あるとき、泉の水を飲もうと屈み込んだナルキッソスは、泉のなかに類稀な美しい少年の姿を見とめ、一目で恋に落ちてしまう。もちろんこれは、水面に映った自分自身の姿。他人を愛せない彼に、復讐の女神は、自分を愛するよう仕向けたのだった。
ナルキッソスが見つめると、同じく見つめ返してくれる、美しい少年。笑いかければ向こうも笑い、涙を流せば一緒に泣き、腕を差し伸べれば腕を差し伸べ、唇を差し出せば唇を差し出してくる。けれども、いざ少しでも触れようとすると、途端に姿をかき消してしまう。
何という切なさ、もどかしさ。ナルキッソスは泉から離れることなく水面を見つめ続け、飲みも食いも眠りもせずに、次第に衰弱していく。彼が「ああ!」と溜息をつくたびに、彼を見守るエコーが「ああ!」と繰り返す。
ナルキッソスはやつれ果てて、とうとう力尽きる。
「虚しい恋人よ、さようなら」
息絶える間際の最後の言葉を、「さようなら、さようなら」と、そばでエコーが繰り返す。
あるいは、ナルキッソスは、水のなかの自分に接吻しようとして泉に落ち、溺死したともいう。
森のニンフたちは、かつてナルキッソスに相手にされなかったことも忘れて、彼を葬ってあげようと、泉のそばへとやって来た。するとそこには亡骸はなく、ただ一輪の水仙(ナルキッソス)の花が咲いていたという。
画像は、ウォーターハウス「エコーとナルキッソス」。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
(John William Waterhouse, 1849-1917, British)
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