1970年代のジャズは、やはりフュージョンが主流だったわけですから、それまでアドリブ命の王道を歩んできたミュージシャンがフュージョン物を出したからと言って、軟弱とか変節の謗りを受けるのはスジ違いなんですが、現実と世間は厳しいものがありました。
特にジャズ喫茶という文化がある日本では、歌やコーラス入りのフュージョンは露骨にロックやソウルと繋がってしまうので、それがどんなにカッコ良い演奏でも、困った存在でした。
またストリングスやオーケストラを大々的に導入した作品も、作り物と軽視されていたのです。
さて本日の主役フィル・ウッズは、皆様良くご存知のとおり、ハードバップ時代からアドリブ命! ブリブリのアルトサックスでチャーリー・パーカー伝来のモダンジャズを守っていたガチンコ野郎でしたから、フュージョン全盛期の1970年代中頃に大手レコード会社のRCAと契約して発売した一連のアルバム、つまりストリングスやブラスを大胆に入れ、甘い楽曲を演奏し始めた頃は、フィル・ウッズ、お前もか!? と決めつけられたひとりです。
そしてこの作品も賛否両論、いろいろと言われたのですが――
■The New Phil Woods Album (RCA)
某ジャズ喫茶でマスターが仕入れて来たピカピカの新譜として鳴らされた時に、その場に居たので個人的には思い出深いアルバムですし、一聴、気に入った演奏がありました。
録音は1975年10~12月、メンバーはフィル・ウッズ(as,ss)、マイク・メリロ(key)、スティーヴ・ギルモア(b)、ビル・ゴッドウィン(ds) という当時のレギュラー・カルテットを核として、サム・ブラウン(g)、ラルフ・マクドナルド(per)、チャールズ・マクラッケン(cello)、さらにブラス&ストリングス・セクションを加えています。ちなみにオーケストラ・アレンジは Emile Charlap とされていますが――
A-1 The Sun Sutie
いきなり不安感いっぱいのストリングが出てくるので嫌な予感に満たされるのですが、すぐにフィル・ウッズの情熱のアルトサックスが空回りしそうなテーマを吹奏してくれるので、ホッとします。
しかしバックのストリングとブラスの重厚な響きが支配的ですし、エレピの使用がフュージョンどっぷり、さらにリズムも16ビート疑惑を秘めています。
あぁ、やっぱりフィル・ウッズも……、と思った次の瞬間、あの猛烈なウッズ節が炸裂して演奏はカルテットによる猪突猛進に転じるのですから、たまりません。
エレピを弾くマイク・メリロは当時の新進気鋭で、全くの無名でしたが、センスの良さ、ジャズ魂は本物だと感銘した記憶も鮮やかです。また、このあたりのブラス&ストリングのアレンジも嫌味がありません。
さらに次の展開が、往年のヨーロピアン・リズムマシン風の正統派ジャズロックになり、ラテンビートも包括した爆発的な演奏になるのですから、ドギモを抜かれます。リズム隊も軽めな録音ながら馬力が感じられますし、最後の正統派4ビートの場面なんか、手拍子・足拍子状態になりますよ♪ もちろんフィル・ウッズは力み満点、鳴り過ぎアルトサックスの本領発揮です!
