戦争と平和

 
 学生時代、狡猾なデコルソン氏は、トルストイ「戦争と平和」を読破していることがちょっとした自慢らしく、「学生の教養」なんてことが話題になると、さり気なく、「まあ、トルストイくらい読むのが常識でしょうがね」と自説を提示し始める。で、普段は何を読んだかなんて他人に話さない私も、このデコルソン氏の「教養」がちょっと鼻について、同じくさり気なく、「あー、読んだ、読んだー」と答えて、デコルソン氏をへこませてしまった。

 トルストイ「戦争と平和」は、総勢数百人の登場人物が千々に絡まりながら、一つの物語を織りなす叙事的なもので、冗長なところはあるけれど、心に残っている文学の一つ。「世界文学の最高峰」と評されるだけあって、人物それぞれの描写や自然描写が素晴らしく、随所に詩的な情景も展開する。
 特に伯爵令嬢ナターシャは、これまで私が読んだなかで最も魅力的な少女。聡明ではないのだが、仕種や行動の一つ一つに魅力がある。ナターシャのこの魅力は、知性から生まれているんじゃなく、なんと言うか、自然本性が周囲の世界を旺盛にわがものとする生命力から生まれてるように見える。私自身は、相棒と違って、こういう魅力のほうが魅力的に感じる。

 共産党系の作家、宮本百合子がナターシャを評して、「少女の頃はあんなに可愛らしかったナターシャが、結婚すると子供ばかり産んで、ぶくぶく太って……」と言っていた。
 あんた、自分こそ肥満体のくせに、よくそんなことが言えるもんだね! ……今でも私はこのことを根に持っている。

 画像は、ジェリコー「ロシアからの帰還」。
  テオドール・ジェリコー(Theodore Gericault, 1791-1824, French)
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