大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第149回

2023年03月13日 21時23分40秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第149回



黒山羊を出たマツリと杠。
とにかくいったん落ち着いたと杠が大きく息を吐く。

「今、十六人おりましたか」

「ああ」

享沙は『人数が集まってきたのであと少し人数を集めてからにするということです。 今のところ十四人』 と言っていた。
ということは享沙が調べた時より少なくとも二人増えている。 今日にも夜襲があるかもしれないし、まだこの先かもしれない。 ましてやその時には更に人数が増えているかもしれない。

「当分どこか他の宿にお泊りになって下さい」

この進言が無駄だと知りつつも言う。

「断る」

やっぱり。

「宿に被害が出れば、それこそ都庫から出さねばなりません」

マツリがじろりと杠を見る。

「あまり依庚と話さないでくれるか?」

マツリが何を言いたいのかは分かるが、今はそんな話ではない。 マツリの身を案じているのだから。 その上に己が加勢できないジレンマもあるというのに。

「マツリ様、ここに来てマツリ様に何か御座いますと先に進めません」

「分かっておる」

かなりの人数で来る様だ。 だがいつ来るか分からない夜襲に毎夜武官に己の宿を警護させるわけにはいかない。 何人もの武官が必要になってくる。 それに何より警護などしていては捕らえることが出来ない。
手を出させ捕えて散々辛苦を味あわせ、二度と立ち上がれないようにしなければ。

「百足の長屋に案内してくれ」

百足が四人そしてマツリ。 五人もいればゴロツキの十六人くらい何ともないだろう。 その中に証人として武官を一人入れればいい。 百足のことだ、武官に気取られず何とでもするだろう。

「それはそれは」

好々爺が恵比須顔で応えた。
マツリは好々爺ではなく強面の方を望んでいた。 杠もそちらの長屋に案内したのだが、強面の男がニヤリと笑って、そういう話なら好々爺の長屋に行ってくれと言ったのだった。

「いつ来るか分からないのでしたらお困りでしょう。 我らにお任せください」

我らと言うのは強面の四人のことだろうとマツリが思う。 この好々爺は百足七人のまとめ役になっているのだろう。
好々爺は杠を単なる文官だと思っているが、杠はこの好々爺も先にあった男も百足だと知っている。 このことは百足に知られたくないということで、話を聞かないように長屋の外で待っている。 それに好々爺もマツリだけを部屋の中に入れている。

「度々の願い、申し訳ない」

「お気になさらず。 われら七人でお守り申し上げます」

にこにこと緊迫感のない返事で送り出された。
七人・・・。 強面四人だけではなく、好々爺三人も入っている様だ。
その夜から強面の四人は勿論のこと、好々爺の三人も息を吹き返したように昔の姿に戻っていた。

そして二日後。
好々爺の耳に闇に紛れる息が聞こえた。 その姿を確認し、手の中にあった夜泣き鳥の鳴き声そっくりな笛を吹いた。 普通の人が聞けば夜泣き鳥のさえずりだが、聞くものが聞けば敵襲来の合図。

黒山羊でマツリが確認したのは十六人と聞いていたがそれから三人増えている。 その三人を含めすでに十九人の顔は覚えている。 学び舎で教えながら以前の百足のように動いていた。
マツリは百足からではなく享沙から三人増えたと聞いている。 百足は何人増えようとマツリに報告する気はない。 報告したとて何が変わるわけではない、すべてを落とす、ただそれだけで増えようが増えまいが結果は同じなのだから。

マツリの部屋の前に待機していた百足が部屋の戸を叩くと、部屋の中で動いた気配がする。 そして戸越に「来ました」と言うと、部屋の中から「承知した」と返ってきた。
隣りの部屋では床の中で杠が聞き耳を立てていた。 百足が居る以上、杠は動くことが出来ない。 百足に頼るしかなかった。

