大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第18回

2021年12月10日 21時45分32秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第10回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第18回



すっかり忘れていたカルネラがマツリの懐でリツソの声に気付いて懐から出てきた。

「リツソ!」

一言いうとマツリの胸元からリツソの肩に飛ぶ。

「これ以上宮の者に迷惑をかけるな! 今俺が言ったことを言ってみろ!」

「・・・高い所から跳び下りて歩きました」

「・・・」

リツソに合うように短くして言ったつもりだったが、それでも長かったようだ。 だがリツソの頭を考えるとこの方がリツソらしいか。
どこをどう歩いたなどと問われても本人は歩いていないのだから答えられよう筈がない。 だがしかし、一つだけは念を押さねばならない。

「お前が医者と薬草師、俺と居たことは誰にも言うな。 宮に居たことも。 お前はずっとどこかを一人で歩いていただけだ。 それだけは忘れるな。 父上に迷惑をかけるだけだからな。 強いては母上にもだ」

母上といえば分かるだろう。

「・・・母上?」

「ああ、お前が宮に居るのにそれを隠して宮の者達を三日間も探しに出しておる。 そして今日で四日目だ。 お前ならどう思う、宮に居たのなら探す必要もなかったのにと思わんか。 それを父上に訴えんか? 父上が困られれば母上が泣かれる」

「母上がお泣きになる?」

「ああ」

澪引にリツソ効果は絶大であると同じく、リツソに澪引効果は絶大だ。

「これ以上宮の者をお前探しに手を割かすわけにはいかん。 お前はずっと何日も訳も分からず歩いていた、良いな。 ここから一人で歩いて行け。 誰かに会ったら腹が減ったことは正直に言うがいい」

「一人で?」

「そうだ。 お前は目が覚めた時、知らないところに居た、一人で知らない房から出て一人で歩いてきた。 俺が居てはおかしいだろう」

「目が覚めたのは宮の中です・・・」

「だから宮の事は言うな。 母上がお泣きになると言っただろう。 お前が目覚めたのは知らないところだ。 宮の中の事、医者や薬草師と俺のことは絶対に言うでない。 一言でも言えばお前が母上を泣かせたことになる。 肝に置け」

「我は母上を泣かせたりしません」

「では言うなと言われたことは言うな。 カルネラと一緒なら一人ではないから歩いて行けるだろう」

リツソの進行方向を決めてやり、お尻をポンと叩く。

「必ずこのまま真っ直ぐに歩いて森を抜けろ。 そうすれば宮の者の目につく」

森と言っても馬道以外も手入れをされている。 雑木などが生い茂っていることは無い。

一度振り向いたリツソの目に涙が溜まっていた。 不安なのだろう。 それでも言われたように二歩三歩と歩いて行く。
悪戯をする時には一人になっていても笑っているのに。

リツソに攫われていたなどという情報は入れなかった。 現状は何も知らない方がいいのだから。

「さて、俺はどうやって宮に戻ろうか」

狩衣姿でキョウゲンに乗っていては疑う者は疑うだろう。

「キョウゲン、どこかで小さくなれるか?」

「このまま進んでみます。 どこか広がったところがありましょう」

馬道など飛ぶことがない。 どんな様子かは分からないが、取り敢えず飛んでみるようだ。 馬が通れるように下の枝は枝打ちされているが、上の方はされていない。 縦に大きく回ることが出来ない。 馬道で回れなければ、このまま森を出ればすむ話と考えているのだろう。

「では我は塀を跳び越えるが、誰にも見つからんようにな」

「御意」

キョウゲンはリツソと九十度違う方向に、マツリはキョウゲンと反対方向に進んだが歩き出してようやく違和感に気付いた。 足元をよく見てみると履き物をはいていなかった。

十分ほど歩き並の高さではない塀を乗り越える。

キョウゲンはまだ戻って来ていない。 もうリツソが居るわけではないから作業所に居ても不都合があるわけではないが、マツリ自身が用もないのに作業所に居るのは不自然である。 素早く動き回廊に上がる。 履き物を履くのを忘れていたので小階段の下で足の裏をパンパンと叩くことを忘れなかった。

