大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第17回

2021年12月07日 00時20分22秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第10回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第17回



夜の回廊を怪しい影が動いている。

彩楓がマツリの前を歩く。 角ごとに先に歩き前方を確かめる。 後方は紅香が目を光らせている。 そしてマツリの腕には紫揺が抱えられている。

最初マツリが紫揺を抱き上げた時には “最高か” が顔を引きつらせていたが、板戸などに乗せて運んでは誰かが急に来た時に隠れられないではないか、とマツリに言われてしまった。
最善を尽くし紫揺の身体はマツリが紫揺を視た時に使ったシーツにくるんでいる。 そうすれば少なくとも直接肌に触れるものではなくなる。

なんとか誰に会うことなくマツリの部屋に入ることが出来た。 中では世和歌、丹和歌姉妹が待っていた。
部屋の中の襖で仕切られた右手奥の畳間の部屋の隅、外から襖を開けても見えないところに布団が敷かれている。 そこに紫揺を下す。 すぐにシーツを取って布団をかける世和歌と丹和歌。

「時々見に来るが、頼む」

四人が手を着いて頭を下げる。

巣と止まり木ごとキョウゲンが居ない。 すでにリツソの部屋に移動しているのだろう。
となると、他の者に見つからないように、リツソの部屋の掃除を世和歌と丹和歌に頼まなければいけないか。 弟恋しさに兄が弟の部屋で寝起きしているなどと、勘違いをされたくはない。 そんなことを考えながらリツソの部屋に向かった。

リツソの部屋に入るとカルネラは天下泰平の姿で巣で寝ていた。 キョウゲンは止まり木に止まってマツリを迎えた。


翌朝一番に真丈をリツソの部屋に呼んだ。 己の手伝いをさせるにあたり、本来の仕事を疎かにしているので、せめてリツソの部屋だけは世和歌と丹和歌にしてもらうと告げるためであった。

「悪いな、勝手に女官を使わせてもらって」

「とんでも御座いません、何なりと御用をお言いつけ下さいませ。 マツリ様は従者を持たれておられないのですから、ご不便なところが御座りましょう」

「よく気がついてくれるので助かる」

真丈が胸を張って頷く。 自分の教育に自信がある。

「今日はこのように早くからリツソ様のお房をお訪ねで御座いますか?」

「ああ、母上がリツソを恋しがっておられるから、何かお元気になってもらえるものは無いかと探しにな」

「まぁ、お手伝いをいたしましょうか?」

「いや、一人でゆっくりと探す。 気にしないでくれ」

「そうで御座いますか・・・」

「朝の忙しい時に呼びつけてすまなかった」

マツリが襖に手をかけたのを見た真丈が恭しく頭を下げるのを見て、リツソの部屋に滑り込み襖を閉める。 そして襖越しに真丈が歩き去る音を聞くとその場に座り込んだ。

「朝から疲れる・・・」

真丈はシキの側付きの昌耶(しょうや)とは違って女官たちを仕切っている。 マツリより随分と年上どころか、四方とそんなに変わらない歳である。

リツソさえこの部屋に戻って来られたら、リツソの守りということで堂々とこの部屋にキョウゲンと居られるものを。

「要らぬ疲ればかりしているのではないだろうか・・・」


まだ夜が明ける前にリツソの様子を見に行っていた。 じっと目を開けていたがまだボーっとしていた。
問いには応じるが、ボーっとしたまま僅かに首を動かしたり、短く答えるだけだったが、途中で目を塞ぐことなく何度か茶を飲むまでになり、昨日より随分と良さそうだった。


朝が始まっては簡単に作業所には来られない。 宮の者がリツソを探しているとは言え、探しに行くその前に宮の掃除や朝餉の準備など、やらなければならないことがある。 そこここに下働きの者達がいるし、ある程度になれば宮内に官吏もやって来る。

薬草師にはリツソがはっきりとしたら、己はリツソの部屋か己の部屋に居るだろうから知らせに来てくれと、もし己が居なければ己の部屋には紫と共に居た女官二人が居る。 その者に伝言を残しておいてくれと言いおいて作業部屋を出た。

リツソの部屋の中で視線を上げると襖の向こう、奥の部屋で巣の中にいるキョウゲンがすやすやと眠っているのが見える。 本来ならばこれからキョウゲンの睡眠時間が始まるのだ。 一時はキョウゲンにかなり無理をさせ北の領土に飛んでいた。
目を移すとカルネラが寝ている。