百足は武官のいる位置は分かっている。 武官に分からないように仕留めなくてはいけないし、その上でマツリを襲わせなくてはいけない。
マツリを襲わせる前に手を出してしまっては元も子もない。
マツリが宿泊しているのは宿屋の二階。 一階は食事処となっている。 この食事処でいつも食をとっている。
素人の十九人は一斉にマツリの部屋に入るだろう。 これが一階だったらもう少し頭を捻ってくれて百足もやりやすかったが、相手は素人、致し方ない。

武官に証人となってもらわなくてはならない。 その為にはある程度の灯りも必要になってくる。 部屋の中で襲われ明りを付けると百足に手出しが出来ない。 そこで百足から夜襲がやって来たら外に出るようにと言われていた。 夜襲をかけてきた者たちに分かるよう目立つようにと。

『承知した』 と言ってから纏めてあった何本もの縄を持ち、部屋を出て階段を駆け下りると外に出る。 そして武官の目に入るところまで行く。 宿屋の店先に照らされている光石で十分見えるだろう。
群青色の皮衣を来た武官がどういうことだと目を丸くしていると、間なしに影から男達が出てきた。
武官にしては思いもよらない人数だった。 マツリからは不審な動きがある、暫く宿の警護を頼むと言われていただけなのだから。 応援を呼びに行く間もない。

「何者だ」

マツリが静かに言う。

「しゃらくせーだよ」

すぐに武官が躍り出てきた。

「へぇー、武官様に護衛をしてもらってたのか。 だが? この人数に勝てるか? たった一人の武官様で?」

男達がマツリと武官を囲むようにして輪になった。

「ほぅー、十九人か。 よくも集めたものだ」

人数を武官に聞こえるように言う。 武官は人数など確かめている余裕などないだろう。 だがこの後を考えると人数の確認が大切になってくる。

「短い間でこの人数だ。 もっと待ちゃー、何十人にもなる。 てめーのしてることをみんなウザがってんだよ」

「みんな? みんなではなかろう。 お前たちろくでもない奴だけであろう」

「テ、テメー!! 好き勝手ほざけるのも今だけだ! おい! やれや!」

そう言った男がマツリに襲い掛かる。 その男の腹に武官が足を入れ飛ばすが、次々とかかってくる。 武官が男達ともつれ合っている時、マツリが一人を昏倒させ捕縛した。 その後ろで「ウグ」「ガッ」などと声が上がっている。
ようやく百足のご登場のようだ。
武官に襲い掛かっていた者たちも、百足が簡単に男達を引き剥がし地に伏せさせた。 その男達をマツリが手際よく捕縛していく。

武官が一人を縄に掛けると好々爺が面白がって「ほい、ほい」と言って腕を固めていた男を次から次に武官に投げかける。
武官は息をつく間もなく、ましてや投げかけられたとは知らず、かかってきた男たちに肘や足を入れ昏倒させていく。

男達は何が起きたのか分からなくなってしまったが、とにかく形勢が悪いことだけは分かる。 どうして十九人もいてたった二人に次々とやられてしまうのか。
残っていた者たちが逃げ出した。 光石の灯りが届かない所で「ギャッ」っと声が上がる。

合計十九人の咎人が出た。
マツリが襲われたのだ、これは宮都に持って行くことだと文官武官から言われたが、マツリにはサラサラそんな気はない。

「武官がよくやってくれた。 我に指一本触れさせておらん、六都内で終わらせる」

マツリに言い切られてしまった。
そんな状態である、武官長総ざらえで咎の言い渡しを聞きに来ていた。
そんな中、証人となった青翼軍(せいよくぐん)の武官は

「なにか、ほい、ほい、という楽しそうな声が聞こえておりました」

などとと証言席でとぼけたことを言って、咎の言い渡しの後に青翼軍武官長から拳骨を落とされていた。

五人を除く十四人の者、この者たちは性質が悪いだろう。 咎を言い渡された者が縄に繋がれて杉山に行く姿を晒されているのもかかわらず、あの五人に乗ったのだから。
この者たちは徹底的にやる。 年単位での杉山への労役。