「さて、紫の様子を見に行かねば」

四方へのリツソの報告は後でもいいだろう。

回廊で忙しく動き回る下働きを目に回廊を進み自室の前に来ると襖を開けた。 部屋に入ると襖を閉める。 内の襖の向こうで女四人が誰が入ってきたのかと不安になっているだろう。

「我だ。 安心せい」

襖の向こうで光石が灯った。 窓は万が一にも誰にも見られないように木窓を閉めていたようだ。 光石で明るさを取っていたが、襖の開く音ですぐに光石に布を被せたのだろう。
襖が半分ほど開けられた。
紅香が手を着いて頭を下げている。

「一度視てみる。 良いか」

頭を上げた紅香が襖一枚分を開ける。

心得ているようで紫揺の布団は腹の下まで下げられていた。 三人が紫揺の足元に座している。
横たわる紫揺の横に座ったマツリが紫揺の頭から順に手を添わす。 確実に先程より体温が上がっている。 単純に温かさが掌に感じる。 五臓六腑の活動も感じられる。 血液が良く流れている。 筋肉の頃合いの良い弛緩も感じられる。 なにより下腹に胆力を感じる。

「ふむ」

マツリが手を下す。

「良い兆候だ。 先程より随分と良い」

四人の顔に喜びが浮かんだ。

「では、このまま紫さまのお身体をおさすりすれば、よろしいのでしょうか?」

「急にというのも考えものだ。 ゆっくりと時を置いて・・・そうだな、先ほどは変化を視たかったから二刻と言ったが、三分(さんぶ:九分)ほどさするようにしてくれ」

「ゆっくりと置く時とはどれくらいでしょうか?」

「ふむ・・・」

女たちも疲れているだろう。 きっと一睡もしていない筈。 体力を使わせるのも考えものだ。

「二刻・・・いや、一辰刻(いちしんこく:二時間)おきでいいだろう。 それだけでも随分と変わるはずだ。 明後日などではなくなるだろう。 上手くいけば明日の朝には気付くかもしれん」

そして世和歌と丹和歌には朝餉を食べに行き、上手く彩楓と紅香の朝餉の分をここに持ってきて二人が食し、睡眠を交互にとるように言い置き部屋を出て行った。

リツソの部屋を覗いたが、キョウゲンはまだ戻っていないようだ。
キョウゲンが入れるようにそのまま襖を開けておく。

四方の部屋の前に行くと既に従者がズラリと座っていた。
着替えも終わっているのだろう。

「父上にお目通りしたいが」

末端に座していた者に言う。

「お待ちくださいませ」

そう言うと襖の前に座していた従者の一人に目顔を送る。

「マツリ様に御座います」

従者が言うと中にいた側付きが四方に伝える。

「入れ」

四方の声が聞こえた。

「どうぞ」

襖の前に座していた従者が襖を開ける。
居並ぶ従者の前を歩き部屋に入ると襖が閉められた。 丁度、側付きに最後の一枚を後ろから広げられているところだった。 四方が手を通しながらマツリを見る。 マツリが四方に近寄り外に漏れないよう小声で言う。 もうこの側付きを疑っていないということだ。

「完全に目覚めまして先程、裏の森に放ちました」

四方が頷く。
側付きが襖の方に下がり座す。

「もう一方は良きように運んでおります」

紫揺の事である。
もう一度四方が頷く。

「すぐに誰なとが見つけるとは思いますが、母上にはどう致しましょう」

「澪引か・・・」

通した手で顎をさする。

「マツリのお蔭で食することも出来たからな。 こうなっては急ぐこともあるまい」

言わなくてもいいということだ。
常なら考えられない事である。 愛する我が奥、澪引にそんなことを言うなどと。 だがそう考えるのは四方である二つ名の “死法” の考えるところなのかもしれない。
リツソがまだ見つかってもいないのに、澪引が喜んでしまっては困る。 澪引には自然体でいてもらおう、四方はそう考えているのだろう。

「承知いたしました。 母上の様子を見て参ります」

「そうか、頼む」


澪引の部屋の前にも従者が並んでいた。
側付きが見えないということは中に入っているのだろう。

「入っても良いか」

四方の時のように末端に座っていた従者が襖の一番近くに座っている従者に目顔を送る。

「マツリ様に御座います」

襖をそっと開けると下を向いて言う。

「お方様、マツリ様に御座います」

中にいた側付きが澪引に伝える。

「マツリ? ・・・入って」

澪引の声が小さく聞こえる。
襖の外に居た従者が襖を開ける。
頭を下げている従者の女達の前を歩き、開けられた襖から部屋に入る。

澪引は椅子に座っていた。 布団の中ではない、少しでも調子が戻ってきたのだろうか。

「母上、お加減はいかがですか?」

側付きが身を下げる。

「ええ、随分とましだけど・・・」

頬に残る涙の筋はマツリが来たからと、慌てて拭いたのだろう。

「立ってないでお座りなさい」

頷いたマツリが澪引の横の椅子に座る

「朝餉はお食べになりましたか?」

コクリと澪引が頷く。

「お薬は?」

「喉を通り辛くて・・・」

「すぐに用意を」

側付きに言う。
側付きが用意していた薬の入った包みと水差しから入れた湯呑を卓に置く。
マツリが包みを開け澪引の手に持たせる。

「さ、母上、お飲みになって下さい」

「でも・・・」

「飲まれなくては良くなるものも良くなりません」

澪引が諦めたように溜息をつくと、そっと包みの中にある粉薬を口に入れた。 湯呑の水を口に入れると飲みにくそうに眉を寄せる。 だがそれも美しい。

コクリと喉を通した。
ほぅ、っと息を吐く。
側付きも安堵した表情を見せマツリに頭を下げている。

「たまには外にお出になられませんと。 中にばかり居られては気が沈んでしまいます」

「・・・リツソのことを考えると外になど」

あまり澪引にリツソのことを話されては困る。 宮に戻ったリツソを医者が治療をするためにと澪引から離したが、側付きたちにしろ従者達には、リツソは行方不明ということになっているのだから。 だがそれを知らない澪引である。

「少しでいいので我と回廊に出て外の空気を吸いましょう」

マツリが立ち上がり澪引の手を取る。

「でも」

マツリを見上げる。

「少しだけです」



「まったく、兄上は何を考えておられるのか」

「アニウエ? ・・・イウナ?」

さっきマツリがそう言っていた。

「・・・分かっておるわ。 しかし腹が減った。 カルネラ、何か食える実でも無いか?」

「・・・クエル」

カルネラが辺りの木に目を走らせる。

「クエルー」

嬉しそうにリツソの肩を降りると走って木に登った。 木の枝がガサガサと揺れカルネラが頬いっぱいに実を入れる。
リツソの元に戻ってきたカルネラ。 リツソがしゃがんで両手を広げる。 カルネラが頬に入れていた実をリツソの掌の中に出した。

「クエル、クエル」

それは到底リツソに食べられるものではなかったが、気休めに一つを口に入れ飴玉のように口の中で転がした。

「残りはカルネラが食べるといい」

掌に実を乗せたまま立ち上がる。 カルネラが上ってきてリツソの手に座ると掌いっぱいにある実を一つずつ食べ始めた。

「喉が渇いたなー」

真っ直ぐに歩けとマツリから言われているが、本当にこのまま歩いて森を抜けられるのだろうか。

森には一人でたった一度だけ入ったことがある。 北の領土に向かった時だ。 森の中で迷子にならないようにと、横を見ることなく真っ直ぐに前を見て歩いた。 誰に言って出てきたわけではなかった、誰の手を借りるつもりもなかった。 誰にも見つからないようにハクロの走った馬道は歩かなかった。 見つかるかもしれないから。

「腹が減ったし、喉が渇いたし・・・」

涙が頬を伝う。 手で涙を拭くが止まることがない。

「リツソ?」

リツソが口に入っていた実をプッと吐いた。

「オカワリ?」

カルネラが一つ手に取るとスルスルとリツソの手を上がっていき、手に持った実を無理矢理リツソの口の中に入れる。
リツソの鼻から汁が垂れる。

「リツソ?」

垂れてきた鼻汁がリツソの口の中に入った。

「シル、ウマイ?」

「び・・・」

「リツソ?」

「びえーん、びえーん」

とうとうリツソが泣きだした。 口から掌から実が零れ落ちる。
カルネラにしてみればリツソが泣くことなど慣れたものだし、泣けばいつも誰かが来てくれる。 だがここには誰も相手にしてくれる者がいない。

