林毅強の漢詩について
2014年12月、「聯合ニュース」は尹奉吉が逮捕され、処刑されるまでの間に、尹奉吉のたたかいを讃え、来たるべき処刑を悲しむ、中国軍の参謀本部高級参謀林毅強の漢詩が発見されたと報じた。
漢詩原本はインターネット上にあり、
日本語に翻訳してみた。素人の飜訳であり、不正確であることを前提にして、読んでいただきたい。上海爆弾事件が中国人民に与えた影響の大きさをうかがい知ることが . . . 本文を読む
小説「蒼穹の月」(4)
小説であり、虚実こもごもであることを御了承下さい
(五)三小牛山(十二月十九日)
三小牛山は金沢の南側にあり、白山に連なる標高百七十メートルほどで、雪が降れば、交通が途絶えてしまうような丘陵で、陸軍工兵作業場が設置されていた。数日前から三小牛山一帯は雪がぐずつき、白銀の世界になっていたが、山肌のところどころに . . . 本文を読む
小説「蒼穹の月」(2)
小説であり、虚実こもごもであることを御了承下さい
(二)上海(一九三二年四月)
故郷を離れる
尹奉吉は一九三〇年三月六日(二三歳)、「丈夫出家生不還」と書き遺して家を出た。この遺書は中国戦国時代の刺客荊軻(けいか)が秦の始皇帝を殺害するために出発する直前に「風蕭々兮易水寒 壮士一去不復還(風蕭々として易水寒く 壮士ひとたび去 . . . 本文を読む
小説「蒼穹の月」
(一)前史(一九一八年~) 〇一
(二)上海(一九三二年四月) 一四
(三)大阪衛戍監獄(一九三二年十一月) 二〇
(四)金沢(一九三二年十二月) 二九
(五)三小牛山(一九三二年十二月十九日) 四二
(六)献辞(一九三三年一月) 五〇
二〇一九年八月十二 . . . 本文を読む
尹奉吉処刑地調査から9年が過ぎた。処刑地調査報告は本文と資料・写真・地図を分離して報告したが、今回は資料・写真・地図を本文中に埋め込んで、レポートを作成した。その後、書き変えねばならない新情報もないので、2010年12月の報告内容はそのままである。2018年10月14日 . . . 本文を読む
検証―尹奉吉義士最後の夜 in 金沢 2018年3月
(1)はじめに(略)
(2)第九師団拘禁所設置のいきさつ
(3)収監場所の記述について確認
(4)処刑前夜の拘禁場所特定(A金沢刑務所、B法務部、C衛戍拘禁所、D営倉)
(5)現在はどうなっているのか?
(6)尹奉吉の意志を継承するために(略)
注1:『石川歴史博物館保存工事報告書』中の「1941年金沢城内地図」に13地点を記入し . . . 本文を読む
12・2~3 「尹奉吉義士殉国85周年日韓学術会議」から学ぶ
12月2・3日に金沢市内で「尹奉吉義士殉国85周年日韓共同学術会議」が開催された。テーマは「尹奉吉義挙と世界平和運動」で、1日目は「反戦平和運動の表象としての尹奉吉義挙」、2日目は「反戦平和運動の過去と現在そして課題」であった。
尹奉吉義挙とは、1932年4月29日、上海でおこなわれた戦勝祝賀会の壇上に爆弾を投げ、多数の日本軍将 . . . 本文を読む
、「兎と狐」上演後、尹奉吉は警察への出頭を命じられたのだが、その直接的な容疑は何だったのだろうか? 情報が少なく断定はできないが、「兎と狐」上演に治安維持法違反容疑がかけられたのではないだろうか? . . . 本文を読む
処刑後の尹奉吉義士は違法に埋葬された
2017年8月
尹奉吉は1032年12月19日に三小牛山で処刑され、野田山に埋葬された。尹奉吉に死刑判決を出した軍法会議にも疑義があるが、今回は尹奉吉の遺体の埋葬処理が適正におこなわれたのか . . . 本文を読む