大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第111回

2022年10月31日 21時19分10秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第110回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第111回



「なんだか・・・辛気臭いなぁ。 若いもんが頭で考えてんじゃないよ」

胡坐をかき後頭部を掻きながら巴央が言う。

「若いも何もまだ餓鬼だ。 怖けりゃ迷うだろうよ」

こちらも胡坐をかき、手を後ろについてふんぞり返っている京也である。

「怖くなんかない!」

「へぇー、意気がいいじゃないか。 若いもん・・・餓鬼はそれくらいでないと辛気臭くてたまらん」

「ああ、それにこの三人、なんだ? その身体。 オレが鍛えてやろうか?」

自慢の腕を見せる。
見せられなくてもずっと見えていたが、敢えて力を入れられると、その隆起が盛り上がりそこに太い血管が浮き出ている。
この三人と言われたヒョロっこい身体をした三人。 改めて大人たちを見ると全員がガッシリとしている。 その中でも今腕を見せた男は筋肉の塊のようだ。

「六都にこだわりがあるのか?」

京也を見ていた芯直に深く染み入る声が掛かった。

「・・・」

「六都に居た俺を疎んじているなら、俺がマツリ様から身を引くが?」

「そんな! それじゃあ誰がオレたちに学を教えてくれるんだ!」

一番に教えて欲しいと言った柳技が声を荒げて言う。

「手本となるものをすぐに作ろう。 それを元に覚えていくといい」

「そんな簡単に言わないでくれよ」

絨礼が眉尻を下げて言い、享沙を見ていた目を芯直に移す。

「お前、はっきり答えろよ。 六都が嫌なのか?」

「・・・イヤだ。 物を盗ってこい、家に忍び込め。 アンタはそんな金で育ったんだよな」

汚いものでも見る目をして享沙を見る。

「ああ、さっきも言ったがそれは消せない。 そう言われても仕方がない」

享沙を見ていた目をマツリに転じる。

「マツリ様、オレ帰ります」

ずっと黙って見ていたが、そろそろ来るだろう。 だから「そうか。 残念だ」とだけ言った。 それ以上言う必要は無いのだから。

「お前たちは教えてもらうと良い」

マツリが立ち上がると、芯直も立ち上がりマツリの後ろについた。
襖を開けると四方の従者が控えていた。 従者がマツリを覗き込むとマツリが頷く。 門を潜らせろということだろう。