A-2 At Seventeen / 17才の頃
一転して爽やかに演奏されるのが、同時期にジャニス・イアンの歌でヒットしていた「17才の頃」です。しかもボサノバ・アレンジでメロウに展開されるのですから、グッときます。ゲスト参加のサム・ブラウンの生ギターやラルフ・マクドナルドのパーカッションも控えめながら楽しく、マイク・メリロのピアノも歌心がたっぷり♪
最高の気持ち良さですから、この演奏は当時、ラジオや有線でも頻繁に流されていましたですね♪ 流石フィル・ウッズ、この味はビリー・ジョエルの「素顔のままで」の間奏に繋がっています。
A-3 Gee
またまた重厚なブラス&ストリングスを従えた演奏ですが、ここではピアニストのマイク・メリロが主役になっています。つまりそれほど、この人はリーダーから信頼されていた証で、これ以降、フィル・ウッズのバンドでは要として活躍していくのですが、この曲は自作自演、アレンジまでも手がけていますし、多分これが初レコーディングと言われています。
B-1 B Side D
さてB面はふくよかなストリングの響きでスタートする、これはそれだけの演奏です。
B-2 Chelsea Bridge - Johnny Hodges
有名なデューク・エリントン楽団のヒット曲、そしてそのバンドのスタアだったアルトサックス奏者のジョニー・ホッジスに捧げられたフィル・ウッズのオリジナル曲がメドレーで演奏されます。
まず前者はゆるかやなテーマ吹奏から徐々にビートを強め、アドリブパートではフィル・ウッズのアルトサックスが激情を存分に吐露! 要所で入るアレンジされたブラスのリフも効果的です。
そして後者は、このアルバムの人気曲♪ しかも珍しや、フィル・ウッズのソプラノサックスがたっぷりと楽しめるのです。あぁ、このテーマの軽快な楽しさ、フィル・ウッズ自身が多重録音したと思われる「ひとりフォー・ブラザース」のサックス合奏パートも最高です。
肝心のソプラノサックスは、もちろん基本のアドリブフレーズはアルトサックス吹奏時と全く変わりなく、「泣き」と「情熱」を連発してくれますから、初めて聴いた瞬間から、私は歓喜悶絶でした。もちろん何度聴いても不思議と泣けてくる演奏で、全くジャズを聴く喜びに満ちていると思います。
B-3 Body And Soul
これもモダンジャズでは使い古されたネタではありますが、この有名スタンダードのキモを、これだけ上手く料理するフィル・ウッズは、やはりアドリブの天才だと思います。
もちろん情熱たっぷり、唸りと力みが存分に出ていますから、好き嫌いは別れると思いますが、私はやっぱり好き♪ としか言えません。
B-4 Mimi
小粋な楽しさに溢れたスタンダード曲ですが、こういう隠れ名曲を探してくるフィル・ウッズのセンスに、まず脱帽です。もちろん演奏は快適至極、ソプラノサックスの妙技と歌心が堪能出来ます。
リズム隊も絶好調で、正統派ハードバップの真髄を追及してるのですから、演奏時間の短さが残念でなりません。
B-5 Sacre Coeur
オーラスは、再び荘厳なブラス&ストリングが導入されたフィル・ウッズのオリジナル曲です。しかも擬似ボサノバのリズムとか、もったいぶったリーダーの熱いアルトサックス、不気味なセロの絡み……等々が、徐々に楽しいものに変化していく様がジャズっぽさの極みになっているようです。
また、ここでもマイク・メリロのエレピが大活躍♪ 全体のどこを切ってもフュージョンになっていますが、こういうジャズがあっても許せる雰囲気が濃厚だと思います。
ということで、これはフュージョン全盛期に出た、極めてジャズ色の強い1枚です。もちろん多重録音という、ガチガチのジャズ愛好者にとっては忌み嫌う手法が用いられていることから、一部ではフィル・ウッズも地に落ちたとまで言われたらしいのですが、私は気になりません。
否、むしろ、その部分こそが徹底的にフィル・ウッズらしさが楽しめところだと思っています。例えば、繰り返しになりますが「Johnny Hodges」における「ひとりフォー・ブラザース」のパート等は、心底ゾクゾクするのです♪
そしてフィル・ウッズは、この時期、同傾向のアルバムを何枚か作り、グラミー賞まで獲得していますが、その日常的ライブ活動では、このセッションでも共演したメンツによるレギュラー・バンドを従えて、アドリブの至芸を追求した正統派モダンジャズを聴かせていました。そしてそういう集大成的なライブ盤まで、同社で製作しているのです。
ソフト&ハード&メロウな1970年代型フィル・ウッズこそ、もしかしたら全盛期なのかもしれません。
ちなみに現在、紙ジャケット仕様のCDで復刻中です。機会があれば、聴いてみて下さいませ。