだまだお世話になりますが宜しくお願いします」

紫揺の子供っぽい言いように誰かがプッと息を漏らしてしまったようだ。 それに続いてクックッと笑いを堪えている声が聞こえる。 頭を下げているから誰かは分からないが、きっと肩が揺れている者だろう。

お前ら! と言いたいのを我慢し、剛度が馬を持ってくるように言うと用意をしてあったのだろう、すぐに馬が曳いてこられた。 だが何故かそれは必要以上の頭数である。

「お聞きとは思いますが、馬に乗られるのはこの岩山を下りる間だけです。 下には馬車が待っております」

紫揺には飾り立てられた天馬が連れてこられた。

「手間をお掛け致します」

百藻に続いて三人の見張番が続きその後ろに剛度が付いた。 またその後ろに領主、紫揺、見張番と二人乗りの此之葉、秋我と続く。 東の領土は領土なりに、紫揺と “古の力をある者” を守るために真ん中に置いている。 そして見張番に五人が残り、他の者たちが秋我に続いた。 殿(しんがり)は瑞樹である。

決して万が一の危険がないようにというだけで、この人数で付いていたのではない。
今日のことは分かっている。 見張番たちは早朝から何度も岩山を降りたり上がったりして警戒を怠らなかったし、他の岩山も遠見鏡と呼ばれる望遠鏡でずっと見張っていた。 抜かりはない。
だが紫揺が東の領土からやって来るのであれば、いつもと同じようにしてやって来るのであろう。 そんな寂しい輿入れなどない。
誰が言い出したということなく、見張番たちが下りて行ったのは紫揺の輿入れを見送るためだった。

岩山を下りて行くと見たこともない建物が建っていた。

「え・・・」

「・・・これは」

百藻と三人の見張番が横に広がると剛度が後ろを向いて「正面に回ります」 と言う。

「正面って・・・」

紫揺たちが見ていたのは裏のようで、ぐるりと回るとそこには四色の鎧を着た武官たちが並んでいた。 建物の横を過ぎても真っ直ぐに馬を歩かせている。 遠目に建物を見られるように剛度が謀ったのだろう。
やっと馬を止めて馬首を変えると、そこには掘っ立て小屋でもプレハブハウスでもなく、まるで宮のミニチュアのような建物が建っていた。

「このまま前にお進みください。 あとは武官がご案内いたします」

「ご案内痛み入ります」

領主が剛度に言うと紫揺を促す。 これから先は紫揺が先頭である。

領主に促され、目を瞑り息を深く吸いゆっくりと吐いた。
領主を見て一つ頷くと天馬を歩かせる。 距離を置いて領主、秋我、此之葉と続く。

目の前には回廊に座す者と大階段とまではいかないが五段ほどの階段の下に女官が居る。
建物の前まで来ると武官によって台が用意され、台を使って紫揺が馬を下りる。 すぐに他の武官もやって来て天馬を預かる。

「こちらに」

数歩あるくと階段の下に居た女官に手を取られた。 そのままスッと履き物を脱いで階段を上がりたかったが、いかんせん長靴である。 もたついてしまった。

(サイアク。 恥ずかし・・・)

領主と秋我、此之葉のところにも台が置かれ、三人が馬から下りる。 秋我の持っていた紫揺の着替えを女官が預かり、高く上げながら恭しく運んでいる。

再度女官に手を取られ紫揺が階段を上がる。
回廊に座していた女官たちがみな手を着いて頭を下げている。 紫揺の後を少し離れて着替えを持った女官が歩いている。
正面の襖が開かれた。 手を取られたまま襖の中に入ると既に数人の女官が中に居た。 着替えを持った女官があとから入り襖が閉じられた。