「こちらだ」

従者の後ろをトボトボと歩く芯直。

芯直を部屋から出すと椅子に腰かけ直したマツリ。

「マツリ様、よろしいのですか? 子の方が俺よりずっと長く働けます」

「心配せずともよい。 戻ってくる」

何人かが目を瞬(しばたた)かせた。

「では、この五人は我の下につくということで良いのだな?」

顔を引き締めた大人三人と、まだ幼さの残る二人が口を引き結んで頷く。
それからはマツリの下につくということの意味を詳しく話した。


「あ、杠殿」

前から杠が歩いてきた。

「もう話が進んでいるようです」

「遅れてしまいました」

「四方様がお離しにならなかったのでしょう、致し方ありません。 出来が良いのも考えものですな」

「いいえ、そのようなことは・・・この童は?」

従者の後ろに頭を垂れて立っている芯直。

「マツリ様のお話の途中で出てきました」

「・・・ああ」

「武官に送らせて帰します」

来た時も武官が迎えに来ていた。 だから三人とも郡司の前から宮に来ることが出来た。

「いや、待っていただけますでしょうか」

「はい?」

従者の後ろに回りこんで腰を屈める。

「名を何という?」

「・・・」

「名くらい言えるだろう」

マツリとの話の中で何があったかは分からないが、マツリが簡単に帰すわけがない。

「おい、答えんか」

「ああ、構いません。 己がこの子を預かります。 どうぞお戻りください」

「え? だがマツリ様から帰すようにと言われておる」

「はっきりと仰いましたか?」

マツリは頷いただけだ。

「あ・・・いや、それは」

杠がどういう立場なのかを知っている。 とは言え、マツリから預かった子を杠に渡していいものだろうか。

「少し話をしてみるだけで御座います。 それでも帰ると言うならば己が門まで連れて行きます」

従者が答えを選びかねているのが分かる。

「預かり物をいただけますか?」

マツリから持たされているだろう。 今日一日潰させたのだから。
必要はないが、従者から取り上げれば諦めもつくだろう。

「あ、ああ。 それでは・・・お頼みする」

懐から金の入った袋を取り出すと、ジャラっという音をたてて杠に預けた。
有難うございますと、軽く頭を下げ童の背中を押した。

庭の飾りとなっている大きな石に腰を下ろした杠。 その前には同じように石に腰を下ろしている芯直がいる。

「そうか、芯直という名か」

杠の名は先に言っている。 そしてどうして部屋を出てきたのか、原因である六都を追い出された育ての親のことも聞いた。

「だがその男は、そんな六都が嫌で六都を出たと言ったのだろう?」

そうだ、だから簡単に言い出せなかった。 それに傷つけるようなことも言った。

「芯直は真っ直ぐなのだな。 マツリ様はそういう者を望んでおられる」

「では、あの男も真っ直ぐだと言うのか?」

「ああ、マツリ様の目に狂いはない」

「・・・六都で育ったのにか?」

「何処で生まれようが、何処で誰に育てられようが関係はない。 己がどう生きるかだ」

「え?」

「芯直が育ての親から戻されたのは、芯直がその生き方を選んだからだろう。 その男も同じと思わんか?」

目を瞬かせている芯直を見て微笑むと話を続けた。

「己も郡司から育ての親に回された。 酷かったぞ、結構。 だが食わしてもらっているのは事実だからな。 ああだが、白飯は食わしてもらえなかったな。 芋と・・・木の実か。 まぁいくらも食わしてもらわなかったけどな。 だがその恩は返さなければならんだろう? だから十五の歳まで働きに働き詰めた」

「幾つの歳から?」

「五の歳からだ」

自分は郡司の元で働いて入るが、そう酷い扱いを受けていたわけではない。 それに白い飯は食えている、皿に乗ったおかずもある。

「そして十五の歳を迎えたと同時に育ての親の元を出た。 もう、芋代は返せただろうからな」

ああ、衣代もか、と笑いながら言っている。 その衣がまともでないのは、たとえ童といっても話から想像できる。

「出てからどうしたの?」

「ちょっと縁あってな、マツリ様を訪ねた。 まあそこのところを話すと長くなる。 それからマツリ様の下で働いている」

「え?」

「芯直がこれからしようとしている事と同じだ」

「・・・いや、だって、オレは出てきた」

「出たのならば入り直せばいい」

芯直が俯く。

「それに謝らなければいかんだろう?」

ピクリと俯いた頭が動く。
芯直が男に酷いことを言ったと後悔しているのは、話を聞いている中で明らかに感じ取れた。 特に地下で人の機微に敏感になっていなくとも分かるほどに。

「行こうか」


「杠と申す」

椅子を除け畳に胡坐をかいていたマツリから少し後ろにずれて座している。

芯直を伴って戻ってきた杠が回廊に座る従者に金の入った袋を返すと、従者が呆気にとられたような顔をしていた。
そして部屋に戻ってくると、芯直が享沙に「言い過ぎた。 すまん」と頭を下げ、マツリに向き直ろうとするのを「よい、座れ」と軽く手を上げ止めると「大雑把に我の下につくという意味を話した。 あとで誰なとに聞くがよい」そう言った。
その中で杠のことも話していた。 杠がどういう立場にあるのかを。

「こんな若いのの下にですか?」

一番年長の京也が不服そうに言う。 それはそうだろう、京也はまだ四十にはなっていないが、という歳だ。 対して杠は二十二歳。 一番近いのが巴央だが、それでも杠より二つ三つ上だ。

「それに・・・ナリだけじゃなくて完全に官吏じゃないか」

その巴央が眉根に皺を寄せて言う。
マツリから聞いた杠の話しは、少し前まで地下に潜っていたということだった。 そうであれば気が楽だ。 地下に潜るほどなのだ、気安く話せるだろうと思っていたのに、それがなんだ、まるで生まれた時から官吏のような顔をして座っているではないか。

