ラファエル前派のエレガンス

 

 鉄道の日を利用して、美術館をハシゴしに東京へ。苦手な渋谷で開催されているのは、「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」。思ったとおり、物凄い人混み。第一列目に並んで、ベルトコンベア式にジジジ……と進みながら、絵の鑑賞。が、呼び物の「オフィーリア」を過ぎると、人混みは散開、一転、サクサクと進む。……皮相だねえ。
 代表作である「オフィーリア」は、これまで2、3回観たことのある絵。が、ミレイの絵って、こういう物語以外の風景や子供を描いたものに、イイのがあるんだよね。

 ラファエル前派と一塊に言うが、その美意識や芸術性は各々の画家で全然違う。ラファエル前派と聞いて私が思い出す、“ファム・ファタル”とされた、しゃくれた顔の美女たちは、ラファエル前派が解体した後の、ロセッティや、彼に追随したバーン=ジョーンズらの絵。
 他方ミレイのほうは、アカデミーに対する反抗からラファエル前派に名を連ねたものの、それとの決別後は、一路、アカデミー画壇の寵児の道を歩んでいく。

 ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)は、正確には「前ラファエル兄弟団」という、宗教にも似た秘密結社。当時の画一的なアカデミー教育に反撥したダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)、ジョン・エヴァレット・ミレイ(John Everett Millais)、ウィリアム・ホルマン・ハント(William Holman Hunt)の3人が結成した。
 が、その直後、神秘の数字7に固執したロセッティが、頭数を揃えるために、あまり画家らしくないもう4人を引き込む。さらに彼は、秘密めかして、ラファエル前派の頭文字PRBを絵に署名したりもする。……この人、自分に酔ってんだよね。

 「前ラファエル」の名のごとく、イタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロ以前の、中世および初期ルネサンス美術への回帰を理念とした、ラファエル前派。やがて、美術評論家ラスキンの思想に裏打ちされて、自然に即した表現を追求し、明暗対比の弱い、明るく鮮やかな色彩で、細部に到るまで装飾的な、細かな描写を目指すように。
 この、意図的に大仰な、平明な描き方、私にはちょっとうるさい。が、彼らの嗜好は、中世の古典に加え、アーサー王伝説やシェイクスピア文学、キーツやテニスンなどの詩も主題として取り上げているため、ビクトリア朝イギリスらしい、独特なエレガンスを醸している。

 とは言え、このエレガンスは俗と枷との裏返し。
 ラファエル前派の画家たちはみんな、“ファム・ファタル”とまではいかなくても、モデルの女性たちに対する独特な熱情を持っていた。愛と思惑と心変わりが交錯し、そこに貧富の差や性道徳など、ビクトリアンな時代背景が加わって、情念的なややこしい事情に。

 ロセッティはリジーを、W.H.ハントはアニーを、というふうに、画家は貧しい境遇の娘を掘り出してモデルとし、淑女に仕立てようとした。で、ハントは、自分が見出したアニーが、彼の忠告を無視して、モデルに対して手癖の悪いロセッティのモデルを務めたのに嫉妬し、ラファエル前派を離脱する。
 ミレイは、ラスキンの妻エフィに恋慕して結婚、彼女の勧めに従って、実入りの多いアカデミー画壇へと舞い戻り、ラファエル前派と決別する。
 で、ロセッティは、モリスに発掘され、その妻となったジェーンに恋慕し、リジーを死に追いやって、その後も数々のモデルを恋人にする。一方モリスのほうは、バーン=ジョーンズの妻ジョージアナと、(プラトニックな?)愛を育んで傷を癒し合ったとか。

 ……ラファエル前派、ついてけん。

 画像は、ミレイ「マリアナ」。
  ジョン・エヴァレット・ミレイ(John Everett Millais, 1829-1896, British)
 他、左から、
  コリンソン「誘惑」
   ジェームズ・コリンソン(James Collinson, 1825-1881, British)
  W.H.ハント「イザベラとバジルの鉢」
   ウィリアム・ホルマン・ハント(William Holman Hunt, 1827-1910, British)
  W.モリス「麗しのイゾルデ」
   ウィリアム・モリス(William Morris, 1834-1896, British)
  ミレイ「聖バルトロマイの祝日のユグノー教徒」
  ロセッティ「七塔の調べ」
   ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828-1882, British)

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