松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

火傷の、はずなんだけど。

2022-05-20 18:17:36 | 日記・エッセイ・コラム
 きのうの朝のことだ。熱湯で作った麦茶をペットボトルに入れる時、間違って左手に掛けてしまった。多分だけど、90度前後あったと思う。
 蛇口が目の前だったので、すぐ水を出して冷やした。15分をめどに、念のため、もう10分くらい。頭の隅で水道代が気になった。ナニ考えてんだ。何より体が大事。

 冷たいせいか、痛みは来なかった。ただ見た目、皮膚が赤くなっていた。神経には衝撃が走った。ショックで不整脈が2回くらい来たし、寝不足もあって頭がボーッとした。
 ただ、それ以来、何ともない。水ぶくれも出来てないし、ヒリヒリもない。さりとて普通かと言えば、そうでもない。

 差し当たり新聞紙等リサイクルが次の日だったので、ゴミステーションまで慎重に持って行った。皮膚に鋭角に当たらないよう気を付けた。朝食は、左手を使わないで食べた。皮膚が薄くなっているような気はした。
 そうしているうち、手の色が両方とも同じになって、赤みが取れていた。夕方、風呂にも入った。ただし、左手は湯舟から出したまま。ほぼ右手だけで済ました。

 不思議なのは、患部以外の場所。例えば両足の甲がヒリヒリした。夏場の日焼けのようにだ。舌もヒリヒリした。なんか、患部意外の皮膚が、ショックを共有しているような気がした。
 そこでひらめいた。治すのに必要な部品を「海外発注」しているんじゃ、なかろうか。その痛みなのでは。

 人間は皮膚のナンパーセントだかを失うと生きられないと聞いた。それじゃないかな、代替工場に発注できないと、再生が利かない。
 皮膚呼吸は人間の場合、全体の0.6%に過ぎない。呼吸だけじゃないだろう。代替生産工場じゃないのか。
 いずれ人間の体は、ヒューマニエンスで織田裕二が考えているより、もっと凄い事をしているに違いない。

 何にしろ、まずは専用ケトルだと思い、千円しない1.6Lのやかんを買って来た。
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