大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第189回

2023年08月04日 21時16分12秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第189回



六都に戻り、翌日飛尾伊に会うと受けてくれた礼を言い、まだしばらくはそのままでいるようにということを伝えた。 そして足を官別所に向けると一人一人に向き合い咎を言い渡していった。

四方は飾り石の咎の後に決起の咎と言っていたが、二度手間など踏む気はない。 決起のことへの追及、断罪も行った。

十日の労役は百二十七名中、五十九名が飾り石の窃盗未遂だけの咎ということになり、決起へのことは訳が分かっていなかったようだったが、結果としてどういうことになるのかをよくよく言ってきかせた。 五十九名の中には女子供が沢山いた。 よって労役はどぶ板をめくっての清掃。 あくまでも十名と九名単位で腰と足に縄を繋を繋ぐ。 しっかりと指をさされ笑われてもらう。

三ヵ月と十日の労役は四十七名。 同じく飾り石の窃盗未遂に加え決起の意味を分かっていたようだった。 そして言うことは、一番性質の悪い『面白そうだった』 である。 意味が分かっていてそう言うのだから、三ヵ月では甘いくらいだが、こちらも未遂であるのだから仕方がない。

そして下っ端のまとめ役となっていた者たち二十名には七か月と十日の労役。 六都の中心的なまとめ役となっていた者一名には一年と十日の労役。 人の頭に立っていたのだ、未遂であってもそれなりの咎を受けてもらう。
いずれも労役先は杉山。

朝から夜遅くまで行われ、十日以上を要した。 決起のことを分かっていなかった者と『面白そうだった』 と言った者への言いきかせは文官に任せたもののクタクタである。
特に下っ端のまとめ役の中には、シラを切る者もいてこれが長引いた。 結局マツリの目を使わなくてはいけなかった。 使った上で圧をかけ自白させる。 それでも簡単に吐くことが無かったのだから、何度も声を荒げることもあった。

咎の言い渡しはすぐに宮に早馬で走らせた。 他の都がどう判断を下すかなどもう待っていられない、これを参考にするだろうという思いもある。

「お疲れ様で御座いました」

宿に戻ると杠が待っていて茶を差し出す。

「そっちはどうだ、順調に進んでいるか?」

杠は岩山の宿所を建てるにあたり、毎日杉山と岩山を行ったり来たりしている。 もちろん馬に乗って。

「木材は大分、運び込めました」

注文を受けている杉がある。 その杉を屋舎に運ばなければならないし、売らない杉を岩山に運ばなければならない。

「杉山の者たちが荷馬車を手作りしまして、新たに四頭の馬を借りて二手に分かれて運び込めました」

「なんでもよく作るのお」

「その者たちが杉山に残りたいと言っている者です。 あの者たちの作る物はよく売れております。 元より作ることが好きなのでしょうが、売れるということがまた良いのでしょう」

「皆が皆、そう思えば良いのだがな。 明日より労役を始めるが杉山は大丈夫か?」

「ええ、来ても何も出来ませんでしょうし、当面は行って帰るだけでしょう。 邪魔にもなりますまい。 それより・・・三十名の応援の武官、今は無理でしょうか?」

まだ来ていない。 宮都もこれから咎人で忙しくなるだろう。

「ああ・・・そうだな。 さすがの我も今は言いにくいか」

咎人に付ける武官の数は限られている。 元々しっかりと縄で繋いではいたが、二重三重の縄でしっかりと繋ぎ、杉山まで通わせなくてはならないということになってしまった。


それから十日後、宮都の硯職人が帰っていった。
最初は硯に出来る山かどうかを見てもらうだけのつもりだったが、硯職人が懇切丁寧に仕上がりまで教えたようである。

「あれだけやる気があれば、何とかなりましょう」

そう言い残した硯職人に都庫からしっかり謝礼金を出させた。

道具も買ったのだ、岩石の山に残る者たちには途中で投げ出さず、しっかりと働いて元を取ってもらわねば困ると、持ってきた謝礼金と共に依庚に釘を刺されたのは言うまでもない。


二都から一都、三四五六都を回った柴咲と呉甚を乗せた馬車が宮都に戻ってきた。
三四五都はそれぞれ三百名前後、宮都では百三十四名が捕まった。 六都に続いて宮都は数が少ない方であった。

「何も分かっていない都と、宮のことを分かっている宮都が似たような数だとはな・・・」

皮肉なものである。

六都に馬車が入って来た時にはマツリが付き添ったが、結局、漏れることなく全員を捕まえられていたことが分かった。 まだ咎の言い渡しがあるかもしれないと思っていたマツリが、やっと上がっていた肩を下ろすことが出来た。

三か月と十日の労役を終わらせた者の中には、杉山に残る者も現れた。 その頃には岩石の山に宿所が建ち、硯を作りたいと言っていた者が移っていった。 丁度入れ替わりに新しい者が杉山の宿所に入ることとなった。
まだ岩石の山に行くかどうかを決めかねている者は暫く通うということであった。 そして岩石の山に入った者は、当分自警の群からは抜けると聞いた。
硯はまだまだ歪なものが多く、思い通りには出来ていないようだが、己に文句を吐きながらも投げ出すというようなことはないようだった。

七か月の労役の者たちは下手な矜持があるのだろう。 労役の間、仕事に行かなかったのだから首は切られていたが、それでも杉山に残るとは言わなかった。 仕事がなくなり悪さをするかもしれないという懸念はあるが、もう二度と杉山通いはしたくないだろう。



「うーん・・・やっぱりどっか違うかなぁ・・・」

はっきりと言ってくれる紫揺にガクリと葉月が肩を落とす。

「そうですよね・・・」

この東の領土にはカカオの木などない。 日本のようなチョコレートが作れない。 似た味を色んなもので作ってはみていたが、やはり違うと味見をしていた葉月にも分かっていた。

「でもこうしてパフェにしたら、またちょっと違う感じのチョコレートパフェでそれなりに美味しいよ?」

「・・・それなり」

「あ、失言。 美味しいです、はい。 この生クリームなんて最高」

ケーキは既に食していた。 絶妙に美味しかった。

「バナナが無いのもイタイし・・・」

葉月の考えるチョコレートパフェにはバナナは外せない。
此之葉が呆れた顔で二人の会話を聞いていると外から声がかかった。 阿秀である。

「シキ様が見えられました。 領主の家までお願い致します」

葉月も此之葉も婚姻の儀のことは聞いている。 紫揺からもシキが来るかもしれないとも聞いている。 そのことで来たのだろうか。 いよいよなのだろうか。

領主の家に行くとシキが音夜を遊ばせていた。 童女はかわいいわね、などと言いながら。
音夜はこまっしゃくれたところもなく、誰にでも懐いて好かれやすい。

「久方振りね、紫」

「わざわざ有難うございます」

座ってちょうだい、と言いながら隣の席を示す。

「東の領土の祭はどうでした?」

先月は東の領土の祭があり、今月には紫揺の二十六の歳になる祭りがある。

「はい、民が楽しく祭を迎えることが出来ました」

「マツリは来たのでしょう?」

「はい。 でも六都が忙しいようでそんなに長くは居ませんでした」

武官の人数が限られている。 マツリも武官と同じように咎人の見張に杉山に毎日通っていたということであった。

「マツリったら・・・」

「宮には戻らなかったんですか?」

「ええ、どこの領土の祭に行くにも六都から六都よ」

そこに目立つお腹の耶緒がやって来て紫揺の茶を置く。 今回は悪阻も殆どなく落ち着いて過ごすことが出来ていた。 紫揺が来るまでにそんな話をシキとしていた。

「今日来たのは婚姻の儀のことなの。 領主とのお話は済ませたのだけど、明空(あけそら)の月はどうかしら? それまでには準備も整うわ」

「明空の月?」

宮では祝い事に一の月二の月などとは呼ばない。 それぞれの月に意味を持った呼び方をしている。 明空の月とは読んで字の如く、空が奇麗に澄んでいることが多い月ということである。

