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魔法の絨毯 -美術館めぐりとスケッチ旅行-

 世界をスケッチ旅行してまわりたい絵描きの卵の備忘録と雑記

ギリシャ神話あれこれ:山羊脚のサテュロス

2014-03-08 | 僕は王様
 
 相棒はサテュロスとサトゥルヌスとをすぐに混同する。山羊脚をした半人半獣の絵に出くわすと、
「むむッ! これってサテュロスだったっけ? サトゥルヌスだったっけ?」
 毎度、同じ疑問に立ち返り、言語を媒介し認識をたどって、正しい記憶に到着し、一人納得する。
 
 サテュロス(サティール)というのは山野に群れる精霊で、牧神パンと同じような外見と性格をしている。
 つまり山羊の毛深い脚と蹄と尾、顎髭と角(のような突起)があって、山野に住まい、ふざけたり戯れたりして暮らしている。酒を飲んでは酔っ払い、歌い騒ぎ、跳ね回り、踊り狂う。悪戯好き、女好きで、その男性器は常に興奮し、欲情と好奇心に駆られてニンフやマイナスたちを追いまわすが、襲ったところで概ね失敗する。「サチリアジス(男性色情症)」というのはサテュロスに由来する用語(ちなみに、「ニンフォマニア(女性色情症)」はニンフに由来する)。

 こんな精霊だから、酒神ディオニュソスに随伴し、マイナス(=狂乱するディオニュソス信女)らとともに、泥酔してどんちゃん騒ぎながら列をなして付き従う。
 プロメテウスが天から持ち帰った火をサテュロスが見つけ、乱舞する炎を自分の仲間と思ったか、有頂天になってキスをして、アチチと髭を焦がしたというエピソードがある。こんなふうなお馬鹿なお調子者。
 素朴で野卑で醜悪で、小心で臆病で、思慮浅く本能的で、陽気で剽軽で滑稽な野生児。徹頭徹尾脇役で、場を引き立てはするが基本的には無用で、行なうことは概ね愚行ばかり。悪さはしても、とことんまで自ら強く深く悪に走ることはできない、憎めないけれどお粗末な存在。
 
 こんな山羊脚のサテュロスは、キリスト教時代には悪魔的な精霊になった。神界に、赤ちゃん天使プットたちがプヨプヨと群れ飛んでいるように、悪魔界では、仔サテュロスたちがキャッキャッ群れ騒いでいる(多分)。
 「リボンの騎士」で、魔王の国で魔女の娘ヘケートの結婚の宴があって、ヘケートに頼まれて魔王らを騙して喜んでいたのは、酔っ払った仔サテュロスたちだった。

 画像は、カバネル「ニンフとサテュロス」。
  アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel, 1823-1889, French)

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     Bear's Paw -ギリシャ神話あれこれ-

ギリシャ神話あれこれ:牧神パン

2014-03-05 | 僕は王様
 
 子供の頃、パンとサテュロスとの区別がつかなくて困った。今でもあまりつかない。
 どちらも山羊の角と脚を持つ半人半獣の姿をしていて、粗野で陽気で享楽的。歌好き、踊り好き、女好きで、山野を駆けめぐってはニンフたちを追いかける。
 サテュロスというのは、そうした山野の精霊を指す総称で、パンの名が指すのはれっきとした一人の牧神。……らしい。

 下半身は毛むくじゃらの山羊、頭にも山羊の角(のような突起)、おまけに顎には長い山羊鬚を生やした、年寄り臭い容姿の異形の半獣神、牧神パン(ファウヌス、フォーン)。
 彼のこの奇怪な姿は生まれつきのもので、と言うのも、伝令神ヘルメスが山中で羊を飼っていた際、土地の王の娘を見初めて、山羊の姿で接近し交わったため。産まれ落ちた赤ん坊のあまりの姿に仰天した乳母は、悲鳴を上げて逃げ出してしまったという。
 が、父ヘルメスに似て陽気な子で、大喜びのヘルメスは、パンを獣毛皮にくるんでオリュンポスへと連れて行き、我が子の誕生を披露した。その変ちくりんな姿はすべての神々、特に酒神ディオニュソスを大いに喜ばせ、「すべての」を意味するパンという名がつけられたのだそう。

 パンはアルカディアの山中に棲まい、彼を拒んだシュリンクスが姿を変えた葦で作った笙笛を手挟み、同じく彼を拒んだピテュスが姿を変えた松で編んだ冠をかぶった格好で、山野を逍遥してはニンフたちにちょっかいを出す。しばしばディオニュソスにも付き従って、淫蕩な性豪ぶりを発揮し、あらゆるマイナス(狂乱したディオニュソス信女)たちと交わった。
 明るく朗らかで快活な反面、気性が荒く、気難し屋。特に寝起きが悪く、岩陰で昼寝をしているところをうっかり起こそうものなら、不機嫌になるどころではない。突如、不相応に激怒して、山々を轟かす雄叫びを上げ、これを聞く者、大抵は羊飼いたちや羊たちを恐慌に陥れた。この“パニック”という現象はパンの名に由来する。

 オリュンポスの饗宴の真っ只中、突然、火を噴く百頭と大蛇の尾を持つ怪物テュポンが乱入した際、今度は自分がパニックになったパンが、慌てふためいて、上半身は山羊だが下半身は魚に変身して、川へと飛び込んで逃げた、そのときの姿が、山羊座なのだという。