「まだ起きんか・・・」

キョウゲンの睡眠時間が始まると反対にカルネラの睡眠時間が終わるはずだというのに。
カルネラの一日の行動が分からない。

「いや、そんなことを考えるから要らぬ疲れになるのか」

カルネラはリツソの供なのだからマツリが介入する必要などない。
重く感じる腰を上げ立ち上がった。 紫揺の様子を見に行かねば。 襖を開けると自室に向かう。
リツソとマツリの部屋は遠く離れているわけではない。 すぐに自室の前に来た。 部屋の前には丹和歌が座していた。

「どうだ」

小声で訊く。
マツリの姿が見えた時点で既に中にいる世和歌にマツリがきたことを伝えている。

「お入りください」

丹和歌が襖を開ける。
中に入ると世和歌が座していた。 すぐに襖が閉められる。

「どうだ」

手を着き頭を下げている世和歌に、再び同じ言葉を姉妹の姉に問う。

マツリにしろリツソにしろ同じような部屋である。 襖を開けると正面の壁沿いに障子の付いた窓があり、その横には棚が並んでいる。
マツリの場合はそこに書をぎっしりと詰め込んでいるが、リツソの場合は水鉄砲や怖い顔をした自作のお面や、蛇や蜘蛛に似せたこれまた自作の簡単に言えば玩具が並んでいる。 ちなみにマツリの部屋は左を見ても書が並んでいるが、リツソの部屋はそこに壁があるだけである。

足元は板間でそこに座卓を置いている。 以前マツリが拳を二度入れて真っ二つに割った一枚板の檜の座卓は新しいものに替えられている。

中に入ると右手は襖で仕切られその奥に畳が敷かれた間がある。 板間の窓と同じ面には障子付きの窓がありその障子は閉められている。 窓の向かい面の隅、壁側に紫揺が寝かされている。
中央の襖の一枚だけが開かれている。

「お変わりは御座いません」 

肩の落ちる返事を聞かされた。

「様子を見てもよいか」

横たわる紫揺に近づいてもいいかということである。
世和歌が奥に臥している紫揺に付いている彩楓と紅香を見ると二人が頷いた。

「どうぞ」

身を引く必要がない広さだが、世和歌がマツリが通りやすく身を引く。
襖を抜けたマツリが紫揺の元に足を向ける。 彩楓と紅香が紫揺の身から離れる。

「起きる様子は無いか」

「残念ながら・・・」

「身体・・・指一本でも動いたか」

彩楓と紅香が目を合わせ、互いに首を振る。

「わたくしたちの目には映りませんでした」

「布団を胸元まで・・・いや、腹の下辺りまで下げてくれ」

「え・・・」

「再度視る」

“最高か” が目を合わせた。 『再度見る』 と言われても、紫揺の布団をめくるなど。
マツリが魔釣の目を持っているのは誰もが知っている。 だが他の目・・・他の手を持っていることなど誰も知らない。
マツリの部屋に来る前に、マツリが紫揺の身体に手を添わせていたのは知っているが、それが何かは分かっていない。

「ですが・・・」

「今は必要のあることをせねばならん。 あれこれと考える前に紫の状態を知ることが先だ」

“最高か” が一度頭を下げ互いに見合い小さく頷き合う。 彩楓が再度紫揺の横に座るとそろりと紫揺の掛け布団をめくった。
この絶妙タイミングで互いを見るあたり、世和歌と丹和歌姉妹には到底まだできないであろう。

マツリが紫揺の頭に掌をかざす。 そこから徐々に下げていく。 胸元まで来ると左右の腕にそして手を戻すと胸から腹に下ろした。 今回は足までは視なかった。

「ふむ・・・」

「紫さまは・・・」

「かなり腹に力が戻ってきておる。 足を視なかったから分からんが、これだけ腹に力が戻れば・・・遅くとも明々後日、早ければ明後日には回復するだろう」

“最高か” が瞳を輝かせた。 “最高か” だけではない、離れていた世和歌も重ねていた己の両手を握りしめて喜んでいる。

「だが」

マツリの声が飛んだ。

「それまで寝たきりというのは考えものだ」

三人が一瞬の喜びの光を消す。

リツソのように声を聞かせるなどという手法とは全く違う何か手は無いか。 前に視た時と何かが違うはずだ。
記憶を遡らせる。

(何が違う・・・)

