大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第116回

2022年11月18日 20時56分19秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第110回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第116回



「今日、芥(あくた)を漁っていてちょっと気になる物を見つけました」

雑用係に徹している享沙が懐から紙片を取り出すと、小さな光石でそれを照らす。
紙片には『明後日、黒山羊』と書かれていた。

「他に二枚、同じことが書かれていました」

「誰の芥入れに?」

誰から出たゴミか分かるように、ごみ箱を置いたのは杠である。 それまでは部屋の隅に大きなごみ箱があっただけである。 よって、誰もが机の端にゴミを溜め、まとめて大きなごみ箱に捨てていた。

『芥入れの始末くらい私がしますので、どうぞお気になさらずお使いください。 その方が卓の上もスッキリとするでしょう』と言って、邪魔にならない程度の箱を椅子の端に置いて回った。

「志知貝(しちかい)、荒未(あらみ)、周佐(すさ)です」

「裏はどうなっています?」

「裏?」

これは反古紙である。 裏には書き損じが書かれているだけの所謂(いわゆる)メモである。
これは杠が雑用係が必要と思わせるようにした一つであり、こうして情報を掴む手でもあった、杠が何気にやりだしたことだった。

反古紙を小さく切って覚書にした。 これ見よがしではないが、それを片手に『ああ、そうだった。 これもだった』などと言ってみると、何のことかと他の者が食いついた。
『ああ、これですか? 反古紙を使って思いついたことを忘れないように書いているんです。 けっこう便利ですよ、反古紙なら遠慮も要りませんから』と、うそぶいたのだった。
日本のように百均でメモを売っているのとはわけが違う。 紙は溢れていない。
ああ、それは良い案だ、と聞いた者が頷き、それから広がっていった。 だが、反古紙を小さくメモサイズに切るのには手間が取られた。
これだけではなく、あれやこれやと杠が仕掛け雑用係が急募とされた。

訳が分からないが、杠に言われるままに紙片を裏返す。
杠が口角を上げる。

「上備(じょうび)からですね」

「え? どういうことです?」

「ここ、丸い印が見えますか?」

杠が指さしたところ、右端に小さく○がある。 戸惑いながらも享沙が頷く。

「上備の紙片全てにこの丸い印を付けました」

「え?」

「この紙片を渡したのはまず、上備でしょう」

その上備は今の席にいた。 そして書かれていたメモは三人分。 その三人は今の席にいなかった。 単純に考えて今の席の五人とメモを受け取った三人。 合計八人。
“黒山羊” は吞み屋である。 単に吞みたければ口頭の約束でいいはず。 わざわざ紙片を使っているということは見逃せることではない。 今は何をも怪しまなければいけない。

「もしかして・・・全員の紙片に印を入れているのですか?」

杠がニヤリと笑った。 決して紫揺に見せない笑みである。

「思いもつきませんでした。 俺は切っているだけでした。 言ってくだされば印くらい入れましたのに」

「気にすることはないですよ、これくらい」

毎晩、二重帳簿を探しに忍び込んでいるのだから。
=△□+*・・・他にも一人一人、色んな印を入れている。 反古紙であるが故、印を入れても目立ったものではない。

それにしても二重帳簿が見つからなかったのは、最初っから無かったというわけか。
あくどいことをしている文官所長とはいえ、文官。 文官の性格(たち)からして必ずあると思っていたが、当てが外れていたようだ。
だが今まではそうだったかもしれないが、あの文句を聞いている限りでは都司にかなり不満を持っているようだ。 二重帳簿が無くとも、分配を書き留めたものを残している可能性は大きい。

それに都司は大店の出ということだ。 二重帳簿などという言葉を発したということは、帳場を任されていたのかもしれない。
帳場を任されていた者は、収支を書き留めなければ気が済まない者が多い。 だが都司はここに証拠が残るようなものは置いていないだろう。

「二重帳簿は作っていないと言っていましたが、なにか近いものを見ませんでしたか?」

渋い顔をして享沙が考え込む。
数舜後、口を開いた。

「それに近いものを見た気がします、文官所長の卓の上で。 ですがすぐに文官所長が入ってきたので一瞬でした。 名と数字が並んでいたのは見たんですがあまりにも一瞬でしたので」

掃除の時にでも見たのだろう。 やはり書き留めていたのか。

「文官所長の部屋に行きましょう」

家に持って帰っているかもしれないが、無駄と分かっていても1パーセントに賭ける。

文官所長の部屋を漁っている時、人の気配がした。 杠と享沙が目を合わせたかと思うと、手に持っていた光石を懐に入れ身を隠す。 だが部屋にある光石を覆ってある布を剥がし、照らされればお終いだ。