 画像は、シュトゥック「パン」。
  フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck, 1863-1928, German)

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ギリシャ神話あれこれ:盲目の予言者テイレシアス(続々)

2014-03-04 | 僕は王様
 
 さすが神に与えられた長寿は長い。カドモスの建国後から、アルゴス七将のテバイ遠征、七将の子らによる復讐戦の時代まで、人間離れした長きにわたって、テイレシアスはテバイの予言者として君臨する。 

 テイレシアスには、女だった時代、ヘラ神の女司祭を務めながら、自ら生んだ(?)マントという娘がいる。予言の力というのは遺伝するようで、マントもまた、父よりも優れた予言者となり、マントの息子モプソスも、ギリシア軍の予言者カルカスを負かすほどの予言者となった。

 エピゴノイの戦い(テバイ遠征の七将が敗れた十年後、彼らの子らが復讐戦に再びテバイを攻撃し勝利した)の後、マントは最高の戦利品として、アポロン神に献上するためデルフォイへと連れられる。娘に随行したテイレシアスは、その途中、ティルプサの泉の水を飲んだのが理由で、死んだという。

 別伝では、テイレシアスが盲目になったのは、沐浴中のアテナ神の裸体を見てしまったためともいう。彼の母親であるニンフのカリクロが、彼の眼を元に戻してくれるようアテナに頼んだが叶わず、代わりに耳を清められて、鳥の言葉を理解する能力を得たのだとか。

 画像は、H.シングルトン「マントとテイレシアス」。
  ヘンリー・シングルトン(Henry Singleton, 1766-1839, British)

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ギリシャ神話あれこれ:盲目の予言者テイレシアス(続)

2014-03-03 | 僕は王様
 
 さて、テイレシアスが盲目の予言者となったいきさつは……

 あるときテイレシアスは、山で交尾していた一対の蛇に出くわし、どういう理由からか、その蛇を杖で打った。するとたまげたことに、彼は女になってしまった。
 それから9年後、再び交尾中の蛇を見つけ、もしやと思って打ったところ、男に戻った。

 さて、男から女へ、そしてまた男へとアウフヘーベンした彼は、あるときゼウスとヘラの夫婦喧嘩に呼び出される。両神は、性の快楽は男女いずれが大なるや、と言い争っていたのだった。
 そりゃあ男のほうが快楽が大きいわよ、女よりも愉しんでるに決まっているわ、でなきゃ男があんなに浮気ばかりするはずないじゃないの、というのが、ヘラの言い分。いや、女のほうこそ悦んでいるのさ、というのがゼウスの言い分。
 で、両性ともの快楽を経験比較して知っているに違いないテイレシアスが、意見を求められたわけ。

 テイレシアスは答える。女の性の快楽は、男のそれより10倍大きい、つまりゼウスが正しい、と。
 ムキーッ! 怒ったヘラは腹癒せに、テイレシアスを盲目にしてしまう。代わりに、ゼウスは彼に予言の能力と長寿とを与えて、償ったという。

 To be continued...

 画像は、カルピオーニ「テイレシアスの前にナルキッソスを連れてくるリリオペ」。
  ジュリオ・カルピオーニ(Giulio Carpioni, 1613-1678, Italian)

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ギリシャ神話あれこれ:盲目の予言者テイレシアス

2014-02-28 | 僕は王様
 
 予言者というのはなかなか怖ろしい存在で、子供の頃の一時期、私は、ひょっこり予言者に出くわしたらどうしよう、望まない未来の姿を、すでに決定済みのものとして、ことごとく示されたらどうしよう、と悩んだことがあった。誰もが担うべき運命を持ち、それが宇宙の意志によって“書かれている”以上、その運命を知る方法があり、知る方法によって知った人間があることが、自明のように思えたから。
 未来なんて、大まかにならまだしも、事細かく知ってしまったら、生きていく気にもなりゃしない。
 
 ギリシャ神話に登場する稀代の予言者、盲目のテイレシアス。彼は、テバイの建国者カドモスが大地に蒔いた竜の牙から生まれた戦士スパルトイの末裔。

 ゼウスがアルクメネの夫に化けて、一夜限りの夫となりすましたこと。蛇を殺した赤ん坊ヘラクレスが、将来、無類の英雄となるだろうこと。テバイ王ペンテウスが、ディオニュソスを信仰しなければ八つ裂きにされて死ぬだろうこと。テバイの先王ライオスを殺害したのは、その息子オイディプスその人であること。スパルトイの血を継ぐ者をアレス神に捧げれば、テバイはアルゴスに勝利するだろうこと。赤ん坊ナルキッソスが、自らを知ることがなければ長生きするだろうこと。……などなど、数々の名予言。
 死して冥府にあっても、なお生前どおりの知力を失わず、オデュッセウスに、ポセイドン神の息子の眼を潰した呪いで、帰還が困難きわまるだろうことを予言した。

 To be continued...

 画像は、ザンキ「ヘラに盲目にされ、ゼウスに予言者にされるテイレシアス」。
  アントニオ・ザンキ(Antonio Zanchi, 1631-1722, Italian)

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