はてさて、残暑厳しく、かなりヘタリ気味の私ではありますが、こういう時こそ、景気の良いハードバップが必要とされます。そこで――
■Undercurrent / Kenny Drew (Blue Note)
晩年はレコード会社に魂を売り渡した! とまで言われほどシャリコマな作品を作り続けたケニー・ドリュー……。そこまで貶されたのも、1950年代のハードバップ全盛期に素晴らし過ぎる演奏を残していたからです。
また1960年代に渡欧してからの活動も、レコーディングには恵まれなくとも、本場で揉まれた底力を現地のミュージシャンやファンに誇示していたことは間違いありません。
このアルバムはちょうどその端境期、渡欧直前に吹き込まれた正統派ハードバップの大傑作盤です。
録音は1960年12月11日、メンバーはフレディ・ハバード(tp)、ハンク・モブレー(ts)、ケニー・ドリュー(p)、サム・ジョーンズ(b)、ルイス・ヘイズ(ds) という、どこを切っても黒くてパワフルな連中で、演奏されるのは全てケニー・ドリューのオリジナル曲です――
A-1 Undercurrent
いきなりグリグリにブッ飛ばす強烈なハードバップです。叩きつけるようなリフ、ファンキーなメロディ、ブリブリのベースにビシバシのドラムス、そしてエグ味満点のピアノ! 猛烈なスピード感!
アドリブ先発のハンク・モブレーも刺激を受けたか、最初から得意のモブレー節も力強く、思い切ったフレーズ展開になっています。
またフレディ・ハバードは若さに任せた溌剌さと緻密なフレーズの組み合わせで山場を作り、ルイス・ヘイズのドラムスとの遣り取りも完璧です。
そしてケニー・ドリュー! この爽快なグルーヴは確かに晩年には失われたものでしょう。当時32歳と、最も脂が乗り切る直前の馬力が存分に発揮されています。
演奏はクライマックスでホーン対ドラムスの直接対決からラストテーマに雪崩込むという、最後までスピードが落ちない熱演になっています。
A-2 Funk-Cosity
一転、今度は真っ黒なファンキー節が炸裂する魅惑のテーマが始まります。
このあたりはジャズ喫茶でも、思わず口ずさむ覚え易さが最高で、アドリブパートでも各人が、そのあたりを大切にした熱演を聞かせます。
まずフレディ・ハバードがスピードとタメのコントラストで勝負すれば、ハンク・モブレーは十八番のタメとモタレに加えて、お約束のフレーズを改ざんしながら、独特のグルーヴを撒き散らします。
しかしケニー・ドリューが素直ではありません。存分にファンキー節を出せば良いものを、最初、少しカッコをつけて……。ただし中盤からは何時ものペースでファンキー&グルーヴィン♪ ここでのサム・ジョーンズのマイペースなベースワークが逆に光ります。
A-3 Lion's Den
何とも言えない爽やかなメロディ、そこに秘められた黒っぽさが最高という名曲です。
アドリブパートでは、その魅惑のテーマを変奏していくフレディ・ハバードが、まず最高♪ こういうモード気味の展開では流れるようなフレーズが、実は考え抜かれている疑惑さえ浮かぶほどの完成度です。
そして続くハンク・モブレーも歌心とジョン・コルトレーン風の音符過多フレーズのコントラストが抜群に冴えているという、この時期ならではの展開を聴かせてくれますから、たまりません。
さらにケニー・ドリューも新しめのフレーズと直裁的なノリで勝負! 実はここの3分45秒目あたりでルイス・ヘイズがステックを落としている疑惑も聴こえますが、総じてクールなシンバルワークで煽るという名(迷)演になっています♪
B-1 The Pot's On
変形ラテンメロディと言うか、ちょっと楽しくて珍しいテーマから、ハンク・モブレーがブワブワ~とアドリブパートに突入していくところが痛快です。もちろんその後も、お馴染みのモブレー節がたっぷりと楽しめます。
そして続くフレディ・ハバードは無理矢理に突っ込むことは控えつつも、溌剌さを失わない潔さ! ルイス・ヘイズのドラムスも冴え渡ります。
しかしケニー・ドリューは最初から入れ込んでいます! あの、飛び跳ねるようなノリとスケールアウト寸前のフレーズを駆使して、当にリスナーをKOしようと目論んでいるようです。
う~ん、それにしても面白い曲ですねっ♪ 要所に仕込まれたファンキーなキメが、抜群の隠し味だと思います。
B-2 Groovin' The Blues
タイトルどおりにファンキーど真ん中の名曲です。
そして、こういう展開なら俺に任せろ! とばかりにハンク・モブレーがアドリブ先発で大名演を聞かせるのです。それは分かり易いファンキー節とまろやかなモブレー・フレーズの大博覧会です。
またフレディ・ハバードも抑制の効いたクールなフレーズに黒さを塗したような、独特の「節」をたっぷりと披露しています。
さらにケニー・ドリューは、この時期だけの真っ黒なピアノです。それは必要以上のネバリ、暗い情念、満たされぬ想いのようなヘヴィな部分が顕著ですし、続くサム・ジョーンズのハードなグルーヴに満ちたベースソロは、その音色だけで圧巻です。
B-3 Ballade
オーラスは、初っ端からクラシックの素養をひけらかすケニー・ドリューのソロピアノから始まる、哀切のスロー曲です。もちろんフレディ・ハバードがテーマメロディをリードして、ハンク・モブレーがそこに味をつけるという、素直なアレンジが素敵♪
そしてアドリブパートはケニー・ドリューの一人舞台! 甘さも存分にサービスされますが、後年ほどリスナーに媚びる姿勢は無く、あくまでも自己との対話、あるいは原曲の深遠化を狙っているディープさが覗えます。
それゆえにクライマックスで出るフレディ・ハバードのトランペットの清々さは抜群で、そのまんま、変奏されるラストテーマの美しさは絶品なのでした。
というこのアルバムも、原盤はアッという間に廃盤になったらしく、長い間ジャズ喫茶でしか楽しむことの出来ない幻盤でした。
私が本格的にジャズを聴き始めた頃は、ちょうどケニー・ドリューが欧州で吹き込んだ録音がネオ・バップのブームで再評価された時期で、必然的にこのアルバムもジャズ喫茶で鳴る機会が増えていたようです。
しかし何故か、このアルバムの日本盤が出るのは、それから数年先のことで、その間にケニー・ドリューはスタア街道を驀進していましたので、その時はかなりの勢いで売れたと言われています。
ちなみにビル・エバンス(p) とジム・ホール(g) の共演として歴史的傑作盤になっている同名のアルバムがあまりにも有名なため、我国ではこの盤が忘れられたという説があることを、付け加えておきます。
さて、この盤の最高の魅力は、例えば「A-1」に代表される、叩きつけるような音の迫力です。したがって大音量で聴くのが好ましいのですが、それとは別に秘められたファンキー&メロディアスなクールなグルーヴも、また最高という、素晴らしいアルバムだと思います。そして実は、終始冷静なサム・ジョーンズのベースこそ、最高の聴き物なのかも……。