部屋に入ってきた相手は光石を手に持っていた。 その顔が照らされる。 京也と巴央であった。
おどかすな、と言いたかったが、口を噤(つぐ)み杠が姿を現す。

「どうでした?」

都司には京也が後を追い、文官所長の後に巴央がついていた。 享沙に続いてこの二人も杠の指示のもと、かなり足音を消し気配を消すことが出来るようになってきていた。

「なんてことはない、家に帰った」

都司の後を追っていた京也が言う。

「こっちも同じ。 行った先は吞み屋だけどな。 あとに何かあるとは考えられない」

言った巴央が挑戦的に杠を見る。

「そうですか。 ご苦労様です」

「そっちはどうなんだ?」

京也が問う。

「最中です。 ここで探し物を見つけたかったのですが、どうも存在しないようなので次は都司の家に忍び込みたいと思っています」

「都司の家?」

思わず京也が訊き返したが次の問いが投げられた。

「で? 今は何を探してんだ?」

京也に続いて巴央が問う。

「分け前を書いたもの」

「分け前? そんなものを残してるのか?」

「沙柊(さしゅう)がそれに近いものを見たようです。 それにあの文官所長は残していると思います」

「沙柊の見間違えじゃないのか?」

沙柊と言われた享沙はまだあちらこちらを探している。

「そうであっても確認が必要と思います」

「そうであっても? オレは毎日毎日、文官所長の後を追っている。 アイツはいい加減だ。 どうしてあんないい加減なヤツをいつまでも文官所長に置いておく!」

「その文官所長を落とすために動いています。 置いておかなければ意味がありません」

「動く? アイツのいい加減さは分かってる。 これ以上足踏みをしていてどうする。 さっさとマツリ様に報告してとっ捕まえてもらえばいい!」

「一人だけを挙げたとしても何も変わりません。 それにそのお名を口にしないよう」

「チッ」

「今日はもう帰っていただいて宜しいかと。 ご苦労様でした」

「そっちはまだするんだろ」

巴央を一瞥して京也が問う。

「ええ、ですが日中はお二人のように力仕事ではありませんから体力はまだ残っています」

京也は厩番だ、厩舎の掃除だけでなく馬の世話もしている。 巴央は使い走りだ。

「ありました」

杠が話している間にも享沙があちこちの抽斗(ひきだし)を探っていた。 この部屋は無駄に抽斗が多い。
部屋の奥隅に置かれていたちょっとした物を置く卓の前に立っている。 その卓にも抽斗がついていた。
巴央が部屋を出て行った。
杠と京也が享沙の元に寄り、享沙が光石で照らしている紙を覗き見る。
そこには日付と分配の額、名が書かれていた。 だがそれだけではなかった。

「これってもしかして?」

享沙が言う。

「ええ、掠(かす)めた先ですね。 何かの時の覚書でしょう」

やはり文官所長も文官の性格(たち)は捨てきれなかったようだ。

これは数日前にまとめて支払われた備品代とその日支払われた備品代と他である。
巴央が使い走りをしている店の名も書かれているし、柳技の裏の名である “弦月” も書かれている。 そして覚えのある他の店の名も。
弦月の売り物は高値のものは無くその場で支払っている。 官所で使うものは官所で払い、個人的に欲しいものはその個人が払う。

弦月から買ったものは高価な物がないにもかかわらず、分配一人分は銀貨二枚となっている。 二枚を八人で、それだけで銀貨十六枚。 少なくとも弦月から銀貨十六枚分の買い物をしたということだ。