領主と秋我と此之葉も武官に先導され階段下まで来ると、その先は女官に先導され違う階段から回廊に上がるとそれぞれ別の一室に入れられた。

「紫さまの御輿入れにあたり、東の領主様にもお召替えのご用意をして御座います」

このことは事前にシキから聞いていた。 全員の着替えを持ってくるとなると山を上がるのに荷物ばかりが増えてしまう、有難いことであった。

「お手添えをさせて頂きます」

別の部屋でも、秋我と此之葉も同じことを言われていた。

此之葉が上流の女人の衣に着替えるとその部屋に茶が運ばれてきた。
領主と秋我が束帯に似た衣裳に着替えると、秋我が領主の居る部屋に通され茶が運ばれた。

「紫さまの御衣裳替えが終わられるまで、こちらでお待ちくださいませ」

そう言い残して女官が部屋を出る。
女官を見送った秋我が思わず口を開いた。

「父さん・・・」

「ああ・・・やることが違うな」

「こんなこと、思いもしませんでしたよ」

「私もだ、宮でしか考えられんだろう。 だがお寂しい輿入れとなると思っていたが・・・有難いことだ」

「ええ、それはそうですけど・・・。 この衣装もそうですけど、いつから建てていたのでしょうか」

部屋の周りを見回す。 宮と変わらない内装である。

「さあなぁ、だがそれなりの日数を要しただろうなぁ」

「この日の為だけだと知られると、きっと勿体ないと仰いますよ」

あの紫揺のことだ。

「今頃は仰っておられるかもしれんな」

領主と秋我が言うように・・・とはいかなかった。

“最高か” や “庭の世話か” とは違い「失礼をいたします」という以外は殆ど無言で着替えさせられている。 着替えの前には軽くおしろいを塗られ紅をさされた。
手際よく着替えさせられた本領の衣装は、シキが輿入れにと持ってきていた衣裳である。 赤と桃色が主役を張っていて帯は金糸銀糸で仕上げられていて、変わった飾り結びなのだろう、帯を引きずるように仕上げられた。

着替えを手伝っていた女官たちがスススと引き上げて行く。 いつの間にか髪飾りも付けられていたようだった。

「あ・・・額の煌輪」

知らない間に外されたのかと、額を触るとちゃんと額に残っていた。 まだ東の領土の五色である、勝手なことは出来ないということだろう。

引いていった女官と入れ替わるように、一人の女官が茶を持って入ってきた。 部屋の中にあった丸卓に茶を置く。

「東の領土の領主様と秋我様 ”古の力を持つ者” 此之葉様には寛いでいただいております。 あと少ししましたら、こちらにお呼びいたします。 それまでごゆるりとなさって下さいませ」

椅子を引いて紫揺を座らせる。

「有難うございます・・・」

女官が出て行った。

ぽつねん。

あくまでもミニチュアであって馬鹿ほど広いわけではない。 決して狭くはないが。 だが・・・秋我と同じように辺りを見回す。 本物の宮に劣らず、ほぅっと、ため息が出そうなほどの内装である。
茶を一口飲む。

「領主さんと秋我さんや此之葉さんが他の部屋に居るってことは、この宮ミニチュア、二部屋あるのかな? あ、いや、お茶を用意する部屋もあるのか」

―――この日の為だけに。

紫揺は知らないがそれだけの部屋数では無い。 少なくとも四部屋はある。
これから自分が嫁ぐところの凄さを改めて知ることとなった。

「失礼をいたします」

女官の声が聞こえて襖が開けられる。 その襖は紫揺が入ってきた襖とは違う。 横を向くと束帯に似た衣裳をつけた領主と秋我、本領の上流の女人が着る衣装に身を包んだ此之葉が入ってきた。

「わ、すごい」

領主と秋我、此之葉を部屋の中に入れるとすぐに三人分の茶を置き、一刻(三十分)ほどの休憩後、ここを出るということを告げられた。
三十分後に本領での輿入れが始まるということである。

「お二人ともすごくお似合いです。 それに此之葉さんも」

秋我と此之葉は宮の服を借りて着たことはあったが、これはまた違うものである。

「私たちではないでしょう? 紫さま、よく見せて下さい」

秋我が言うと紫揺が立ち上がり手を広げて一回りする。
領土で着た衣とは全く違うが、こちらもよく似合っている。 言ってはいけない事なのだろうが、紫揺の子供らしさを前面に出している。

―――二十六の歳だというのに。

きっとこれから嫁ぐ紫揺がまだまだ子供だということを表しているのだろう。 そして婚姻の儀の中で、どんどん大人の紫揺を表していくのかもしれない。

「よくお似合いです」

「ええ、本当に」

秋我と此之葉の言葉に反して領主が急に目に涙を浮かべた。

「領主さん?」

紫揺の声に秋我が領主を見て「父さん・・・」と口の中で言うと、領主が目頭に指を当て息を深く吸う。

「紫さまとは、まだ数年しかお会いしておりません。 初めてお会いした時のことを思い出します。 何もお分かりにならない中で東の領土に献身して下さり・・・。 ですが・・・僭越ですが・・・娘を出すというのはこのような気持ちなのかと・・・」

息子しかいない領主は娘を持ったことは無い。

「と、父さん、僭越も甚だしいですよ」

領主の言葉を聞いて今度は紫揺の目に涙がたまってきた。

「秋我さんそんなことないです。 領主さん・・・東の領土において私のお父さんは領主さんです。 何も知らない私を東の領土にガザンと一緒に入れてくれました」

「・・・滅相も御座いません」

紫揺と領主の話を聞いた秋我が口の端を上げる。

「父さん、紫さまをお泣かしさせてどうするんですか。 紫さまも涙をお拭きになりませんと」

こんなこともあろうかと考えていたのだろう、此之葉には手巾が持たされていた。

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