大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第110回

2022年10月28日 21時32分36秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第110回



「杠兄様とマツリ様は違うんですか?」

「え? マツリ?」

「だって私が本領で知っているのは、紫さまからお聞きする杠兄様とマツリ様だけですから」

今は喜作の名を伏せよう、道を外れてもらっては困る。

「そっか。 うーん・・・。 全然違う」

「どこがですか?」

「杠は・・・いっつも笑ってくれてる。 手を差し伸べてくれる。 私の思うようにって言ってくれる。 ・・・大きく包んでくれる」

「紫さまの何もかもを許されるってことですか?」

お付きたちからは嘆かわしい話を聞いている。 それを杠は許しているのだろうか、それとも本領では大人しいのだろうか。

「うううん、そうじゃないみたい。 杠とはほんの数回しか会ってないからどう変わるかは分からないけど」

紫揺が首を振る。

「うううん、杠は変わらない」

「紫さま?」

「杠はいけない事はいけないと言ってくれる。 優しく諭すように」

杠の一言一言が思い出される。

「・・・塔弥さんと似てるかもしれない」

「え?」

「ここのところの塔弥さんは厳しいけど。 でもそれって私が悪いからって分かってる」

「そんなこと・・・」

紫揺が首を振る。

「きっと杠も塔弥さんと同じことを言ったと思う。 杠の方が言い方は優しいと思うけどね」

それに甘えたいのだから。 杠の声が、笑みが、手を広げて紫揺を迎える姿が、その記憶が頭に浮かぶ。

「杠に会いたい」

「紫さま・・・」

「杠に会って・・・」

紫揺の口が塞がった。
杠に会ってどうしたいのか、何を言いたいのか。

「杠兄様に会って? それで?」

紫揺が首を振る。

「言ったところで会えないもんね」

ここで話を終わられては困る。

「えーっと、杠兄様って塔弥と似てるんでしょ? その・・・あれですよ、うん、杠兄様の代わりに、塔弥に言うとかって?」

苦しすぎるか・・・。 窮余(きゅうよ)の一策としても浅はかすぎるか。

「駄目でしょ。 塔弥さんは葉月ちゃんのものだもん」

まさか突っ込みも無しに乗ってくるとは思わなかった。

「いや・・・、べつにそんなことは無いでしょ。 いやいや、そういう問題じゃなくて、塔弥はお付きなんですよ? 紫さまのお話を聞くくらい当たり前ですよ?」

「杠は抱きしめてくれるもん」

「あ・・・それはキツイかも」

葉月ではなく、塔弥にとって。

「でしょ?」

「いや、私はどうでもいいんですけどね、塔弥には厳しいかなってだけで。 ってか、抱きしめて欲しいんですか?」

「・・・あ」

自分が言ったことに気付いていなかったようだ。

「私じゃ駄目なんだ」

少し不貞腐れて言う。

「そんなんじゃないんだけど・・・」

「うそうそ。 分かってますよ。 女に抱きしめられるのと、男に抱きしめられるのとでは、全然違いますもんね」

「そんなんじゃなくて・・・」

杠に会って何を言いたいのかではなく、抱きしめて欲しかったんだということが分かった。 気にはなるが、この話はこれくらいでいいだろう。 話を戻そう。

「杠兄様がどんな人か大体分かりました。 で? 杠兄様とマツリ様はどう違うんですか?」

「マツリは優しくな・・・」

『苦しかっただろう、悲しかっただろう、痛かっただろう・・・我にはそれが分からん。 紫一人でよう堪(こら)えた』
紫揺の口が止まった。 葉月が眉を上げる。

「マツリは・・・」

杠とマツリのどこが違う? 全然違うのに、マツリのことを兄だなんて思えないのに、どうして思い浮かばない。

「・・・マツリは、笑ってくれない」

『我は想い人を大切にする、守る。 何と思われていようがな』
『我の想い人は、紫ただ一人』

紫揺の言っている “笑ってくれない” は笑顔を向けないということだろう。
葉月はマツリを遠くから見たことはあっても、会って話したことなどない。 紫揺の首筋に口付けまでしておいて、笑顔を向けていないとはどういうことだろうか。

「笑ってくれないだけ?」

遠慮気味に問う葉月の顔をじっと見たと思うと、激しく首を振った。
紫さま、首がとれるよ! と言いたいのを抑えて紫揺の次を待つ。
激しく振っていた首が緩慢になり、振られていた短い髪の毛がボサボサのまま納まる。