「ええ、十の月のことよ」

――― あと約半年。

分かっていたとは言え、目の前で具体的に聞かされるとドキッとするものがある。

「明空の月なら今から各領土や本領内での招きをお知らせするのにもいいでしょうし、霜降り月、十一の月のことね、そこになってしまうと本領が少し寒くなり始めるの」

ああそうか。 東の領土とは違うんだ。
黙って聞いていた領主を見るとにこやかに頷いている。

「はい・・・じゃ、明空の月で」

次期領主の婚姻の儀は満月を挟んで前後合わせて三日間。 そしてその前後に二日間があり合計七日間。
シキが相好を崩す。

「楽しみだわ」

細かいことはもう領主に話したのだろう、早々に本領に戻ることを告げる。

「領主から領土は落ち着いていると聞いたわ。 また宮に来てちょうだいね」

本領から戻ってこの数か月、徹底的に領土を回った。 そして先月の祭があった。

「はい」

婚礼の儀の前に一度は落ち着いてマツリと会っておきたい。 それに領主がマツリに紫揺を本領に来させてくれと言われたことを気にして、何度もマツリに逢いに行ってはどうかと言っていた。 領主の顔も立てなくては。
そして理由はもう一つ。 紫揺が六都に行っている間に、お付きたちが順番に想い人の所に行っていたらしい。 紫揺が戻ってきた時、阿秀が最初は交代で迎えに来ていたと言っていたのは、そういうことだったらしい。
阿秀と野夜と醍十、塔弥は毎日来てくれていたそうだが、お付きの者たちにもそういう時が必要だろう。 でなければいつまで経っても結ばれない。

それから三日後、紫揺が本領に向かった。
いつ戻ってくるかは分からないが、少なくとも五日は戻って来ないからそれまでは迎えに来る必要が無いと言い残して。

前回同様、洞を抜けた後までの岩山までは秋我が付いた。 紫揺がまた宮を出ると言ったからである。

宮に入るとタイミングが良かったのか、四方に挨拶をすることが出来た。

「先刻領土に戻る時にはご挨拶が出来ず申し訳ありませんでした」

なにか挑戦的に聞こえるのは四方の気のせいだろうか。

「澪引から聞いておる、それで十分だ。 マツリとの婚姻の儀を澪引とシキが進めておるが異論はないか」

「はい」

「これから六都に向かうのか」

相変わらず腹立つおっさん。 本当にあの澪引の旦那なのだろうか。 こんなおっさんを半年後に義父と呼びたくはないが仕方のないこと。 歯を食いしばって呼んでやろうじゃないか。

「はい。 マツリが東の領主に私を六都に向かわせるようにと言っておりましたので、約束を果たしに行きます」

どうだ、こう言えば納得するか。 言い出しっぺはマツリなのだから。 おっさんの息子なのだから。

約束を果たす、と? 決闘でもしに行くのか! と突っ込みたかった四方だが言おうとしていたのはそうではない。

「・・・紫」

「はい」

「婚姻の儀を撤回するようなことは無いな」

「え?」

おっさん、何を言っている?

「マツリの奥になるのだな」

おっさん、壊れたか?

「その・・・つもりですが・・・」

何を言いたい、壊れたおっさん。

「そうか。 我が義娘となることを待っておる」

三百六十度回って壊れた位置に戻って、遠心力で最後のネジが吹っ飛んで完全に壊れたか?

「何も知らない不束者ですが、東の領主に恥じることのないよう努力いたします」

こんな返事でいいのだろうか、壊れたおっさんに。

「・・・そうか、そうであったな」

何が?

四方との挨拶を終え客間に戻ってきた紫揺。 “最高か” と “庭の世話か” によって着替えさせられ澪引の部屋に通された。
シキが泊まり込みで澪引と招待状の準備をしているところであった。 何もかも澪引とシキ任せで申しわけないと思うが勝手が全く分からない。 結納なるものもあるのだろうか。

「気にしないでちょうだいな、わたくしが輿入れした時もそうだったのよ。 何もかも義母上と四方様がして下さっていたわ。 宮のことなど分からないものね」

「四方様が? それじゃあ、マツリがお手伝いできない分、私がします。 その、教えてください」

澪引とシキが目を合わせて微笑み合う。

「母上が気にしないでと仰ったでしょう? それにマツリの代わりはわたくしがしているわ、ね?」

それにと、一から十まで澪引とシキがするのではないということであった。
招待状にしてもどんな紙で出すのか、どんな文章で出すのかなどを決めるだけで、書くのは文官たちであるらしいし、準備に走り回るのは従者や女官たちであるらしい。

「気に入ってもらえるかしら、母上と相談をしてこういう文で出そうと思うの」

文は通常の連絡用の料紙と違い、紫揺をイメージしたというスズランのような花が右上に型押しされた和紙で、招待の文言の後ろには邪魔にならぬよう薄っすらと、これまたスズランに似た絵が描かれている。
一目見ただけで涼やかな感じを受ける。