「それとも焼き印か刺青が欲しいか? ならば宮都へ送ってやるが?」

縄で縛られた十九人を目の前にして言う。
乃之螺がマツリを蹴ろうとした時に、マツリの立場である者を蹴ろうとしただけで相当の咎になると四方が言っていた。
いまその効力を借りている。

「お、お前・・・成功するって言ったな!! 咎にはならないって!」

「テメーらが仕留めなかったからだろうが!! 何人かかってたんだよっ! それでこれか!!」

わざと十九人を一斉に並べ咎を言い渡す。 そうすれば互いを罵るだろう、こういう者たちはそうだ。 そして罵れば矛先が変わる。

「お前! お前のせいでこうなったんだろが!」

「オレのせい? 馬鹿を言うな! 乗ってきたのはテメーらだろ。 ろくな働きもしないでコレだ! テメーら分かってんだろーだな!!」

何を分かれというのだろうか。 暫く自由に話させた、罵らせた。 例の五人に増悪を持ってもらわなければ困る。
そしてその五人は杉山で潰されるだろう。
この五人が学び舎に火を放つと最初に提案したのだから。


「何処で息を吹き返したのやら・・・」

親の脛ばかり齧っていたのだ、大店を潰せば愚息も大人しくなるだろうと思っていた杠が言う。

「それが六都だろう」

明日から杉山に向かう列が更に長くなる。
先に杉山に通わさせていた者たちは、もう反抗する体力も残していないが、新たなこの十九人は縄で繋いでいても、杉山に着くまでに何某かするかもしれない。

「武官四人では厳しいか」

一日往復させるだけで身体がクタクタになるのは分かっている。 翌日には節々が痛み、筋肉痛に喘ぎ、瞬発力さえ失くす。 逃げようにも身体がついてこないのは、今までの咎人で実証済みだ。 全員が全員とは限らないだろうが、鍛えている者などこの六都にはいない。 だが此処を出てすぐは動ける。

「あの十九人には明日だけ別に五人付かせよう。 明日は我も付く」

それで監視が六人増える。

「承知いたしました」

早朝、長い列が出来た。 個々に後ろ手に縛られ、更に腰に巻かれている縄は前を歩く男の腰に巻かれ後ろの男に繋がっている。 十九人の腰が一本の縄で繋がれている。
他の列はまた違う塊となって先を歩いている。
足元に目をやると、右足左足もそれぞれ腰の縄のように繋がれている。 一人でも走って逃げようものならすぐにこけるだろう。 全員が息を合わせて走れば別だが、まず無理な話である。
武官に肩を押されてもダラダラと歩く姿が段々と民の目に晒されていく。

「よー、捕まらねーって言ってたんじゃねーのかー」

「うっせーんだよ!」

「口を開くな!」

武官の叱責が飛ぶ。

「ああなっちゃお終いだね、情けない。 お前も要らないことすんじゃないよ」

隣りに立つ息子に冷たい目を送る。 だがそう考えるのはまだ真っ当な親だろう。

「あの山まで行くんだろ? オレにゃ無理だ」

「引きずってでも行かされるらしいぞ」

「ああ、それから木を切り倒してってことらしい」

「馬鹿をやるだけ阿保らしいってか」

「ああ、アイツらも長いらしい」

「あの火付けと同じくらいか?」

「そこまでいくかどうかは分かんねーけどよ」

「丁度いいじゃねーか、アイツらウザかったんだしよ」

「言えてるな」


小さなイザコザがまだ絶え間なくある。 武官に引っ捕らえられた者が、おおよそ五日から十日前後、杉山に通わされる程度だがそれでも人の入れ替わりが激しい。

「しつこい奴らだ」

気候が穏やかだった時はよかったが、雨が降り続くようになり、ようやく雨も上がったかと思えば、今度は炎天下。
入れ替わりやってくる者もそうだが、杉山に通いつめ体力や筋肉がついてきたといえど、陽の陽射しに倒れられては困る。
文官総出で作った笠がよく役に立っている。


