大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第40回

2017年01月09日 23時14分17秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第40回





ジャンムの母親を見送ると、シノハが振り返りまた座った。

「ジャンムってどんなヤツ?」 聞かれ、タイリンが目を上に向け考えるように言う。

「嫌なヤツじゃないです。 でも、ドンダダに言われっぱなしって言うか・・・」

「ふーん。 いくつだ?」

「たしか俺より1の年小さかったんじゃないかな?」

「そうか、それならタイリンの手伝いをしてもらうのに丁度いいな。 20の歳くらいのヤツだと村の建て直しに必要だからな。 さて、これをどうやって長に頼もうかな・・・」 今、長の小屋に訪ねる気にはなれない。

「トデナミさんに言ってもらわないんですか? 婆様の小屋に居るんでしょ?」 いつもならそうするだろうが、今はそれを避けたい。

「ああ・・・でも今はちょっと・・・」 考えるシノハの耳に女達の賑やかな声が聞こえる。

タイリンがシノハの横から女達を見るように身体を斜めにして覗き込む。

「みんなこっちを見てますよ」 言われ、え? っという顔をタイリンに向けると、次に後ろを振り返った。
途端、女達がそっぽを向く。

「誰も見てないじゃないか」 向き直っていうとタイリンがクスッと笑って言う。

「母さん連中もシノハさんの事が気になってきたみたいですよ。 焼きもち焼いた男達に注意しておかないと何をされるか分かりませんよ」

「なにを馬鹿なこと言ってんだよ」 言うと後ろで声がした。

「タイリンの言うとおりだよ」 

からかうような声がして振り返ると、すぐ後ろにザワミドが立っていた。

「わっ!」 思わず声を上げてしまった。

「なんだい、そこまで驚かなくてもいいだろう。 失礼だねぇ」 両手を腰に当てて眉根を寄せる。

「あはは、すみません。 さっき振り返ったときには全然気がつかなかったから」 

女達がタイリンに手を振っているのが見えた。 ヒョイとザワミドの横から見ると、横向きに手を振っている。 いや、振るというよりは流すようにしている。
何のことだろうと考えていると、一人がザワミドを指差した。

「シノハ、あんたかなり噂されてるみたいだよ」 両手を腰に当てたまま腰を折って話す。

「タイリンに聞きましたが、言われるほどの事はないんですけど」 少々困り顔である。

女達はザワミドの身体にスッポリはまったシノハが見えないから、ザワミドを横にどかせるように言っているのだ。 ようやくそれを察したタイリン。

「ザワミドさん・・・」

「なんだい?」

「見えないって」

「何がだい?」 聞かれて女たちの方を指差した。

振り返ったザワミドが、女達を見て何が見えないのか得心した。

「馬鹿なことやってるねぇ。 このままにしてやろう」 それを聞いてタイリンがクスクス笑いだした。

「あまり此処に出てこない方がいいですね」 

両の眉を上げて言ったシノハに、ザワミドが座り込んで話し出した。
勿論、女達からシノハが見えないように。

「そこでちょっと相談があるんだけどね」 シノハが首を傾げた。


ジャンムのことを長に言うのはザワミドが請け負ってくれたが、ザワミドからの話には少々頭を痛めた。
返事はタム婆に相談してから決めるといっておいた。


タム婆の小屋を訪れると、トデナミが横たわるタム婆の横に座っていた。
さっきの事をいつまでも頭に置いて、トデナミを避けるわけにはいかない。

「寝ておられるのですか?」 小声で聞くと、声に振り向いたトデナミがコクリと頷く。

「やはりまだ無理をされてはお体に触るようです。 少しお疲れになったようです」 長の小屋まで歩いて行き、話し込んだ事に疲れが出たのだろう。

「ずっとトデナミが?」 トデナミの横に座り込む。

「はい」

トデナミはタム婆の代わりに“才ある者” としての毎日、風や地や空の動きを身体に受けとめている。 それだけではなく、ずっとザワミドと一緒に傷を負った者たちへ薬草を塗ったり、手に傷を負った者には食事を口に運んでいた。

「それでは疲れたでしょう。 あとは我が婆様を見ています。 今、女たちが料理をしていたみたいですから、ゆっくりと食べてきてください」 

シノハの声にトデナミがうつむき、暫くするとタム婆を覗き込んだ。 
タム婆は少々のことで起きる様子はなさそうだ。

「シノハさん・・・」 呼ばれ「はい?」 と返事をした。

「あの・・・お話があります」 言われ、さっきの話のことかと顔色を変えたシノハを見てトデナミが慌てて言葉を続けた。

「あ、さっきの事とは関係ありません。 私のお話を聞いていただけませんか?」 

トデナミからの問いに頷くと居ずまいを正した。

「あの・・・婆様は起きられる様子はないので、外に出てもらってもいいですか?」 

一瞬眉を上げたシノハだが、すぐに頷くとトデナミより先に小屋を出た。 
トデナミがシノハの後を歩いて小屋を出ると 「こちらへ」 と言って小屋の後ろに向かって歩き出した。
小屋の後ろ側に回ると小屋から少し離れシノハを振り返った。 
最初は言いにくそうに下を向いていたが、暫くすると顔を上げシノハを見る。

「あの・・・もっと早くに言わなければいけなかったのに・・・。 忙しさにかまけてしまいました。 私・・・ シノハさんにとても野卑なることを申し上げました。 ”才ある者” として最低の行いです。 婆様にお叱りを受けようと”才ある者” としてのお役を下りるよう命ぜられようと、言い訳すらできません。 甘んじてその罰を受けようと思います」 

突然何を言われたのかと目を何度も瞬かせた。

「すみませんでした」 両の手を重ねて胸に置き、膝をついて頭を垂れる姿を見てシノハが慌てた。

「なにを・・・トデナミ、立ってください! 頭を上げて!」 

トデナミの腕を持ち、引き上げようとするが、なかなか素直には立ってくれない。
トデナミはまだ完全に”才ある者” として名を変えていない。 触れても誰に何を問われることではなかった。

「お願いします、トデナミ。 顔を上げてください」 まだトデナミの腕を持ちながら膝を着き、今度は顔を覗き込んだ。

「許して頂こうとは思っていません。 でも、婆様にお話しする前に、シノハさんに謝らなければと―――」 うつむいたままトデナミが言うとシノハが言葉を被せた。

「分かりました、分かりました! ちゃんと聞きましたから、お願いです顔を上げてください」 その言葉にそっと顔を上げ、ゆるりとシノハを見た。

「私・・・自分がこんな人間だとは思っていませんでした。 さっき長の小屋で天に謝り続けるといいましたが、こんな人間を天が許されるはずがありません」 伏せた目に寂しさを感じる。 

そしてまた下を向いた。

「待ってください、我はトデナミに何かされた覚えなんてありません。 それより、色んなことを手伝ってくださったり・・・その・・・偉そうに名を呼んでいても、ちゃんと返事をして下さるし、許して下さったし。 我の方が謝らなければいけないことが沢山あります」 

その言葉を聞き、トデナミが頭を振る。

「シノハさんは、何も謝らなければならないことなどありません」 

「では、何に? その・・・何に謝っていらっしゃるんですか? 我には考えても思いつきません。 教えてください」 

下を向いていたトデナミが顔を上げ、シノハを見ると目を少し伏せて話しだした。

「最初に、私は婆様の末孫だと申し上げました」

「ええ、確かに」

「小さい頃より婆様から時折シノハさんのお話を聞いたというのは、婆様が言葉を滑らせていらっしゃったからです。 改めて私にお話しくださったわけではありません。 オロンガの村から帰ってこられた婆様はいつも嬉しそうで・・・。 長にオロンガでの出来事・・・シノハさんのお話をされているのも何度か耳にもしました。 とても嬉しそうに・・・。 
・・・それにシノハさんを見て、婆様が喜ばれた姿を見て・・・。 
婆様がお元気になられた姿を見て、シノハさんに感謝を申し上げなければいけないのに、それなのに私は・・・。 シノハさんが羨ましくて。 
だから私は婆様の孫だと言い切りたかったのです。 シノハさんより私の方が婆様に近いんだと・・・。 ごめんなさい・・・」 最後の言葉は今にも泣きそうな声だった。 

トデナミが言わんとしたことはわかった。

「トデナミ・・・」 言うと、掴んでいた手をはなし言葉を続けた。

「トデナミも我もタム婆様を大切に思っている。 それだけではいけませんか?」 

もっと気の利いた言葉があったはずだ。 いや、タム婆の思いを聞いたシノハには他に心当たりがあるが、それは口に出来ない。
タム婆は、シノハの爺様クラノの姿を自分を通して見ていると。
トデナミが顔を上げシノハを見ると

「私のしたことに―――」 ここまで言ったトデナミを説き伏せるかのように、シノハがまた言葉を被せた。

「トデナミも我もタム婆様が居て下さればそれでいいのです」 泣きそうになっていたトデナミの顔が緩んだ。

「シノハさん・・・」

「トデナミの心はわかりました。 だから、もう何も言わないでください」

「でも・・・」 

「トデナミには可憐な花が似合いだと思うが、花がないな」 言うと周りを見て立ち上がり1本の草を手折るとトデナミをもう一度見て膝を着いた。

「婆様に言うことは何もないですよ。 トデナミは婆様の後を継げる“才ある者” なのだから」 トデナミの髪に手折った草を優しく飾った。


タム婆が静かに目を閉じた。 
瞼の裏にはシノハの爺様クラノが、幼かった自分に小さな薄青い花を髪に飾ってくれた時のことが、ついさっきのことかのように鮮明に映っていた。

『タムシルにはこの色がよく似合う。 いいか、これと同じ色の空はオロンガにつながっているからな』

クラノは最後までタムシルの事を“才ある者” として名を変えたタム様とは言わなかった。 言ってしまってはトンデン村の“才ある者” タムと認めてしまうからだ。 絶対に認めない。 タムシルはオロンガ村へ帰るのだから。 クラノのその思いをタム婆はよく分かっていた。

まるで憑き物が落ちるように、目に溜まっていた涙が一筋落ちた。 
トンデン村に来て初めての涙だった。


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