OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

トリオ64

2006-08-19 15:37:54 | Weblog

ビル・エバンスのように名盤が多すぎると、その中のどれが好きかで意見が分かれたりします。

ジャズ喫茶は基本的におしゃべり自粛の空間なんですが、そんな事で論争し、店のマスターから注意されたりしたのも、今では楽しく懐かしい思い出です。

で、私の場合は、これです――

Trio 64 / Bill Evans (Verve)

「64」となっていますが、それは発売年がそうというタイトル付けで、録音は1963年12月18日、メンバーはビル・エバンス(p)、ゲイリー・ピーコック(b)、ポール・モチアン(ds) になっています。

当時のビル・エバンス・トリオは、チャック・イスラエル(b) とラリー・バンカー(ds) のレギュラーが、海賊盤も含めて残された演奏に多いですから、これはレコーディング・セッションだけの組み合わせなのでしょうか? 今にしてみれば、かなり先鋭的な魅力があります。

もちろん現在、キース・ジャレット(p) のスタンダーズ・トリオのレギュラーとして大活躍しているゲイリー・ピーコックが、そのルーツともいうべき演奏スタイルを披露しているのですから――

A-1 Little LuLu
 弾むような愛らしいメロディが、当にビル・エバンス的名曲・名演♪ 一応ポップス系のスタンダード曲みたいですが、私はここでの演奏しか知りませんし、これで充分という決定的なバージョンだと思います。
 ビル・エバンスのアドリブは、もちろん出来過ぎの美メロが満載ですし、ポール・モチアンのドラムスは、ブラシにスティックに趣味の良さが存分に発揮されています。
 そしてお目当てのゲイリー・ピーコックは、ポール・チェンバースを基本としながらも、ソロパートでは突如として繊細なスコット・ラファロ路線を披露して、期待を裏切りません。
 短い演奏ながら、この曲を聴いただけで、このアルバムの素晴らしさが納得出来るはずです。

A-2 A Sleeping Bee
 後々までビル・エバンスの十八番になる素敵なメロディ♪
 ここでも思わせぶりに出て、徐々にビート感を強めていくという、定石どおりの展開ですが、ゲイリー・ピーコックの絡みが異常に素晴らしく、緊張感がいっぱいです。
 しかもソロパートでは唸り声まで出して、全く自分のリーダーセッションの如き弾けっぷりです。流石のビル・エバンスも成す術無しですねっ! ポール・モチアンの呆れ顔も目に浮かびます。

A-3 Always
 大作曲家のアーヴング・バーリンの代表曲で、フランク・シナトラの名唱が有名ですが、これもまたビル・エバンス的な選曲の妙で、全く薬籠中のものにしているトリオの力演が最高です。
 つまりトリオの3者が対等に力技を披露しつつ、協調性も両立させた理想郷♪
 このアルバムの録音は左にベース、真ん中にピアノ、そして右にドラムスが定位していますので、どこに耳を持っていっても良いわけですが、私なんかは自然と左チャンネルのベース中心に聴いてしまうほど、ゲイリー・ピーコックはブッ飛んでいます。
 しかし他の2人が、その突出を許さないツッコミと縛りをきつくするあたりが、スリル満点なのでした。

A-4 Sant Claus Is Coming To Town
 おお、これはお馴染みのクリスマス曲で、そのシーズンになるとジャズ喫茶でもこのバージョンが良く鳴っていたほど、素直に楽しい演奏です。
 ビル・エバンスはもちろん歌心優先ですし、ポール・モチアンはバックビートを強め、ゲイリー・ピーコックも定型4ビートを大切にしているのです。
 しかし厳しさはこれまでの演奏と全く遜色が無く、自分のソロパートに入るや、いきなりズバズバッと斬り込んでくるゲイリー・ピーコックには、若気の至り以上の憎めないものを感じてしまいます。

B-1 I'll See You Again
 あまり知られていないスタンダードなので、私はビル・エバンスのオリジナル曲かと思ったほど、演奏全体が完全にこのトリオの流儀になっています。
 リズムに対するトリオ全体の解釈も力強く、そして厳しいものがありますし、それでいて徹頭徹尾、メロディが大切にされているのですから、その素晴らしさは筆舌に尽くしがたいとは、この事です。
 ゲイリー・ピーコックは暴走寸前です♪

B-2 For Heaven's Sake
 タイトルどおり、「神様にお願い」するような切々としたスローな展開の中で、ビル・エバンスの美メロ感覚が存分に発揮された名演だと思います。
 それは安易な妥協を避け、裏切りの展開までも含んでいるのですが、それを上手く補填するのがゲイリー・ピーコックとポール・モチアンなのは、言わずもがなです。
 このアルバムの中では地味な演奏なのですが、気を許していると思わぬ逆襲をくらう瞬間がありますよ。

B-3 Dancing In The Dark
 フレッド・アステアのダンス場面が有名なこの曲を、ビル・エバンスは烈しく思い入れた解釈で聴かせてくれます。それは非常に厳しい感性の発露というか、全くリスナーに媚びない姿勢が潔く、ゲイリー・ピーコックもここではツッコミが出せない雰囲気です。
 ソロパートでも懸命に自己主張するのですが、それも空回り……。その虚しさを救うのがポール・モチアンの何気ないドラムスという構図が、たまらなく素敵ではありますが……。ビル・エバンス、恐るべし!

B-4 Everything Happens To Me
 個人的に大好きなスタンダード曲なので、大いに期待して聴き始めると、このトリオは耽美を究めんと奮闘しています。
 ビル・エバンスの思索的なコード分解とゲイリー・ピーコックの思わせぶりな音使い、ポール・モチアンのオズオズとして骨太のリズム感が渾然一体となった桃源郷が生み出されていく様が、恐怖ギリギリの快感です。
 もちろん元メロディがほとんど分離解体された後の再構築という、ビル・エバンスにとっては常套手段なんですが、それがズバリと極まった演奏だと思います。

ということで、これは捨て曲無しの大名盤だと思うのですが、既に述べたようにビル・エバンスの場合、あまりにも名演・名盤が多すぎて、今ではこのアルバムなんか忘れられているのでしょうか……。あまり名盤ガイド本でも紹介されていないような……。

等と僻み根性が出てしまうほど、私はこれが好きなんだっ! ということを、本日は語りたかっただけなんです。

そしてこのメンツによる作品が、公式にはこの1枚だけというのも残念! まあ、当時としては、これだけ極端に緊張感が強かったり、主役のビル・エバンスが霞む瞬間までありますから、「営業」には向かないトリオなのは明らかですね。

それにしてもゲイリー・ピーコック、あんたは今でも丸くなっていないねっ! 素直に羨ましいです。

コメント
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