黒山羊で麦酒を口にしている。 この暑い時にはよく冷えた麦酒が旨い。

「東の領土の祭以降、お会いしておられませんでしょう、そろそろ東に行かれてはどうですか?」

「うん? 祭の時には会っておらん」

「は?」

「紫が来なかったのでな」

「会いに行かれなかったのですか?」

「その時、会いたくなかったから来なかったのだろうしな」

「・・・マツリ様」

杠が肘をついて額を掌で覆った。 どうして女心を分からない。

「明日朝から東の領土に飛んでください。 我が妹を愚弄する気ですか・・・」

「愚弄? 馬鹿を言うな」

「宜しいですね! 明日朝からです、夜まで戻って来ないで下さいませ! ああ、あちらで夕餉もとってきて下さいませ!」

「ふむ・・・。 そうだな、改めて父上に会わせるも良いか」

杠の気が萎えそうになる。 だがそこを押して奮い立たせる、どうも言わねば分からないようだ。

「いいえ! 宮にも寄らず、本領内も飛ばず、東の領土で一日をお過ごしください! 宜しいですね!」

そして翌朝、まるでシッシッと追い立てられるように宿を出された。

「どう思う?」

キョウゲンの背の上でマツリが問う。

「求愛行動をされましたら、あとは詰めねばなりませんでしょう。 その様なことを言っておるのではないでしょうか」

それはマツリから流れてこなくても本能で知っている。

「求愛行動・・・って・・・」

マツリがつきたい溜息を我慢した。 キョウゲンは本気で言っているのだから。
だが・・・キョウゲンの言う通りかもしれない。
『マツリは寂しくないの』 と訊いてきた。 宮に来てマツリが居なくて寂しかったと言っていた。

「寂しくさせておったのかもしれんか」

岩山の洞を潜った。


「ん?」

厩に水を運んでいた塔弥が顔を上げた。 キョウゲンが飛んできている。 すぐに領主の家に走る。
いつものところに降り立ったマツリ。 すでに秋我が待っていた。

「このような朝早くに如何されました?」

「ああ、今日は気にしないでくれ。 放り出されただけだ」

「は?」

「紫は」

「あ、このあと辺境に行かれると・・・」

一日遅かったら会えなかったということである。

「辺境か・・・一日伸ばしてもらってもよいか。 それとも何か急ぎのことがあってか」

「いいえ、その様なことではありませんが・・・あの?」

紫揺が居ることは分かった。 マツリが足を動かす。

「ああ、紫とは祭の時に会えなかったから来た。 今は簡単に本領を出られないのでな」

ちょっと言い訳してみる。
領主に紫揺とのことを言いに行った時、秋我もいて話を聞いている。 お付きと呼ばれる者たちも知っているだろう。 紫揺との関係がどうのこうのと、今日がどうのこうのと説明しなくても分かるだろう。
とは言っても、まずは領主の家に顔を出さなくては。

「領主は」

「あ、それが腰を痛めまして、今は臥せっております」

「大事はないのか」

「それは何とも御座いません」

音夜を抱き上げようとした時にグギッと激しい音がしたのだったが、領主の面目が潰れそうである。 それは黙っておいた。

「我が顔を出してもよさそうか」

「大事は無いのですが、首一つ動かせない状態でございまして失礼があるかと思います。 私からよくよく伝えておきます」

「そうか。 では紫の所に行く、場所は分かっておる案内は要らん。 勝手をして悪いが今日の辺境行きは明日にしてくれ」

「承知いたしました」

六都だけでなく本領全ては陽射しが強いというのに、この東の領土は今も春のような気候である。

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