解き放たれた魂

 
 私の亡き友人は父親にピアノを、執念のように強制されて、父親と、そして音楽とを憎んでいた。夜ごとに父親を殺す夢を見るほどだった。 
 私はずっと彼の傷に触らないように気をつけていた。なのに、彼に音楽を憎んでもらいたくはなかったからだろう、どういうわけか、あるとき不意に、彼の父親のことを口にしてしまった。
 
 このとき、彼は怒ったように私に背を向けていた。彼は沈黙で武装していたし、私もまた、彼の背が彼の万感を語っているようで、どんな言葉もかけかねた。彼の表情は見えなかったけれど、全神経を集中して私に耳を傾けているような気がした。
 今でも私は、どういうはずみでこんな勇気が自分に飛び込んできたのか、よく分からない。が、彼の背中にかけた声が、彼の魂を解放したのだった。 

 とにかく私は、こんなことを言った。
 
 抑圧者は、最後まで抑圧できなければ、そこで負けなのだ。なぜあなたの抑圧者が抑圧しきれなかったのか。それは、その人自身があなたに、音楽という武器を握らせてくれたからだ。でもその武器は、あなたを繋ぎとめている鎖を解くことができるだけで、あなたが復讐に、その抑圧者の胸を刺し貫くことまではできない。
 だからあなたは、なんの罪も犯さないまま自由になることができるのだ。そして私は、そんなあなたが好きなのだ。……

 このとき以来、彼は次第に父親を殺す夢を見なくなった。

 画像は、亡き親友。

     Previous
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )