前々回の続きです。
東京は北の外れ板橋区、そのまた北の外れの高島平から蓮根町を目指して「高島通り」を歩いています。
何やら、宗教関連の建物のようです。
「蓮根馬頭観音」とあります。農耕に牛馬が活躍していた時代の観音様です。牛馬を守護するのですが、牛の方は何処かに行ってしまいました。やはり、牛よりも馬の方が身近で、そして知能は高さそうで、人馬一体で農耕に励んだのでしょう。
元禄11年2月の開基とあります。西暦で云うと1698年ですから、いまは2017年ですから、2017-1698ですから319年前からこの辺りに祀られていたのです。
私がこのあたりをウロチョロしていたのは、小学校3~4年頃?だったので、いまから50数年前ですから、当然、そのころにもこの辺りにおられたのです。当然、その頃は、神仏にはまったく興味が向く年頃では無く、蓮根馬頭観音の記憶はありません。
それで、蓮根馬頭観音の“蓮根”なのですが、蓮根町にあるからそう名付けられたのでしょう、でも、しかし、蓮根の町名は、ごく最近?になって付けられたのです。
確認の為、ちょっこし調べて見ました。明治33年(1900年)に、上蓮根村と根葉村が合併して、「蓮」と「根」を採って「蓮根」ができたのでした。
因みに、蓮根は「ハスネ」と読みます。レンコン町ではありません。レンコンの産地でもありません。
と云う事で、蓮根馬頭観音と称するようになったのは、つい最近?なのでした。説明板にもあるように、昔から通称「田の観音」と呼ばれていたようで、もしかして、たぶん、いまでは、誰も、田の観音も、蓮根馬頭観音も、忘れ去られているような?
こちらのお方が、馬頭観音様です。319年間の長きにわたり、牛馬が消え、田畑が消え、マンション群が立ち並ぶいまでも、この一帯の平安を祈っているのです。
わたくしも、お賽銭を上げ手お合わせお祈りしました。素朴でなかなかイイ観世音菩薩様でした。。
観音様から数十メートル先で“相撲茶屋大旺”を発見。大旺の文字に何か懐かしさを感じたのです。何となく、ボンヤリと記憶の隅に残っているのです。
調べてみました。昭和24年生まれで、私の一つ上で、1970年代から80年代に活躍した力士です。
四股名は“大旺吉伸”で、本名:荒谷 邦治(あらや くにはる)さんです。富山県出身、二子山部屋、身長186cm、体重106kg。最高位は東前頭4枚目。
- 幕内在位:10場所
- 幕内成績:57勝93敗 勝率.380
- 現役在位:101場所
- 通算成績:587勝569敗15休 勝率.508
- 連続出場:1156番(1965年3月場所-1981年9月場所)
- 序二段優勝優勝:1回(1966年1月場所)
こんな成績でした。
大相撲と云えば、稀勢の里です。私が単独トップに立つと危ないと云ったその日に、傷だらけの琴奨菊に負けてしまいました。しかし、次の取り組みで、高安が白鵬を破り、直ぐに星一つリード。
本日13日目は豪栄道戦でしたが、豪栄道は 前日の遠藤戦で負傷して「右足関節外側靱帯損傷で全治1カ月の見込み」で休場で不戦勝。明日は逸ノ城、千秋楽は白鵬です。
宝富士 | 玉鷲 | 荒鷲 | 松鳳山 | 御嶽海 | 正代 | 栃煌山 | 隠岐の海 | 琴奨菊 | 照ノ富士 | 遠藤 | 勢 | 豪栄道 | 逸ノ城 |
白鵬は本日、琴奨菊戦です。大関陥落決定の琴奨菊は、ここで、意地を見せて稀勢の里戦のような相撲で白鵬を土俵の外に叩き出してほしい。
そして、14日の逸ノ城戦に勝って千秋楽の白鵬戦を待たず優勝を掴み取ってほしい。
それにしても、稀勢の里は前半戦より、少しずつ取り組み内容が悪くなって来ているのが心配。心にはテーピングで補強できないのです。胸にテーピングしますか?
冗談はともかく、本日は不戦勝で取り組みが無いので、残念と云うか、ヨカッタ!と云うか、兎にも角にも、明日の逸ノ城戦です。
話しは逸れましたが、蓮根歩きは続きます。
次回は、いよいよ生まれ故郷に到着です。
それでは、また。