大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第49回

2019年06月07日 20時44分31秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第40回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第49回



白銀黄金の狼は本領に向かった。

本領の宮近くまで来ると、リツソが降りると言い出す。

「お前たちと居ると目立つからな」

という事であった。 そしてカルネラを見つけてここに呼ぶようにと言いつけられた。
早い話、父上である四方に見つかりたくないといったことである。

宮の中、目立たぬように回廊の下を歩いてカルネラを探す白銀黄金の狼。 ・・・リスを探す狼。 図としては有り得ない。

「どこかの木に登っているという事だったね」

「ああ」

「ここにどれだけの木があるか、分かっておられないようだね」 大きな歎息を吐く。

「だが早く見つけなければ、我らがあまり宮をウロウロするのは宜しくないだろう」

「ああ、分かってるよ。 分かっているけど、これじゃあどうにも見つけられな―――」 黄金の狼の声が途中で止まった。

「おい」

黄金の狼が白銀の狼に顎をしゃくって方向を示す。 その先には二匹の主が歩いていた。


銀色の髪の毛を高い位置で括り上げ、青を主体にした直衣(のうし) のような姿で回廊を闊歩する青年。 だが、日本の生地のように固く分厚くなく、糊で固めてもいないし、直衣ほど野暮ったくもない。 充分に動きやすい。 ちなみにリツソの水干もそうである。

青年の肩には薄い灰色の顔から始まって、段々と羽先と尾にいくほどに黒い色をしたフクロウが乗っている。

「お帰りなさいませ」

屋敷の中の者達がその姿に声を掛ける。

その声に混じって聞き覚えのある声があった。 足を止め回廊から下を見ると、そこには北の領土に居るはずの従者が居るではないか。
眉を顰める。

「北に何かあったのか?」

「ご報告をさせて頂きたく、時を頂けませんでしょうか」 白銀の狼が言う。

「これから父上に他出の報告に行かねばならんが」

「出過ぎたことでございますが、今ご領主はご隠居様とお話か、リツソ様を探されているかと思います」

「またリツソが何かしでかしたのか!?」

白銀黄金の狼が一度顔を見合わせ、主を見るとコクリと頷いた。

「リツソ様は今、屋敷の外に居られます。 我らにカルネラを探し、連れてくるようにと言いつかっております」

「カルネラを使って父上から逃げようとする魂胆か」 とまで言うと 「キョウゲン」 と肩に乗るフクロウの名を呼ぶ。 「御意」 と言ってフクロウが飛び立った。

「さて、話を聞こうか」
ヒラリと回廊を跳び下り膝を使って屈伸すると、白銀黄金の狼の前に立った。

白銀黄金の狼は詳しく話し出そうとしたが、すぐにキョウゲンがカルネラを足に握り戻って来た。

その姿は、まるでフクロウがリスの獲物を捕まえたかのような図であった。 カルネラは何が起きたか分からず、赤茶色の身体の脇を捕まえられながら、黒い耳の飾り毛を風に揺らし手足とフサフサの黒い尻尾を垂れボォーっとしている。

青年が掌を上に向けカルネラを受け取る。 カルネラを手放したキョウゲンは小さく回転して、青年の肩にとまった。

「カルネラ」

掌の上でキョトンとしたカルネラが声のする方を見た。 途端 「ピィ!」 と、まるでコスズメのような声を上げ硬直する。 

木の枝で午睡を楽しんでいたのに、急に身体が持ち上げられた。 ボォッとした頭で目を開けると、何故だか午睡をしていた枝が遠くなっていき、挙句、着地したのがとってもこわ~い青年の掌の上なのだから、慄然(りつぜん) と硬直してもおかしな話ではない。 いや、真っ当な話だ。 もしかしたら、リツソよりカルネラの方が常道性があるかもしれない。

「お前はリツソの供でありながら、何故リツソの元に居ないのか」

キューイ・・・と一声上げて目線を逸らせ下を見、腹の白い部分が隠れる。

「何故リツソの元に居ないのかと聞いておる」

それはそれは、落ち着いた恐ろしい声だ。 カルネラの背筋が凍り、総毛が逆立つ。

「今からハクロがお前をリツソの元に連れてゆく。 リツソが何を言うかは分かっておる。 リツソに何を言われても、お前は先程まで居た木の下にリツソを案内せよ」

「・・・」

「話が分からぬのか、返事が出来ぬのかどちらだ」

供とはその主の知識や想いに応じて感応し成長する。 キョウゲンが何も言われずとも、カルネラを探しに飛び立ったのも、キョウゲンがこの青年に感応していたからである。 青年の考えは言わずとも分かる。

カルネラからの返事はない。 言い換えればリツソとの関係がまだ持てていないのかもしれない。 それとも、リツソがこの程度なのか。

白銀黄金の狼が呆れてカルネラを見る。 そして言葉を発したのが黄金の狼、シグロだった。

「カルネラ、我らは話がある。 その間にお前のすることをしな。 今からハクロがお前をリツソ様の所に連れて行く。 その後、リツソ様をお前が先程まで居た木の下に案内せよ。 分かるか?」

