南無煩悩大菩薩

今日是好日也

動的平衡

2020-02-13 | 古今北東西南の切抜
(gif/source)

私たちが棲むこの宇宙において、輝けるものはいつかは錆び、水はやがて渇き、熱あるものは徐々に冷えていく。時間の経過の中で、この流れに抗することはできない。

科学はこれまで人間に可能な様々なことをもたらしたが、同時に人間にとって不可能なことも教えてくれた。それは時間を戻すこと、つまり自然界の事物の流れを逆転することは決してできない、という事実である。これが「エントロピー増大の法則」である。エントロピーとは「乱雑さ」の尺度で、錆びる、乾く、壊れる、失われる、散らばることと同義語と考えてよい。

秩序あるものはすべて乱雑さが増大する方向に不可避的に進み、その秩序はやがて失われていく。ここで私が言う「秩序」は「美」あるいは「システム」と言い換えてもよい。

すべては摩耗し、酸化し、ミスが蓄積し、やがて障害がおこる。つまりエントロピーは常に増大するのである。生命はそのことをあらかじめ織り込み、一つの準備をした。エントロピー増大の法則に先回りして、自らを壊し、そして再構築するという自転車操業的なあり方、つまりそれが「動的平衡」である。

しかし、長い間、「エントロピー増大の法則」と追いかけっこしているうちに少しずつ分子レベルで損傷が蓄積し、やがてエントロピーの増大に追い抜かれてしまう。つまり秩序が保てない時が必ず来る。それが個体の死である。

ただ、その時にはすでに自転車操業は次の世代にバトンタッチされ、全体としては生命活動が続く。現に生命はこうして地球上に38億年にわたって連綿と維持され続けてきた。だから個体がいつか必ず死ぬというのは本質的には利他的なあり方なのである。

生命は自分の個体を生存させることに関してはエゴイスティックに見えるけれど、すべての生命が必ず死ぬというのは、実に利他的なシステムなのである。これによって致命的な秩序の崩壊が起こる前に、秩序は別の個体に移行し、リセットされる。

したがって「生きている」とは「動的平衡」によって「エントロピー増大の法則」と折り合いをつけているということである。換言すれば、時間の流れにいたずらに抗するのではなく、それを受け入れながら、共存する方法を採用している。

間断なく流れながら、精妙なバランスを保つもの。絶え間なく壊すこと以外に、そして常に作り直すこと以外に、損なわれないようにする方法はない。生命は、そのようなありかたとふるまいかたを選びとった。それが動的平衡である。

-切抜/福岡伸一「動的平衡」より
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