「杠とマツリって全然違うのに、どこが違うか思い浮かばないの。 憧れ続けたお兄ちゃん以上だったのは杠なのに。 マツリなんて、あんなお兄ちゃん欲しいだなんて思わないのに。 全然違うのに分からない」

葉月が口角を上げると、次に溜息とも違う息を吐いた。

「紫さま? マツリ様はお兄ちゃんにはなり得ない。 でもマツリ様に笑って欲しいんでしょ?」

紫揺の髪の毛を手で梳いてやる。
されるがままの紫揺は、まるで何をされているのかもわかっていない仔猫のようだ。

「笑って欲しいっていうか・・・。 杠との違いが一番大きいのはそこかなって」

「そう思われるのは笑って欲しいからですよ」

「・・・」

「もう昼餉時がきますね。 明日また来ます。 そうですね・・・杠兄様の良い所は聞きましたから、今度はマツリ様の良い所を考えておいてください。 書き上げてもいいですよ」

「・・・学校の先生みたい」

「はい、それじゃ、先生からの宿題ですからね。 ちゃんと考えておいてください」

そう言って手をついてから出て行った。

「先生が生徒に手をついて頭下げないって・・・」

宿題と言った以上、学園物の番組も見ていたのだろう。



一月ほど前に遡る。

五都を見回って戻ってきたマツリ。

「お帰りなさいませ」

回廊でばったり会った杠が慇懃に頭を下げる。

「やめてくれって」

杠とは対等にいたいマツリだが、そういうわけにはいかないことは分かっている。 ただ、時々吞み交わす酒の席ではマツリの言を汲んで少々無礼講気味でいてくれる。
今、杠が宮に来る前の単なる主従関係とは全く違った関係を二人で築き上げている最中である。

就業の太鼓はとうになり終わっていたのに、杠の手には書類が乗っている。

「こんな刻限まで。 父上に諫言(かんげん)せねばいかんな」

「四方様もお忙しくされていらっしゃいますので。 如何でした? 五都は」

北の領土でトウオウが臥せったという話があった時もそうだったが、四方と杠の間はかなり通々のようだ。

「ああ、いくつかの長屋が潰されてはいたが、すぐに武官が取り押さえたらしく大事には至らなかったようだ」

「長屋? で御座いますか?」

「ああ。 暴動と聞いておったから、最初は貯蔵蔵(ちょぞうくら)や、都司の家かと思っていたが、そそのかされて気に食わぬ者の家を潰したといった具合だ」

「六都の者は何のためにそんなことを?」

「暇だったから、と抜かしおった」

マツリが腕を組んで口を歪め、杠が溜息をついている。

「六都の大掃除をするが宜しいでしょうか」

息交じりに言うが、本気で言っているわけではない。
六都のことはよく知っている。 地下に入る前にマツリに言われ六都にも居た。 あの六都は簡単にどうにかなるものでは無い。

「地下のようにか?」

半分笑いながら応える。

「地下に比べると広う御座いますか」

それにあの時は城家主の屋敷に踏み込んだだけだ。
うん? と言うと、マツリが何やら宙で考える様子を見せる。
目を戻すと杠を見た。

「良い案かもしれん」

「え?」


それから約一月後。

巴央(ともお)、京也(きょうや)、享沙(きょうさ)が宮に呼ばれた。 造幣所と採石場でマツリが声を掛けた者たちだ。
そして絨礼(じゅうらい)、芯直(しんちょく)、柳技(りゅうぎ)という者達も呼ばれた。

六人は優し~く捕らえられた乃之螺たちが入れられていた建物の中の一室に四方の従者によって案内をされた。
杠にさせるつもりだったが、頑として四方が杠を離さなかったからだ。 『一日、いや、数刻でも惜しいからな』 と言って。
それ程に杠は書類に長けているのだろうかとマツリが思うが、考えてみれば体術だけではなく、文字の覚えも算術の覚えも早かったし、一本筋は通ってはいるが、反対に融通もよく利く。 融通が利くということは頭が柔軟だということだ。 基本を教えてもらえば覚えるのは早いのだろう。

あの日、杠が言ったように六都の大掃除をしようと考えた。 マツリ自身も勿論だが、四方も六都には頭を悩ませている。 六都はこれからも問題を引き起こしていくだろう。
四方が本領領主から退き、順当に行けばマツリが四方に代わってあの書類の山に囲まれなければいけない。 そうなると思うままにならない。 自由に動ける今が好機だろう。
短い期間でどうこうなるものではない。 それだけに今動いていいものかという懸念が無くはないが、好機を逸してはどうにもならなくなるかもしれないと、踏み入れることにした。
まずは六都の大掃除のことを四方に話した。

『六都を!?』

『はい』

『どうやって』

『徹底的に押さえつけます。 その為に武官をお借りしたく思っております。 そして将来的に可能なら勉学をさせます』

『勉学? 六都にそんな所はないだろう。 それに教える者もおらん』

『はい。 それによる金をまわしてはもらえませんか?』

『わしの仕事を増やすと言うのか』

大きな嫌味を言いながらも、首を縦に振った四方であった。
四方に承諾を得ると、次に杠と段取りを話した。
段取りといっても六都の官所(かんどころ)のことは、送られてくる書面でしか分からない。 その書面が真実かどうかさえも分からないし、マツリが直接出向いても取り繕ってまともな話を聞くことができないことは分かっている。

以前、杠は六都の税を怪しんでいたことを言っていた。 まずはそこから着手する。
六都の都司はしょっちゅう変わる。 それが原因なのか、堂々と言えない何かがあるのか、それさえ分からない。

取り敢えずは杠が文官として、六都の官所に潜り込むということだ。 現状は杠が六都から送られてきた書面に目を通し、あくまでも書面上の状態をマツリに話した。
マツリはマツリで、杠にいま目の前にいる六人の話をした。


「遠路、苦労であった。 よく来てくれた」

歳がバラバラの六人が畳に座る一室にマツリが入ってきて開口一番がこれだった。
四方の従者が用意したのだろう、椅子が一脚置かれている。 ほんの逡巡の後、椅子に腰かけた。

享沙と京也だけは互いに顔見知りであったが、他の者たちは初顔合わせだ。 マツリに呼ばれれば宮に来るようと言われていた。 来る気が無ければ来なくていいとも。 だが六人全員がやってきた。

回りくどく言ってもややこしいだけ、単刀直入に言うと前置いてマツリが言う。

「我の下(もと)に付かんか」 と。

誰もが、え? という顔をした。

「決して表立ってのことではない。 裏で動くということだ。 俸給はそれなりに考えておる」

こんな時、互いに目配せたいが、生憎と京也と享沙以外は今日初めて会った相手。 京也と享沙にしても顔見知りというだけで目を合わせていない。

「俸給の問題じゃありません」

案の定、灰汁の強い巴央が口を開いた。

「ではどういう問題だ」

「マツリ様が何を考えておられるかは知りませんが、急にマツリ様の下に付けなどと」

「まあ、そうかもしれん。 だが我から言わせれば急ではない」

六人を見渡す。

「巴央、京也、享沙、絨礼、芯直、柳技」

一人づつに目を合わせ名を呼ぶ。

「お前たちを初めて見た時から決めておった」

眉をひそめる者、小首を傾げる者、指を動かす者、それぞれがそれぞれの反応を見せる。

「巴央、お前は汚いことが嫌いと言っておったな」

「はい」

「我にとってそれが大事」

巴央が眉根を寄せる。

「京也、お前は目を合わせることが大事といった。 我もそれが真にあると思う。 享沙、お前は己の身にあったことをよくよく分かっておる。 それが全ての糧となる」

京也と享沙が頷く。

「絨礼、芯直、柳技」

名を呼ばれて身を硬直させる。 この三人は柳技を除いて宮ではまだ童と言われる歳だ。 柳技にいたっては、やっと十五の歳になったばかり。

三人とも辺境の出である。 辺境は伊達に広い。 それぞれのいる辺境の郡司の元、育ての親を待つ身であったが、十五の歳になった柳技は童ではなくなっていた。 もういつ郡司が手放してもおかしくない。 いや、柳技が飛び出せばよかったのだ。
その柳技の身体には痣が絶えなかった。 郡司が足蹴にしていた。 柳技が出て行くと言ったから。

「まだ歳浅いが、お前たちには一本の筋があると見た」

マツリの話しの仕方から、今は絨礼と芯直に話の重点を置いているのが分かる。 その筆頭に居るのが己だと。 チラリと絨礼と芯直を見た。 どっちがどっちかは分からないが、歳浅いと言われればこの二人しかない。

「学がありません。 多分、他の二人にも」

マツリが口角を上げる。

「学が欲しければ享沙に乞うが良い」

享沙が驚いてマツリを見る。
学などない。 それなのにどうして。

「享沙、そんなに驚く顔をするのではない。 お前はよくやっておる。 それを伝えんか? まあ、お前にも柳技たちにもその気があるのならば、ということだが」

マツリの視線から誰が享沙なのかが分かる。
柳技が享沙に視線を送る。 それにつられて絨礼と芯直も享沙を見た。
この二人は共に口減らしとして幼少の頃、親から郡司に投げ渡された十二歳の少年である。 だが抑圧されてきたからなのか、十二歳にはとても見えない小柄であった。

「オレ・・・オレ、マツリ様の下に付く」

柳技が言う。

「教えて欲しい! オレ、このままじゃイヤだ。 どこかに・・・どこかに、売られるなんてイヤだっ! ずっとびくびくしてそれを待ってるだけだなんて!」

マツリが眉をひそめる。 同時に享沙も眉間に皺を寄せている。

「売られる? どういうことだ」

郡司に預けられれば金銭など発生しないはず。 養子縁組で終るはず。 誰が売るというのか。

「オレが売れれば、金が入る・・・。 でも、オレは・・・オレは物じゃない。 金に換えられるために生きてるんじゃない」

真実は分からないが、一度郡司を洗い直さなければいけないかもしれない。 もし柳技の言うようなら、郡司が十五の歳を迎えた柳技を手放すことなく足蹴にしてまで置いていた理由が分かる。
話が広がってしまった。 マツリが遠い目をしたかったが、今はその時ではない。

「では我の元につくのだな」

マツリが柳技に行った時、待ったがかかった。

「待ってください、それは許せません」

巴央であった。

「どういうことだ」

「こんな小童(こわっぱ)に先を越されたくありません。 オレが一番にマツリ様の下につきます」

「小童とはな。 オレから見ればお前も十分に小童だ。 巴央と言ったか、お前より先にオレがマツリ様の下につく」

四十の歳にはならないが、その京也から見ては二四、二五ほどの歳の巴央は息子と言ってもいいくらいだ。
灰汁の強い巴央と、マツリの前に居るのにもかかわらず、その態度に武官からこ突かれた京也。
またもやマツリが口の端を上げる。

「我は順など問わん」

巴央と京也も共に口の端を上げた。

柳技が享沙を見る。 その目に応えたいが、その前に言っておかなければいけないことがある。

「俺は・・・六都の出だ」

「・・・え?」

柳技ではなく、芯直が思わず小さな声を上げた。

「その六都が嫌で出た。 マツリ様の仰るような学は俺にはない。 それでもいいのか?」

「どこの出なんて関係ない。 それにオレは何も知らない。 教えて欲しい」

柳技が享沙を真っ直ぐに見て言う。
絨礼が口を引き結び頷く。

「オレにも教えて欲しい」

絨礼は郡司から足蹴にされ、それこそ牛や馬のように働かされ、口の利き方が悪いと叩かれた。 それでも文句ひとつ言わずただ耐えていた。 逃げなかった。 逃げれば親の元に行くぞ、と郡司に脅されていたからだ。 親が兄弟が何をされるか分からない。 逃げることなど出来なかった。 その親には口減らしとして放られたのに。

「字・・・字が書ければ、読めれば何かが変わるはず。 教えて欲しい!」

あまりの食い付きぶりに軽く眉を上げた享沙だったが、絨礼の言うように読み書きが出来れば随分と変わる。 それは自分自身で経験済みだ。
それに今まで生きてきて、教えて欲しいなどと言われたことは無い。 己にはそれ程に学は無いが、それでもこの二人に比べると随分と身に付けたはずだ。 それだけでもいいならば、己が知ったことを渡したい。
十五歳程も違う相手に享沙が深く頷いた。

「六都・・・六都の何が嫌で出たんだ?」

訝しんだ目をして享沙を見ていた芯直が問う。

芯直は一度育ての親が見つかっていた。 だがそこには数日ほどしかいなかった。 育ての親から戻された。 芯直が言うことを聞かないからと。
育ての親は畑やどこかの家に入って食べ物を盗んでこいと言った。 それを断固として拒否していた。 その育ての親は六都の出だと聞いていた。 六都から追い出されたと。

「六都は・・・」

相手はまだ歳浅い子。 子に分かる言葉を探す。

「人としての喜びがない。 真の喜びがな。 人の物を盗って金を盗って笑っている。 俺はそれが真の喜びとは思わん。 だが盗った物や金で俺は育てられた。 それは消すことは出来んがな」

「消したいのか?」

「消せるものならばな」

こうして聞いていると享沙の声は深く染み入るような声だ。

芯直が顔を伏せた。 その顔には逡巡の色が見える。
目の前に居るこの男は六都で育った、そんな男を信用できるのか。 そんな男とマツリの下につけるのか。

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