大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第47回

2019年05月31日 22時36分05秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第40回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第47回



階段を上り終え、回廊に足を踏み入れ領主の執務室に向かう。 二度直角に曲がったところで、前から従者を連れだって歩いて来る四方の姿が見えた。

「これは父上、お呼び下さればこちらから出向きましたものを」

白髪ではない。 白銀の短髪で歳の頃なら50歳前後。 直衣によく似た黒い衣裳を身に纏っているが、日本のように野暮ったくはなく、薄い生地で出来ていて烏帽子も被っていない。

「お呼び下さればだと!? お前はリツソを迎えに来ることなく執務をしておったようじゃなっ!」

「リツソが一人で行ったのです。 帰って来るのも一人で帰ってこられましょう」

ジジ様の後ろに隠れるリツソをジロリと睨む。

「昨日、どんな思いでリツソが我が宅までやって来たと思っておるのじゃ!」

「それは・・・リツソの勝手でしょう」

「お前がしかりとリツソを見ておらんからじゃろう!」

「父上、こんな所で話していては他の者に示しがつきません。 どうぞ、茶の用意がございます」

四方が踵を返すと従者たちがご隠居の後ろについた。 四方の従者とは言え、ご隠居の前を歩くわけにはいかないからである。

「リツソ! 父上から離れるのではないぞ!」

そっと足を忍ばせ、この場を去ろうとしていたリツソの足が止まった。

卓に茶の用意をされた部屋に入り向かい合った椅子に腰かけると、ご隠居の一人舞台が始まった。 勿論、我が息子にして領主である四方がリツソに構っていないという物語の舞台である。

その一人舞台にいつものことと聞き流す領主、四方であったが、今回だけはリツソを逃がす気は無い。 この一人舞台が終わり、隙を突いたリツソに逃げられることなく捕獲する。 さて、どうやったものか、と供のリス並みにちょこまかと動き、逃げ足の早いリツソ捕獲計画だけを考えていた。 
と、そこに 「失礼をいたします」 と言いながら、誰もが認める端麗なる女人が入って来た。 まるで桜の花びらが風に舞うような美しさ。 ご隠居が四方に対し、問罪とも言える言を吐いていたが、その口が止まった。

その女人は艶のある黒髪を結い上げ、その下から一部だけを波打たせながら腰まで垂らしている。 衣装は、淡いオレンジ色で着物と同じく前合わせをし緑色の帯を巻き、その上に数枚の袿(うちぎ)を着ているが日本の着物とは少し違う。 着ているものが着物に比べて随分と生地が薄く、帯も半巾帯より細い。 そして何より、帯の下は裾広がりになって、まるでドレスのように足元で裾を引きずっている。

「お義父様、此度もリツソがお世話になり、有難うございます」

入ってきたのは四方の奥であり、リツソの母上であった。

ご迷惑をお掛け致しましたなどとは言わない。 そんなことを言えばリツソを預かったことが迷惑な話となるからだ。 とは言え、そんなことを意に介さずご隠居がリツソの母上である澪引(みおひ)に応える。

「おお、相も変わらず美しや。 いや、リツソのことはこの四方がせねばならぬこと。 其方が気に病むことはない」

「母として行き届かぬところを、お義父様にお手を携えて頂き我が身、有難き幸せに存じます」

「何を言うのか? 其方は立派にシキを育てたではないか。 それにその美しさもシキが継いでおる。 其方は何も心病むことはない。 出来損ないはこの四方にある」

シキというのはリツソの出来た姉であり、四方夫妻の第一子でもある。

四方がご隠居にバレないように大きく歎息を吐いた。 何度この会話をしたであろうか。 我が父は我が妻と我が娘シキの美しさを認めてくれているのは分かっているが、耳にタコが出来そうだ。 それに、リツソを目の中に入れ過ぎである。 そんなことを考えていると、ふとリツソ捕獲の気が緩んだ。

「四方! 己の奥に責任を押し付けるではない!」

いや、そんなことは一言も発していない。

「立っていないで其方、そこに座りなさい」

澪引に、いま四方が座っている横を指さす。
四方の横にある椅子が引かれ澪引が座る。 そしてその面前にご隠居とリツソが座っている形になった。

「母上ゴメンナサイ」 リツソが殊勝顔で澪引に言う。

「リツソ、お爺様にご心配をお掛けするのではありませんよ」

「はい」

何度この会話を聞いたことだろう、領主が顔を投げる。 もうリツソ捕獲が頭から離れてしまいそうだ。

「母上? お顔の色が悪うございます」

「そう? 今日は気分がいいのですが?」

病弱な澪引である。 それはリツソも心得ている。

「悪うございます。 朝のお薬はちゃんと飲まれましたか?」

「・・・あ」

リツソのことばかりを考えていてすっかり忘れていた。

「ほら、母上! お忘れになっておられる!」

言ったかと思うとすぐに目先を四方に変えた。

「父上! 母上がお薬を飲まれていないのに、どうしてお気づきになられないのですか!」

「あ・・・其方忘れたのか? あれほど薬をちゃんと飲むように言っておいたのに」

「四方! 言っておいたではないであろう!」

「母上、我が薬を持ってまいります!」

ご隠居の義理の娘であり、四方の妻である端麗なリツソの母上は病弱である。 そのリツソの母上は側付きや従者が何度も薬をお飲みくださいと言っても聞かない時がある。 それは気がかりなことがある時であった。 その殆どがリツソのことなのだが。 今回もリツソが帰って来ないことを気にかけて薬を飲むことが無かった。

