アメリカ兵の本音

 
 相棒の実家の本棚にずらりと並んでいる世界文学全集を見て、私が「ひゃー、うちの実家とは大違い!」と言うと、相棒は「だって、こんなもの、買って飾っておくだけで、一つも読みゃしないんだよ」と答えた。
 で、棚ざらしでは本が可哀相だから、私がすっかり全部、読んで進ぜた。 

 メイラー「裸者と死者」は、そんな機会でもない限り、自分からは決して読みたいとは思わない本だった。

 これは太平洋戦争の際に、アノポペイ島という南太平洋の無人島で繰り広げられる軍事作戦を描いたもの。従軍記者だった作者の強烈な戦争体験にもとづいている。
 太平洋戦争で「解放軍」と言われたアメリカ軍権力の権化である将軍や軍曹の、凶暴で残忍なサディズムと、それに対する兵士たちの嫌悪、恐怖、失意が、赤裸々に、凄まじく鮮烈なリアルな描写で、実際にそれを経験したものでないと描けないようなショッキングな内容で、描かれている。

 メイラーの描いた兵士たちは、これから覇権の時代を迎えるアメリカの典型的な兵士たちだったと思う。
 
 作戦を展開する軍に英雄的、人間的なものはどこにもない。死んでいく兵士たちの死にも英雄的、人間的なものは微塵もない。兵士たちは無力であり、その死は無益である。兵士たちを軍につなぎとめているのは、敬意や意欲ではなく恐怖にすぎない。
 そして兵士は死の瞬間、激怒の叫びを上げる。戦争のちきしょう、俺は生きていてえんだ!
 
 今、イラク戦争に駆り出されているアメリカ兵たちの本音も結局、同じようなものじゃないだろうか。「ちきしょう、早いとこ故郷へ帰りてえよ」、「ちきしょう、俺ァごめんだ、死にたかねえよ」、「ちきしょう、なんでこんなことなっちまってるのか、さっぱり分かりゃしねえよ」……
 
 アメリカ兵たちのやり場のない気持ち。
 今ではアメリカの覇権が末期的症状を露呈している。人道という戦争の大義名分も、もはやなくなってしまっている。イラクのアメリカ兵たちが次々に自殺するのも、当然の気がする。

 画像は、デタイユ「夢」。
  エドゥアール・デタイユ(Edouard Detaille, 1848-1912, French)
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