気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

水廊 大辻隆弘

2013-03-10 17:08:33 | つれづれ
冬の日のみぎはに立てばtoo late,It’s too lateとささやく波は

疾風にみどりみだれる若き日はやすらかに過ぐ思ひゐしより

ゆふがほは寂(しづ)けき白をほどきゐつ夕闇緊むるそのひとところ

青銅のトルソのやうな君を置くうつつの右にゆめのひだりに

あはあはとせる愛慕などだれが請ふ テトラポッドの底の潮騒

労働のシジフォスとして立ちをれば黄金(きん)のひかりをこぼす青麦

樟脳はほのかにかをりうす青き玻璃ごしに陽は屍(し)を照らしをり

目つむりて夜の鞦韆に揺られをり つま先は死に没(い)りゆく速さ

綿毛とぶゆふぐれ母の呼ぶごときジェルソミーナといふやさしき名

雑踏にまぎれ消えゆく君の背をわが早春の遠景として

切なしと言はばこころは和(な)ぎゆかむふりむくごとく海見ゆる坂

(大辻隆弘 水廊 現代短歌社 第1歌集文庫)

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大辻隆弘(辻のしんにょうの点は一つ)の第一歌集『水廊』が文庫になったものを読む。
解説は当時の岡井隆版と、現在の山吹明日香版が載る。

ご本人の後記によると、24歳から28歳までの作品を収録。
現在の大辻さんの歌を彷彿とさせるものもあれば、永遠のライバルと思われる加藤治郎を意識したかのような歌も見られ、興味ふかい。

アンソロジーなどで大辻さんの初期の歌を読むと、『水廊』からは、

指からめあふとき風の谿(たに)は見ゆ ひざのちからを抜いてごらんよ
青春はたとへば流れ解散のごときわびしさ杯をかかげて

この二首が取られていることが多く、もちろん名歌ではあるが、今回は違った選をしてみた。

一首目は、キャロル・キングの名曲から取られている。too late,It’s too lateのフレーズは、私も繰り返し聴いたものだ。ここでは挙げていないが、今井美樹的、アーム筆入れ、などの固有名詞に時代を感じる。東京に反発する大辻さん、野球好きジャズ好きの大辻さんの青春が浮かび上がってくる。

これで700円とは、安い。おすすめの一冊である。