違いを考えろ。 紫揺に添わせていた右手を己の口元にやる。
六十ほどを数えた時マツリの顔が上がった。

「温かみ・・・」

体温が上がってきている。 それは紫揺の身体に添わせた掌が感じていた。 それを思考が捕らえた。

「ゆっくりで良い、紫の身体を、手や足、背中をさすってやってくれ」

え? という顔をマツリに向けた三人。

「紫の身体を温めてやるのが一番だ。 それが紫の回復につながる」

マツリの言いたいことが分かった。

「まずはすぐに四人で二刻(にこく:一時間)ほど、そのあともう一度視る。 我はあちらに居る」

ほんの少し前に時を知らせる鐘が鳴っていた。 鐘は二刻ごとに時の数だけを鳴らし、その間の一刻(三十分)毎に一度だけ鳴らされている。

世和歌が襖の外を見張っていた丹和歌を呼び二人で紫揺の元に来た。
マツリが畳の間から身を引く。 板間の座卓の前に来ると畳の間に背を向け胡坐で座る。 手は組んでいる。 己に間違いが無いかと再度思考を巡らせる。
その後ろでは襖が閉められ四人が紫揺の身体をさすりだした。

それから十五分ほど経った時、襖の外からマツリを呼ぶ声が聞こえた。 薬草師の声だ。

「入れ」

襖が開けられ薬草師が入ってくる。 常なら入ることも開けた襖を閉めることもないが、内密の話しである。 襖を閉めると両手をつき頭を下げたまま言う。

「御前に進んでよろしいでしょうか」

「近くに」

マツリが声を殺して言う。

薬草師が立ち上がり、マツリから半身後ろにずらして横に座る。

「完全とはまだ言い切れませんが目が覚められました。 今、薬草入りの粥を食べて頂いております」

マツリが肩越しに薬草師を見る。

「完全ではないというのは」

「以前のリツソ様のようにということで御座います。 頭の中はスッキリとされ、身体の重みもなくなったと仰られておられます」

「以前のリツソに戻ってもらっては困る。 それでは人並みになったということだな?」

「然に」

「まさか今リツソ一人ではなかろうな」

「医者が付いております」

「あれが元に戻ると手が付けられん。 まだ下働きの者がウロウロしておるし・・・。 作業所の方はどうだ、職人が来ておるか」

「こちらに来る時には見かけることは御座いませんでしたが、リツソ様がお目を覚ませられます前には、作業房に入る者こそおりませんでしたが、朝餉の後には職人の幾人かが来ておりました」

一瞬考える。

「キョウゲンで飛ぶ。 リツソを作業所のキョウゲンが掴みやすい所に出しておいてくれ。 万が一職人が来た時には諦めて房に戻すよう。 リツソがぐずれば我の名を出せば黙るだろう。 今すぐに」

「承知いたしました」

薬草師が頭を下げるとすぐさま部屋を出て行った。

「誰か」

内の襖に向かって言う。
すぐに紅香が僅かに開けた襖から顔を出した。

「二刻過ぎれば手を止めよ。 我が視る気でいたが、ままならなくなった。 用を済ませたらまた視に来る。 ここには誰も来んはず、外に付く必要はない」

マツリが立ち上がる。

「承知いたしました」

紅香が手を着いて頭を下げる。
自室を出たマツリがリツソの部屋に戻った。
カルネラが腹を上に向けてボーっとしている。

「カルネラ」

マツリの声にキョウゲンが目を開ける。
ピィ! っと鳴いて180度向きを変えブルブルと震えているカルネラをつまむと懐に入れる。

「キョウゲン悪いが頼めるか」

キョウゲンが首を何度も傾げている

「キョウゲン?」

カルネラと一緒に居ておかしくなったのかと一瞬不安になる。

「そのお姿で、で御座いますか?」

下を向いて己の姿を見た。 夕べ湯浴みの後に着た狩衣姿のままだった。 飛ぶときの姿ではないし、これでは必要以上に風を受けキョウゲンが飛び辛くなるだけである。
おかしくなったのはキョウゲンではなく己のようだった。 着替えるという事を完全に失念していた。 マツリが口を歪める。

「今から着替えても時がかかってしまうか、仕方ない悪いがこのままで行く」

「御意」

キョウゲンが開け放たれていた襖から飛び立った。 外に出て縦に円を描く、その間に身体を大きくしている。
部屋から出てきたマツリが勾欄を蹴る。

いつもの姿と違うマツリがキョウゲンの背に乗って飛ぶ。 青色の狩衣が風に煽られ、いつもなら首の下に括っている銀髪が、高く括り上げられた位置から風に乗る。

「作業所にリツソが居るはずだ、掴んでくれ。 その後はリツソを誰にも見つからないよう森の中に入ってくれ」

「御意」

作業所では誰かいないかはマツリが見なければならない。 こんな朝っぱらからではキョウゲンよりマツリの目の方が利く。

高く上がったキョウゲンが作業所の上空に現れた。 これが夜ならキョウゲンの姿は闇に隠れるが朝早くにあっては目立って仕方がない。 とは言え、朝の忙しい時、誰も上空を見上げることなどない。

マツリが作業所の周り、あちらこちらに目をやる。 作業所には誰もいないようだ。 建物の前にはリツソが立っている。 医者と薬草師が作業所に誰か来ないか見張っているのが見える。

作業所は宮内の裏側に二棟あってその間にリツソが立っている。 一棟が宮の裏にある森を背にし、互いに向かい合っている。 森に入るに一番人に見つからないであろう。

「よし、頼む」

「御意」

キョウゲンが滑空していく。 その足でリツソを掴むと足を曲げ、出来るだけその身の羽の中にしまい込む。
上空に飛ぶことなく作業所の屋根すれすれを飛んで塀を越えるとそのまま森に入り込んだ。
大きな身体が故、羽が木々に当たらないように、馬道に入り枝打ちされている木々の下を飛ぶが、それでも身体を斜めにして飛ばなくてはいけない。

「この辺りで」

マツリが跳んだ。
キョウゲンが片足を上げたまま舞い降りる。
マツリがリツソの身体を受け取りキョウゲンがリツソの身を足から離す。

下の枝こそ枝打ちがされているが、上の方には枝が伸び覆い被さっている。 この辺りで大きく縦に回れるところはない。 大きな姿で地面に居るしかない。

「兄上?」

よくぞキョウゲンの足の中で叫ばなかったことと思う。 これが完全に回復していれば叫びたくっていたであろう。

「医者か薬草師から何か聞いたか」

「えっと・・・、三日と半眠っていたと。 だから粥しか食べてはならないと。 ですが我は腹が減っております。 だから飯を持って来いと言ったのに、医者が大きな声を出すなと言うし、出て行ったと思った薬草師は戻って来て外に出ろと言うし! 腹が減っておるのじゃっ! って言ったら兄上のご命令と言うし、我は訳が分かりません!」

ちゃんと説明しろと言わんばかりの目をマツリに向ける。
良いのか悪いのか、この短時間にかなり回復してきたようだ。
あとで医者と薬草師に改めて謝らなければいけないかと思いながら、リツソの完全回復が目の前まできているのだと分かる。

―――だから

ゴン。

鈍い音が鳴った。

「イッテー!!」

リツソが両手で頭頂部を押さえる。

「たわけたことを言っておるのではないわ!」

マツリの懐でカルネラがピィと鳴いた。

「お前のせいでどれほどの者に迷惑をかけたと思っておるのだ!」

そんなことを言われても己から迷惑など掛けた覚えなどない。 言い返すことも出来なければ涙目で頭をさすることしかできない。

「毎日毎日、宮の者が宮の外までお前を探しに出ておる!」

納得しがたい。 己は宮の中にいたはずだ。 だから医者や薬草師が居たのだから。 何故その己を宮の外に探しに行かねばならないのか。

「今から言うことを憶えろ。 しかりと聞け」

未だに頭の上に両手を置いたまま涙目で上目遣いにマツリを見る。

「お前は気付いたらどこかの中にいた。 板を蹴破り、沢山転がっていた物を足場に天窓から屋根に出た。 そこは高かったが簡単に下に降り、誰にも見つからないよう囲いの外に出た。 あとは何日どこをどう歩いたのかは覚えていない。 これだけを憶えろ」

「腹が減って覚えられません」

ゴン。

再び鈍い音が鳴った。

「ッテー!!!」

間違いなく同じ所に命中した。
鏡餅が出来上がった。

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