いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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小説 辿り着いた道(7)

2013-02-10 06:41:17 | Weblog
                                            分類・文
      小説 辿り着いた道              箱 崎  昭

「そういつまでもご馳走になっていることも出来ねえからこの辺で失礼すっぺな」
 滝沢がタイミングを見計らって金子にそう告げると、自らのワンマンショーの幕引き役も果たした。
 治男は小型トラックに2人を乗せて家まで送り届けると、その足で車を貸主に返し支店に置いてあった50ccのバイクで帰ってきた。
「今日は2人に来て頂いて大助かりだったわね。そしてあんなに愉快な方たちだったとは全く知らなかったわ」
 トキ子は治男とあの2人との仕事上でのチームワークの良さを、何となく垣間見たような気がしてとても嬉しく思えた。

     (四)
 治男が毎朝バイクで4キロ先の銀行へ向った後は、トキ子には引越し後の残務整理がまだ待ち構えている。
 ダンボール詰めされて部屋の片隅に寄せられている食器類や衣類、それに訳も分からず詰め込んだ小物などを引っ張り出して整理していくと想像以上に時間が掛かる。 
 市営団地の間取りは6帖3部屋と、それに台所、浴室、トイレが付いている。
 泰治は9時近いというのに一向に起きてくる気配がない。奥の6帖一間を専用に与えたが、泰治にとって生活環境が変わったところで何の刺激剤にもならずに、元の木阿弥になってしまった。
「泰治ー、もうそろそろ起きたらどうなのー。あなたの品物は自分自身で片付けなかったらどう仕様もないからねー」
 トキ子は居間から大声を上げた。その声は狭い廊下を伝って泰治の部屋に届いた。「そのままにしておいてくれればいいよ、後からやるからー」
 面倒くさそうな重い声だけがまた狭い廊下を伝って返ってくる。
 今度の引越しは親と同居しているのだから一緒に手伝うのは当然だったとは思うが、今朝はもう気だるそうで覇気のない声だけを蒲団の中から発しているだけだった。 
 トキ子は引越し荷物の整理を切れの良いところで止めざるを得ない。後に閊(つか)えている洗濯、掃除、買い物、昼食、夕食など1日中細々(こまごま)とした用事が輻輳しているからだ。
 団地は日を追うごとに入居者で号室が埋まっていき、周囲では建売や注文住宅の新築工事による槌音が乾いた空気に呼応して軽やかに広がっていった。
 郷見ケ丘マイタウンの造成は、磐城市総合開発計画所期の目論見通りになったし、これによって治男が勤めている銀行もその波及効果を受けて、マイホームを持つために住宅ローンを組みたいという客が融資相談に訪ねてくるので、担当する営業部門では一段と多忙を極めてきた。
 営業の仕事は勤務時間があって無いようなものだから帰宅時間は毎日不規則になってくる。
 部下が持ち寄ってくる交渉ごとの最終的な詰めには、治男が成約までの手続きを踏まなければならないので、帰宅は更に遅くなるのは常だった。 (続)
 
コメント
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