大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第48回

2019年06月03日 22時05分16秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第40回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第48回



「まだ帰られていないようだ」
白銀の狼ハクロが、後ろに待つ黄金の狼のシグロに言う。

白銀黄金の狼の主へ、懺悔を含めての報告をしなければならない。

「今日帰ってこられるというのは間違いないんだね?」

シグロがハクロに並ぶ。

「ああ、そう聞いた。 だが、予定であるからどう変わるかは分からん」

「それじゃあ・・・アタシは北に帰るよ。 アンタはここで待つってのはどうだい?」

「まぁな・・・あの者が何か厄災をもたらすことはなさそうだが・・・」

「だろ? アタシもそう思うよ。 だからアンタはここで待つ。 アタシは北の領土に帰ったら一匹此処に来させるよ。 帰って来られればソイツを伝令にしてくれればいい。 すぐにアタシも来るからさ」

白銀黄金の狼の主が話を聞いてどう判断するかは分からない。 だが、それを恐れる気などない。 すべて真っ向から受け止める気でいる。 明日の朝日は見られなくとも、それが正しい判断だと思っている。

シグロの言いたいことは分かる。

「ああ・・・では―――」

までハクロが言うと、聞きたくもなければ関わりたくもない声が背後から聞こえた。

「おや、お前たちこのところよく来るな」

瞬時にしてハクロとシグロが、魔物の声でも聴いたかのように目を合わせた。
これは空耳だ。 絶対にありえないのだから、あってほしくはないのだから。 二匹それぞれが己にそう言い聞かす。 だから、取り敢えずこの場から去ろう。 聞こえないふりをして、振り返らないで前に歩こうと一歩を出した二匹。

「おい、何処に行くんだ?」

やはり現実の声が聞こえ、二匹の足が止まった。

「我はシユラのところに行く」

白銀黄金の狼がまた目を合わせた。 ソロリと二匹が振り返る。 と、白銀の狼より先に黄金の狼が口を開いた。

「それは、それは。 昨日、シユラという娘に歩いて行ったことを話されておられましたな。 それでは今日も歩かれるのでしょう? 我らは―――」

「シグロの背に乗っていく」

黄金の狼の全身が粟立った。

「い、いや、お待ちください。 あの娘はリツソ様が歩いてこられたことに共感されておりました。 それなのに我が身の背に乗るとは―――」

「時が無いのでな。 シグロの背に乗ってシユラの元に行く」

「そ、それでは! あの娘が気落ちするのでは!?」

「シユラに知らせたいことがある。 それにもっと話したいこともある。 時が惜しい。 我が歩いて行けば、ほんの数刻しか話せぬ。 だからシグロの背に乗ってゆく」

「・・・ですが」

「兄上に会いに来たのだろう? でも兄上はまだ帰ってこられておらん。 お前たちヒマであろう?」

「ヒ・・・ヒマなどという事はございま―――」

「我を北の領土に送り届けよ」

白銀黄金の狼の頭も肩も尻尾も何もかもが下がった。 これを厄災と呼ばずして何と呼ぶ。


「シユラー!」
離れの掃き出しの窓をドンドンと叩く。

白銀黄金の狼がまだ明るいうちから騒がしくするリツソに驚きの総毛を立て、木々の間から躍り出てリツソの横についた。

「リツソ様! お静かに! 我らがここに居ることが領土の人間に分かりますと不穏に思います」

「ちょっとくらい良いではないか」 口を尖らせる。

ストレッチをしていた紫揺が窓を叩く音に気づき外を見ると、リツソも勿論見えたが、その両脇に大きなあの狼が居るのも目に映った。 すぐに窓を開ける勇気がない。 そろりと窓に近づく。 窓越しにリツソの目の前にしゃがむ。 リツソの顔を見ると笑みがこぼれた。 その笑みにリツソがはにかむ。

紫揺の様子に狼たちが二歩三歩と下がる。

おや? と紫揺が気付いた。 この大きな狼たちは紫揺が恐れているのを分かっているのだろうか、だから後ろに下がったのだろうか、と。
ガラリと窓を開けた。

「今日は早いのね」 

「昨日のように遅くなると皆に心配をかけるでな」

また言葉が戻っていると思ったが、そう威張ったものでもない。 ここは突っ込まないでおこう。

「今日はシユラに教えたいことがあって来た」

「え?」

「ほら、昨日訊いておっただろう? ハクロとシグロがヒオオカミというものかどうかという事を」

「うん」
紫揺の目が大きく開いた。



夕べジジ様の所で遅い夕飯を食べている時に、しかとジジ様に訊いたのである。

「ねぇ、ジジ様?」

「なんじゃ?」

リツソが美味しそうに夕飯を食べるのを、満足気にずっと見ていたその時であった。

「北の領土では、ハクロとシグロのことをヒオオカミと呼んでいるのですか?」

「おお! もうそんな勉学をしようと思っているのか!? なんと勤勉なことじゃ!」

「違っていればお恥ずかしいだけです。 違うのですか?」 殊勝にコトリと箸を置く。

「そんなことはない。 確かに北ではヒオオカミと呼んでおる。 ハクロ、シグロに関わらず、他の従者の狼のこともそう呼んでおる。 リツソには先見の識があるのか、千里眼を持っておるのか、ジジは嬉しいぞ」

という訳であった。



「ハクロもシグロも他の狼たちも、兄上の従者の狼のことをヒオオカミって呼んでるらしい」

紫揺の 「うん」 という言葉につられ、つい正直言葉になっていた。

「・・・やっぱりそうなんだ」

「シユラはどうしてそんなことを知りたいのか?」

「え?」

今は既に木々の中に隠れてしまっている二匹が居るであろう方向を見る。

「ヒオオカミって怖いって聞いたから。 でもリツソ君と一緒に居る時はそんな風ではなさそうだし」

人間をオモチャにすると聞いたとは正直に言えない。

「ふーん・・・。 兄上の従者だからなぁ・・・北の者にとっては怖いかもしれないのかな」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「でも、オレと居る時は安心していいぞ。 兄上の従者とは言え、オレの命令も絶対だから」

言われれば納得がいく。

「リツソ君の兄上って恐いの?」

「半端ない」

「え・・・そんなに恐いの?」

「父上も恐いけど、父上はジジ様に逆らえない。 ジジ様はオレの言うことを何でも聞いてくれる。 兄上は父上に進言するけど・・・姉上に逆らえない」

訊きたいことが的を射ない返事で返って来た。 それに“父上” ではなく“父上様” と言っていなかっただろうか。

「えっと・・・兄上は怖いけど、姉上に逆らえないってことは、姉上が一番怖いの?」

「そんなことはない。 姉上はお優しい。 母上も・・・」
ここまで言って気付いた。 紫揺には両親も姉兄もいないことを。

「あ・・・」

「ん? どうかした?」

「・・・何でもない」

「急にどうしたの?」

「今日は帰る。 シユラに兄上の従者が、ここではヒオオカミと呼ばれていることを教えたかっただけだから」

「そうなんだ。 ありがとね」

「え・・・シユラはオレが帰ってもいいのか?」
帰ると言ったことをアッサリと認められるのは寂しい。

「だって、恐い兄上が待ってるんでしょ?」

「兄上はまだ出かけておられる。 兄上に怒られることなどない」

「そうなんだ。 えっと・・・さっき帰るって言ったよね?」

「言った」

「何かがあるわけだから、帰るって言ったんじゃないの?」

「そうではあるが、そうではない」

紫揺が頭を抱える。

「シユラは・・・シユラには父上も母上も姉兄も居ないと言っていたな?」

「うん」

紫揺の 『うん』 という言葉の響きがリツソにとって、とても心地よいものを感じさせる。

「誰かがシユラを見ているはず、とも言っていたな?」

「うん、そう。 だって、そう考えて生きていかなくちゃ、その人に恥をかくような生き方をしちゃだめでしょ?」

「そんなものなのか?」

「そうよ」

ずっと見ていてくれているであろう両親に恥じぬ生き方をしなくては。 でも今は、今の自分の居場所が分からなくなってきた。

「・・・あのね、それでも弱音が出ちゃうの」

「弱音?」

「そう、誰も何も教えてくれないの」 

こんな小さな少年に嘆きごとを言って、どうなるのかとは思った。 なのに口から出てしまった。 きっと少年だからこそ言えたのだろう。 心の奥底を。

「え?」

「私、何も分からないの」

「そう言えば、迷子って言ってたな」

「うん。 ここが何処なのか、私が誰なのかさえ分からなくなってきてるの」

自分が誰かという事は分かっている。 自分は藤滝紫揺なのだから。 でも、さんざんムラサキ様と呼ばれた。 セイハに言われたこと、アマフウがしたことや何もかもが分からない。

「シユラはシユラだ。 でも、シユラは困っているのか?」

「・・・うん。 余りにも分からないことが多すぎるから。 あ、ごめん。 泣き言を言っちゃった」

リツソの両眉がクイっと上がった。

「それがシユラの困っていることなのだな!?」

「え?」

「シユラにとってここが何処なのか分かれば、困りごとが少しでもなくなるのだな?」 

それ以上に言葉を添えたかった。 紫揺が自分自信が誰だかわからないと言っていた。 それは簡単なことだ。 『シユラは我の奥である』 そう言えばいいのだから。 でもそれはこれからのお楽しみである。 紫揺の困りごとを解決してからの最後のお楽しみである。

「ここは北の領土である。 それは知っておるのだな?」

さきほどから 『だな』 と言う言葉尻が気にはなったが、何とかスルーする。

「知ってる。 そう聞いてるから。 でも、そんな話じゃないの。 ・・・なんて言えばいいのかなぁ」

「シユラが考えずともよい。 我がそれを解決してみせる!」

大きく胸を張ってふんぞり返る。

「へっ!?」

「シユラは何の心配をせずともよい。 また来る。 朗報を持ってくるからな」 

言い切ると踵を返した。 その様子に白銀黄金の狼がすぐさま走り寄って、リツソを背に乗せるとそのまま走り去った。

アッという間の出来事であった。


「奥の困りごとを解いてやるのは、伴侶の仕事である」

黄金の狼の背の上でリツソが一人ごちた。

初恋は既に実を結び、契りを立てたようだった。

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