いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 辿り着いた道(13)

2013-02-16 06:28:14 | Weblog
                                            分類・文
      小説 辿り着いた道              箱 崎  昭

 受話器の向こうから事務的で冷静な言葉は、治男が交通事故に遭って亡くなったという事実を知らせた。
 小名浜警察署からの連絡で、所持品の免許証と着ていたネーム入りの雨合羽などの状況判断から治男本人であることにほぼ間違いないと思うと言うのだ。
 死亡者確認のために本署まで来て欲しいという要請であった。
「泰治、お父さんが交通事故で亡くなったよ」
 声になったかどうか、トキ子はそう言うなり畳の上に身を伏して号泣した。 
 泰治が「えっ」と言ったあとは、トキ子の傍で呆然と立ち尽くしているだけだった。 突然の悲報に、2人は奈落の底に突き落とされた。

     (七)
 治男の死は加害者の酒酔い運転によるものだった。
 雨の中にバイクもろとも飛ばされて、治男はまるでマネキンのように軽く宙に浮いたと目撃した人が語った。
 警察の検視官に案内されて霊安室に入ると、ストレッチャーに仰向けになった治男だけが1人、陰気な部屋の中央に置かれて最愛のトキ子と泰治が来るのを待っていたかのように見えた。
 雨でずぶ濡れになったせいもあるのだろうか、蝋人形のように血の気を失い冷たくなった身体を白い布が覆っていたが、そこには紛れもなく無念そうな表情をした治男がいた。
「お父さーん、目を開けてえ。私たち2人を置いていってこれからどうしろと言うのよう」トキ子はところ構わずに大声で泣き叫んだ。静まり返った部屋にトキ子の声だけが拡声器のように響き渡った。
 これは悪い夢でも見ているのだろうか、いや絶対に夢であって欲しい。そういう思いが頭の中を頻繁に駆け巡った。
 加害者は32歳の独身男で、土木会社で働いている派手好きで身の丈知らずの生活に、親も呆れ果てて勘当されている身だった。
 会社の寮に入ってはいるといっても名ばかりで、飯場のような部屋に複数の作業員が頭を並べて寝泊りしているプレハブの建物だ。
 地元の高利貸から借金をしているらしく、自家用車もローンを組んでまだ支払いも終わっていないというのをトキ子は聞いたので、賠償問題にも大きな支障が出てくることを懸念すると共に、今後の生活面に不安を抱かざるを得なかった。
 案の定、車の保険も自賠責しか加入しておらず、相手から確固たる補償を得るのは不可能であることを思い知らされた。 (続)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする