歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

何で! どうして逝っちゃったの!

2010年03月09日 | その他
昨日、ブログを書き終わり数分して電話が鳴ったのです。

受話器をとると、周囲のざわつきが聞こえ、少し間をおいて、高齢者と思われる男性の声で従弟の苗字を名のったあと、「○○家の、○○さんが、今朝方、亡くなりました」

「えっ!」頭のなかは、何でェ! どうして? まさかァ? ホントに? もしかして? 悪戯電話と思い「あなた、どなたですが?」聞いてしまいました。

○○家の親戚を名のったのですが、聞き覚えのない名前でした。何処か、まだ、信じられないのでした。
「それで、何で亡くなったのですか?」
「え~、・・・・・・、今朝、亡くなった事だけ・・・、取り敢えずのところ、お知らせ致します」
「わかりました」と云って受話器を置きました。

信じられませんでした。突然の知らせですから、従弟は私より5歳年下です、彼の顔を思い浮かべながら、何度も、何度も、何で? どうしたの? を繰り返したのです。

病気や事故であれば、ハッキリと死因を告げた筈だと、そうすると・・・・・、もしかして? と思ったのです。

直ぐに、出掛けることにしました。従弟の家は車で40分ほどの距離です。車中で、むかしのこと、いろいろ思い出しました。

母が長女でしたので、いとこのなかでは、私と姉が一番年上で、姉を含めて女が7人で、男は私と彼の2人だけで、年も近く、一番親しい従弟でした。

小学生のころの夏休み、よく泊まりに行き、セミを捕ったり、魚を釣ったり、スイカを食べたり、トウモロコシを食べたり、真桑瓜を食べたり、まさに、絵に描いたような夏休みをしていたのです。

彼には妹がいました。二人兄妹で、とても仲がよいのです。数年前の事だったと思います。何故、あの時、彼の家に集まったのかは、忘れましたが、妹も旦那を連れて来ていたのです。

その時、庭で、何と云う道具か判らないのですが、チョット見はハンモックの様な、縄で編んだ網状の中にサトイモを入れ、片方の端を妹が持ち、もう片方を彼が持って、縄跳びの要領でまわし、サトイモの泥とか皮を落としていたのです。

その時、二人は、子供のような表情をして、声を出して笑いながら、楽しそうに、網を回していました。何か、とても、眩しく、羨ましく、眺めていたのを想い出します。本当に仲の良い兄妹でした。

家に着き、静かに横たわる従弟に線香を手向け合掌。枕元に坐る奥さんには、頭を下げるだけで、何も云えませんでした。未だ、55歳です。自分より年下の死は、寂しく、辛いものです。

親戚の話では、月曜の早朝に徹夜明けで帰宅し、家には入らず少し離れた納屋で、自ら命を終わらせたとの事でした。

数年前にあった時、人手が減らされ、仕事量が増え、朝早くから、夜遅くまで、休日にも出社し、いろいろと大変だとは聞いてはいたのですが、まさか、こんな事に・・・・・・、もう、背負い切れなかったのでしょう。

世間で問題となっている事が、身近で起こってしまったのです。

従弟は、ホントに“イイヤツ”でした。 優しくて、明るくて、真面目で、責任感があり、言葉どおり“いい人”でした。そんな人間だから、一人で、黙って、すべてを背負ってしまったのです。

今年の1月24日に会ったのが最後でした。今思うと、表情が暗かったです。笑顔がありませんでした。何を話しても、表情に変化がなかったのです。あの時、何か・・・・・・・。

今頃、そんな事を云っても・・・・・・、遅いのですが、残念でした。本当に残念です。

昨晩は、その時撮った写真を見ながら、いろいろ話しかけ、ひとり酒を飲みました。

ホント、俺みたいに、いい加減に、適当に、ダラダラ生きていれば・・・・・・・。そう思うのですが、それが、できなかったんだよなァ、アイツは・・・・・・。


安らかに成仏して下さい・・・・・・・、合掌。


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