大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第190回

2023年08月07日 21時34分33秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第190回



大門に行くと前回付いてくれた武官が二人待っていた。

「紫さま! お咎めがないようにして下さり、有難きこと・・・」

「どれだけ感謝を申し上げても足りぬことで御座います」

でっかい武官二人で足元に泣きつかれた。 えっと、これは元を作った・・・自分の罪か?

「あははー・・・」

声だけで笑うしかない。

前を百藻が歩き後ろから瑞樹が馬を曳いてやって来た。 前回乗った馬と同じ月毛の馬である。 相変わらずとても綺麗だ。

「武官さんには何の責任もありませんから。 今回もお願いします」

紫揺の言葉に武官二人が立ち上がり、そうだと思い出した。 ここで見張番から言われたこと。 改めて今にしてよく分かった。
・・・今日はどうなるのだろうか。

「はい、こちらこそ」

「今回はきちんと昼餉をとります」

アバウトだが大体の距離感は分かったし、前回と違い行く先の六都のことも知ることが出来ている。 前回のようにとばさなくてもいいだろう。
瑞樹が出してきた台に乗り馬にまたがる。 いつもなら台なしで騎乗しているのに、やはりスカートは扱いにくい。
顔を歪めながらスカートが翻らないようにしている紫揺を見て “最高か” と “庭の世話か” の目がより一層輝く。
その四人と見張番に見送られる中、額に額の煌輪を揺らせながら大門を出る。

大門が閉められるとすぐに四人が踵を返し大階段を駆け上がって行った。 吹っ飛ばされた履き物を下足番が拾いに行く。
間違いなくこの四人は紫揺の影響を受けている。

武官たち二人は紫揺のトンデモを一度経験している。 少々のことでは驚かないつもりだったが、逆に急に馬首を変え馬を下りると裾を上げ川に足を突っ込んだり、鞍の上に立ち上がるということも無く、首を傾げている。 ましてや「どこかお身体の具合が宜しくないのでしょうか?」などと尋ねてしまう始末であった。
紫揺にしてみれば、あの時は暑かったから川に足を突っ込んだだけで、今は暑くはない。 鞍の上には立ちたくても立てない衣裳であるという立派な理由があるというのに。

昼餉を辞する武官達を説得し、ましてや同席でゆっくりと昼餉をとり、余裕ブチかましで夕刻を過ぎた頃には六都に着くことが出来た。
(昔なら、あんまり知らない人と一緒にご飯を食べるなんて考えられなかったのにな)などとボーっとした時もあったというのに。 武官が大人しくしている紫揺を見て選ぶ道を変えたのが大きかったようである。

まずは文官所に足を運ぶ。 有難くも歓迎を受け挨拶を済ませるがマツリも杠もいない。

「マツリ様も杠殿も出ておられます。 戻って来られるまでこちらでお寛ぎ下さいませ」

ささっと、帆坂が茶を出してくる。
その後は紫揺の似面絵描きの事や書の話に移っていったが、入口でドヤドヤと声がする。 何事かと一人の文官が戸を開けると武官たちが流れ込んできた。

「これはこれは文官殿、紫さまの一人占めとは如何なことでしょうか」

紫揺を送ってきた宮都の武官達から聞いてきたのか、巡回に回っていた武官が紫揺を目にしたのかは分からないが、武官所に挨拶に行かなかったことが悪かったようだ。

「あ、すみません、遅くなって。 落ち着いたらご挨拶に伺おうと思ってました」

「ご挨拶などと、勿体ない」

そこに文官が入ってくる。

「武官殿は巡回の途中なのでは御座いませんか? ここで足を止めていても宜しいのですか?」

やばい。 悪い雰囲気が流れてる。

「あー! えっとー! そろそろ文官さんのお仕事は終わりですよね。 これ以上お邪魔をしてもなんですので、武官長さんにご挨拶をしてきます。 お話楽しかったです。 美味しいお茶を有難うございました」

止める文官たちを背に後ろに武官を従わせ、とっとと文官所を出るとそこに杠が帰ってきた。

「紫揺ぁぁーあー紫さま!」

「杠!」

「来たのか! ですか!」

「うん、今から武官長さんにご挨拶」

「お供いたします」

後ろの方で舌打ちが聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。 いや、今もまだ聞こえている。 気のせいどころか完全に聞こえるように打っている。
背中に舌打ちを何度も受けながら武官所に入り武官長に挨拶を済ませる。 武官長室を出ると丁度交代の武官たちがゾロゾロと武官所に入ってきた。

「紫さま!」

「いらしておられたのですか!」

「お久しぶりで―――」

最後まで言わせることなく、武官達に取り囲まれそうになったところを杠が紫揺の手を取りすり抜けていく。
まさかそんなことは無いだろうが、今日から歓迎の呪詛が始まるかもしれない。 考えただけで眠れない気がする・・・。

とっとと紫揺を宿の部屋に入れる。 もちろんマツリの部屋に。 部屋の主不在であるが、杠の部屋に入れることは憚られる。

「腹は空いてないか?」

「うん、ちゃんとゆっくりお昼・・・昼餉も食べたから」

お昼・・・その後にどんな言葉が続くのだろうか。 日本というところの言葉。 己の気付かない所でこうして紫揺はやってきていたのか。 ずっと。

「そうか。 マツリ様はあと二刻(一時間)もすれば戻って来られる。 それまで待っていられるか?」

「うん」

どうしたのだろうか、いつもの杠と違うような気がする。

「杠どうしたの?」

「うん? どうもしていないが? いつまで居られる?」

気のせいだったのだろうか。

「五日は戻らないって言ってきたけど、今日で二日目だから・・・どうしようかな」

「そうか、マツリ様も一日くらいは・・・」

ああ、どうだろうか、などと一人で言っていると、ドンとぶつかられた。 紫揺が抱きついてきていた。

「うん? どうした?」

「久しぶりだから」

「そうか」

応えるように抱きしめてやる。 上から見る紫揺の額に額の煌輪がゆらゆらと揺らめいている。
マツリと一緒に居させてやりたい。

「硯の方どうなった?」

抱きついたまま上を向いて問いかける。

「まだまだ使い物にはならんが毎日作ろうと励んでいる。 宿所も造ってな、朝から頑張っているようだ」

促して紫揺を座らせる。

「使い物になる頃には岩石が無くなっちゃうってことない?」

「さすがにそれは無いだろう」

「明日見に行っていい?」

「少しはマツリ様とどこかでゆっくりすればいいだろう」

「さっきは一日くらいは、ああどうだろうかって言ってたのに? 今日はマツリどこに行ってるの?」

「杉山だ。 咎を受けて杉山通いをしていた者たちが杉山に残って働いているからな、問題を起こさないかどうかを見ておられる。 数人が何回か問題を起こしかけたそうだが・・・一日くらいは何とかなるだろう」

「そうなんだ・・・じゃ誰も硯の山の方を見に行ってないの?」

紫揺の言う硯の山とは岩石の山のことである。

「毎日俺が見に行ってる」

「じゃ、明日一緒に行こうよ」

「紫揺、聞いていたか? マツリ様との時を取らないでどうする、マツリ様にお会いするために来たのだろう?」

「うーん、それもなくは無いけど・・・どっちかって言ったら領主さんの顔を立てなきゃって」

「なんだそれは・・・」

「硯の事なら私も少しは分かるから。 あ、作り方じゃなくて仕上がった後の感触だけどね。 それに興味もあるし。 なにより六都の為になるんでしょ? ちょっとくらいお手伝いする。 出来るかどうかわかんないけど」

そう言われれば見事な達筆であった。 何度も墨をすって硯には慣れ親しんでいるのだろうか。

「マツリ様の役に立ってくれるということか?」

「・・・ん、まぁ、そんなところかな? マツリと杠の役に立てればいいかなって。 役に立てるかどうか分かんないけど」

相変わらず素直ではない。

そうこうしている内にマツリが戻ってきた。 戸を開ける前から紫揺の声に気付いたのだろう、思いっきり勢いよく戸を開けると座っていた紫揺を抱え上げた。 器用にクルリと紫揺の体勢を変える。 パンダ抱き、ぬいぐるみ抱き、なんと言おうが縦抱きに。 そっくり返る紫揺を無視して抱きしめる。

「いつから来ておった」

「そこそこ前。 夕刻が終わりそうな頃かな?」

「抱擁が終わりましたらちゃんと紫揺を下ろして下さいませ。 そうそう、マツリ様を待たれて夕餉もまだで御座います。 紫揺、長引くようであれば大声を出せばすぐに来る」

文官長の部屋の時のように長々とやられてしまっては紫揺の血の巡りが滞る。 開けっ放しの戸から出て行くときちんと戸を閉める。

「相変わらず忙しそうだね」

「そうでなければ東の領土に飛んでおる」

「杠から聞いたけど、今日は杉山で問題は起きたの?」

相変わらずだ。 どこの女人が男の仕事のことを気にするだろうか。 民の中には居るかもしれないが、それは少なくとも生活がかかっているということがあるから。 だが宮ではそういうことは一切ない。 女官たちも然りである。

「少々な、力山が上手くまとめてくれた」

もう一度紫揺をギュッと抱きしめるとストンと下ろす。 今日は血の巡り不通地獄には遭わなかった。 杠が言ってくれたからだろう、あれは辛い。

「疲れたでしょ、夕餉を食べよ」

しっかりと杠の隣の席に座った紫揺と三人で宿の一階で夕餉をとっている。 マツリからは杉山のこと、杠からは硯の岩石の山のことをしっかりと聞きながらの食事となった。
部屋に戻って湯浴みを済ませると、マツリと杠が酒を傾け、紫揺が茶を飲みながらたった一日だけだが宮都であった話をした。

「ほぅ・・・鈴の花か」

「言われてみれば・・・そうかもしれませんか」

酒杯を傾けた杠がしみじみと続ける。

「あと少しで御座いますねぇ・・・」

婚姻の儀まで。

「杉山が落ち着かんようであれば、応援の武官を頼むしかないか」

既に三十人の応援は来ていたが、婚姻の儀までに落ち着かないようであれば増員を頼むしかない。

「まさか杉山が落ち着かないとは思ってもいませんでした」

「問題ってどんなこと?」

「他愛の無いことから始まる。 だがそれが殴り合いになるから始末に負えん」

「婚姻の儀ということとは別に、問題を起こす者は杉山を辞めさせますか? 夜になった宿所でも喧嘩を吹っかけているのでしょう? いつまでも力山に頼ってはおられませんし他の者への影響もあります」

うーん・・・マツリが腕を組む。 いろんな問題を起こしてでも、一人ずつに向き合いたい。 杉山に残り働くという気を出した者を切り捨てたくはない。 だが杠の言うように他の者への影響もある。

「マツリ、明日も杉山に行くんでしょ?」

「紫揺、言っただろう」

「ちゃんと聞いてたよ、だから私も一緒に杉山に行く。 そのあとで硯の山に行く。 ならいいでしょ?」

「紫揺・・・」

堪らなく愛おしい。 なんて不器用なのか。 なんて素直じゃないのか。 どうしてもっと我儘を言わないのか。
堪らず頭を撫でてやる。
なんだそれは、といった目でマツリが二人を見ながら酒杯に口をつけた。

翌朝早くマツリと紫揺がそれぞれ馬に乗り杉山に向かった。 杠はマツリが杉山に行く以上は金河の接触を待たなくともよい。 柳技たちや、今はもう逃げることもなく動けている享沙たちからの接触が無いかどうかを確かめてから、紫揺曰くの硯の山に向かった。

初めて杉の山に来た紫揺。

(わぁ、花粉症を思い出す)

友達や会社で花粉症に悩まされていた人たちがいた。 目を真っ赤にしたり、鼻づまりの声を出したりしていた。 杉だけではなかったのだろうが、花粉症にならなかった紫揺にしてみれば全員が杉花粉と思えてしまっていた。

杉山の男たちが作った馬の手綱をかける木には既に何頭もの馬が繋げられていた。 武官たちの乗ってきた馬だろう。 マツリが二人の乗ってきた馬の手綱を引っ掛けると杉山に向かう。
もう既に木を切る音がしている。 チェーンソーの音ではない、斧で木を打っている音。
裾をたくし上げマツリの後に続く。

