今日も仕事に追われ、暑さにやられ、ヘトヘトです。
こういう時は冷房の聴いたジャズ喫茶で昼間から居眠りモードに入るのが一番なんですが、それは無理ということで、気分だけでもジャズ喫茶はこの作品で――
■New Horn In Town / Richard Williams (Candid)
日本にだけ存在する「ジャズ喫茶の人気者」とは、つまりジャズ喫茶という独自の文化がなければ成立しえないレトリックです。
なんて、最初から私に似合わない書き出しで、この暑苦しい中、なおさら額に汗が滲むわけですが、本日の主役であるリチャード・ウィリアムスというトランペッターこそ、そういう人としか言えません。
なにせ歴史的な名盤を出しているわけでもないし、有名バンドで活躍したという履歴も無し、スタジオの仕事からビックバンドの一員となっての堅実な仕事もOKという、まあ、派手さとは無縁の人なんですが、時折あたるスポットライトの中では、本当にキラリと光る名手でもあります。
そのスタイルの根幹は、クリフォード・ブラウン直系ですが、もちろん本家ほどの力量はありません。しかしその真摯な演奏姿勢は、当に日本のジャズ喫茶にはピッタリの魅力に満ち溢れています。
このアルバムは1960年代初頭に先鋭的なジャズ作品の製作していた「キャンディド」というマイナーレーベルに残されたリーダー盤で、録音は1960年9月27日、メンバーはリチャード・ウィリアムス(tp)、レオ・ライト(as,fl)、リチャード・ワイアンズ(p)、レジー・ワークマン(b)、ボビー・トーマス(ds) という実力者が揃っています――
A-1 I Can Dream, Can't I ?
初っ端から哀愁と和みのハードバップが展開されます。
原曲は一応スタンダードですが、如何にもハードバップ的な臭いに満ちたメロディ展開があり、こんな選曲をするリチャード・ウィリアムスのセンスにグッときます。もちろん先陣を切るアドリブパートでも輝かしい音色で歌心を披露しますが、惜しむらくは、思い余って技足りず……。音程が危なくなっていたり、スケールアウトしたりというアラが目立ちます。
また続くレオ・ライトのアルトサックスは艶やかな音色が魅力的ですし、リチャード・ワイアンズのビアノは小粒ながらスイング感満点という、如何にもジャズ者の琴線に触れる良さがありますねぇ~♪
そしてリズム隊はレジー・ワークマンが豪腕の名手ぶりを遺憾なく発揮、さらにボビー・トーマスはビシッとスジの通ったドラミングが最高です。
ということで、最初からリーダーだけが厳しい状況に追い込まれたような雰囲気ですが、そのヤル気というか、真摯な演奏姿勢は憎めません。
A-2 I Remember Clifford
そのリチャード・ウィリアムスが私淑しているクリフォード・ブラウンに敬意を表するとと同時に、同系統のトランペッター達に果敢にも挑んだ演奏です。
オリジナルの演奏はリー・モーガンの畢生の名演があまりにも有名ですが、トランペッターならば、誰しも一度は通らなければならない関門でしょうか、他にも優れたバージョンが多数残されていますから、リチャード・ウィリアムスの自信と熱意は相当なものだと推察出来ます。
で、肝心の出来は、素晴らしい♪
輝かしい音色で丁寧に吹奏されるテーマの膨らませ方、微妙な変奏が琴線に触れてきます。
レオ・ライトのフルートも哀感がありますし、ボビー・トーマスの連続ブラシ攻撃も素晴らしく、リチャード・ワイアンズのピアノも良い味出しまくり♪
そして最後にはリチャード・ウィリアムスが魂のテーマ吹奏!