「有り得ませんね」

「ええ。 たしかこの日、弦月からは官所として筆を六本買っただけでした。 あとは個人的に何やらを買っていたようですが、全部合わせても銀貨十六枚もしないはずです」

「筆六本でいくらになるんだい?」

「銀貨三枚です」

「ってーことは? 柳技・・・っと、弦月に支払ってもない金を支払ったようにして官所から出してそれを懐に入れてたってことで?」

少なくとも官所から実際の筆代である銀貨三枚と、分け前である銀貨十六枚を足して合計銀貨十九枚は出したということになる。

「はい、多分。 いえ、それしか考えられません」

「税の誤魔化しだけじゃなかったってか」

「そのようですね」

「要らないものを見つけてしまいましたか」

わざとらしく言う。

「ええ、仕事が増えました」

杠も同じように返し続けて言う。

「まあ、税を誤魔化すくらいです。 こんなこともやっているでしょう」

最初っから織り込み済みだ。

「それにしても、ざっと見て一人・・・金貨十枚はあるんじゃないか?」

「ええ、そのようです」

「ふざけんじゃねーってんだ! オレ等が金貨一枚でも手に入れようと思ったら、どれだけ光石を運ばなきゃなんなかったと思ってんだ!」

「締め上げてやりましょう」

杠のこの笑みを見たら紫揺は杠を兄と呼ぶだろうか。

「それにしてもこんな風に書き残しているのなら、必ず二重帳簿があると思うんですけどねぇ」

本当に残していないのだろうか。
いったいどこに隠しているんだろうかと、薄暗い部屋を見渡す。


二日後の朝、絨礼と芯直が官吏たちの住む家の周りをウロウロしていると、芯直が正面から誰かにぶつかられた。

「ッテ!」

「ああ、悪い悪い」

ぶつかった相手が手を取って芯直を立たそうとした時に手に何かを握らせた。

「ボォーッとしてんじゃないぞ」

「そっちがボォーッとしてぶつかってきたんだろが」

襟元を直すように握らされたものを懐に入れる。

「ケッ、活のいいクソガキだっ、ガキは早く帰って寝な」

そう言い残すと男が走って行った。
二人で走り去る男に蹴りを入れる真似事をしている。 二、三回繰り返し足を下ろした時、芯直が小声で言った。

「絨礼、文だ」

「ってことは、いま巴央が言ったのは戻って文を見ろってこと?」

「そうだろうな、ってか、ぶつかるんなら絨礼にしとけばいいのに。 あー、尻が痛い」

「巴央は加減を知らないからね」

お前がぶつかられればよかったのに、と言われているにも拘らず芯直の衣に付いた砂を払ってやっている。
二人でぼそぼそ言い合っていると後ろから声が掛かってきた。

「アンタたち、本当に仲がいいねぇ」

「あ、千依(せんえ)おばさん」

ここをウロウロしだして顔見知りになった内の一人だった。 手には包みを持っている。

「あっ、ほら芯ちょ・・・朧(おぼろ)、あれ返さなきゃ」

「あ、そうだった」

朧と呼ばれた芯直が懐から包みを出そうとして、巴央から握らされた文が顔を覗かせたのを見た絨礼が慌てて芯直のまえに塞がるようにする。

「あ、襟元がおかしくなるよ」

などと白々しく言いながら文を自分の懐に入れ、芯直の懐から包みを出し襟元を直してやる。

「淡月(たんげつ)って、いつ見ても優しい子だねぇ。 どうだい? うちで働かないかい? 朧と二人で」

淡月と呼ばれた絨礼と芯直が目を合わせる。 マツリと知り合う前だったら、飛び込んだだろう。 だが・・・。

「兄ちゃんが十五の歳になるまでは面倒見てやる、働くなって言ってるから」

「ああ、アンタらの兄ちゃんもエライねぇ」

「はい、これ。 有難うございました。 美味しかったです」

前にこの包みに菓子を入れてくれていた。 「帰って兄ちゃんと食べな」と言って。
この千依だけではなく、この二人はここらで気に入られている。 とくに絨礼は言葉使いもちゃんとしているし、二人とも愛想がいい。
その絨礼の言葉の良さは虐められていた郡司から殴られながら身に付けたもの。 何がどう転ぶかなど分からないものである。
ここは六都の人間の住む一帯ではなく派遣された官吏たちの住む処だ。 武官文官家族が住んでいる。 二人がウロウロしていても身の危険はかなり少ない。

「ご丁寧に。 ほら、今日はこれを持って行きな。 朝早くからたんと饅頭を作ったから」

「わっ! 饅頭!? オレ、饅頭には目が無いんだ! 千依おばさんありがとう!」

絨礼のように言葉は丁寧ではないが、芯直のこの素直な表情も気に入られている一つである。

「有難うございます。 いただきます」

包みを持ってホクホクしている芯直の横で絨礼が頭を下げている。

「それじゃあね」

千依が家に戻って行くと、包みを抱いたまま帰るまで待ちきれないといった具合に、芯直が鼻の穴を広げて包みの上から匂いをかいでいる。

「本当に好きなんだね」


弦月(柳技)、淡月(絨礼)、朧(芯直)。
杠が宮都内で六人をそれぞれの長屋に連れて行った時、全員に言ったことがあった。
『裏で動く時の名を考えておくように』と。
大人三人にも言ったが柳技と絨礼、芯直を長屋に入れた時にも同じことを言った。