カルネラがコクリと頷いた。

「では、ハクロの背に乗ってリツソ様の元に行け」

言われ、とってもこわ~い兄上がハクロの背にカルネラを乗せようとしたが、手を止め眉を顰めた。 そしてハクロの頭の上にカルネラを乗せた。

ハクロは何故、カルネラを頭の上に乗せたのかが分からない。 思わず両の目で己の頭の上を見た。

「ハクロ、水浴びでもせよ。 あまりに汚れすぎている」

リツソの涙とヨダレと鼻水で汚れ固まってしまった毛並みのことを言っているのだとすぐに分かった。 そう言えばリツソに汚されてからは、この主である青年に会った後は明日の朝日が見られないと気落ちして過ごしてきた。 背の汚れをすっかり忘れていた。

だが、今にしても主に今までのことを何も報告できていない。 

そうだな、明日になる前に身綺麗にしておかねばな、と思った時、明日の朝陽を見ることが出来ないのに、これはせめてもの白銀の毛を持つ矜持の足掻きだろうか、とハクロが心に思った。 そんな己に嘲弄を覚える。

「あとは任せたぞ」 そう言い残したハクロが走り出した。

ハクロを見送った青年が、黄金の狼のシグロを見るともなく小さく呟いた。

「カルネラがあの程度では、リツソもまだまだのようだな」

青年が言ったが、それに異を唱えた黄金の狼である。

「それが・・・」

と、話し出したのが、リツソが北の領土に行ったという事であった。 誰のところに行ったのか、それも四方の許可も得ず。 そしてそのリツソを北の領土まで運んだのは己らだということも。 どうしてそういう運びになったのかの理由も。

三度、北の領土に運んだという事も、切っ掛けとなった紫揺の存在も勿論話した。 この頃には白銀の狼、ハクロもリツソの元から戻って一緒に話をしていた。 そして北の領土であちらこちらに火や水が噴きだしていたことも。

「―――以上であります」

白銀黄金の狼が話し終えるまで、青年は一言も口を挟まなかった。

「そうか。 火はどれくらいのものだ?」

「今はまだほんのわずかな火ですが、範囲は広いようです」

「五色に消せるか?」

「はい。 充分に」

「ではまだ、心配はいらぬな。 だが、怠ることなく注視しておいてくれ」

「はい」

「その者が北の領土の者でないのは確かなのだな」
紫揺のことである。

「はい」

「何処から来たと」

「その者は迷子と言っておりました」
狼は耳が良い。 リツソにそう言っていたのを聞いていた。

「迷子か・・・」 潜考するが思い当たらない。

沈思黙考している己の主に畏れながらも尋ねる。

「我らは・・・ハクロと我が糾問され、その罪に処されることは相応かと思います。 ですが―――」 他の狼たちを守りたい、と言いかけたが、青年が最後まで言わせなかった。

「なぜお前たちが処されるのか」

「我らはリツソ様を勝手に北の領土にお連れしました。 それも三度も」

ハクロが言うと、シグロも隣で頷いている。

「二度目はお前たちが北に連れ出したのではなかろう。 リツソが勝手に北の領土に入ったのだろう」

言われ、確かにと思う。 リツソが北の領土に入ったところで泣きべそをかいていたところを茶の狼が見つけ、その報告を聞き慌てて走り出したのだから。 だが、その後に紫揺の所に連れて行ったのも確かな事実。

「それはリツソに言われ、否応なくであったのであろう」

「で、ですか!」

「なにも気に揉むことはない。 リツソのことは父上も俺も分かっておる。 お前たちのせいではない」

「それとこれとは・・・」

ハクロとシグロがどうしたものかと目を合わせる。

「お前たちはよくやってくれた。 子細を父上に言わずともよい。 具申しても父上も同じことを仰るだろう」

白銀黄金の狼が僅かに安堵の色を示した。 その色を見た青年が白銀黄金の狼に一言いった。

「手間をかけたな」 と。

そして

「それにしてもその者は、狼たちが困っているのさえ、リツソは分かってない。 確かにそう言ったのだな」

「はい」 

「それはおかしい」

「は? 何故でございましょう?」

「ではなにか、お前たちは胡坐でもかいて腕組みをし、眉間に皺でも寄せて困り顔を作っていたのか?」

「は?」 二匹が素っ頓狂な声を出した。

「そんな事はしていないであろう。 普通なら、狼を見ただけで恐がるものだ。 それもお前たちのような大きな身体の狼だ。 その狼が困っているとまで考えられると思うか」

「・・・そう言われれば」

二匹が顔を合わせ、今、主に何か話し漏らしたことがあるだろうか、と考える。

「その者がお前たちの話を聞いたと思わんか」

「わ! 我らの話を聞いたと!?」 二匹が同時に言った。

「その者はリツソに、父上に心配をかけてしまう。 とも言っておったのであろう。 どうしてそんなことを言ったのか」

「そ・・・それは。 ・・・リツソ様が最初にご領主のことをお話されたからだと・・・」

「普通、あんなチビが夜遅く一人でいたなら、母上に心配をかけてしまうと言うのではないか? だがお前たちはその時、父上がご心配をなさると言っておった」

「た、確かに。 で、ですが、お言葉を返すようですが、我らの言葉を聞き取れる人間など、この本領以外に考えられません」

「まぁ、そう考えるのが道理だろう。 このことは姉上に頼むのが一番いいかとは思うが、姉上はまだ暫く帰ってこられない。 とにかく今晩、俺が行ってみよう」

二匹の狼は主の言ったことが、まだ信じられないという顔をしている。

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