いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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小説 辿り着いた道(19)

2013-02-22 06:25:56 | Weblog
                              分類・文
       小説 辿り着いた道             箱崎 昭

 この頃、時期(とき)を同じくして警察では泰治に関する重大な疑惑を内偵していたが、いよいよ実行に移す日を迎えていた。
 泰治はいつもながらに朝の目覚めが悪く、何度か起きようとは試みたものの鉛のようになった重い身体は蒲団から這い出る勇気を与えない。
 蒲団の中の温もりと心地良い感触が身体に馴染んだままで、起きるタイミングを邪魔している。この時間に必ず起きなければならないという必要もないから尚更起きる意欲など湧いてはこない。
 6畳部屋の薄汚れた窓から湿気を含んだ蒲団に、朝陽が差し込もうとしているのだが曇りガラスが光の度合いを弱くしている。
 憂鬱で気だるい身体は、今日も時間の経過を無意味に待つ以外に方法はない。
 しかし、この日に泰治が今まで抱いていた不安と恐怖が現実的になるのが予期できなかっただけのことであって、警察では大きな動きがあり年金詐欺容疑で刑事と警察官が、閑静な郷見ケ丘団地に居住する泰治の部屋に向っていた。
 パトカーがA号棟の前に滑り込むようにして停まり、ドアの開閉が緊迫した音を発した。
 親子3人が移り住んだ当時の団地は、白亜の城を思わせるほど輝いて見えたものだが今では薄汚れた鉛色に変色し老朽化した階段を、足早に上っていく複数の靴音だけが陰湿で暗い音響となって通路全体に跳ね返っていく。
 401号室の玄関前で靴音は止み、ドアが開くのと同時に刑事の一人が泰治の鼻っ先に警察手帳を提示し、紺野泰治本人であるかどうかの確認をした後、年金不正受給容疑の捜査令状を見せ付けると同行した刑事たちが部屋の中に雪崩込むように入った。 
 果たして、奥の6帖押入れの中からトキ子の死体が発見された。
 すでに白骨化した遺体は押入れの中段をベッド代わりに寝かされていて、空洞になった目の窪みは仰向けのまま天井を見つめていた。
 頭部の側に治男の位牌が一つ添えられてあった。
 泰治の容疑は年金不正受給容疑から一転して、事態は警察が当初から内偵していた通りの死体遺棄容疑にまで発展した。
 死亡した母親を押入れに隠し続け、数年に亘って不正年金を受領しながら泰治の生活費の支えとしていたところに、この事件の複雑な問題が隠されているとして騒がれた。 近年、全国各地で年金詐欺事件が浮上してきて多数の高齢者が所在不明にも拘らず、戸籍上は生存となっているのを重視して、行政では担当者らによる該当者の本格的な所在確認作業が急務とされていた。
 その中に、いつ訪問しても紺野トキ子の所在が判然としないことに不信を抱き、最重要案件の処理項目に挙げられて確認の必要性に迫られていた。
 今度の事件発覚までの経緯は年金課、長寿介護課、福祉課の各部署と民生委員などが連携して細かい調査をしている内に、泰治が「母はここには居ません。生家の長野県に行って実妹の世話を受けています」と言っていたのは虚偽であるという確信を得て、警察に調査を委ねた結果であった。
 トキ子が生存していれば、この年93歳になっている。 (続)
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