そして四方はリツソが母想いであることを重々知っている。 この場から逃げ出すことはないだろう、だからこの時はリツソを止めることなく、薬を取りに行かせた。 それはしかと間違いではなかったが、詰めが甘かった。

部屋を出たリツソが回廊で座している澪引の従者の元に歩み寄った。

「母上のお薬は?」

「はい、薬種の房にございます。 すぐにお持ちします」

従者がやっと上がっていた肩を落ろす。 ずっと薬を飲ませたかったのに、それを拒否されていたからであった。

「いや、一緒に行く」

二人で回廊を歩き、薬種の房と呼ばれる一室に入った。

「リツソ様、このお薬にございます」

リツソが言えば飲んでくれるだろう。 

従者から薬を手渡されようとした時、外から声がした。 その声が白銀の狼、ハクロのものだと分かった。

「ハクロが来ておるのか?」

従者に聞くが首を傾げる。

「ああ、よい。 今なら母上もお薬を飲んでくれようぞ」

その言葉に謝意の辞儀をした。 澪引が何故薬を拒否していたのかの理由は分かっている。 その根源がこのリツソだという事を。 リツソを心配するあまり薬を拒否していたのだが、今となってはそんなことはどうでもいい。 薬さえ飲んでもらえればそれでよかった。 この禍根を断つことは出来ないのだから。 だから深く謝意の辞儀が出来たのだ。

「・・・そうじゃな、母上にこのお薬をお渡しするから、すぐに水を持ってきてくれ。 そして水を母上にご用意して、母上が薬を飲まれたすぐ後に房から出て行き、戸の外から我を呼んでくれ」

従者はリツソが何かを企んでいるの分かる。 それに巻き込まれるのは明白である。 よって渋い顔を見せた。

「案ずるな。 我はちとハクロに話があるのだ。 よいな」 

兄上もまだ帰ってきていない。 安心してハクロの背に跨ることが出来る。 いや、まだ汚ければ、シグロの方がいいか、シグロは居るのだろうか? と一人思案しながら両手に母上の薬を大事に持ち、回廊を走って戻った。

「母上、お薬をお持ちしました」

部屋に入るとすぐに澪引の座る椅子にすり寄った。

四方が 「うむ」 と頷く。 やはり母想いであったという自分への納得である。 だがそんなことを知らないご隠居とリツソ。

「なにが、うむであるか! お前がもっと健康管理をせねば何とする!」

「お義父様、四方様のせいではございません。 わたくしの我儘でした。 そんなわたくしにご心配を頂き歓心の念でございます」

「ま、まぁ、其方がそう言うのならばこれ以上は・・・。 だが四方! お前に見るということが足らん! リツソのことにしてもそうだ!」

ああ、また一人舞台が続くのかと、四方がご隠居に分からないよう歎息を吐いた。
と、そのときに水差しと湯呑を盆に載せやってきた先程の従者に一人舞台が切られた。

「母上、水がきました」 

従者が盆を部屋の隅にあった小卓に載せ、水を湯呑に入れようとする。

「我がする」

リツソが薬を澪引に手渡すと小卓に向かい、従者から水差しを受け取った。
小声で 「分かっておろうな」 と、釘を刺すことは忘れない。

「おお、リツソは四方と違ってほんによう気が付く」
リツソの後姿を見ながら目を細めた後にギロリと四方を睨む。

水の入った湯呑を澪引の前に置く。 

「さ、母上」

すでに薬を包んでいた紙は澪引の手で開けてあった。

「ありがとう。 リツソは優しい子ね」 片手でリツソの頭を撫でる。

リツソの軽挙を知っておいて、いつもながら何と甘い母親なのだろうかと、四方がここでも誰にもわからないように歎息を吐いた。 そこに隙が出来た。

澪引が無事薬をゴクリと飲み込んだ。 すると従者がソロリと部屋を出て行く。

「母上大丈夫ですか? 苦くはございませんか?」

本心からの心配であったが、若干声が大きい。 それもそのはず、戸の外に居る従者に聞こえるように言ったのだから。
戸の外から声が掛かる。 「リツソ様」 と。 計画通りに。

憂慮わしげな表情を澪引に向けながら 「なんじゃ?」 と問い返す。

「・・・あの」

戸の外から戸惑う従者の声が聞こえた。 それもその筈、呼べと言われたから呼んだのに 「なんじゃ?」 と問われるとは思ってもいなかったのだから。

「母上、お薬を飲まれてリツソは安心です。 少しゆるりと・・・」

そう言い残して従者の待つ戸に足を向けた。

まさかここで逃亡とは思ってもみなかった四方。 リツソを止めることなくそのまま部屋の外に行かせてしまった。

当のリツソは従者に目配せをすると、そそくさと先程ハクロの声が聞こえた方に向かって行った。

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