「官吏にはなりたてです。 親はなく、十五まで辺境で育ての親の元で暮らしていました。 そのあとは皆さんと同じようにマツリ様の下で働いています」

“おります” “御座います” は下で働くものに使うべきではないだろうが、どう見てもいま話している者二人ともう一人、芯直が頭を下げた者は己より歳が上。 さきほど芯直に話したような話し方は出来まい。 それにこの話し方が逆なでをすることもなく、一番無難であろう。

杠が言った事を先に聞いていた芯直が何故か優越感を覚える。 杠には好印象を感じていた。 先ほどは胡坐をかいていたが、今は杠に倣って正座をしている。
その変化に気付いているのはマツリだけだった。

「へぇー、辺境の出から、それも育ての親の出からで官吏になれたのか?」

「マツリ様の下で働くということは、潜り込むために学が必要。 己の身を守らなければならないときもあります、体術も必要。 最初にマツリ様から教えていただいたので、それが良かったのでしょう」

「ふーん・・・」

顎を撫でながら言うが、体毛が薄いのだろう、その顎に髭の跡はない。

「地下に居たとマツリ様から聞いたが、そんな話し方で地下によく居られたな」

黙ってしまった巴央に代わって京也が言う。

「赴いた場所で話し方は変えます。 地下に行く前はあちらこちらに居ましたから、それなりに方言も分かります。 何なら試してみますか?」

マツリの顔を見ると苦笑しながら頷いている。

「試すって?」

問われ、応えるように端座を崩すと片膝を立てた。

「おめーに何を言われる筋合いはねーんだよ。 黙ってな」

言い終わると片方の口の端を上げて目を据わらせている。
今までの声より低く発しただけ。 大声を出したわけでもないのに威圧に押され尊大に見える。
その豹変ぶりに誰もが驚いた顔を見せている。 マツリだけがクスクス笑っている。

「あまり杠を挑発しないでくれるか、宮内で誰かに見られると困る」

杠を受け入れるかどうか、黙って見ているつもりだったが思わず口を開いてしまった。
姿勢を戻すとマツリに軽く頭を下げた。

「こりゃいいや、面白い。 楽しませてもらおうか」

京也が手を叩いて笑い出した。
まるで金縛りにでもあっていたように固まっていた歳浅い二人と柳技が、目をパチクリさせている。

「ま、オレは様子見だな」

マツリに付くかどうかではない。 杠を認めるかどうかということ。
巴央が言うのを聞いてマツリが享沙を見ると、黙って頷くだけだった。

「お前たちは」

芯直が杠を受け入れている、というか、もう杠の手の中にあるのは分かっている。 柳技と絨礼に問う。
杠の豹変ぶりに相当驚いたのだろう。 首を何度も縦に振るだけだった。

マツリが芯直に訊かないことは分かっていた。 だがまだ歳浅い芯直には省かれたように感じるだろう。 ましてや一度部屋を出た身なのだから。

「芯直は話を聞いていなかったな。 マツリ様の下に付き、働くということだが、それはマツリ様に直接ではない。 間に己が入るということだ。 それでいいか?」

杠に問われ、神妙に深く頷いた。 それに笑顔で応えると表情を一転させ、全員を見渡した。

「いま己が見せたように、色んな立場に扮してもらいます。 わざと人の目につくようになのか、隠れるようになのか、その時々で変わります」

どちらかといえば優しげな顔でいた杠だったが、ここにきて厳しい表情と硬い声に変えてきた。

(上手いものだ・・・我には出来んな)

マツリがそんなことを考えているとは露とも知らない杠である。

芯直がモゾモゾとしだした。 すかさず杠が見る。

「痺れがきれてきたか?」

「・・・はい」

そう言われ、芯直が正座をしていたのだと全員が初めて気付いた。 先ほどは胡坐をかいていたはず。 いや、改めて胡坐をかいていたとは見ていない。 享沙を除く全員が胡坐なのだから。 だから享沙は目立っていた。 そこで同じように正座をしていれば気が付いたはずだ。