「わぁ・・・可愛らしい」

「気に入って?」

「はい、とても」

「良かったわ。 東の領土に行く前から母上と相談して紫には鈴の花を思わせるところがあるって話していたの。 だから既に作らせていたのよ」

スズランではなく、鈴の花というらしい。

「これからはこの鈴の花が紫を表すことになるのだけど、宜しくって?」

「はい」

嬉しそうに型押しされた部分を撫でている。

「紫のお蔭でこうしてシキと楽しむことが出来るわ。 それにこういうことは楽しくってよ」

「ね、だから紫は気にしなくていいのよ。 それに紫も跡目を生んだ時にはすることよ。 その時に楽しんでおやりなさいな」

そうだった。 跡継ぎを産まなくてはいけなかったのだった・・・。 何故だか次代紫を生む自信はあるのだが跡継ぎを産める自信はない。 ここに来て次期本領領主の元に嫁ぐのだということを痛感した。
プレッシャーだ・・・。

そこに千夜がやって来て「反物の出来を見て頂きたいのですが」と言う。 澪引とシキが目を輝かせて立ち上がり紫揺を誘う。
反物を見る目など持っていないが、今日一日は澪引とシキに付き合おう。 明日一番に六都に向かえばいい。

翌朝、よく分かっている “最高か” と “庭の世話か”。 紫揺が前回マツリに買ってもらった六都から着て戻ってきた衣裳を用意していた。 ちゃんと洗って保管してくれていたようだ。 今回はうっかり剛度に借りてこなかった、助かった。

「澪引様がこのような衣装ではと仰ってご用意して下さったのですが、六都に行かれてはあまりに目立ってしまいますので何かあってはと、ご辞退申し上げましたが宜しかったでしょうか」

澪引はどんなものを用意したのだろう・・・。 考えるだけでちょっとコワイ。

「はい、これがいいですから。 って、これでもちょっと動きにくいんですけど」

「はい?」

「あ、いえ・・・」

「紫さま・・・まさかまた欄干をお歩きになるようなことをされていらっしゃるのでは・・・」

「いえいえ、そんなことはしてません」

そんな程度のことは。

「えっと、馬に乗るのにちょっとフサフサし過ぎかなって思っただけです」

いわゆるスカートである。 馬に乗ることだけを考えてもとっても鬱陶しい。 サッと鐙(あぶみ)を外して鞍の上にも立ちにくい。 裾を踏んずけてこけるかもしれない。 剛度に借りた筒ズボンが恋しい。

「あ? え? あの、皆さん?」

一瞬の間に “最高か” と “庭の世話か” が座り込んで円陣を組んでいる。

「馬に乗られるということは・・・」

「下穿きは筒の方が宜しいのかしら」

「紫さまが来られるときは、いつも下穿きは筒よね」

「でも御内儀様よ? 下穿きが筒などと・・・」

品位が下がる。

「どう致しましょう・・・」

「絹の筒穿きは・・・」

「駄目よ駄目、基本よ、御内儀様が筒穿きなどと」

「でも馬に乗られるのよ?」

全員が黙った。
終わりのない話のようだ。 どうしよう・・・。
円陣の会話を聞いていた紫揺。 完全に迷惑をかけているようだ。

「あ、えっと、これで六都に行きますから。 全然大丈夫ですから」

梨はもげないな、ってか、この季節、梨は無いか。 うん、梨の諦めはついた。 それにきちんと昼餉をとらないとまた杠が武官に怒り出すかもしれない。

「そうだ、ちょっとお願いをしてもいいでしょうか?」

紫揺が何やら説明をする。 澪引もシキもそうだが、特に女官たちは針を持つことに長けていると昨日シキから聞いた。

『母上とわたくしは刺繍程度なの、でも女官たちは優れているわ』

反物の確認を終わると、日本で言うところの引き出物を作っている部屋に通された。 そこでは絹を使ってショールのようなものから羽織る物を縫っていた。
今は婚姻の儀に向けて縫っているが、常は澪引やシキや宮の客人の衣装、従者や女官たちの衣装も縫っているという。
女官たちの腕の良さをまざまざと見たのだった。

「色とか上衣とかはお任せします。 次にまた来る時まででいいので、ゆっくりでいいんですけど、お願い出来ますでしょうか?」

四人が目を輝かせる。

「もちろんに御座います!」

すぐに神業で寸法を計られた。 そのチームワークの良さには驚くものがあった。

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