『名なんて・・・考えられない』

『なんでもいい。 自分で覚えやすい名でいい』

『杠はなんて名?』

『俤。 マツリ様に付けて頂いた』

『ならオレは杠に付けてほしい』

『芯直、一人だけずるい。 オレも』

『オレも杠につけてもらう』

『わっ、弱ったな』

そう言ってしばし考えた後、おもむろに墨をすりだした。
勉学をするための長屋でもある、書き物の用意は事前にしていた。
三人を連れてきた時には月が出ていた。 その見えた月のことを文字にしようと思い立った。
筆を動かすと “弦月” “淡月” “朧月” と紙の上に書いた。

『げんげつ、たんげつ、おぼろづき、と読む。 今日は霞んで見えた半月だった。 霞んで見えたのはちょっと寂しいが三人の始まる日だ。 これでどうだ?』

『おもかげってどんな字を書くの?』

芯直にそう訊かれ、俤が空いている所に書いた。

『オレ、俤みたいに字が一つがいい』

うーん・・・、と言って筆をおくと腕を組み頭を絞る。

『今日の日に関係なくてもいいか?』

『あ・・・そんな風に言われたら、それは寂しいかもしれない』

『うーん・・・、それじゃあ、朧だけでは駄目か?』

弦でも淡でもいいが、それでは簡単に意味が伝わらなくなるから。 と付け足す。

『ふーん、芯直、それって良くない? 朧ってなんか格好いいし』

『え? あ? そうかな』

『うん、それに俤と同じで “お” から始まるよ』

俤と同じ一文字で同じ “お” から始まる。 “朧” という字を見て顔がニヤついてくる。
そして柳技が “弦月” を指さした。

『オレ、これがいい』

『じゃ、オレはこっち。 これで決まりだ。 杠ありがとう』

『残ったもので良いのか?』

絨礼の過去はマツリから聞いている。
郡司から足蹴にされ、それこそ牛や馬のように働かされ、口の利き方が悪いと叩かれていたそうだ。 それでも文句ひとつ言わずただ耐えていた。 逃げなかった。 逃げれば親の元に行くぞ、と郡司に脅されていたからだ。 その親には口減らしとして放られたのにと。

『残るも何も、どれも杠が考えてくれたんだから』

『そうか。 気に入ってもらえるといいがな。 それと、これからは官吏の衣を着ていない時には俤と呼ぶように。 互いの名もな』

そんな事情でこの三人の裏の名前が決まった。


長屋に戻った二人が顔を寄せ文を見る。
文には享沙の字で “黒山羊” に行くようにと書かれていた。 そしてその後の指示も、それまでの指示も。 だがそれまでの指示が少々不服のようだ。

“黒山羊” は呑み屋だ。 まだ十五歳になっていない二人が行くには眉をひそめてしまわれるだろうが、ここは六都。 誰もそんなことを気になどしない。

「夕刻になるまで寝てろって」

「オレらを餓鬼扱いしてんな、絶対」

片手に饅頭が握られている。

「でも官所が終わってからだろ? そうなると遅くまで居なきゃなんないだろうし、たしかに眠くなってくるかもしれない。 芯直なんていっつも一番に寝てるじゃないか」

「うぅぅ・・・」

饅頭を口に入れたまま突かれたことに微々たる反感を試みた。

「杠とかは行かないのかな?」

「あ、コラ、俤って言わな、きゃ・・・」

二人が目を合わせる。

「しまった」

声を合わせると辺りをキョロキョロ見まわすが、誰が居るわけでもない。 だが長屋は壁一枚で会話も筒抜けだ。

「オレらいつからこの名で呼んじまってたっけ?」

杠からは官吏の衣を着ていない時には俤と呼ぶように言われ、三人も互いにどこでも裏の名で呼ぶようにと言われていたのに。

「わわわ・・・。 いつからだろう、うっかりしてた」

「柳技が居る時はちゃんと呼び合ってたよな? でないと怒られるし」

「わっ、だから柳技じゃなくて弦月っ!」

思わず叫んでしまい薄い壁に目を移す。

「だ、大丈夫だよな? 隣とはまだ会ったこともないくらいだし」

長屋の端の部屋である、隣は片方だけ。 だがこんなこともあろうかと三人には言っていないが、隣は俤の名で借りている空き部屋であった。

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