「崩せばいい」

マツリに軽く頭を下げた後に杠が言った。 そして続ける。

「だがそれも鍛練の一つだと思うように」

誰もが、え? という顔を向ける。

「小坊主に、坊主に扮せといわれたらどうする。 正座が出来ねば扮することなど出来ない。 外に居られる従者の方はずっと端座をしておられる」

こんな時、子供は素直だ。 柳技と絨礼の二人がすぐに正座に座り直した。 享沙は最初っからずっと端座だ。

「こりゃ、思っていた以上に大変か?」

巴央が渋面を作りながら言う。

「ではやめますか? 今ならまだ間に合いますが?」

もうそこそこ話したのだ、間に合うはずなどない。 それを分かって訊いている。 マツリが選んできた者たちだ。 返事も分かっているのだから。

「とんでもない。 面白そうだ」

杠を見た後に京也を見る。 さっき京也が面白いと言ったからだろう。

「ああ、楽しませてもらおうぜ」


「杠殿」

回廊を歩いていると声が掛かり、振り向くと波葉が居た。

「ちょっとこちらに」

手招きをするが、話の内容は大体想像がつく。

「なにやらマツリ様が動かれるらしいな」

「はい」

何処から漏れたのだろうかと思うが、思い当たるのは四方しかいない。

「紫さまのことはどうすると仰っておられた?」

やはりか。

「動かれましたら、当分東の領土に行かれることは出来ないと思います」

「それでは困る!」

横を通り過ぎようとした女官が驚いた目を送ってきた。
白々しい咳払いをして女官に背中を見せる。

「己も明日から宮を出ます」

「え!?」

ゴーンと時を告げる鐘の後に、ドンドンドンと三度太鼓の音が響いた。 就業を知らせる太鼓の音である。

あの日、マツリとの話を終えると、用意しておいた長屋に六人を連れて行った。 六人はそこでしばらく待機である。 その間に柳技と絨礼だけではなく巴央、京也、芯直が享沙から文字を学ぶ。
そして宮都から派遣された文官として一足先に杠が六都に入る。 六都の報告書には目を通しているが、その報告書も如何なものか。 まずは官吏から精査するつもりだ。

「シキ様にご心配なきようお伝えください。 今はややのことだけをお考え下さるようにと」

「いや、だが、それでは!」

「シキ様をお守りできるのは波葉様だけで御座います」

では明日からの準備が御座います故、そう言ってその場を後にした。

「や・・・邸に入れてもらえるだろうか・・・」


「義兄上がそのようなことを?」

暫くはこうして呑むことが出来ないだろうと、マツリからの誘いであった。

「どうされるおつもりですか? あまりシキ様にご心配をお掛けしましたら・・・ややのことが御座います」

二十七歳で初産である。 日本に居れば何ということは無いが、この地では二十七歳にもなれば、もう末子を産み終えていてもおかしくない年齢だ。

「酒の席で御座いますはやめてくれと言っているだろう」

言いながら口を歪めて腕を組んだ。

「父上に申し上げたというだけでは、ご納得をされないということか」

マツリから杠が聞き、それを波葉に話し、そしてシキに伝わっているはずだ。

「シキ様はひたすらに紫揺のことだけを案じておられるのでしょう」

「姉上は・・・攫ってでも連れてこいと仰るか」

「ははは、そうされますか?」

グイッと杯を煽った。 手酌で注ごうとしたら、すかさずマツリの手が伸びてきた。 軽く頭を下げ酌を受ける。

「連れてきたとて忙しい。 これからは紫どころでは無いからな」

マツリらしい。 微笑を作って目を逸らせ窓を見た。 開け放した窓からは月明かりに照らされた夜空が見える。 こちらの窓から見えるのは岩山とは方向が違うが、紫揺の居る東の領土にも続いている夜空。

「今頃何をしていますでしょうか」

「なんだ? 恋しいのか?」

からかうようにマツリが言うと、窓を見ていた視線を下げた。 顔はまだ微笑のままだ。

「恋しい御座います。 マツリ様もそうでしょう」

「はっきりと言うのだな」

「マツリ様は何度も紫揺と会われておられますが、己はほんの数回です」

「だが抱きしめていたではないか」

杠の両眉が上がった。

(ほほぅ~、これは面白い)

「兄としての特権です。 それにマツリ様もそうされたいのであれば、抱きしめられれば良いでしょう?」

「張り倒されるわ」

拳で殴られたことは聞いている。 と言うか、マツリの顔を見て杠から訊ねた。

「有り得なくもないでしょうか」

肩を震わせて笑っている。

「ほんとうに・・・信じられん。 妹によくよく説教をしておくのだな」

思い出したのか、グーで殴られた頬を撫でている。

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