元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃」

2005-12-11 18:37:05 | 映画の感想(か行)
 前作「夕陽のカスカベボーイズ」がマニアックに過ぎたためか水島努監督は降板し、テレビ版「クレしん」のディレクター陣のひとりだというムトウユージに交代。そのためか徹底した“(公開時期だった)GWにおけるファミリー層狙い”の作劇がなされており、冒頭近くの“野原みさえの朝の奮闘”をセリフなしで映し出すシークエンスを除いて手練れの映画ファンが喜ぶネタは皆無。私が観たこのシリーズの諸作の中では一番子供受けしそうなシャシンである。


 “3分後の未来に行って3分間以内に怪獣を倒さなければ現実世界にも怪獣が現れる”という設定はイマイチよく分からないが、ヒーローに変身した野原一家と怪獣たちとの取っ組み合いは特段工夫もスピード感もない反面、丁度いい具合にユルユルで観ていて疲れない。

 ただしそれは子供にとっては良いが、一緒に行く大人は退屈だろう。ギャグも従来と比べてパワー不足。何より“カスカベ防衛隊”が出てこないのは寂しい(笑)。いくらファミリー映画とはいえ、原作は青年マンガ誌に連載されているので、もうちょっと“毒”を出してもいいかも・・・・とはいえ、水島努も第一作「ヤキニクロード」で子供向けに振ったと思ったら次作で“大化け”したので、ムトウ監督の今後も未知数だ。

 それにしても、某お笑い芸人の登場シーンは、今観るならいいけど数年経って見直すと相当“寒い”のではないだろうか(爆)。
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「海を飛ぶ夢」

2005-12-11 08:01:28 | 映画の感想(あ行)
 (原題:MAR ADENTRO)事故によって首から下の自由を失った男が、自死の権利を勝ち取るために闘う姿を描くアレハンドロ・アメナバール監督作で、アカデミー外国語映画賞受賞作品。

 実話の映画化らしいが、こういうのは観ていて辛い。半身不随で生きるよりは尊厳死を選びたいという主人公の気持ちはよく伝わるし、彼が空想のうちに空を飛ぶシーンは映像派アメナバールの面目躍如だし、何より特殊メイクで病床の中年男に扮したハビエル・バルデムの存在感は目を見張るものがある。


 しかし、このテーマが“市民運動的シュプレヒコール”ではあっても、果たして“映画”として扱うべきものかどうかは疑問が残る。誰だって主人公のような境遇になれば死にたいと思うだろう。だが、それを堂々と主張してみても“建前として”世間は許さない。どこの国の法律にも“辛いから、自ら命を絶って良い”とは書いていない。しかも、同じく半身不随になりながら立派に社会参加している人間もいる以上(映画が取り上げるべきなのは、主人公よりもそういう人たちであろう)、主人公の言い分がいくら切実でも“建前として”対社会的には意味を成さない。

 だから映画は“あらずもがなの結末”を迎えるしかないのであり、この“筋書きの見えた構図”ゆえに、私はこの作品を評価しない。社会が尊厳死を認めないのが分かっているのなら、自分で“確実に死ねる方法”を巧妙に探すしかないだろう(悲しいことだが)。

 それにしても前回アカデミー外国語映画賞を獲得した「みなさん、さようなら」と、何と似た雰囲気であることよ。アカデミー協会員はこういうネタが好きなのだろうか。
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東野圭吾「変身」

2005-12-11 07:57:20 | 読書感想文
 脳移植手術によって一命を取り留めた青年、だが大人しかった彼の性格は徐々に凶暴になってゆく。

 東野圭吾の著作だからてっきりミステリーだと思っていたら、もろホラーだった。でも、どちらにしても面白くない。メインプロットの“脳移植手術の真相”は早々に割れてしまうし、主人公の変貌ぶりも予想通りで、結末も読める。つまりは意外性はゼロだ。

 ならば人物描写が優れているかというとそうでもなく、ただ凡庸なだけ。周りのキャラクターにも感情移入出来るほどの魅力は感じなかった。

 「アルジャーノンに花束を」(私は未読)に似たところもあるというが、それ以前に面白くない。同じようなネタなら楳図かずおの「洗礼」の方が数段インパクトがある。

 困ったことに映画化されたらしいが、酷評の嵐だという(私は未見)。どうしようもない原作をモノにするには海千山千の演出家が必要だが、ポッと出の新人に担当させては先は見えていたと言えよう。
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フランツ・カフカ「変身」

2005-12-11 07:55:35 | 読書感想文
 中学生の時に一度読んでいるが、ワケが分からなかった(笑)。最近再読する機会があり、その内容の深さに唸った次第。

 たぶん読む者によっていろいろな解釈が出来るだろう。作者の家庭環境とか、書かれた当時の社会情勢とか、そんなことに想いを馳せるのもいい。私はといえば、やはり人間の実存について考えざるを得なかった。

 ある朝目覚めると毒虫に変身していた主人公。ただし頭の中は元のままであり、彼はいつもの通り出勤しようともする。だが内面はどうあれ見た目はグロテスクなクリーチャーでしかない。やがて彼は“外見にふさわしい”仕打ちを受けるようになる。

 人間は“中身”ではない。人間を人間たらしめているものは見た目であり、肩書きやプロフィールである。つまりは、他人と対等にコミュニケートする上での基盤が重要なのだ。

 別に毒虫に変身しなくても、ある日突然難病にかかったり、あるいはリストラされたりといった、それまでの社会的積み上げが崩れ去る事態に陥ったとき、どこまで周囲は“人間扱い”してくれるのか。“人間扱い”されなくなった者は、消え去ってくれた方が周りは幸福になる・・・・そういう身も蓋もない“真実”を容赦なく暴いていて圧巻だ。ラストの扱いなんか、あまりのシビアーさに泣けてきた。
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