(筒ズボンならこんなことしなくてもよかったのに・・・)

ブツブツと文句が心の中に出る。
暫く歩くと上から声がかかった。 見張の武官のようである。

「マツリさ・・・あぁ? むっ、紫さまぁー!?」

裾をたくし上げた坊ではない紫揺の姿がマツリの後ろに見えた。 御内儀様の足が見えている・・・。
ここに “最高か” と “庭の世話か” が居れば、武官の目をひと突きで潰していたかもしれない。

(あの武官さんは確か・・・)

紫揺が記憶を遡る。 戸木の河原で三段肩車をした内の一人、一番上に乗っていた武官。

「お早うございます。 その節は有難うございました」

自分を覚えてくれていた・・・のか? 確信が欲しい、確認を取りたい。 すっかり御内儀様の足のことなど忘れてしまっている。

「お早うございます。 来て頂けるとは・・・。 えっと、それでその節とは?」

間違いなく答えて欲しい、社交辞令であればショックが大きい。

「覚えていらっしゃいませんか? 私が高い枝から跳び下りようとしたとき、他のお二人と肩車をして下さって、武官さんの肩に乗ろうとしたのを」

間違いなく覚えてくれていた!

「そうです! それが己です! 覚えていて下さいましたか!」

「はい、凄く残念だったから」

残念・・・あの時の杠の言葉と紫揺の顔を思い出す。 
『大人しくされるがままで終わると思われますか? 枝を蹴って一番上の武官殿の肩の上に跳び乗ります』
そしてへの字に口を曲げた紫揺。

その時のことを武官だけではなく紫揺も思い出す。

「あは、あははは」

杠の言葉の記憶は笑って無かったことにしよう。

マツリの知らない間の会話をされている。 スコブル気分が良くない。

「あの者たちはどうだ」

「あ! はい! 今日はまだ大人しく指導を受けております!」

(この武官、この一瞬、我の存在を忘れておったな・・・)

完全に紫揺との二人の世界に入っていたようだ。 杠にも澪引にもシキにも紫揺を取られると言うのに武官にまで取られてなるものか。

「指導?」

木を切るだけなのに?

「枝打ちやら木を倒す方向、担いで下りる時の注意、色々あるからな」

振り返ったマツリが眉をしかめるとそっと紫揺の手を下げさせる。 裾をたくし上げ過ぎだということである

「そうなんだ」

切ればいいってもんじゃないのか。
夕べ特に問題を起こすのは三人と聞いた。

「ね、夕べ言ってた三人の人に会える?」

紫揺と武官の中継にマツリが入る。

「問題の者たちは何処に居る」

「この先の一番後ろに居ります。 呼んで参りましょうか」

マツリが紫揺を見る。 どうする? という目で。 紫揺のことだ、自ら足を運ぶと言うだろう。

「うーん、もう少したくし上げてもいい?」

上り坂である。 さっきマツリに降ろされた程度では踏んずけてしまいそうである。

「いかん」

言ったかと思うとヒョイと持ち上げる。
民の目の前でこういう姿が宜しくない事は分かっている。 あとで杠に言うとコンコンと説教をされるだろう。 だが将来の御内儀様の立場にある紫揺が足を見せる方がよほど宜しくない。

「わっ! ちょっと! 歩けるわよ!」

「騒ぐ方がみっともない。 堂々としておれ」

抱っこされてどうやって堂々としていろと言うのか。
そんな紫揺の思いなどどこ吹く風。

「ここに居なくてはならんのだろう、案内は要らん」

目を逸らす武官を置いて、紫揺を抱えたままスタスタと杉山を上がっていく。
マツリの姿を見止め、慌てて降りてきた武官やって来た時にもしっかりと目を逸らしてくれた。

暫く歩くと数人の武官と杉山の者たちの姿が見えた。

「あ? え? 紫さま?」

紫揺を抱えるマツリの姿が武官の目に入った。 そこには杉山の者たちもいる。 杉山の者たちは紫という紫揺の名前を知っている、そしてどのような立場にあるのかも。 誰もが振り向く。

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