A-3 Ferris Wheel
一転してラテンリズムと4ビートが不思議に融合した変態ハードバップが始まります。作曲はピアニストのリチャード・ワイアンズですが、この人の感覚は捨て置けません。
アドリブパートは、レオ・ライトの含みのあるアルトサックスから仕掛けのリフを挟んでリチャード・ウィリアムスへとリレーされますが、背後であおるリズム隊の野太いグルーヴが最高です。
したがってリズム隊だけのビアノトリオになると、なお一層、この不思議な曲調が輝きを増すという、魔法のような演奏になっています。つまり完全に作者のワナに落ちたというわけですか……。いやはや、楽しい演奏です。
A-4 Raucous Notes
アップテンポのド派手なハードバップです。
アドリブ先発はドライブしまくるレオ・ライトのアルトサックス! この音色でこれをやられると、ジャズ者は必ずや気になる存在として、この人を認めてしまうでしょう。
またリチャード・ウィリアムスも溌剌と突進、リチャード・ワイアンズも素晴らしいのですが、さらに凄いのがドラムスとベースの弾け方です♪ この豪放なノリは、このアルバムでは大きなウリではないでしょうか。
クライマックスではドラムスとホーン陣の対決があり、もう辺りはハードバップ色に満たされていくのでした。ラストテーマに聴かれる刹那の突進力も強烈です。
B-1 Blues In A Quandary
リチャード・ウィリアムスのミュートトランペットとレオ・ライトのフルートのコントラストが最高のテーマ吹奏が、まず魅力です。
ミディアムテンポでグルーヴするリズム隊も素晴らしく、全くジャズを聴く楽しさに満たされた演奏になっています。
B-2 Over The Rainbow
お馴染みの人気スタンダードが、定石どおり、スローで演奏されます。
もちろんお目当てはリチャード・ウィリアムスの華麗なソロ♪ 輝かしい音色と丁寧な吹奏が本当に素敵です。もちろんそれは、クリフォード・ブラウンという天才を大いに意識したものですが、当然ながらその境地には至らないものの、そのどうしても届かない部分を必死で追求していく魂の熱さには、本物のジャズを感じてしまう私です。
反面、続くリチャード・ワイアンズのピアノからは、意識的にそういう必死さを取り除いたクールな部分が聴かれます。しかしこれは、実は上手いコントラストになっていて、再び熱を帯びてラストテーマの吹奏に入るリーダーを盛り立てているようです。
ズバリ、隠れ名演!
B-3 Renita's Bounce
オーラスは叩きつけるような烈しいハードバップです!
その要はボビー・トーマスの爆裂ドラムスで、この人は後年、末期ウェザー・リポートに参加するほど息の長い活動をした名手ですが、この演奏に限らず、このアルバムが成功したのは、ボビー・トーマスの参加ゆえではないでしょうか? とにかく全篇で素晴らしい活躍をしていますねっ! 絶妙な荒っぽさがあって、私は好きなんです。
肝心のリチャード・ウィリアムスは溌剌とハードにスイングし、レオ・ライトはひたすらにドライブしていきます。ちなみにレオ・ライトもディジー・ガレスピーのバンドではレギュラーだった隠れ名手で、自己のリーダー盤ではハードバップからフュージョンに近いものまで、幅広い作風を聴かせてくれた実力者です。
そして最後にはボビー・トーマスのパワー&ラフなドラムスが主役となり、このアルバム最後の花火を打ち上げるという仕掛けです。
ということで、なかなか素晴らしいハードバップ盤だと思うのですが、これがリアルタイムで一般的に売れたのかというと、おそらく否、だと私は思います。それは元々がマイナーレーベル作品ですし、参加メンバーも地味ですから……。
しかしわが国ではジャズ喫茶を中心にした隠れ人気盤で、長らく幻化していたこの作品が再発された時は、かなりの話題になった記憶があります。
それは存在がマイナーでありながら、反面、演奏そのものは一級品という、自分だけのS級盤になる可能性を秘めた部分に、ジャズ者が共感を覚えるからでしょう。少なくとも私はそうでした。
実際、ジャズ喫茶で聴くこのアルバムは格別なのです♪