「ぶわぁーん、ぶわぁーん」

カルネラがちっちゃいちっちゃい脳みその外側に手を充てると中にあるちっちゃいちっちゃい脳みそをフル回転させる。
そして思い出した。

「カルネラ、イイコ!」

紫揺がカルネラに言った言葉だ。 いい仔と言って頭を撫でてもらった。

「リツソ! リツソ、イイコ!」

リツソの頭の上に上がり、リツソの頭を撫でてやる。

「リツソ、イイコイイコ」

「ぶわぁぁぁーーーんん!!!」



遅めの朝餉を終えたマツリ。 四方はとっくに食べ終えて執務室に入っている。 官吏たちも続々とやって来て皆仕事に就いている。

食べ終わったマツリが茶を前に腕を組んでいる。
下働きの男たちは既にリツソを探しに出ているのに、リツソが見つかったという話が耳に入ってこない。

(あの馬鹿、まだ森を出ていないというのか)

明るい内なのだから森の中くらい一人で歩けると思ったが、己の考えが甘かったのだろうか。
それに何度もリツソの部屋を見にいくがまだキョウゲンが戻って来ていない。 キョウゲンも気になる。

「如何なさいましたか?」

給仕の女官が声を掛けてきた。 茶を前に腕を組んで微動だにしていなかったからだろう。

「・・・あ、ああ、ちょっとな」

もう冷めた茶を一気に飲み干すと「美味かった」と言い残し席を立った。

女官にしてみればリツソに厳しいマツリではあるが、やはりリツソのことを心配しているのだろうと思った。 マツリが心の中でリツソに『あの馬鹿』 などと悪態をついていることなど知りもしないのだから。
眉尻を下げマツリが飲んだ湯呑を下げた。


見張番のことを調べに行きたいが、リツソのことを放っておくわけにはいかない。 それにリツソが見つからなければ、ウロウロと見張番のことも調べることさえ出来ない。 リツソを探すふりをしなければいけないのだから。
だがそのリツソがまだ見つけてもらえていない。 迷子になったのだろうか。 これは本格的にリツソを探さなければいけないだろうか。

考え事をしながら回廊を歩くその足はリツソの部屋に向いている。 キョウゲンが戻っているかどうかを見に行かなければ。
開け放たれた襖の手前に来ると丁度キョウゲンが飛んで入ってきた。

「やっとか・・・」

心配していた気を下げる。
奥の部屋、畳の部屋に置いてある止まり木に止まったキョウゲン。
襖を後ろ手で閉めるとキョウゲンの止まり木の前に座った。

「心配したぞ」

「申し訳御座いません」

時をとったのは自覚している。

「広い所に出られなかったのか?」

「いいえ、出られたのですが、そこで・・・」

馬道で木々の枝が少ない所を見つけ、身体を小さくしたすぐ後、馬が走って来るのが見えたという。 見つかってはいないかと心配になり、森の中に入って木に止まっていると、見張番二人が馬でやって来てその後を遅れて官吏一人が歩いてやって来て森の中に入り話しをしだしたという。

見張番は見張番用の衣装が決まっている。 衣裳だけで見張番とすぐに分かるし、官吏の方は私服ではあったが、口調や話の流れから文官だと分かったという。

「着替えることもせず見張番の姿のままとは」

誰に見られているか分からないというのに、呆れて開いた口が塞がらない。

「見張番の中で諍いが起きているようです。 一人を辞めさせ新しい者を増やすように文官に言っておりました」

「その三人の顔は見えたか?」

「残念ながら文官の顔は後ろを向いていたり枝の陰になって見えませんでしたが、一人の見張番は見えました」

森の中は外と違ってさほど明るくない。 ましてや秘密ごとを話すのだ、葉が生い茂った人目につかないところを選んだのだろう。 だがその程度ではキョウゲンの目で見られたということだ。

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